試行錯誤のディテクティブ作:アリマサ この日の学校の帰りは、千鳥かなめと相良宗介のツーショットだった。 しかし、その二人は『幸せな恋人同士』ではなく、『しつけをする飼い主とイヌ』に近い雰囲気だった。 飼い主は、いつものようにイヌのしでかした行為を叱っている。 「ったく、あんたはいつまで同じことをするのよ。何度も言ってるでしょうが」 「しかし、千鳥。先生が『日直は、ちゃんと黒板を消しておくように』と言ったのだ。そこで、日直の俺が黒板を取り外し、屋上で爆破しておいた。破片ひとつ残さないようしっかりと証拠隠滅を図っておいたのだが」 「だ・か・ら、なんで爆破までするのよ。黒板消しでサッと消せば済むことでしょうが」 だがイヌは軽く首を横に振り、 「君は最先端の科学捜査のおそろしさを知らんのだ。完全に消したと思っても、やつらは特殊薬品やら装置やらを使い、必ず暴きだしてしまう。つまり証拠そのものを完全に消し去らねば安全とは言えんのだ」 「そんな組織がなんでうちの授業内容を暴く必要があるってのよ」 「いかんぞ、千鳥。そんなふうに甘くみては。戦場では兵士への戦術内容が敵の手に漏れ、 壊滅してしまった部隊もあるのだ」 「……うちの学校は兵隊の訓練施設か」 などといつもと変わらぬ日常会話を交わしていた。 しばらくして駅前にさしかかると、 「あっ、いけない。もう今月お金ないんだ。銀行寄らなきゃ」 かなめが思い出したように、突然言いだした。 「銀行?」 「ちょっと下ろしてくるから付き合って」 「了解した」 二人は近くの銀行に寄ることにした。 中に入ると、入り口で『いらっしゃいませ』の声が流れる。手前の整理券を取って、待機室に座ると、宗介が落ち着かない様子でかなめに詰問した。 「千鳥、ここは何をする所なんだ?」 「ああ、ここはね。ええと、国民のお金を管理するところ……なのかな? うーん、正確に説明するのは少し難しいな」 「要するに、ここには全国から金が集まるのか?」 「んーまあ、全国ってわけでもないけど、そんなもんかな」 あいまいなかなめの返答を耳にしたとたん、宗介の表情が真剣になる。 「ここは危険だ。強盗の類に狙われるぞ」 「うん。ここも前、やられたみたいよ。ニュースとかでも流れてたし」 「ふうむ。しかし、危険だと認識がある割に、警備が頼りなくないか。見たとこ警備員は二、三人といったところだが」 「あんた、意外なとこで核心つくわね。うん、あんたの言うとおり、強盗問題が多い割に警備員少ないわよね。単に人員不足なのかもしれないけど」 「これでは強盗が徒党を組んで攻め込まれると、こっちはなにもできないぞ」 「そうかもしれないわね」 「いかんな……」 宗介は両手を組み、真剣に悩みだした。 普通ならここで「物騒ですわね、奥様」などと言って軽く終わるのだが、とてもそうなるとは思えなかった。 嫌な予感がする。はっきり言って今までの経験から、目の前のコイツが「そうですわね、ホホホ」などというノリは持っていない。言い知れぬ不安がかなめを包む。 「ちょっと聞くけど、今あんた何考えてるの?」 「うむ、ここの警備に協力しようと思っているのだ。そこで、金庫室の前にモーションセンサー爆弾でも仕掛けておこうかと」 でた。宗介暴走キーワードのうちの一つ、『爆弾』 「モーションなんとかってのがよくわかんないけど、そういうのはダメよ」 「モーションセンサー爆弾だ。近くで動くものを感知し、自動的に爆発する。その効果は保障するぞ」 「だから爆弾はだめだってば。銀行員が怪我したらどうすんのよ」 「問題ない。銀行員には解除方法を教えておく」 「そうじゃないっての。ったくあんたのほうがよっぽど物騒だわ。もうさ、そんなのはここの人たちに任せてればいいのよ。いざとなればちゃんとやってくれるから」 二人がそう話してると、奥から一人近寄ってきた。黒ぶちメガネに七三分けの髪型。痩せ型の体格で、ひょろっとした印象がする。男はこの銀行の支店長だった。 「お客様、なにか問題でも?」 「あっ、支店長さん。いえ、なんでもないです」 かなめはこの銀行の常連のため、お客とのふれあいを大切にする支店長とは、気楽に話せる仲になっていた。 支店長は、なぜかこっちを睨みつける男、宗介を目にすると、少し意地の悪い顔をした。 「おや、カナちゃんにボーイフレンドができたのかい」 「ちっちがいます。これはただのクラスメートですっ。からかわないでください」 「はっは。そうかい? しかし遠くから見てるといい雰囲気だったよ」 「そんなこと……ないですよ」 声が弱々しくなって、そのままうつむく。宗介にいたっては、まったく話が理解できず、黙ったままだ。 「それじゃ、また」 支店長はなんの問題もないと分かると、仕事場に戻っていった。宗介が口を開く。 「千鳥、今のは誰なんだ?」 「ああ、支店長よ。この銀行で一番えらい人」 気を取り直して、わかりやすく説明する。だが宗介は厳しい目をして、 「そいつはちがうな。それほどの地位の割には頼りない風貌だ。あの男がこの銀行を守るための戦闘能力をそなえているとは思えん」 「ちょっと……」 「思うに奴はスパイだ。どこかの強盗組織の一員で、多大な計画の下準備のために支店長になりすまし、情報を盗んでいるにちがいない」 「あのねえ、私は小さいころからずっとこの銀行に通ってて、あの支店長の顔はよく知ってるのよ」 「では、千鳥をあざむけるほどの変装の名人というわけか。ここは慎重に捕縛し、尋問して……」 「やめなさいっ。いい? あの人は正真正銘、支店長さんなの。大体あんたの考え方は間違ってるわよ。えらい人は戦闘能力が高くないとだめだとか……。そういうのんじゃないの。力がすべてじゃないんだから」 「では、なにが長けているというのだ?」 「それは……人脈とか……そう、信頼よ。素早い判断力と、厚い信頼をもっているのよ」 「そう……なのか」 宗介はまだ納得いかない様子だったが、『わかった』とだけ告げた。 そんな二人とはまた別に、窓口のそばで中年男が汗をかいて、ぶつぶつとつぶやいている。 「大丈夫だ……。ちょっとこう、脅かして、逃げればいいんだ……」 何度も同じ言葉を繰り返す。やがて決心したように、懐にしまっていた小型のピストルを取り出して、窓口の受付嬢に向かって叫んだ。 「か……金を出せえっ」 銀行の人たちは、その叫び声に、なんだろうと理解できず、ただ男に注目する。やがて、男が手に持っている銃に気づくと、一気に騒ぎが起きた。 銀行全体に響く悲鳴。あわてて男から離れようとする客たち。一様はパニックに陥った。 「動くなっ」 男は震える手で真上に向け、一発撃つ。 それは照明に当たり、細かいガラスが飛び散り、その辺りが少し薄暗くなる。それがかえって、パニックを大きくした。 (むやみな発砲は混乱を招くだけだ。どうやらあの男、素人のようだな。それに単独犯だ) 「ひっひえああっ」 と情けない声をあげたのは、さっきの支店長だった。あわてて奥の机の陰に隠れ、がたがたと震えて動かない。 (あの支店長……。強盗を撃退しないどころか、客を落ち着かせることもしない。最低の上官だな) 「ね……ど……どうしよ、ソースケ」 小声でかなめがたずねる。 「あの強盗は興奮している。下手なことをするとかえって危ない。ここは、とりあえず強盗の指示に従うのが懸命だ」 「うん……」 「心配ない。あの程度ならここにいる銀行員だけで捕縛できるだろう。まあ見ていろ」 その強盗は窓口に詰め寄って、受付嬢に銃口を向け、早口でまくしたてる。 「こ、この袋に金を詰めろ。いそげっ」 興奮して荒々しい口調で指示すると、持っていた大きいボストンバッグを渡そうとする。 この機会を宗介は見逃さなかった。 「よし、いいぞ。金の受け渡しの瞬間には隙ができる。見ていろ千鳥。あの女はバッグが渡される瞬間、犯人の手を掴み、肘鉄をくらわせてねじ伏せるぞ」 「…………」 しかし、宗介の思惑とは裏腹に、その受付嬢は素直にバッグを受け取った。 「バカな。せっかくのチャンスだというのに、なぜ何もせんのだ」 愕然としたように顔をこわばらせる。 受付嬢は慌ててバッグにどんどんと金を詰め込んでいく。その行為にも宗介は疑問を持った。 「なぜ急ぐんだ。ここは警察が到着するまで、もたもたするフリでもして時間稼ぎをするべきではないか」 「誰だって銃を突きつけられちゃ慌てるって」 バッグが一杯になり、男はそのバッグを受け取ると、あたふたと入り口に走る。 銀行員は両手を上げたまま伏せって、誰一人動かない。警備員も、強盗が銃を持ってるとあって下手に動けないようだ。それを見て、ついに宗介が動いた。 「このままでは逃げられる。仕方ない」 一気に犯人に詰め寄って、手刀を後ろ首に打ちこむと、犯人は体勢を崩す。その隙に肘鉄をさらに叩き込むと、犯人はがくんとその場に倒れ、失神した。 一瞬のことで、犯人は反撃もできず、完全に沈黙した。 銀行員たちはポカンとそれを眺めていたが、やがて自分たちが助かったと分かるとホッと胸をなで下ろし、宗介に向けて拍手を送った。 「やった、すごいぞ少年」 「ありがとう、助かったわ」 パチパチと拍手の音が飛んでくる中、宗介は不機嫌だった。 (こんなやつらが、国民のお金を守るというのか?) 「ソースケ、大丈夫?」 千鳥が心配そうに声をかける。 「問題ない。この程度の相手なら銃を使うこともない」 「はあ、もう。お願いだからあんまり無茶しないでよね。でも、まあ武器を使わなかったことは感心したわ」 ほっと胸をなでおろす。 すると、拍手の音をかき消すようにパトカーのサイレンが聞こえてきた。誰かが通報して、かけつけたのだろう。二、三台のパトカーがサイレンを鳴らして銀行の入り口を囲む。 中から武装した警官と、コートを羽織った刑事が一人出てきた。 「中の様子はどうだ?」 「それが、中から拍手の音が聞こえます。どうも、犯人は捕まったとか」 「捕まった? よし、入るぞ」 その刑事は数人の警官を連れて中に入る。 そこでまず目に入ったのは、気絶した犯人を逃がさないよう、上から組み伏せている少年だった。 「君が……捕まえたのか?」 正直、刑事は驚きを隠せなかった。てっきり警備員が捕まえたものかと思っていたが、犯人を押さえているのは学校の制服を着た少年なのだ。 「肯定です」 そう答える少年の目は鋭く、威圧感があった。 刑事は一瞬たじろいたが、気を取り直して、倒れている犯人を見る。 「よし、この男を逮捕しよう」 手錠を取り出すと、気絶している犯人の手首にはめ、警官に連行させる。 犯人がパトカーに押し込められるのを見届けると、改まって宗介に向き直った。 「協力に感謝する。ありがとう。詳しいことは銀行員から聞いておくが、君には警察から感謝状が送られるだろう」 「はっ、ありがとうございます」 宗介はびしっと敬礼する。刑事は、今どきめずらしい少年の礼儀正しさに感心した。 「君はそこらの高校生より人間ができているようだね。立派なことだ」 かなめが聞いていたら、おもいっきり首を横に振るところだ。 「いえ、そんなことは」 いつものむっつり顔で謙遜してみせるが、 (あ、照れてる) かなめはソースケの微妙な変化をしっかりとらえていた。 その時。宗介のポケットからぽろりとなにかが落ちて、刑事の足元を転がる。 「あ、君。なにか落としたよ」 と、刑事が拾い上げたのは、緑色の物体。言うまでもなくそれは手榴弾だった。 (まずい) かなめと宗介が同時に青くなり、ぶわっと汗がふきだす。 「いかんなあ」 刑事は苦渋に満ちた顔で、その手榴弾を眺めた。 「こういうオモチャで遊んだりするのは感心しないねえ。まあ、今回は見逃してあげるけど、他の人に迷惑をかけるんじゃないよ」 完全に玩具と勘違いしていた。まあ普通、高校生が本物を持っているとは思わないだろう。 ところが、最悪なことに刑事は手榴弾のピンをいじくり始めた。 「最近のオモチャはよくできてるんだな」 興味津々にそれを手の中で転がし、振ってみる。そしてピンに指をひっかけ、力をいれた。 当然、そのピンは外れた。 「い……いかん。壊してしまった」 宗介は素早く刑事から手榴弾をひったくると、外に飛び出し、タイミングを見計らって上空に勢いよく投げた。 手榴弾は勢いよくビル六階くらいの高さまで飛んでいく。 「伏せろっ!」 少年が叫ぶのと同時に、 どごおんっ! 上空で爆発が起きた。猛烈な炎と鼓膜が破れそうな爆発音とともに。 通行人は悲鳴をあげてその場に伏せた。爆風が、辺りの屑を吹き飛ばしていく。パラパラと小さな炎と破片が降ってきて、黒煙が立ちのぼる。 「ばっ、爆弾よっ」 「助けてくれ、まだ死にたくないっ」 「お……落ち着いてください! 警官の指示に従って、避難してください」 銀行周辺が、またもパニックになった。 「……本物?」 刑事が一人、血相を変えて息を呑んだ。
数時間後、その場に警官がいたこともあって、意外と早く事態は収束した。 辺りがようやく落ち着くと、刑事は宗介に近づく。 「君を署に連行する」 「感謝状をくれるのですか」 「バカ野郎、爆弾魔にだれが感謝状をよこすかっ。危険人物として逮捕するんだっ」 「それは……非常に困る」 しかし、宗介の弁明に刑事は耳を貸さない。そのまま彼はパトカーに押し込められ、連行されてしまった。 かなめはそれを銀行の中から見送っていた。 (ソースケ……。ついに逮捕される時がきちゃったのね。……遅いくらいだけど) かなめは涙を流し、ハンカチをふってバイバイした。
警察署の取調室。せまくるしく、机や椅子以外なにもないところだった。 そこで宗介はさっきの刑事と見張り二人に睨まれていた。 「正直に吐け。貴様が所持していた火薬物はどこから手に入れたんだ? なにかの組織の一員なんだろう?」 たしかに宗介は現在、秘密軍事組織<ミスリル>に所属している。しかも軍曹だなどと、この刑事に言えるはずもない。 宗介はどんな口調で詰められようとも決して口は開かなかった。刑事は、迫るのをやめて肩で息をしながら椅子に座った。 「し……しぶといな」 「無駄だ。たとえ生爪をはがされようとも、傷口に塩を塗りこまれようとも、はらわたにゲジ虫を詰め込まれようとも、この口は決して割らん」 聞いていた刑事たちの方が気分が悪くなって、『やめてくれ』とうめき、手で口を押さえる。 そこに、ドアがノックされた。 出前のバイト員がはいってきて、カツ丼を一つ机の上に置いていく。バイト員は料金を受け取ると、そそくさと消える。机の上にカツ丼だけが残された。 刑事はドラマでお決まりのセリフを宗介に告げる。 「まあ、ひとつカツ丼でも食え」 カツ丼のいい匂いが、宗介の鼻を刺激する。 「む……」 「遠慮するな、食えよ」 そう言われて、宗介は割り箸を手に取る。 「すまんな」 割り箸をパキンと割って、そのカツ丼を口に運ぶ。カツと卵がいい具合にマッチされている。 「うまいな」 思わず宗介がそう漏らしてしまうほどだ。 「そうだろう、そうだろう。俺のお勧めだからな」 すると刑事はにっこり笑って、 「どうだ? そんなにうまいもんが食えたんだ。ここはひとつなにか教えてもらおうか」 これがここの手口だった。こんなにうまいカツ丼を食わされて、自白しなかった容疑者はいなかった。 だれもがこの味を前にして『うう、すんません』と、折れてしまうのだ。 だが宗介は俄然とした態度で、 「断る。こんなものでは俺をゆさぶることはできん」 なぜか急に刑事の顔がこわばった。 「……こんなもの?」 突然、場の空気がぴりっと張りつめた。 刑事は眉根を寄せ、いきなり立ち上がると、宗介の胸倉をガッと掴んだ。 「貴様、こんなものたあなんだ、こんなものたあ。ええ? おい。これは380円もするんだぞ! まさか貴様は俺の安月給を知って、そう言ってんのか? ああ?」 なぜかいきなり激昂した。 「……よくわからんが、値段など論外だ。尋問の道具としての価値はない、と言っている」 だがその反論は完全に逆上した刑事の耳には入らなかった。血が上って、こめかみをぴくぴくさせ、ぎりぎりと顔を歪める。 「この肉と卵のハーモニーをこんなものだと? 米はなあ、コシヒカリなんだぞっ。ノリはこうみえても高級なものを使ってんだ。遺伝子組み替えなどせず、自然で作った天然の旨味がなあ!」 どうやらこのカツ丼になにか思い入れがあるらしく、それをバカにされたと勘違いしてキレたようだ。目を血走らせ、次々とカツ丼のポイントを述べていく。 「……まだよくわからんが、このカツ丼が欲しいのならやるぞ」 そう言って刑事の前に置かれたどんぶりには、具はすでになく、白い御飯だけが残っていた。それが刑事の神経をさらに逆なでしたらしく、ついに『むきーっ』と奇声をあげた。 「やっぱりバカにしてやがるなあっ。畜生! ああ、そうさ。どうせ俺は甲斐性なしだよ。仕事だっていうのに、帰りが夜遅くなると妻が不機嫌になって晩飯はインスタントだよ! 文句言って『こりゃなんだ!』と怒鳴ると妻は冷たい表情で『あら、あなたへの愛情を込めたお湯を注いで作ったものよ』と、三分インスタントをじっくり三十分待って、伸びきったぐちゃぐちゃを食わせてくるよ! それに比べりゃこのカツ丼が俺にとって高級料理なんだよ! たとえ張り込みで一週間くらいカツ丼続きになったとしても美味いと思えるさ! 安上がりな男とでも思うか? 思いたきゃ思えよ! こんな俺を笑うがいいさ! 笑えよ! あははははは!」 いつの間にか大きく話が脱線して、やけになって笑う刑事を、まわりの見張りの人たちが必死に押さえた。 「落ち着いてください! 気持ちは分かります! 俺もカツ丼は最高だと思うっス! だから……だから……」 見張りの人が、うんうんと何度もうなずき、一緒に泣き出した。 そんなことをよそに、宗介は食べ終え、空になったどんぶりを机に戻す。 「うむ。満腹だ」 ひと息ついて淡々と告げた。ここでさらに爪楊枝で『しーしー』などという仕草をしてみせれば、刑事は問答無用で拳銃を撃ったことだろう。 そこに、またもノック。今度は警官だった。 その警官は『犯人をよそにひとかたまりにえんえんと泣いているゴツイおっさんたち』に顔をしかめたが、とりあえず用件を伝える。 「その方は釈放することになりました」 「な……なんだとっ?」 とりあえず出ていた鼻水を引っ込め、その刑事は怒鳴った。 「ですから、釈放です」 「バカな。こいつは現行犯なんだぞっ」 「さあ。でもこれは上からの直々の命令でして」 「う……上から?」 刑事たちが当惑した表情で狼狽する。 (ミスリルか……助かった) 宗介はミスリルの素早い対応に感謝すると、刑事に向かって、 「それでは俺は帰らせてもらおう」 それだけ言い残して、すたすたと出て行った。 刑事のほうは呆然とそれを見送ったが、やがて煮えきらず握りこぶしをわなわなと震わせた。 「これでは納得できん。署長に直にかけあってくる」 すたすたと早足で署長室に入り、頭髪の薄い男に問い詰めた。 「どういうことなんですか? 署長!」 「君か。伝えたとおりだ。あの男は釈放だよ」 「何故です? あいつは本物の手榴弾を持ってたんですよ。しかも身体検査すると銃まで出てきました。立派な銃刀法違反です」 断固たる口調の刑事。一方の署長はしかめっ面で、 「その辺は複雑な事情があるんだ。とにかく防衛庁からの命令じゃどうにもならん。報告書も作るなよ」 「ぼ……防衛庁?」 「そうだ。言っておくが、あの男は君が思ってるような裏の組織の一員ではない。名称は知らんが、正規の組織の一員だそうだ」 「……そうですか」 防衛庁直々とあっては、刑事でさえ手出しはできない。 だが刑事はなにかを思いついたらしく、にやりと笑って署長室を立ち去った。 (こうなれば、この俺があの少年の正体を暴いてやる。刑事30年のこの俺がな……) なにかよからぬことを企んだようだ。
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