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オジ様の来日 (授業参観編) 後編


作:アリマサ

次は体育の授業だった

生徒はすでに下に体操着を着ていたので、制服だけ脱いで、すぐにグラウンドへと集合する

すると、集まった生徒とその両親の下へ、神楽坂先生がダンボール箱を持ってやってきた

そのダンボールには何着ものジャージがぎっしり詰められていた

「では、父兄の方々はこれに着替えてくださーい」

その言葉に、父兄たちはどよめいた

驚いたのは生徒たちも同様で、慌てて質問する

「先生。もしかして、父兄も参加するんですか?」

その質問に、神楽坂先生はなぜか目をキラキラ輝かせて、手を組み、空のほうに向かって叫ぶように言った

「そうよっ。親と子のスポーツのふれあいこそが、実質を知るいい機会だと思うの。息を合わせ、心をひとつにしてこそ、真の授業参観ってものなのよっ」

「……先生、なんのドラマにハマッてるんですか?」

一同はため息をついたが、その一方で、父兄のほうは意外と乗り気になっていた

「そうだなあ。久々に体を動かすのも悪くない」

「まだまだあんたら若造に負けてたまるかい」

と、父兄たちがやる気を表すように、屈伸したり背伸びしたりとストレッチを始めた

「……マジかよ」

生徒の意思に反し、体育の授業は、父兄参加型ということに決定された

『サガラ軍曹。どういうことか、説明してくれんかね』

さっぱり事情が分からないマデューカスが、宗介に歩み寄って聞いてきた

「はっ。急遽、体育の内容が父兄参加という形を取ることになったようです」

『……ということは、私も参加せねばならんというわけか?』

かなり嫌そうな声だった

「いえ、強制参加ではありません。ご老体で身体の負担が大きい方もおりますので。中佐も無理をなさらずに……」

その宗介の説明を聞いて、マデューカスはぴくりと眉を釣り上げた

『……軍曹。貴様は私が運動に耐えられんほど身体が弱くなっていると言いたいのか?』

「え? い、いえ。そんな、滅相もありません」

手を必死に振って弁明してみせるが、それをマデューカスは聞き入れなかった

『いいや、馬鹿にしとる。ええい、私も参加するぞ。まだまだ健在だということを証明してやる』

「……では、あちらにジャージがありますので」

すると、二人のところにマデューカスと千鳥かなめが寄ってきた

『おや、中佐も参加されるので?』

『そうだ。少佐こそ、大丈夫かね?』

『はっはっは。逆に楽しみですよ。最近体を動かす機会が少なかったですからな。丁度いい運動です』

「でも、お二人とも、無理はしないでくださいね」

かなめの言葉に、二人は愛想良く応えた

『勝利の女神から心配されるとは、光栄ですな。完走どころか、優勝できそうな気分です』

『うむ。彼女の励ましは力になる』

「いえ、そんな……」

真っ赤になって照れるかなめをよそに、宗介が言った

「ですが、軽視は危険です。部隊としては、欠かせない戦力である二人に万が一のことがあっては」

『貴様に言われんでも分かっとるわ!』

と、二人同時に、さっきのとはうってかわって冷たい態度であしらわれた

「…………」



今だ不満気な生徒たちであったが、ここまできては、腹を決めるしかなかった

「……で、先生。父兄参加で、なんの種目やるんですか?」

「パン食い競争よ」

「……はい?」

神楽坂先生があまりにもさらっと言ってのけたので、聞き返すのにずいぶんと間があいてしまった

「……なんで授業参観でパン食い競争なんですか……」

「ああ、もうすぐ体育祭だし、その練習にもいいかと思って。父兄合同で、二人三脚でいくわよ」

「先生……ドラマの方向性を間違えてるよ」

するといつの間にかグラウンドには、等間隔にいろんな種類のパンがレーン棒から、紐で吊るされていた

「うわ、いつの間に……」

「体育祭同様、リレー形式でいくからね。順番を決めるから、並んでー」

父兄の設定上、宗介はマデューカスと組むことになった。となると、かなめはカリーニンと走ることになる

二人三脚なので、お互いの片足を、渡された布でしっかり結びつけておく

するとカリーニンは足をもみほぐしながら、かなめに向かってにこやかに言った

『千鳥くんの足手まといにならないよう、全力を尽くすことができればいいがね』

「あ、いえ、そんな。こっちこそ、一般の女子高生だってのに……」

『……千鳥くん。今は、階級ではない。父と、その娘だ。親子の間で気をつかうことはない』

そういって、カリーニンは、ぽんと手をかなめの頭にのせた

「……はい」

(……親子……かあ)

こんな気持ちになれたのは、何年ぶりだろう

かなめは懐かしく、ほんわかとした暖かい気持ちをじわじわとかみしめていた

うってかわって、宗介とマデューカス

『……ちっ、成り行きとはいえ、貴様と組むことになるとはな』

「も……申し訳ありません」

『いいか、軍曹。私は中佐だ。普通ならこの階級で、私と組むことなぞ許されんことだ。それをよく肝に銘じておくことだ』

「……はっ」

こっちでは、親子という言葉はこれっぽっちもなかった



宗介、かなめ組はアンカーだった。

同時に走るのは6チームで、リレー形式になっており、3組で1チーム。つまり、同時にアンカーになった宗介とかなめは別チーム。敵同士となったのだ

「ふっふ、ソースケ。負けないわよ」

かなめとカリーニンは仲良さそうに腕を組み、びしっと宗介を指さした

(千鳥とカリーニン少佐の組み合わせか……これは手強そうだな)

『おい、軍曹』

突然、マデューカスが宗介に話し掛けてきた

「はい?」

『この際、貴様と走るのは大目にみることにする。……だから、いいか。少佐に負けることは許さんからな』

「はい?」

『私は確かに体力面では優秀とは言いがたい。……だが、私にも中佐としての意地はある』

珍しく、カリーニン少佐に対して対抗意識を燃やしていた

宗介は、初めてマデューカス中佐の内に秘める闘志を見たような気がした

(さすがは、中佐殿だ)

そして意を決し、順番に並ぶ

「では、位置について……用意」

パアアアァァン

銃声が鳴り響き、それに反応して宗介とマデューカスとカリーニンがびくりと慌て出したが、スタートチームは順調に走り出した

そしてしばらくしてバトンは二番手に渡され、半周したところで、順位との差が明らかになってきた

かなめチームには風間親子が入っていて、宗介チームに小野寺親子がいたこともあって、宗介チームの順位は上位から二番目、かなめチームはビリの位置だった

「うぅ、風間くん。頑張ってー」

だが、風間親子の足取りはよろよろで、かなり遅かった

「千鳥。すまないが、これも勝負だからな」

宗介チームがバトン受け取りのために、レーンの二番目に入る

「くっ」

そして、バトンを受け取ると、宗介とマデューカスはスタートした

すると、なんとマデューカスは、宗介より一歩前に出るような勢いで走っている

足を高く上げ、腕を強く振り、意外と力強い走り方だった

これも、意地というやつだろうか

「おお……」

そのマデューカスの姿に、カリーニンも感心する

その時、先頭を走っていたチームが、最初のパンにかじりついた

「ああっ、あたしの狙ってたヤキソバパンがっ」

と、かなめが悲鳴をあげた。いや、かなめだけでなく、他の走ってるチームの生徒たちも同様に悔しそうにため息をつく

みんな人気のヤキソバパンを狙っていたのだ

吊り下げられているパンにはいろんな種類があり、一番人気のヤキソバパンから、メロンパン、チョコパンと豊富に揃っていた

これが食えることは生徒たちにとって、オイシイ話だったのだ

すると、いきなり神楽坂先生がマイクで説明をはじめた

「……えー。パンは6種類ありますが、アンカーの場合は特別に、ひとつだけハズレのパンが混じっています」

「……ハズレ、ですって?」

その説明を聞いて、かなめが怪訝顔をする

「一番不人気の『コッペパン』です! ですから、速く走らないと、ビリは最後に残ってしまうコッペパンしか食べれないということに……」

と、言った次の瞬間、宗介が迷わずにコッペパンをかじり取った

「…………」

タイミングがタイミングなだけに、みんなしーんとする

「……えと……ハズレ……なんですけど……」

マイクを片手に唯一人、恵理は楽しいイベントをあっさりと潰されたような気分になって、ガックリと肩を落とした

だがかなめや他のチームたちは、残りがコッペパンでないことにほっとしていた

一方、その宗介はコッペパンを口にくわえ、満足気だった

そしてそれをかじろうとすると、コッペパンが横に引っ張られた

「…………?」

横を見ると、なんと同時にマデューカスも同じコッペパンをかじっていた

『ふぁひほふっ、ふぁふはへっ(何をしとる、早く放せ)』

「ふぉうひはへははへっ(も……申し訳ありませんっ)」

すぐに宗介は口を離し、パンをマデューカスにゆずった

『まったく……んぐ……上官への心遣いというものが……んぐんぐ……』

飲み込みながら、文句を言っている

宗介は、「申し訳ありません」を何度も繰り返し、横目でそれをうらやましそうに眺めていた

「……ったく、軍人ってのは、そんなに質素なコッペパンがいいのかしら……」

かなめが呆れたようにため息をつく

その横で、カリーニンがぼそりとつぶやいた

『コッペパン……』

「え? 今、なにか言いました?」

『いえ、なんでも』

と、すぐに視線を逸らした。かなめは深く考えもせず、

「あ、風間くんがやっと来ましたよ。位置につかないと」

バトンを受け取るため、特定位置につく

そしてようやく風間親子からバトンを受け取ると、かなめとカリーニンは最初から一気にスピードを上げた

だが、すでに5位との差が結構あった。

そして今、5位のチームが、最初のパンのゾーンで、チョコパンをかじり取ったので、最後にドーナツパンだけが残った

「ああ、やっぱ取られちゃった……」

悲痛な声で悔しそうにつぶやき、うなだれる

『まあ、いいではないか、千鳥くん。順位がすべてではないよ』

だが、カリーニンの慰めに対し、千鳥はキッとにらんだ

「なに言ってるのっ。パンが……パンがタダなのよっ!!」

『……千鳥くん?』

「しかも、ヤキソバパンが混じってるのよ。それだけじゃない。節約のために我慢していたメロンパン、コロッケパンまでっ。これを、お金を気にせずにかぶりつけるのよっ。この機会を……この機会を逃すなんて、考えたくないわっ」

すると、かなめがなにかのオーラをゴゴゴと出しながら、ぐんぐんと加速していく

『おぉ?』

カリーニンも慌ててその加速についていくが、やっとのとこでついていける、といった感じだ

実は、まだかなめにヤキソバパンを食べれるチャンスはあった

ゴールまでに、パンのゾーンは計3つある。つまり、これから順位を上げれば、まだチャンスはあるのだ

まずは余ったドーナツパンをかじりとると、一気に二人を抜いた

「は……速いわ、あのコ」

見学ゾーンの父兄たちが、ざわざわとどよめく

実際、早かった。三位とは半周の差があったのだが、それすらもぐんぐんと縮めていく

やはりかなめは運動万能なだけあって、走りのフォームも綺麗だった

どこが限界なのか、まだ加速し続けている

「カナちゃん、早い……。衝撃波が出てそうだよ」

走り終わって、見学していた恭子も感心して、そうポツリと漏らした

そのままかなめは、ついに三位に追いついて、そして抜いた

そうして2つめのパンは、余裕を持ってカスタードパンをゲットすることに成功した

「やったわっ。これなら……ヤキソバパンも夢じゃない……」

カスタードパンを一口で飲み込むと、さらに加速

『ぐ……ぐぶ……』

その超人といってもいいかなめのスピードに引きずられるようにして、必死に走るカリーニンは、もう限界に近かった

一方、宗介たちはマデューカスの意外にも快活な走りもあって、とっくに先頭を抜いていた

「中佐。これなら一位でゴールできそうです」

『…………』

中佐は返事をしなかった。それどころか、顔色が青くなっているように見える

「……中佐?」

するとマデューカス中佐は、脇腹を押さえ、呻くように言った

『……食いながら走ってるせいか……脇腹が……』

「…………」

横っ腹が痛くなってしまったようだ

仕方なく立ち止まり、マデューカスの背中をポンポンと叩く

「大丈夫ですか? 中佐」

『ぐ……休ませてくれ』

青い顔色に汗だらけのマデューカスに、もはや最初の勢いはなくなっていた

宗介は焦った

こうして休憩している間にも千鳥が凄い勢いで迫ってくるのだ

早くせねば……

負担をかけないように、なんとか少しずつ、ゆっくりと歩くことにした

こうなってしまっては、中佐はもう食べれないだろう

そうして最後のパンのゾーンにまでたどり着いた宗介は、珍しくコッペパンではなく、いろんなパンの中からどれにするべきか悩んでいた

別にコッペパンでもいいのだが、よく考えてみると、これは他のパンがいかがなものかを知るいい機会でもあるのだ

(やはりここは、一番人気と言われているヤキソバパンにするのが妥当だろうか?)

そういった宗介の悩む様子にいち早く気づいたかなめは、心の中で必死に叫んだ

(だめ……だめよ、ソースケっ。それはあたしが……)

すると宗介はヤキソバパンを選び、それにぱくりとかぶりついた

(未知の味。いかがなものだろうか)

宗介は初めてヤキソバパンを味わうことができた

「うむ。美味」

悪くはなかったようだ。実にうまそうに食べている

それを、走りながら見ていたかなめは、涙目になった

「ああぁぁ、ヤキソバパンが……。ソースケのやつ、こんな時に食いっ気を出さなくても……」

恨めしげにつぶやきながら、二位のチームを抜いた

「こうなったら……せめて一位でゴールしてやるっ」

宗介の位置は、ゴールまであと数歩だった。が、マデューカスが苦しんでいるので、少しずつしか身動きがとれないようだ

「むう……このままでは……」

宗介も焦りを感じてきたらしい

「ふっ、ソースケっ、どっちが先にゴールのテープを切るか、勝負よっ!!」

ここまできたら、優勝しようと燃えるのが、かなめなのだ

凄まじい勢いで宗介までの差を縮めていく

宗介も急ごうとはしているが、ついにかなめに追いつかれてしまった

そして宗介を置き去りにして、かなめがゴールまであと一歩といったところで――

たんっ たたたんっ

宗介が懐から抜いて撃った数発の銃弾が、かなめより先にゴールのテープを切り裂いた

「…………」

宗介はふっと鼻を鳴らすと

「残念だったな、千鳥。ゴールのテープを先に切ったのは、俺だったようだ」

なぜか胸を張り、ふんぞり返る宗介の元に、かなめは無言でつかつかと戻って、どこからかハリセンを取り出した

「あ・ん・な・の・が、ゴールになるかああぁぁっ」

さきほどのヤキソバパンの恨みも込めて、おもいっきり後頭部を叩いた

「……痛いぞ、千鳥。いくら負けたからといって、報復するのは感心せんが」

「あのねっ。フツーここで飛び道具なんて反則よっ。そんなゴール、ルールでは認められないわよ」

「……そうなのか?」

ちらりと神楽坂先生の方を見ると、彼女もうんうんとうなずいていた

「そうか……」

さっきのとはうって変わって、しょぼんと肩を落とした

と、いうわけで。パン食いリレーの勝者はかなめチームに決まったのだった



しばらくしてマデューカスも体調が回復したらしく、喜びのダンスを踊っているかなめに声をかけた

『さすがはミス・チドリですな』

その賞賛に、かなめは踊るのをやめて照れたように頬をかいた

「あ、いえ。でもマデューカスさんも凄かったですよ」

『そ……そうかね』

どことなくマデューカスも満足したらしく、照れ隠しのように眼鏡をかけ直した

『おや、そういえばカリーニン少佐は?』

『ここです』

校舎の壁にもたれて、苦しそうに激しく呼吸をしていた

かなめのあの加速に、限界以上の運動を強いられたようだ

『少々無理をしてしまったようだ……。こんなに運動したのは久しぶりだな』

その言葉に、マデューカスも心から同意した

『私もだ。思いのほか、熱くなってしまった』

「まだまだ、若い人には負けてませんよね」

かなめが横からそういうと、

『はっはっは』

と、二人は心から楽しそうに笑った

そこに、ずっと傍にいた宗介が話し掛ける

「お二人ともご苦労様でした。ところで授業参観もこれで終わったようですが。中佐殿と少佐殿は、何時ごろに帰還なされるのですか? よければそこまでお見送りいたしますが」

その言葉に、マデューカスは冷ややかに言った

『なにを言っとる。まだ帰らんよ』

「……え?」

『これから軍曹のセーフ・ハウスに泊まるつもりだ。今夜は今日の態度について、じっくりと話し込むからな』

「…………」

こめかみに脂汗を流し、固まる宗介をよそに、マデューカスはカリーニンの方を向いた

『少佐はどうするつもりかね?』

『私も泊まらせてもらおう。まだトーキョー観光とやらをしてみたいのでな』

『おお、そうだ。その道案内を、軍曹にさせることにしよう』

『それもいいですな』

『はっはっは』

またも、笑って同意する二人



宗介は、本当に気が遠くなりそうだった



あとがき

今回は、オジ様二人を出したいなあということでw

授業参観になんでパン食い競争なんだよと言われそうですが、まあそのへんはおいといて
いつもは生真面目でとっつきにくそうな二人ですが、今回はあえてちょっとそこを崩してみました

ビバ! オジ様!!(笑)




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