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オジ様の来日 (授業参観編)


作:アリマサ

ホームルームの時間に、そのプリントは配布された

「はい。ちゃんと後ろにまわしてー」

神楽坂先生の指示で、生徒全員にまわされたそのプリントには、『授業参観のお知らせ』と書かれていた

(授業参観?)

宗介はその文字の意味がわからず、首をかしげた

「ちゃんと保護者に見せること。では、HRは以上です」

告げられるやいなや、席を立っていそいそと帰る生徒たち

かなめも帰ろうと、宗介に近寄った

「ソースケ、帰ろ」

「うむ。ところで、千鳥。このプリントは誰に渡せばいいのだ?」

(あ、そっか。こいつも親はいないんだっけ……)

かなめはちょっと気を使うようにして、

「あんまり気にしなくていいよ。あたしたちにはあまり関係ないことだから」

「そうなのか?」

「うん、そう。まあ気にしないで、帰りトライデントにでも食べに寄っていかない?」

「いいぞ」

そうして、二人はちょっと寄り道したりして、少しずつそのプリントのことは、頭から外れていった



翌日

トゥアハー・デ・ダナンにて、マデューカスが相良宗介からの報告書をまとめたクリップボードを片手に、艦長室まで移動していた

その時、クリップボードのピン止めが甘かったのか、報告書からはらりと一枚のプリントが外れ、落ちてしまった

「おっと」

たまたま近くにいたカリーニンがすぐにそれを拾い、中佐に返そうとしたところで、そのプリント内容に、深い関心を持った

「ほほう……これは……」



さらに翌日

千鳥かなめは、自宅のベッドに寝転がり、そこでおととい配られたプリントを眺め、短いため息をついていた                  

「……ま、お父さんは海外だし、いつものことか」

そう言って、プリントを机に放る

すると、部屋の電話が鳴り出した

ジリリリリ ジリリリリ

誰からかな? と思いつつ、受話器を取る

「はい、千鳥です」

だがその受話器の向こうの声は、意外な人物だった



授業参観当日

陣代高校の教室で、昼休みが終わろうとしていた

一緒になって談笑していた常盤恭子が、午後から始まる授業参観についての話題を切り出した

「もうすぐ授業参観だねえ。カナちゃんは、今年はお父さんは来れるの?」

「んー、ニューヨークでの仕事が忙しいみたい。でもま、いつものことだから」

「そう……残念だね」

すると、近くを相良宗介が通りかかったので、恭子は宗介にも声をかけた

「ねえ、相良くん。相良くんは、親御さんは来るの?」

その質問に、宗介はいささか首をかしげ、逆に聞いた

「なぜ、親御が来ることになるのだ?」

「なぜって……午後から授業参観だよ?」

「授業参観……。ああ、前に配布されたプリントに記載されていたイベントのことか。俺にはどうも、授業参観というものが、よく分からんのだ」

「あのね、あたしたちがどういう風に勉強しているのか、親たちが見に来るんだよ。……でも、そういう言い方だと、相良くんは親には知らせてないみたいだね」

「一応、報告書に添えて送っておいた。だが、なるほど。訓練生がどれほど腕を上げたのか、上官が観察しにくるようなものなのだな」

「う〜ん……。なんか堅い解釈だね」

と、恭子が一汗流した

かなめはその会話を聞いていて、急に思い出したように、宗介に向かって言った

「そうそう。ごめん、忘れてた。あのね、ソースケ。実は……」

キーン コーン カーン コーン

「む、時間だ。すまない千鳥。話はまた後にしよう」

時間には絶対厳守する宗介は、かなめの言葉を最後まで聞かずに、さっさと席に戻った

「あ……」

かなめは昨日の電話のことを言っておこうとしたのだが、伝えられずに行ってしまった

(ま、いいか。どうせすぐ分かることだし)

と気楽に考えると、かなめも席に戻った

すると、教室の後ろの戸から、次々とスーツ姿の親御たちが入ってくる。それにちなんで、生徒たちが照れや緊張した雰囲気に包まれていった

前の戸からは担任の神楽坂先生が入ってきた。この日は珍しくビシッとスーツ姿で決めてきている

授業参観だけは、教科別であっても、担任が教科担当になるのだ

恵理先生は、後ろに並んでいく親御たちに軽く会釈を交わすと、いつもより大きめな声で告げた

「はい、ではこれから授業参観をはじめたいと思います」

すると、ピーンと場の空気が張りつめる

堅くなった生徒たちを見回して、恵理は微笑した

(ふふ、みんな緊張しているようね。そして今のこの時が、私の正念場でもあるんだわっ)

神楽坂恵理先生は、今まで相良宗介という過激な生徒の行動に振り回されてばかりだったので、ここぞとばかりに自分をアピールしようとはりきっていたのだ

一方、その相良宗介は、教室に次々と入ってくる父兄たちを横目でしっかりとチェックしていた

(イベントを利用して、化けたテロが侵入を試みる危険もあるからな……)

すると、大半が入っていく中で、風貌からして異質な雰囲気を身にまとった男が入ってきた

(なんだ、この隙の無い気配は。只者ではない)

すぐにその方向に集中して確認する

その男とは、四角い眼鏡をかけ、ピリピリとした緊迫感を持つ、スーツ姿のマデューカス中佐だった

「…………」

宗介は瞬時に目を逸らし、そして脂汗をぶわっと流して動けなくなった

するとそのマデューカス中佐に続いて、こんどは白ヒゲの渋い顔つきをした男……カリーニン少佐までもが入ってきた

宗介の顔色からは、完全に血の気が引いた

そのカリーニンとマデューカスは教室の真ん中に陣取って、相良の姿を探す

『それで、軍曹はどこだ?』

『……中佐、前方左十時の方向です。やはりこのクラスで合っていたようですな』

英語で会話しているため、二人の会話内容が理解できるのは宗介とかなめだけだった。そのまわりの人たちは、ただただその異質な雰囲気に戸惑うばかりだ

(なぜ……)

宗介は一人頭をかかえ、机に突っ伏せた

(なぜ……中佐と少佐がここに? 自分の能力評価なのか……? そうだとしても、なぜに二人も……)

すると、後ろの二人はそんな宗介の様子を見て、ぼそぼそとつぶやく

『む? サガラ軍曹はなにやら頭を抱えたが……彼は頭痛癖でもあったかね? 護衛任務下で自己管理を怠るとは……』

と、マデューカスが怒り気味に眼鏡をギラリと光らせる

その英語を聞き取った宗介はすぐさま頭をあげ、それからすぐに、ぎごちない動作で首をコキコキと鳴らした

『お、どうやらただの頭の運動だったようですな』

と、カリーニンがアゴをなでて言った

『……ふん』

相良宗介は決して後ろは向かないようにして、今にも泣きそうな顔で固まっていた

(誰か、助けてくれ……)

そんな宗介を後ろで見ていた千鳥かなめも、困ったようにため息をついた

(やっぱちゃんと前もって言っておけばよかったわね……)



「さて、五時間目は日本史ですね。教科書開いて下さい」

と、神楽坂恵理が指示を出す

そう。よりによって、この時間は宗介の苦手な科目、日本史だった

「これは……非常に窮地に立たされてるような気分なのだが」

まだ割り切れないような気分で、とりあえず教科書を開いておく

その授業の前半は、黒板に書いたポイントをノートに書き写すだけで済んだ

だが、問題は後半だ

神楽坂先生の授業方針は、前半は説明。そして後半は、生徒に授業の問題を数問出していくのだ

「では、今から問題を出しますので、教科書をしまってください」

クラス全員が、教科書を机の中にしまう

そして神楽坂先生は、黒板の方を向き、チョークで問題を一問書いてみせる

「え〜、それでは……この問題が分かる人」

自信があるのか、また父兄の目を気にしているのか、いつもとちがって、クラスの大半が手を挙げた

だが、宗介は手を挙げることはできなかった

(ま……まったく分からん)

一方、後ろにいたマデューカスは、カリーニンに授業内容について聞いていた

『少佐。今はなにをしておるのかね?』

『どうやら、知識試しをしているようですな。学業の成果を披露する時間のようです』

『なるほど。だが、サガラ軍曹は挙手してないようだが』

言われて、カリーニンも宗介を見る。

たしかにマデューカスの言葉どおり、宗介は挙手していなかった。そのことにカリーニンは不思議そうに首をかしげ

『おや、本当ですな。いや、まさか。サガラに限って、一般生徒より遅れているはずは……』

『学業をおろそかにしたということか? 潜入任務とはいえ、手を抜くとはよろしくない傾向だな』

またも、マデューカスはギラリと眼鏡を光らせる

その会話も拾った宗介は、瞬時に挙手してみせた。その指先はふるふると恐怖で震えていたが

『お、挙手しましたな。少しばかり、黙考していただけだったのでしょう』

『ふん。遅いんだよ』

と、マデューカスはいくらか不満気味に吐き捨てると、腕を組みなおした

(どうする。挙げたはいいが、答えられん。こうなったら、当てられないことを祈るのみだ)

宗介は目をつむり、それだけに全てを賭けた

すると神楽坂先生は、一点を見据えて言った

「では、小野寺くん」

「はいっ」

小野寺は、いつもは『へ〜い』と気の抜けた返事で返すのだが、今日に限っては声を張り上げている

当てられなかった宗介は、ただホッと胸をなで下ろしていた

(神は……いた)

ちなみにその黒板に書かれていた問題とは、こうだった

・1946年2月に発令された、『金融緊急措置令』について説明しなさい

その問いに対し、小野寺は胸をはって答えた

「この発令に基づいて、インフレ阻止のために、幣原内閣が新円を発行し、旧円と交換、一定額以上の預金を封鎖して通貨量縮減を図ったといいます」

「はい、そのとおりですね。よくできました」

正解して、小野寺は満足気に席に座った

おそらくこの日のために、昨夜はある程度勉強してはいたのだろう。に、しても……

(……こんなの分かるか)

こめかみに脂汗を流し、苦悩する宗介

宗介にとっては、やはり日本史は難問であった

「では、次いきますよ」

すると、先生はさっきの問題を消して、第二問目を書き出した

・『ドッジ=ライン』について、説明しなさい

その問題も、宗介にはまったく分からなかった

それでも、後ろの二人がじっと見ている手前、挙手しないわけにはいかなかった

宗介は、おそるおそる、手を挙げる

(頼む、神よ。もう一度)

「えー、それでは、これは……千鳥さん」

「あ、はい。……えーと。ドッジ=ラインとは、赤字を許さない超均衡予算、単一為替レートの設定など一連の施策のことです」

「はい、正解です」

すると、突然後ろから拍手が鳴った

カリーニンが、しっかり背筋を伸ばし、千鳥かなめに向けて、規則的な拍手を送っていたのだ

つられたのか、他の親たちもまばらに拍手する

(うう……恥ずかしい)

かなめは周囲の注目を浴び、赤くなってすぐに座った

その様子を見て、クラスが勝手に想像し、ボソボソとささやきはじめる

(やっぱ、カナちゃんのお父さんなのかなあ?)

(すごく渋いオジ様だよね)

勝手な推測だったが、実は合っていた

今回、カリーニンは千鳥かなめの父親役として、ここに来たのだ

そしてマデューカスは、不本意ながら、宗介の父親役ということになっている

このことは、宗介は知らなかった

「では、最後の問題です」

第三問目を書いていく

これさえ乗り切れば、彼はこの教科の学力不足がさらけ出されなくてすむ

(たのむ。当てないでくれ)

挙手しておいて、心ではそう必死に祈っていた

神楽坂先生は挙手してる生徒を見回していると、そこで初めて相良宗介が挙手していることに気がついた

恵理は最初、それが信じられなかった

(相良くんが……日本史で手を挙げている?)

だが、何度目をこすってみても、相良宗介は挙手していた

(まさかッ。蜃気楼でも、幻でもない……現実に、相良くんが手を挙げるなんてっ!)

恵理は心の中で、ぶわっと涙目になった

(ああっ、嬉しいわ。やっと、わたしの熱意を受け入れてくれたのねっ。いいわ、さあ、答えてみせて、相良くんっ)

「では、相良くん」

じっと一点を見据えて、宗介を指した

「…………」

(なぜ、こうなるのだ?)

という疑問でいっぱいなのだが、今は考えたってしかたない

おそるおそる、顔を上げて第三問目を読んでみる

・『日ソ共同宣言』について、説明しなさい

宗介は、問題を読むなり、信じられないという顔をして、それから胸をはって言った

「日ソの戦争終結宣言のことを指します。1956年10月、鳩山一郎首相とソ連首相ブルガーニンがモスクワで調印して成立。戦争終結、将来の歯舞群島・色丹島の返還、日本の国連加盟支持などという内容がとりあげられました」

「はい、正解です」

宗介は、小さくガッツポーズをとった

(やったぞ……)

かくして、この日本史の授業は無事に切り抜けることができたのだった



休み時間のチャイムが鳴ると、すぐにかなめが宗介のところに走ってきた

「どしたの、ソースケ。さっきの問題をあんな完璧に答えれるなんて」

「うむ。正直、ツイていた。たまたまこの間、ミスリルの仕事でロシアに潜入捜査してな。そこで捕獲したゲリラ兵が護送中、たっぷりと見張りの俺に愚痴をこぼしていた。『ちっ。あの時、共同宣言しなければ今ごろは……』と言って、この歴史について延々と語っていたのだ。それで知っていた」

「なんだ……。やっぱ戦争つながりか……」

(カッコイイと思えたのにな)

そうため息をついて、それから言うべきことを口に出した

かなめは両手をパンッと合わせ、

「ごめん、ソースケ。言うの忘れてたの」

「……なにをだ?」

「あのね、昨日、あたしのところにカリーニンさんから電話が来てね。あんたの学校生活の様子が見たくなったらしいの。そこで、カリーニンさんはあたしの父親ということにさせてほしいって頼まれたの」

「それを承諾したのか」

「うん。あたしのお父さんは海外で、いつも忙しくて来れないから、都合がよかったみたいだし。で、マデューカスさんも視察には興味があって、宗介の父親役という設定にしたんだって」

「……そうか」

「うん、ごめんね。昨日携帯に連絡しておけばよかったね」

「いや、気にしなくていい」

すると、その二人の元に、マデューカスとカリーニンが歩み寄ってきた

『軍曹』

「はっ」

がたっと席を立ち、びしっと姿勢を正す

クラスたちはその様子を見ていて、またもぼそぼそとささやき合った

「やっぱ、相良くんのお父さんだったのね。厳格そうなところがソックリね」

「うん、雰囲気が似てるよね。似たもの親子かあ」

などと、あれこれや勝手に言い合っている

それが気になったマデューカスは、宗介に聞いた

『軍曹。なにやら女生徒たちが私について言ってるようなのだが、なんと言ってるのかね?』

「はっ。中佐殿が規律としていて、立派な風格をお持ちだ、としきりに感心されてるようです」

なぜか親子という部分は言えなかった

『ふむ。そうかね』

いい気分になったのか、軽くコホンとせきしてみせた

それとは別に、カリーニンがかなめの肩をポンと叩いた

『千鳥くん。急なことですまなかったね』

「あ、いえ。別にお父さんが来れるわけじゃなかったから……」

『……そうか』

それでもどこか申し訳なさそうにして、かなめの頭をなでた。それから今度は宗介の肩をポンと叩いた

『サガラ軍曹。今のところは一般生徒に溶け込めてるようだな』

「はっ。恐縮です」

『……今のところは、だがな』

「…………」

ノドに、なにが異物が詰まったような、そんな息苦しさが宗介を襲った

すると、もう一つの肩をマデューカスが叩く

『私もしっかり目を光らせているつもりだ。言っておくが、上官の私の顔に泥を塗るような真似はしてくれるなよ』

「……肝に銘じておきます」

もう、逃げられない

宗介ははっきりとそう感じていた