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試行錯誤のディテクティブ 中編


作:アリマサ

翌日、かなめは宗介と一緒になって、学校に登校していた。

「よく釈放されたわね。あんたみたいな危険男を」

「こういう時のためにミスリルが手をうってある。これまでも何度もお世話になった」

「余計なことを……」

と言いかけて、口をつぐむ。二人はいつの間にか、いつもの通り道の銀行の前に来ていた。

銀行の前の通りにある電柱の上の部分が黒くすすけている。もちろん昨日の爆発のせいだ。

「は……早く行きましょ」

気まずくなって、早足でそこを通過する。

「どうした? 千鳥。まだ時間には余裕があるぞ」

「昨日あんなことしといて堂々と通れないわよ。この辺に住んでる人たちから白い目で見られるわよ」

「そういうものなのか」

「そうよっ。少しは罪悪感ってもんを感じなさいっ」

そんな二人から少し離れたところにある電柱のかげで、コートを着た刑事が隠れていた。

「ふっふっふ。やはりここはやつらの通学路だったようだな。見張ってて正解だった。さて、あの少年を尾行して、正体を暴いてやる」

帽子を深くかぶり、二人の後をつける。やがて、対象の二人は陣代高校に入っていった。

「ここの高校の生徒か」

校門についた表札を見ていると、玄関のほうでなにかがあったらしく、玄関周辺で人だかりができていく。

「なんだ?」

刑事はとりあえず、校門のかげに隠れて、様子をじっとうかがう。

その玄関の靴箱の前で、例の少年と傍にいた髪の長い少女がなにやらわめいている。そして二人から少し離れて囲むように見学する生徒たち。

(一体なにが始まるんだ?)

しばらくすると、『伏せろっ』と少年が叫びだした。その声と同時に、

どかんっ!

靴箱から閃光が走り、抜けるような轟音が響き、爆発した。黒煙が立ち込め、焦げ臭い匂いがたちまち広がる。

「なっ、なんだ? また爆発?」

いきなり、二度目の爆発の瞬間に立ちあってしまった。

突然のことで戸惑ったが、とにかく警察として近くの生徒たちを避難させなければならない。すぐさま校門から次々と入ってくる生徒たちに注意を促そうと呼びかける。

「きっ、君たち危ないぞ。入るんじゃない!」

だが、その生徒は慌てた様子もなく、

「どうかしたんスか?」

「どうかって……。見ろよあれを! 爆発が起きたんだぞっ」

びしっ、と黒煙の立ちこめる玄関を指さす。

だが生徒のほうは表情も変えず

「ああ、みたいっスね」

とのんきに言う。

「……驚かないのか?」

「まあいつものことだから。ははは」

からからと陽気に笑う。

(爆発が起きたってのになんだ? この学校のやつらは。なにか雰囲気が異常だ)

「怖くないのか?」

「ああ、大丈夫。けっこう大げさに爆発してるけど、これまで死傷者ゼロだからさ。相良の奴もああみえて結構安全に気ぃつかってるからな」

「相良? 相良って誰だ?」

「ああ、あいつだよ」

と、指で指し示すその先には、例の少年がいた。

「ま・た・あいつかあっ」

その生徒を置き去りにして、大股ですたすたと校門を離れ、玄関に向かう。

すると現場では、少年は髪の長い少女にがっちりスリーパー・ホールドを極められて青くなっていた。少年は白目になって泡を吹いている。

(こ……今度は殺人事件の瞬間?)

もうなんだかわけが分からなくなってしまう。だがそれでも刑事としてこれを見逃すわけにもいかなかった。

「きっ、君。やめなさい。はやまるんじゃあない」

「なんです? おじさん。あたし今コイツの制裁をしてるとこなんです」

「警察だ。ほら」

と、胸ポケットから警察手帳を見せる。それが目に入ると、かなめはパッと技を解いて二歩後ずさった。

「け……警察? ……あら、もしかして昨日の……」

「ああ。銀行の現場を仕切った刑事だ」

「その刑事さんがどうしてここに? まさかまた宗介がなにか?」

喉元を抑え、苦しんでいる宗介をちらりと見て、

「いや……それより、今爆発があったようだが、一体どうしたんだ」

「そ……それは、その……」

かなめが気まずそうに口ごもると、宗介はどうにか意識をはっきりさせ、

「その質問には自分が答えます」

「言ってみろ」

「はっ。さきほど靴箱に近づいたところ、自分の靴箱に不審物が仕掛けられた痕跡がみられました」

「不審物だと? それはなんだったんだ?」

宗介はプスプスと焦げた紙を持ち上げ、

「いえ、どうやら高性能爆弾ではなかったようです。ただの紙類でした」

ちなみにその焼けてない部分には、『相良ぁっ、貴様にはもう我慢ならん。決闘を申し込む!我が大導脈流の拳でトドメをさしてやる。場所は……』

そこからはもう読めなくなっていた。

「……一体なぜ不審物が入ってると思ったのかね?」

「これをご覧ください」

床にあるものを拾い上げると、それを刑事に見せた。黒の細長い糸のようなものだった。

「……髪の毛にしか見えんが」

「肯定です。この髪の毛が落ちていたのです」

「…………?」

「…………」

「……え……と、つまりこれは怪しい奴の髪の毛だと?」

「いえ、これは俺の髪の毛です」

「………??」

「説明します。俺は普段から、目立たないよう靴箱に髪の毛を挟んでいるのです。それが落ちていました」

「それで?」

すると宗介が『やれやれ』とでもいうように首を小刻みに横にふる。今の説明で理解してくれなかったことの不満らしい。

「つまり、俺以外の何者かが、爆弾などを仕掛けるためにこの靴箱を開閉した形跡がある。と、判断したわけです」

「では、さっきの爆発は?」

「不審物を確実に処理するには、爆弾が一番だと思ったので。俺が爆破しておいたのです」

「……君は髪の毛が落ちているたびに爆破するのかね」

「ええ。用心に越したことはありませんので」

悪びれた様子もなく、きっぱりと告げた。

(ああ、やばい。こりゃ相良くん捕まるわね)

(警官本人の前で堂々とバラすとは、度胸あんなー)

(刑期は何年くらいになるのかしら)

などと、遠まきに見守っていた生徒たちが好き勝手にぼやいてる中、刑事は腕を組んで『うーん』とうなった。

そしてしばらくこめかみのあたりを押さえると、苦々しく言った。

「そうか、わかった。もういい。教室に行きなさい」

なんと、その場での逮捕はなかった。生徒たちがどよめく中、宗介本人は平然と教室へと向かった。

(だめだ。あの相良とかいう奴とは、どれだけ話しても無駄だ。ここは、この学校の責任者と話し合ったほうがいい)

刑事はそう考え、すぐに校内地図を調べ、校長室に向かう。

校長室に入ると、陣代高校校長・坪井たか子と生徒会長・林水敦信が、応接用のテーブルをはさみ、向かい合って座っていた。

「校長に話があるのですが」

とすばやく警察手帳を見せる。

校長は警察ということに狼狽しながらも、事務的な対応をした。

「なにか?」

「実は、ここの生徒の相良という生徒について少しお聞きしたいのです」

校長は『マズイ』とばかりに青くなった。

「その用件は私が受けましょう」

と言い出したのは林水敦信。

「なにかね? 君は」

「失礼。私はここの生徒会の会長をしている、林水敦信と申します。相良君は我が生徒会の一員で、私のもとで働いてもらっています。相良君のことは私のほうが詳しいので、その件は私が聞きましょう」

「そ……そうかね? では、率直に聞くが、相良という生徒は一体どういう生徒なんだ。聞けば靴箱の爆破は一度や二度ではないとか聞いたが」

『ああ、やっぱり』と嘆く校長をよそに、あくまで林水は冷静な口調で言った。

「ああ、それについては問題ありません。相良君には安全保障問題担当という役職を与えていますので、その仕事を遂行しているに過ぎません」

「安全保障問題担当?」

「はい。学校の安全を維持するために派遣されたその方面に詳しい男です。彼にはあらゆる権限を与えています。靴箱の件は、おそらく不審物でも仕掛けられたという可能性があったのでしょう。彼はその可能性を限りなくゼロにするための手段を用いたに過ぎません」

刑事は、しばらく黙り込んでしまった。

(ああっ、だめだわ。誤魔化しきれないっ。もう我が校の不祥事は噂になってしまうんだわ)

などと校長の坪井は一人心の中でわめく。だが刑事のほうはあっさり納得した。

「……なるほど、安全保障問題担当か。それなら仕方ないな」

「えっ?」

刑事の答えに唖然としながらも、校長は聞き返した。それでも刑事は何度もうなずいて、ぺこりと頭を下げる。

「問題ありませんな。どうもこれは忙しいところすみませんでした。ああ、そうそう。彼は学校の中だけではなく、銀行でも強盗の撃退など、いろいろと問題を解決してくれてますよ。学校の方からも讃えてあげて下さい」

「分かりました。必ず」

林水が了承すると、刑事は校長室を出て行った。

「……これでいいのかしら?」

校長が不安げに漏らす。林水は自嘲気味に微笑む。

「いいのでしょう。世の中そんなものです」



刑事は校門を出ようとして、ふと立ち止まった。

「それでは、あの武器の所持やなにかの組織の一員というのは、どういうことなのだろう」

まだ問題は全て解決したわけではない。刑事はそう気づいて、すぐさま尾行を続けることにした。

校門の裏にまわって、じっと見張る。

しばらくすると、まだ授業の時間だというのに、相良とかいう少年は携帯を片手に学校を飛び出してきた。ひどく慌てた様子だ。

「これは怪しいぞ」

きらりと目を光らせ、その後をつけていく。

宗介は人の気配に敏感なのだが、刑事の30年で磨いた尾行のほうが上だった。

そして尾行に気づくことのないまま、人気のない広場まで走ると、じっと上空を見据えた。

(いったいなにをしてるんだ?)

すると突然広場に強風が吹き荒れた。そのすさまじい風の音にヘリの音が混ざる。

「来たか……」

少年がつぶやくと、突然目の前に軍事ヘリが出現した。ECSで軍事ヘリを透明化していたのを、解除したのだ。

少年はそのヘリに飛び乗ると、また透明化して上空へ飛び去っていった。

しばらくして風がおさまっても、刑事は呆然としていた。

「なんだったんだ? 今のは」

宗介は、またもミスリルからの緊急召集で学校を出て、<トゥアハー・デ・ダナン>に向かっていったところなのだが、そんなことがこの刑事にわかるはずもない。

だがこの刑事は目をくわっと見開き、ぶつぶつとつぶやきだした。

「そ……そうか、わかったぞ。これですべてが分かった。今の軍事ヘリ、日本にとっては物騒な武器、そして安全保障問題担当、なぞの組織。そう、彼は世界各国の安全の維持活動をつづける外国組織の一員なのだ。そして、平和ボケしたこの日本の安全を密かに守るため、あの高校に在籍。そして組織から武器が特別に支給され、いろいろと活動を行っているんだ」

少年時代、その手の漫画ばかり読んでいた刑事ならではの発想だった。(ある意味当たってるが)

「そうだ。彼は日本の治安を影で見守るヒーローなのだ。そんな彼を疑ってしまうとは……。また日を改めて、彼に詫びておこう」

などと勝手に解釈して、一人納得していた。



銀行事件から三日後。

学校の帰り、宗介は一人だった。そして例の銀行の前を通りかかるとき、後ろから呼び止められた。振り返ると、またもあの刑事だった。

「なにか?」

「君に話があるんだ。時間があれば、その辺で飲んで話さないか?」

宗介はしばらく考えていたが、うなずいてその男についていった。

二人は刑事の行きつけの居酒屋に入る。そこで刑事はビールを、宗介は未成年ということでウーロン茶を注文した。

「それで、話とは?」

「ああ。相良君、きみに謝らねばならないことがあるんだ。実は、私は君をまだ爆弾犯扱いしていろいろと疑ってたんだ。でももう君の疑いは完全に晴れた」

そして深々と頭を下げ、

「いや、英雄ともいえる君を疑うとは、本当にすまなかった」

「誤解が解けたのなら、なによりです」

咎めることもなく、あっさりと許してくれた。刑事はこの少年の心の広さにまたも感銘し、目頭が熱くなり、その目に涙をためた。

「おお。まだこんな若者がいたとは。まだ世の中捨てたもんじゃないな」

などと、危険人物を前にしてなにやら感動する。その少年の手を強く握った。

「きみも、これからの平和のためにがんばってくれ」

「はっ、おまかせください」

「まったく、日本も平和を掲げてる割には治安が悪くてね。おっと、こんなこと警察の人が言うもんじゃないな」

「そのお言葉、よく分かります」

「そうかね。ではちょっと聞いてくれるかね。実はこのあいだも宝石店が襲われたりしてな……」

「それは大変でしたね。自分にも似たケースの事件を……。あれは……」

「ふむふむ、たしかにそうだな。それはこうとも……」

今の日本の治安についての話題で、二人の会話はしだいに盛り上がっていった。

数時間後。

二人の話題は、例の銀行に移った。

「それにしても、あの銀行は危機感が薄いのではないですか? 自分の見たところ、警備はかなりお粗末でした。さらには、銀行員の強盗への対応も不適切なものばかりで……。自分には、あの人たちに国民のお金を守らせる意図が理解できません。現にあの時、自分が取り押さえなければ、あっさりと強盗は逃げ出せていたでしょう」

刑事はその意見にうんうんと同意した。

「あの銀行か。いや、まったく。俺もあの銀行はよく行くんだが、そのたびに警備が目に余ってね。何度も忠告したんだが、向こうは予算がないだのと逃げ口実ばかりつくりよってな」

「そうでしたか」

「ああ。せめてあいつらでなんとか強盗を撃退できるよう、俺の手で鍛え上げたいと思ってるんだが、刑事という仕事柄、忙しくてそんな時間がないんだ。口惜しいよ」

「……それならば、自分がやりましょうか?」

「え? いやしかし、君は君で忙しいんじゃないか?」

「いえ。こういうことなら喜んで引き受けますよ。そのまま放っておく方が、安心して暇がつぶせません」

「そ……そうかね。本当にやってくれるなら、ありがたい」

「やりましょう」

決然とした口調で言った。