ショートショートの世界へ

商品





下町のアパートの一室に、五十五歳の独身男が住んでいた

独身というものは、どこか寂しい雰囲気が漂っている
男はのろのろと立ち上がると、冷蔵庫をのぞく
しかし、冷蔵庫は調味料以外、特に目立った食材がない

「あ……オカズがなくなってしまったか……。しょうがない、買い物に行くか」

男はジャンパーを羽織ると、近くのスーパーで買い物を済ますことにした
そして野菜コーナーを歩いていると、不可解なモノが目に止まった
野菜の横に五人ほどの人間が足をかかえて座っているのだ
その前の紙にでっかく、こう書かれていた

『新商品! お好きな人間をどれでもどうぞ』

これだけではよく分からないので、興味を引かれた男は、近くにいた若い店員に尋ねてみた
「あの……これ、食えるんでしょうか?」
我ながら恐ろしいことを聞いてしまったものだ
「いえいえ、これは食べるんじゃないんです。これは売りものでして、いろんな身の回りの世話をしてくれるんですよ」
「まさか……奴隷というんじゃないだろうね?」
「とんでもない。彼らは商品です。外見は人間のようにも見えますが、人間ではないんです」
「というと、ロボットとかそういうものかね?」
「そういうのでも、ないですね。そんなに気になるんでしたら、買ってみてはいかがでしょう? お安いことですし」
「たしかに……そんなに高くはないな」
男はそれを、好奇心から買うことにした
どうやら好きなタイプを選べるらしい
男は、自分より少し若い女性を選ぶ
するとその女性は立ち上がり、男についてくるようになった
そのままレジに並び、買い物を済ませるとまたアパートへと戻っていった



帰ると、買い物袋を置き、ジャンパーを脱いでかけ戻す
その間、女性は床に座ったまま、こっちを見ていた
「……どうしたの?」
「あの……あたしは、なにをすればいいの?」
なにをすればいいのか分からず、戸惑っている様子だ
「ああ……いや、別にそこらで遊んでていいよ」
「でも、なにかしたいわ。なにかして欲しいことはないかしら?」
「そうだな。……じゃあ、さっき買ってきた食材を使ってなにか料理つくってくれないかな」
「いいわよ」
その女性は台所に向かうと、食材を袋から出して、あれこれと下準備を始める
そしてフライパンを手にとり、それをうまく扱う
「ほう……なかなか」
その手並みを見て、男は感心するだけだった

男の前のテーブルの上に、いい見栄えのした料理が並べられる
男はさっそくその料理を口に運び、しっかり噛みしめる
「……これはうまいよ。やるなあ」
「ありがと」
なんともかわいらしく、天使のように透きとおった声
聞くだけでつい顔がにやけてしまう
まったく、いいものが手に入ったものだ
本当に素晴らしい
しかし、ただ一つ分からないところがある
彼女はいったいどこが私たち人間と違うというのだろう?
ちゃんと感情も持っているし、痛みも感じる
走れるし、あまりしゃべらない方だが、話せるし……
せめてそれは知りたいものだが……
ま、いいか
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。君のおかげで、今までの寂しさが消えていくようだよ」
「そう、よかった」
「なあ……これから一生、一緒に生活してお互い幸せになろう」

だが、男の期待はあっさりと裏切られた

一週間後、その人間に異変が起きたのだ
彼女の顔が、シワになっていく
異常だ。こんなに早く、シワができるはずが……
それだけでなく、みるみるうちにおばあさんになってしまった

さらに数時間後、その女性は死んでしまった

男は悲しむというより、わけがわからず、ただぐったりと横たえて動かない彼女の体を抱きしめることしかできなかった
その時、男は初めてその女性のうなじに数字が書かれていたことに気づいた
その数字は今日の日付と一致していた

「もしや……この数字は、賞味期限ではないか。……食べ物と同じように、腐って……すなわち、おばあさんになって、死んでしまったのでは……」
男はがっくりと肩を落とした
「しょせんは商品か……」

そして男は、また一人暮らしをするハメとなった