翌日の放課後。
宗介は銀行の前で刑事に会うと、一緒に中に入っていく。
すでに銀行は今日の営業は終了していた。
しかし、そんなことはおかまいなしに、刑事は銀行員のみんなを一箇所に集め、説明を始めた。
「えー、そういうわけで、この銀行の防衛を高めるためにも、この相良宗介の指導のもと訓練を受けてもらうことになった。指導方法はすべて彼に任せているので、彼の指示に従えばいい。では、紹介しよう」
「相良宗介です。今日から二週間、この時間帯を借りて君らを強盗と戦い合えるよう、しごいてやる。君らに拒否権はない」
がやがやと騒ぐ銀行員を抑えるように、宗介は声を張り上げた。
「ではこれから各々に役割を与える。これからはその役割が果たせるよう、最大限の特訓をしておけ。では、女性は通信部隊と偵察部隊だ。男性は前衛部隊と工作部隊、指揮官一人だ。男性は全員戦闘ができるようにする。トラップの仕掛け方も伝授してやる。どれも気を抜くなよ。下手すると死ぬからな」
「……刑事さん、これ本気なんですか?」
黒ぶちメガネの支店長が泣きつくような目で刑事を見る。
「そうだ。ほら、無駄口を叩くんじゃない。しっかりやれよ。はっはっは」
本気でいやがる銀行員たちを見捨てて、刑事は後をまかせ、署に戻った。
「ひどい……」
「そこっ。聞いてるのか? しっかりせんと鉛玉が貴様の足に食いこむぞ」
銃口を向ける。
「ひっひいいぃぃ」
銀行員は、完全に宗介の人質となってしまった。
さらに一週間後。
いつものように、銀行員の特訓は続いていた。
最初の二、三日は反発していたが、今やもうそんな気配はない。その日の課題を済ませないと家に帰ることも許されないのだから。
銀行員たちは、確実にたくましくなっていた。観察眼も鋭くなり、性格は野性に近くなっていた。細かった体型も、厚みのある筋肉でひきしまっている。
今日も掛け声が荒々しく響く。そしてその日のメニューが順調に進むと、相良軍曹が叫んだ。
「集合!」
すばやく特訓を中断し、駆け足で相良の元に集う。
「よし、だいたい基礎は教えた。更なる向上を図るため、次は実戦に移る」
「へへ。俺たちもずいぶんと鍛え上げたんだ。誰が相手だろうと、勝てるさ」
「バカ者。生半可な自信をもつと痛い目にあうぞ。いいか、今回の実戦の相手は手強い。なにしろ、そいつらも俺の手で鍛え上げた部隊だからな」
ごくりと生唾を飲む。
「紹介しよう。陣代高校のラグビー部どもだ」
「あ、ども」
郷田優に続いて、ゴツイ体を持ったラガーシャツの男たちがぞろぞろと入ってくる。
しかしみんな、きれいな笑顔でにこにこと笑い、ぺこぺこと頭を下げている。
はっきりいって雰囲気的に強い部隊とは思えない。
「相良さん」
部長の郷田優がにこにこ顔で宗介にたずねる。
「なんだ」
「試合って言ってたんですけど、この人たちを相手するんですか?」
「そうだ」
「じゃあやっていいんですね」
「そうだ」
「ヤっちゃっていいんですね」
「そうだ」
「おおい、みんなぁっ! 相良軍曹が殺っていいとおっしゃってくれたぞおぉぉぉっ!」
『うおおおぉぉぉっ!!』
目つきどころか、顔の雰囲気ががらりと変わり、彼らは大地を震わす凶暴な叫び声をあげた。
銀行員たちはその迫力に思わず半歩下がったが、こっちも負けじと士気を高める。
「俺たちだって、地獄の一週間を乗り越えたんだ! 銀行魂を見せてやろうぜえっ!」
「おおおおおぉぉぉっ!!」
双方の士気が高まったところで、宗介が合図の準備をする。
「よし、では銀行員からは、まず女性のお前から行くんだ」
「はいっ!」
女性が深く構えをとる。
「よし、石原あ! お前から行け!」
「おおっしゃああぁぁ!」
郷田の命令で石原が一歩前に出る。
「へっへっへ。試合なんて久しぶりだぜ」
「お互いこれをただの実戦と思うな! 命をかけた戦場! 殺らなければ殺られると思え! では……GO!」
相良軍曹の合図と同時に、ラグビー部の石原が銀行員の女性に向かって勢いよく突進する。
すると女性は目の前の机を踏み台にして高く跳躍し、石原の殺人タックルをかわす。同時に胸に隠し持っていたスタンガンを石原の首筋に当てた。
「ぐあああぁぁぁ」
10万ボルトの電流が全身に伝わって、石原の動きを鈍くしていく。
「石原あっ」
「ぐああ……い……意識が……郷田っ、頼む」
「おうっ、歯ァ食いしばれっ」
郷田は石原の頬を、勢いをつけ、ヘビー級の強烈なパンチを一撃食らわせた。
石原の顔が衝撃でひどくゆがみ、口の中で嫌な音がした。石原がぺっと吐き出すと、二本の奥歯が転がった。
「ふう、意識がはっきりしたぜぇ」
「う……うそ。スタンガン攻撃が効かないなんて」
「当然だ。俺の鍛えた部隊はそう簡単にやられはせんぞ」
相良軍曹が腕を組んだまま告げる。
「今度はこっちの番だぞっ」
またも、石原の殺人タックル。女性は横に逃げようとしたが、それより早く足をつかまれてしまった。
「おおぉらああぁぁっ!」
足を掴んだまま、女性の体ごと振り回す。そのまま勢いをつけて、壁に叩きつけた。
激突。女性はたまらず、ずるりとその場にくずれた。
「つ……強い……」
「貴様らの目標は、このラグビー部員を個人で撃破できるようになることだ!」
シャッターが下ろされた銀行の中は、さらに悲惨な戦場と化した。
さらに二週間後。
すでに銀行員の訓練は終了した。
彼らの体格は尋常じゃないほどにガッシリして、ボディビルダーコンテストに出場すれば、優勝してもおかしくないくらいの無駄のない筋肉になっていた。ネクタイにスーツベストの格好だが、はちきれんばかりの筋肉で今にもボタンがはじけ飛びそうだ。
たった二週間でここまでの体格になってしまうとは、一体どれほど過酷な訓練だったのだろうか。
彼らは現在、通常通りに業務を続けていた。訓練終了から今まで、まだ銀行強盗は起きていない。
今日も何事もなく昼になり、銀行員男性が不満そうにつぶやく。
「ああ、なんか物足りないなあ。せっかく鍛えたってのに、それを使う機会がないなんてよ」
野太い腕を曲げ、力こぶをつくってみる。
「ほんとよね。いろいろ苦労したのに強盗が来ないんじゃ宝の持ち腐れよ」
隣に座って頬づえをついている銀行員女性が相づちをうって、つられたように不満のため息を漏らす。
そんな憔悴した銀行の外で、怪しげな集団が最後の確認をしていた。
「私タチ、最強ネ。失敗は許さないヨ」
中国人の男女グループが、黒のサングラスをかけて、大きな鞄と銃を用意した。これから銀行強盗を仕掛けようとしている。
実はこの集団、世界をまたにかけて強盗をする本格的な犯罪グループだった。
そして次の狙いをこの銀行に選んだ。
「ヨシ、行くヨ」
十数人が一斉になだれこんだ。
「強盗ダ! ミンナ両手を頭に乗せ、這い蹲レ。逆ラウと射殺スルよ」
手際よく、銃を銀行員たちに向ける。
強盗だと気づいた銀行員たちは、怯えるどころか『ついに来たぜぇ、獲物がよぉぉ』とでもいいたげに、目の色変えて舌なめずりした。
指揮官の支店長が、すぐに指示を出す。
「偵察部隊、お客様の安全を確保! 工作部隊は例のやつを作動させろ!」
「了解!」
強盗の銃が向いているにもかかわらず、それぞれが動き始める。今までにない迅速な対応に、強盗は面食らった。
「きっ、貴様ら。動クナと言ってるダロウが」
数発、発砲。しかし、彼らは軽く跳躍してかわしていく。
そのまま工作部隊が、端のレバーを下げる。すると天井からレーザー装置が出現し、細く青いビームが敵の武器を正確に貫いた。全ての銃が破壊され、使い物にならなくなる。敵の武装はすべてあっというまに解除された。
「なんジャア、コレはあっ」
「ふはははは。これはな、俺たち工作部隊が開発した、銃器類を感知し、無力化する装置だ」
「ナ……」
この平和な日本で、突然レーザービームで攻撃されるなど誰が想像できるだろうか。
いきなり無力化されて、あわてる強盗団。それを見た銀行員が手でメガホンをつくって叫んだ。
「おとなしく降伏せよ。抵抗をみせれば、この鍛えぬいた肉体で抹殺する」
だがその忠告を聞いた強盗グループは不愉快そうに口を歪めた。そしてサングラスを外し、いぶかしげに銀行員たちを睨んだ。
「俺タチに接近戦を挑ムつもりカ? ズイブンとみくびラレタもんダナ」
強盗たちが怪しげな構えをとった。
銀行員は、強盗が抵抗をみせることで「しかたあるまい……」と上半身裸身になる。分厚い筋肉がピクピクとうなった。
次の瞬間お互い『ばっ』と跳躍し、空中で鋭い蹴りが交差する。
「ホアチャアッ」
「はいやあぁぁっ」
瞬時に鋭い蹴りが炸裂した。その威力はほぼ同等。
「クッ、ナンてパワーだ……」
「け……拳法だと?」
周りの強盗たちも銀行員たちも、相手がただならぬものを感じ取った。そしてその場全員が構えて、一斉に戦闘が始まった。
「キィエエエッ」
「ぬおらああぁぁっ」
「ハイヤアアァァ」
奇怪な怪鳥の鳴き声ともいえる叫びとゴリラのような唸り声が、銀行中に響いた。
同時刻、学校の昼休み。
変な干し肉を詰めた弁当を食べ続ける相良宗介に、千鳥かなめが声をかけた。
「あのさ、あたしまた銀行に寄ることになったんだけど、また強盗に遭うの怖いから一緒についてきてくれない?」
「いいぞ。俺も最近の銀行員の様子が気になるからな」
「? なんであんたが銀行員を気にするのよ」
「先週まで俺が教官として、あそこの銀行員をしごいていたからな」
その言葉にかなめは怪訝顔をする。
「なに? それ。詳しく説明してもらおうかしら」
かなめは宗介の机に右足をだんっとのせ、彼を睨みつける。
宗介は焦燥もあらわにたずねた。
「怒ってるのか?」
「ええ、そうよ。またあんたがなにか余計なことをしでかしたのが、目に見えてくるからねえ」
「いや、今回は事情がちがう。この国のために防衛率を高めただけだ。それに刑事の仲介もあるしな」
「刑事? ってあの時の?」
「肯定だ。その刑事とやらに頼まれてな。あの銀行の不満な点について、お互い一致したのだ。その結果、刑事の代わりに俺が教官をつとめた」
「あんたが……教官……。うう、かつての悪夢がよみがえりそうで目まいがしてきたわ」
「悪夢とはなんのことだ」
「あ・ん・た・がっ、あの平和主義者の優しいラグビー部員たちを、殺人部隊にしたててしまったあの事件よっ」
「ああ、あれか。喜べ。彼らはいまでも、立派な兵士だったぞ」
「喜べるかっ。ったく、その刑事さんもなに考えてんだか。最も危険なこの男にまかせるなんて」
「刑事は俺を英雄と呼んでいた。そんな俺にまかせるのは、しごく当然のことだろう」
「え……英雄?」
そう口に出しておいて、しばらく黙考した。
(そう、わかったわ。あの刑事さんは目の前のコイツと同類の変人なのね)
そう悟るとまたも気分が悪くなった。また変人が増えるのね……、と。
放課後。
かなめは宗介と銀行に寄ることになった。とりあえず、銀行の様子が異常でないかどうか。
そして少なくとも異常でなければ、少しは気が楽になれるのだが。
銀行の前に来ると、なぜか宗介は立ち止まって、手前の銀行の横にある、ビルとビルにはさまれた細い通路に入っていく。
「どしたの、ソースケ」
宗介は答えずに、服の中をごそごそとまさぐる。すると中に隠していた銃やらナイフやらが、どんどん足元に落ちていく。そしてその武器の山を、外から見えないよう近くのゴミで巧妙に隠した。
「一体なにやってんの?」
「銀行に武器は持ち込めないようになっているから、少しの間あそこに置いておくことにした。さ、入ろう」
「はあ……」
とりあえず銀行に入ると、いきなり騒がしい声が響いてきた。かなめの祈りもむなしく、銀行の中は異常であった。
数人の変装した男女と、銀行員がところどころで倒れている。どいつも顔は傷だらけで、戦い疲れた様子でぐったりと憔悴している。
その奥では、四人ほどの中国人と二人の銀行員男性がまだ熾烈な戦いを繰り広げていた。
「……なにこれ。なんで銀行の中で暴れまわってるの? どうして天井には物騒なレーザー装置がついてるの?」
かなめが呆然とつぶやく中、宗介は冷静に状況を判断していた。
「どうやらまた強盗が押し入ってきたようだな。それを銀行員たちが撃退しているようだ」
「え? 銀行員って……それじゃあそこで戦ってるのは支店長さん?」
宗介の言葉で、中国人と戦ってるマッスルな男たちが銀行員たちだとやっと分かった。
かなめが気づかなかったのも無理はない。支店長のあの細身の体が、分厚い筋肉でできたゴツイ体格になっているのだ。それに優しい笑顔が売りの素敵な顔が、ボコボコした岩のような顔になっている。名残があるとすれば黒ぶちメガネをかけていることくらいだろう。
子供が見たら一発で失神しかねない。
「あれが……支店長」
変わり果てた銀行員たちに愕然としていると、
「あなたタチ運悪いネ。邪魔ダカラおとなシクしてもらうヨ」
突然二人の背後で、声がした。それは強盗犯の一人の中国人女性だった。
「なにっ、いつのまに後ろに……」
宗介がとっさに身構えるが、中国人女性はそれよりも早く股間を思いっきり蹴り上げた。
「うぐっ、ぐ……お……」
股間を押さえ、そのまま力なくくずれていく。
「ソースケっ」
「す……すまない千鳥。いくら俺でもここは鍛えられん……」
「んな恥ずかしいこといちいち言うなっ」
耳まで赤くなってかなめが怒鳴った。
『うーん』とうめく宗介に、中国人がさらに容赦ない蹴りを叩き込む。
みぞおちをやられ、床にうつぶせるように倒れた。
「ぬう……。ぐう……」
まだ意識はあるというのに、体がおもうように動かせない。
「ぐう……さきほどの気配の消し方といい……こいつらよほどのプロだ……。あの銀行員では、かなわない……」
「ソッチの女モおとなしくシテもらうヨ」
かなめにも、腹へ鋭い一撃。体が動かなくなり、ぺたりとその場に崩れる。
「千鳥っ!」
形相を変えて叫ぶが、彼女はぐったりと動かない。
ぐったりするかなめを支えてやりたいのに、体がまったく動かない。こんなときのための護衛だというのに。
二人を不能にした中国人女性は、またも戦場に向かっていった。
その奥の方ではボサボサ頭の銀行員男性が、一人の中国人男性と戦っていた。
銀行員男性の右ストレート。だが中国人の軽やかな動きでそれは空を切った。
そのあと拳法の素早い動きで三段連続蹴りが銀行員の首に炸裂する。だが、その野太い首はその衝撃に耐えた。
「ナ……なんてタフな奴ダ」
「ぐふふふふ。この鋼の肉体は無敵よおぉぉ」
動きの止まった中国人の足を掴み、拳を振り上げ、渾身の一撃を『どごんっ』とボディにくらわせた。
「ぐげエエぇぇっ」
そのまま『ざあーっ』っと端まですべっていって、動かなくなる。
だがそれに気をとられてるうちに、さっきの中国人女性が銀行員の後頭部めがけて跳躍し、膝の硬い部分で叩きつける。
「ぐあっ」
さらに壁に反動をつけて、かかとを突き出した姿勢でトドメの後方回転蹴り。銀行員をまた一人潰した。
これで銀行側は残り一人。銀行員の中で一番体格がいい、支店長だった。状況は三対一。人数としては圧倒的に不利な状況だ。が、それでも支店長は降伏はしなかった。
するとリーダー格の強盗犯が、仲間の二人を手で払う。
「お前タチ、手は出すナ。私一人デ戦る」
支店長を見据えて、重く口を開く。
「正直、私タチここまでヤラレタの初メテだよ。敬意を表シテ名乗ラせてモラおう。私はリーダーのリアン。ココハお互イ、ボス同士でケリつけヨウ」
「ふ……いいだろう……」
黒ぶちメガネがきらりと光る。
「イクラ強かロウと、私には勝てナイ。私ハ最強ダ」
「それは中国での話だろう。だがここ日本には俺がいるんだ。そう簡単にはいかんな」
二人の間に闘気がぶつかって、ピリピリした緊迫感が生まれる。
意識が回復し、それを見ていたかなめが、戦慄をあらわに
「なっ、なんなのこの雰囲気は。あれが一月前まで気弱だった支店長なの?」
「そうだ。彼には支店長ということで特別メニューを用意した。他の者よりさらに過酷な地獄メニューだ。精神面を集中的に痛めつける方法でな。その効果はあったようだ」
二人はまだ動けなかったが話せるまでには回復した。床に這いつくばったままの体勢だったが。
「それにしても、ソースケが教えたにしては普通に戦ってんのね。てっきり銃で簡単に終わらせるようにしてると思ってたんだけど」
「うむ。実は俺もそうしたかったのだが、銀行員が、『素人が銃を持つと法に違反して捕まる』と反対してきたのだ。そこで、不本意だが接近戦でも戦えるように肉体の強化に方針を変えたのだ」
「本当はあんたも武器持ってちゃダメなんだけど。とにかく、それでこうなっちゃったわけね。はあ……」
「だが、今回の強盗集団がここまで洗練されたプロとは想定できなかった。しかも個々の戦闘能力が高すぎる」
あの宗介にここまで言わせるとは、この強盗グループは相当レベルが高いようだ。
「それって相当のピンチってこと?」
「そうだ」
「ええっ、ま……マズイじゃない。どうにかできないの?」
「俺には無理だ。神経器官を集中的にやられた。まだしばらくは動けない。方法があるとすれば、ひとつ。あの支店長がリーダー格のあの男を倒せれば、なんとかなるかもしれん。少なくともあいつが強盗の中で一番強いだろうからな」
などと解説していると、支店長は丸太のように太い腕を胸の前に構える。ボクシングスタイルだ。一方、中国人のリアンは片足で立ち、手を鳥のように構える。中国拳法でよくみる構えだ。
二人はじりじりと距離を詰めていく。沈黙を破って支店長が先制を仕掛けた。大振りのアッパー。中国人のリアンは首をすばやくそらして避け、同時に連打を支店長の顎に叩き込む。
「ぐっ」
間合いを取り直すと、リアンがさらに攻めてくる。
(大振りじゃよけられちまう。小さく早い連打だ)
支店長はショートフックの連打で敵の勢いを寸断すると、そこから左を当てて、ショートアッパー。リアンの顎が引っこ抜かれるように跳ね上がった。その隙をついて細かい連打を叩く。
たまらず、リアンが顔をガードする。そこに、待ってたかのように、がらあきになったボディに強烈な一発がめりこんだ。
「ぐオッ」
リアンの体が浮いた。さらにしつこく追撃。浮いた体に連打を叩き込む。が、リアンは腕を深く構えたガードで支店長の猛攻に耐え続ける。
そこで、支店長は足を深く踏み込んで、突き上げるような渾身のアッパー。頑丈なガードを粉砕した。そして空いた顔面めがけて、右ストレート一閃。
だが、ふっとリアンの姿が消えて空振りに終わった。
(どこだ?)
リアンは支店長の上を高く跳躍していた。そして空中で体勢を変えて、後頭部に一蹴り。
「ぐっ、貴様っ」
振り向きざま、空気を切り裂くような右フック。リアンは身をかがめてこれをよけると、顎に二連続蹴り。たまらずのけぞったところを回転蹴り。
さらに間合いを詰めて懐に潜っていく。支店長の振り払う左にもかまわず体をくっつけた。
そして窮屈な距離から、両者の壮絶な打ち合いが始まった。
「すっすごいわっ。まさか銀行でこんなすごい試合が見られるなんて」
格闘技好きの彼女は、目の前で繰り広げられる肉弾戦に思わず興奮していた。
「これっていけるんじゃない? けっこう支店長さんのパンチも当たってるし、いいのが入れば……」
「いや……相手の動きが冴えてきている。少しずつ当たらなくなってるぞ」
宗介の言うとおり、しだいにパンチのラッシュがかわされ、そのたびに鋭い蹴りで反撃される。支店長もキックを使うようになったが、それでも拳法独特の動きについていけず、連続蹴りをもろに食らってしまう。
「くそったれがあっ」
なぎ払うような大振りの強烈な右ストレート。だがそれに合わせて、リアンも同時に右のパンチを繰り出した。
がつんっ!
「か……カウンター!」
完璧なタイミングだった。ダメージを倍返しされた支店長は、大きく崩れ、頭から倒れた。
「ああっ、やられちゃった」
「くそ……やられたか」
「はっはア、残念ダッタな。私タチの勝ちダ」
残った中国人たちは勝ち誇って笑うと、そのまま奥の金庫室に向かっていってしまった。
「……まいった。まさか俺の部隊が敗れるとは」
残された銀行員も宗介も、悔しそうにうなだれる。
せっかく死ぬ思いで鍛え上げたのに、それが通用しなかった。気まずい沈黙が流れる。
すると、『ずしいんっ』と音がして、建物が激しく揺れた。
「なんの音?」
かなめが眉をひそめると、銀行員たちが『わあっ』と声をあげて歓喜した。
「えっ、なに? どうしたの?」
「やったあっ、金庫室の手前にモーションセンサー爆弾が仕掛けておいたんですよ。奴ら、最後のトラップに引っかかりやがった」
「ほう……」
宗介は感嘆の声を漏らすと、満足したようにうなずく。
「さすが俺の鍛えた部隊だ。予想以上に立派な兵士になっていたようだな」
「…………」
かなめは踊り喜ぶ銀行員たちを眺めると、悲壮感をこめてつぶやいた。
「またソースケによって犠牲者ができあがってしまったのね。残酷で極悪な犠牲者が……」
「うむ。彼らは今後も活躍してくれるだろう」
かなめの意見も聞かず、宗介は一人腕を組んで満足していた。
悲しいことに、かなめにとって、まだ事件は終わっていなかった。
例の銀行は国際指名手配・銀行強盗中国グループの逮捕の日を境に『最強の日本要塞』という代名詞をもって、国民の金の死守に尽くし続けた。
そしてある日、この事件で活躍した銀行を讃えようという大きな式が開催された。
その式には天皇をはじめ、世界各国の有力人物も出席している。各局のTVのカメラが何台も並ぶ。
その栄誉賞の受賞者には、支店長はもちろんのこと、刑事やなぜか相良宗介が選ばれた。
司会者の一人が、マイクを宗介に向けて質問をぶつける。宗介が意見を述べるたびに、拍手が起こる。
そして最後に『当然のことをしたまでです』と言うと、その場の出席者全員が立ち上がって『ブラボー!』だの『彼は正義の英雄だ』などと彼を讃えていく。たちまち会場が拍手喝采になった。
そのシーンがTVに映し出されるたび、かなめは指を十字に切って、目をつぶってつぶやくのだ。
「神様、世の中は狂っています。アーメン」
あとがき
さてさて、刑事さんも壊れ、アブナイラグビー部の方たちも登場し、銀行員もマッチョ集団に変貌し、さらには銀行強盗までそれを超える変人集団。始末には危険人物相良宗介を英雄に祀り上げる世界の方たち。
僕の狂った世界観をぎゅうぎゅうに圧縮した作品もこれで終わりました
やりたいことをやり終えたという感じですね。
勝手に一人満足しちゃいました。