ショートショートの世界へ

歴史に残る日





その時代は西暦四○○○年
文明は五百年ほど前に頂点に登りつめた。しかし、それから現在は退化の傾向にあった
そのため人々は、新しいものに取り組む意欲も興味すらも失ってきていた
だがとある研究所に集まって、議論している男たちはそれを少しでも回復しようと試みることにしたのだ
そしてまず、忘れ去られていった歴史を知っておこうと一から調べなおし、年表をつくろうとしていた

「ええと、二○○八年の○月×日に、××事件……と」
机に置かれた横長い紙に、口に出しながら記入して、空欄を次々と埋めていく
「うむ、順調だな」
数人の男たちが満足げに、半分ほど埋まった年表を見て感慨にふける

「ああ、そうだな。さて、次は……確か二年後にも何かあったよな」
「あった、あった。……だが、はて? 何が起きたのかはまったく思い出せない」
「……私も思い出せん……」
「俺もだ」
研究員全員、同じ意見だった。
たしかになにかあったはずだが、名前がどうにも……。はっきりとした答えが出せず、心にもやもやとした感覚が包み込んだ
どよめく中、ヒゲを生やした中年が、手を大げさに振って言った
「まあまあ。その年になにがあったのかは、マザーコンピューターに聞いてみようじゃないか」
その意見に反対する者はいなかった

男たちはその部屋を出て、奥の巨大な部屋に入っていった
その部屋にはコードがひしめき、その中央には天井にまで届きそうな塔のようにそびえ立つコンピューターの集合体があった
「やあ、マザーコンピューター『クイーン』調べてくれ。二○一○年に、何か歴史的な事件は起きたかい?」
すると『クイーン』は機械的な音を発しながら、いたるモニターの画面を操作し、結果を告げた
『わたしのデータによると、二○一○年○月×日に起きたようです』
「それはどういったものかな?」
『……分かりません。データ不足です』
その結果に人々は、不満のため息を漏らした
「なんだ、それじゃ意味ないな」
「いや、日付が分かっただけでも収穫はあったさ。国に許可をもらって、タイム・マシンでその日に行って、我々の目で確かめようではないか」
その意見にも反対はいなかった

国の許可は簡単に取れた
研究員たちはタイム・マシンの部屋に入っていく
そして、宇宙服によく似た万能耐スーツに着替えていく
この万能耐スーツは、耐熱・対衝撃などの機能を備えている
これを身に付けていれば、たとえ溶岩に襲われても、深海の底に沈められても、強力な衝撃波を受けても完全に身を守ってくれるという優れものだ
これで目の前で歴史上最大の災害が襲ってきても安全というわけだ
「よし、探索機を効率よくするために、各々の地域に二人一組という形にして分担しようと思う。そこで、統制をとるために隊長を決めよう」
「それなら決断力のあるお前に決定だ」
みんなの視線が、若く、知的な男に集まった
「えっ……ぼ、僕か。……隊長……なんかいい響きだなあ」
「決定だ。よろしく、隊長。さあ、出発しようか」
「あ……ああ。でもちょっと待ってくれ。隊長なんだから、オールバックにしてメガネをかけてくるよ」
「……隊長、そんな間違った情報、どこから仕入れてきたんですか?」

そのタイム・マシンを起動させると、青白い光が包み、一瞬にして目的の時代に飛ばされた
するとビルだらけでごちゃごちゃした町の風景と、騒がしく語り合う人々の声が飛び込んできた
「わお、この時代の人たちは活気がありますね」
「そうだな、俺たちの時代とはまったく雰囲気が違う」
すると感心する研究員たちを、通行人たちは物珍しげにジロジロを眺めていた
研究員たちの、宇宙服のようなタブタブとした格好が珍しいのだ
「た……隊長。いくらなんでもこの姿は目立ちますよ」
「たしかにこれでは調査がしにくいな。よし、外見モードを切り替えよう」
腕についた小型コンピュータをカチカチをいじると、そのスーツは時代に合わせたラフな格好に変化した
もちろん耐機能は最低限残している
「では、各自担当地域に行って、待機してくれ。なにか異変があったらすぐ通信機で知らせろよ」
「了解」

隊長は、ペアになったもう一人を連れ、近くを散歩してみた
「……のどかですね。一体この状況からどんな恐ろしい事が起こるんでしょうね」
「うむ……歴史に残るくらいなんだから、大規模な事件なのだろうな」
「僕はハルマゲドン級の大地震だと思いますね」
「政治で大革命があったのかもしれん」
「第二の世界恐慌」
「第三次世界大戦」
次々と予測を立ててみるが、実際起こってみないとなんとも言えない
二人はしばらく近くの公園に座り込んで事件発生を待ち続ける

が、半日たってもまだこれといって何も起こる気配はない
「……本当に起こるんですかね?」
あまりの平和さに、つい欠伸が漏れる
「まだ今日という時間はあるんだ。……しかし、念のために確認してみるか」
隊長は腰についた通信機を使って、また別の場所で待機している仲間と連絡を取ってみた
『隊長だ。どうだ、そっちは何か異常はあったか』
『まったく異常なしです。いろいろ調べてみましたが、火山は大規模な噴火傾向はなく、隕石も近づいてはいないようです』
『そうか、分かった。そのまま続けてくれ』
そして無線を切る
「……向こうでもまだ何も起きていないようですね」
「ああ。しかし、なんだか気になる。電気屋へ行ってみよう」
「ああ、TVでニュースをチェックするんですね」
二人は電気屋へと急いだ
そこに置かれている数台のTVはニュースをやってはいた
だが、その内容のいずれも、昨日やさらに前日に起きた事件のことを引っ張り出してしゃべってるだけだった
「ここにも手がかりは無しですね」
「ああ。……一体なにが起こるというのだろう」
まわりは、澄みきった青空の下、いつもと変わらぬ日常
「大変なことが起ころうとしているのに、静かですよね。……嵐の前の静けさってやつでしょうか」
「とにかく、待つしかない」
二人はただひたすら待ち続けた
しかし、どれだけ待っても何も起こらず、ただ時間が流れていく
そしてあと数分でこの日が終わろうとしていた

……一体どうなってるんだ? あと十分で一日が終わってしまうぞ」
「もしかしたら……マザーコンピューター『クイーン』の間違いかも」
「それはありえない。あのコンピューターがミスをするなど……」
「しかし、そうとしか思えませんよ」
「…………」
もう隊長自身も分からなくなって、ついに黙り込んだ
「……それでも一応あと十分でも待ってみよう。それでもなにも起こらなかったら帰るとしよう」
隊長はがっくりと肩を落とした
謎が解けないというのは、なんというモヤモヤとした気分だろう

そしてついに、時計の針は無情に動き、ついにこの日の一日が終わりを告げた
「……何も起こらなかったな。帰ろう」
隊長は腰を上げて立ち上がり、その場を去ろうとした
すると突然電気屋のTVの番組が、緊急ニュースに切り替わった
「隊長、ニュースが出てきましたよ」
そのニュースのキャスターは息を切らし、興奮しているのか、早口になっていた
『みなさん、信じられないような事実が判明いたしました』
「これだ!」
聞くなり、二人同時に叫んだ
キャスターは汗を一筋流し、まだ早口で続けた
『ただいまをもって今日一日、なにも起こりませんでした』
「……は?」
なんだこれは。まったく訳がわからない
するとキャスターは汗をぬぐい、こほんと咳払いし、落ち着きを取り戻す
『……すいません、先走りしてしまいました。……えーと、なんと今日一日、大小含めて事件や災害というものは一切起こりませんでした。それも、世界規模だそうです。一日のうちに事件が一回も起こらないのは歴史上初めてのことであり、国は今日のこの日のことを<平和の日>とすることに決定いたしました……』