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完全武装のテーマパーク


作:アリマサ

宗介は自分の席で一人、頭をかかえていた。

一体なぜこんな下士官を案内役に頼むのか、俺には理解できん。

(どうすればいい?)

宗介の机の上には一枚の遊園地の入場券があった。

その入手経路はこうだ。



先週、ミスリルで定期的な演習のため、宗介はメリダ島基地に帰還していた。

この日の演習は、何の問題もなく予定通り順調に進んだ。

そして演習が終了すると、宗介は東京に戻ろうと自室で荷造りをはじめる。

そこにノックがした。

宗介はその手を止め、ドアをがちゃりと開ける。するとそこに立っていたのは、アッシュブロンドの髪に大きな灰色の瞳の少女。言うまでもなく、トゥアハー・デ・ダナン潜水艦の艦長テレサ・テスタロッサ大佐だった。

「た……大佐殿?」

「すいません、サガラさん。お話があるんですけどお邪魔でしたか?」

テッサは艦長としてではなく、友人に話し掛けるような口調でたずねる。だが宗介は生真面目に下士官として対応した。

「いえ、そんなことは」

緊張しているのか声が上ずってしまう。

「じゃあ、中に入ってもいいですか」

「はっ」

さっと扉の横にどいて、宗介はテッサを部屋に通した。

(大佐殿が自ら下士官の部屋に赴くとは、俺は演習でなにかやらかしただろうか?)

などと思案していると、テッサから話をきり出してきた。

「実はですね。わたしは来週に少し休暇をとるんです」

「はっ、それはなによりです」

「それでですね。わたし、日本のテーマパークに行ってみたいんです」

「そうですか」

「そこでおりいってお願いがあるんです。わたしをそこに案内していただけませんか」

「はっ。……しかし、自分はあまりその方面の知識がないので、クルツやマオ曹長に頼んではいかがでしょうか。自分より詳しいと思います」

だが、テッサは引き下がらず、気恥ずかしげに言った。

「わたしは、サガラさんと行きたいんです……」

「……わかりました。ですが、遊園地のチケットの入手方法がよく分かりませんので、お時間をとらせてしまうかもしれません」

「それなら大丈夫です。ほら、ここにあります」

と、宗介に遊園地のチケットを一枚手渡す。

「…………」

宗介は困惑顔でそれを受け取った。

(ずいぶんと、入念な準備だな)

「それでは、待ち合わせの時間や場所を決めましょうか」

するとテッサはうれしそうに微笑み、元気な声で「はいっ」と返事をした。



そういうわけで、宗介は悩んでいた。

ようするに明日は大佐殿の護衛をすることになるのだ。

これは大変なことである。

もし万が一、大佐殿になにかあってしまったら、間違いなく副長のリチャード・マデューカス中佐は、俺を魚雷発射管に詰めて三○○キロの爆薬と一緒に射出してしまうだろう。

さらに、精神の均衡を失うまで『バカ歩き』で基地内を行進させられて、訓練キャンプで『バナナやラズベリーで武装した敵からの護身術』の教官をやらせられ、最後に『カミカゼ・スコットランド兵』としてクレムリンに特攻させられることになるのだ。

実際、前にも大佐殿が陣代高校に来た時、不覚にも大佐殿の前で倒れてしまった(女神の来日 受難編より)。その後ミスリルに帰還した時、突然マデューカス中佐が隠れテッサファン会員の兵士を使って、俺を拉致し、本当に魚雷発射管に詰め込んでしまった。

あれは本当にやられてしまうと思った……。

幸いその場はアンドレイ・カリーニン少佐がとめてくれたが、彼が機転をきかせてくれなかったら、俺は今ごろ……。

思い出すだけでも恐ろしい。

この遊園地の護衛で下手をしてしまえば、あの悪夢の再現になってしまうという可能性があるのだ。



そういうわけで、宗介はひどく苦悩していた。

その精神的重圧にさい悩まれているころ、千鳥かなめが教室に入ってきた。

「おはよ、ソースケ。ん? どうしたの?」

「ち……千鳥か」

軽くあいさつをすませながら、そそくさとチケットを隠す。

別に隠す必要はないはずではないか……。そう思いながらも、なぜか手は隠したまま動かない。

かなめは宗介のぎこちない動作には気づかず、さっきの質問をぶつける。

「なんかめずらしく真剣に悩んでたみたいだけど」

「いや、なんでもない。どうしてトマトが赤いのか考えてただけだ」

下手な誤魔化しだったが、かなめはそれを深くはとらなかった。

軽く肩を落とし、いつものノリに戻る。

「はあ……くだらないこと考えてんのね。あたしはどうしてあんな干し肉が食えるのかってほうが気になるけどね」

「……一応あれは食料だ」

悪態をついた冗談に対し、そう答えておく。だがかなめは怪訝顔になって、気分悪そうに舌を出してみせた。

「うえ〜、あれは絶対食い物じゃないって。あんなのゴミよゴミ。あれを食えるのはブタとかゴキブリとか、ハエとかくらいのもんよ」

「…………」

それをいつも食っている宗介は、なんとなく気まずそうに身をすぼめてしまう。

「まっ、それよりもさ。ソースケは明日空いてる?」

「明日……か。すまん、用事がある」

申し訳なさそうに言って、目をそらした。

「えっ……そうなの。……ふ〜ん」

快諾してくれると思っていたのか、断られてあからさまに不機嫌な顔つきになっていく。

「……なんの用事?」

「……すまないが、それには答えられない」

「あ……もしかして、ミスリルの仕事?」

周りに聞こえないように小声にして、再びたずねた。

「いや……まあ、そんなところだ」

「また……戦争するの?」

「まあ……そうだ」

しどろもどろになりながらも、そう答えておく。

もちろんこれは誤魔化すための嘘なのだが、かなめはそれを素直に受け取った。

「そう……その……絶対死なないでね」

目の前の少年は、仮にも傭兵なのだ。所属部隊から要請があれば、たとえ試験中だろうと任務に行かねばならない。

そして放り出されるのは、本物の戦場。銃弾が飛び交い、人が死んでいくのは当たり前。 そんな中に行くのだから、もしかしたらもう会えないかもしれない。こんな風に会話を交わせるのもこれが最後かもしれない。

一発でも銃弾を頭にくらえば、そこで終わりなのだ。 この男は命をかけて戦いにいくというのに、あたしにはなにもできない。

そう思うと、かなめの瞳が自然にうるんできた。

それを必死でこらえるようにしているのだが、それができないのかうつむいて、顔を上げない。押し殺した泣き声だけが聞こえてきた。

それがまた宗介の罪悪感を増していった。

「……またちゃんと元気な姿で学校に来なさいよ。死んだりしたら、許さないからね」

それだけ言うと、涙を袖でぬぐって、席に戻っていった。

その様子を見て、宗介は脂汗をびっしりにして、ぼそっとつぶやいた。

(……これは絶対にばれてはいけない)

またも悩みが増えてしまった。



翌日、待ち合わせ時間の三十分前。

宗介の格好は、シックな茶色のニットにシャープな黒のパンツ。以前、稲葉瑞樹の恋人役となって、その友達三人とかなめの前でデートした時とまったく同じ格好だった。

その場にかなめがいたら「あんた、またそれ?」と言うだろうが、俺は普通の服はこれしか持っていないのだ。

宗介はテッサが待ち合わせ場所に選んだ、遊園地の近くにある公園の噴水の前に来ていた。

テッサはまだ来ていない。直立不動のままとにかく待ち続けた。

そして予定時間の五分ほど前になると、向こうから一人の少女が走ってきた。

『はあ、はあ』と息を切らし、急いでかけてくる少女。それはテッサだった。

彼女は白いワンピースに、かわいらしいサンダルという格好だ。

「ご……ごめんなさい、待たせてしまいましたか?」

「いえ、まだ時間になっていません」

そう言われて、近くの時計を見てみると、たしかにまだまだ早い

「本当です。二人とも早く来てしまったみたいですね」

恥ずかしげにそう言って、三つ編みをくるくるといじる。その仕草は朴念仁をも動揺させるほどの魅力があった。

「で……では、行きましょうか」

「はいっ」

すると宗介は、ツアーのガイドさんのように、テッサの一歩前の位置から遊園地に向かって歩き始めた。

「あ……」

(手をつないで行こうと思ってたのに……)

テッサはため息混じりにしおらしく手を引っ込めると、宗介の後をついていった。

しばらくして、その遊園地に着くことができた。

その東京郊外に位置するその遊園地は、以前、千鳥かなめが中学時代のあこがれの不破先輩とデートした遊園地だった。宗介もちょっとした事情で、常盤恭子と一緒に尾行していたのでこの遊園地は知っていた。

もちろんここのマスコットキャラは、ボン太くんである。ずんぐりとした二頭身。蝶ネクタイに、愛らしい瞳。

通常この遊園地は、さほど人気もなく客は少ない。……のはずなのだが、今日はなぜか大勢の人で一杯だった。

「今日から新しいアトラクションがたくさん始まるらしいんです」

テッサは遊園地のパンフレットを広げて、遊園地の大まかな地図を見せる。そのところどころに『NEW』と書かれていた。

「それで人が多いのですか」

「ええ。これ全部まわりましょうね、サガラさん」

「はい」

すると突然、宗介の方からテッサの手をぎゅっと握ってきた。

「さ……サガラさんっ?」

「この人ごみでは、はぐれてしまう可能性が高いでしょう。手をつなげば確実にはぐれはしないと思ったのですが、もしお気にさわったのなら……」

「いっ、いえ! 全然そんなことないです」

ぎゅっと、強く握り返した。

「……離さないでくださいね」

「りょ……了解しました」

なぜか動悸が激しくなって、ぎこちなくなってしまった。それがなぜなのかは分からなかったが。

手をつないだ二人はなんとか遊園地の入場口を抜け、そこから辺りを一望してみる。

かわいらしい飾りつけのついたレストラン、バリエーションに富んだショップ、そして広く敷かれたジェットコースターのレール。奥の方には、巨大な観覧車があった。

この変わりようはもう、全体的に新装開店したといってもいいようだ。

するとテッサは、近くのメリーゴーランドに目をつけた。

「サガラさん、あれはなんですか?」

テッサのたわいない質問に、宗介は生真面目な態度で説明を始める。

「はっ。あれはメリーゴーランドといいます。一見、馬やかぼちゃの車が走ってるように見えますが、騙されないでください。あれは精巧に作られた偽物です。あの馬の下のほうをごらんください。怪しげな棒がくっついています。どうもあれが動力源のようですな。上に人を乗せ、まるで本物の馬のような幻覚を見せようと企んでるようですが、あれでは自分は当然のこと、素人の目もあざむけられないでしょう」

「はあ……」

「それに一定の間隔で上下に動いています。これではスナイパーに狙われたら、簡単にリズムを取られて、格好の的になってしまうでしょう」

「……サガラさん、ムードがないです」

「は? ……ええと、その……。申し訳ありません」

また自分はなにかいたらぬ事をしてしまった、と解釈して深々と頭を下げた。

「サガラさん、そんなに気を張らないでください。ここにはテロリストはいませんよ」

「……そうでしょうか」

「そうです。ですから、ここでの発砲は禁止ですよ?」

「……了解しました」

テッサは気を取り直して、再びメリーゴーランドに目を向ける。

「はい。では、いっしょに乗りましょう」

「じ……自分とでありますか?」

直々の誘いに戸惑う宗介の目を、テッサは上目遣いで覗き込んだ。

「わたしとじゃ、イヤですか?」

「いえ。光栄であります、サー!」

「……その言い方もやめてください。できれば、わたしを友達のように接してほしいです」

「し……しかし、自分と大佐殿では、あまりに身分の違いが……」

「その大佐ってのもイヤです。テッサ、と呼んでほしいです」

「しかし……」

さすがにこればかりは狼狽する。相手は大佐殿なのだ。それを呼び捨てなどと、いいのだろうか。

だがその大佐殿が、本気で懇願してくる。

「だめですか? サガラさん」

宗介は、ためらいがちに、ゆっくりと言った。

「……テッサ」

言ってから、やはり馴れ馴れしいのではないかと、愕然した。

「あ……あの。そんなに困らないでください。わたしも困ってしまいます」

「申し訳ありません。ええと、それではどれにしましょうか」

「そうですね。馬は初めてですけど、それにしようかなと思ってます。……変ですか?」

「いえ、新しいことを経験するのは良い事と思います」

「サガラさんは、メリーゴーランドはもう経験してるんですか?」

「いえ、自分はまだです」

「では一緒に経験しましょう」

テッサは宗介の手を引っ張って、そのアトラクションに入る。二人は馬のペアを選び、並ぶように馬に乗った。

合図が鳴ると、ムードのある音楽とともに、馬が走り出す。

テッサはなんだか楽しい気持ちになった。

「なんだか、とてもファンタジーです」

「ううむ、ここまで規則正しい馬に乗馬するとは。たしかに初めての経験だ」



馬の次はお化けだった。

昼間から幽霊が出現するという奇特なアトラクション、お化け屋敷に入る。

その中は非常に暗く、夜の雰囲気をかもしだしていた。

(視界状態は最悪だな。しかもあちこちに不自然な障害物が散りばめてある)

なぜ屋敷の中に墓がたてられている? この意味のない障子はなんだ? どう考えても実用性のないこの奇怪な間取りはなんだ?

その全てが宗介を惑わせたが、大佐殿の手前、いつものように簡単に暴走するわけにはいかなかった。

下手に動いて大佐殿を危険な目にあわすわけにもいかない。冷静かつ慎重な判断が必要とされるのだ。

そのおり、不意に前方から白い衣を着た男が飛び出してきた。その男は頭から血を流している。

(負傷人? やはり敵がいるのか?)

「うらめしや〜」

その男はただ一言だけを漏らして引っこんでいった。

(なぜ唐突に出てきて俺を恨む? 俺を敵と勘違いしてるのか?)

困惑する宗介の前に、こんどは障子の陰からあらわれた白い顔の女が、血の涙を流していた。

「……目を負傷したのか? 衛生兵を呼んでやるぞ」

しかしその女は何も答えず、またも奥に引っこんでいく。

(いったいなんなのだ……)

次は井戸からまたも女があらわれ、手に皿を持っている。そして悲しげな声で皿を数えていく。

「いちま〜い……に〜ま〜い。……いちまいたりな〜い」

「そのようだな。皿の管理責任は怠らないようこれからは気をつけろ。まあ、一枚なら懲罰は軽いだろう」

女はまたも井戸の中に戻っていく。

(どうもここの屋敷にはいろいろな人が住んでいるようだな。負傷兵をかまう屋敷といったところか。さっきのメイドも懲罰をそんなに気にしなければいいのだが)

やはり宗介にはこんなものであった。その後ろでテッサはびくびくして、なにかを見つけるたび小さな悲鳴をあげていた。



「ふう……」

お化け屋敷を出たとたん、テッサはその場にへたりこんだ。

「大佐……いえ、テッサ。少し休憩しましょうか」

「ええ」

宗介に手を貸してもらって、近くのベンチに腰掛ける。その辺りは植木や花に囲まれていた。鮮やかな色合いで、見ているとなごやかになる。

「いいところですね」

「はい。少なくともここでのテロの発生率は低いようです」

「…………」

たしかにテロのない場所にいるとほっとする。少なくともその間はだれも死ぬことはないのだから。

サガラさんも、案外こういうところが気が休まるのかもしれない。

「テッサ」

「え? あ、はい」

突然名前を呼ばれたので、少し反応が遅れてしまった。

「すみませんが、少しの間ここで待っててくれませんか。すぐに戻ってきますので」

「ええ、いいですよ」

トイレだろうか? 彼は素早く茂みの奥へと消えていった。

「それにしても、本当に気持ちいい……」

足をう〜ん、と伸ばしてリラックスする。前を通る家族連れのにぎやかな笑い声。澄みきった青い空、そよそよとした暖かい風。

その雰囲気は決して艦の中では味わえないものばかりだった。

それを堪能している彼女に、しまりのない数人の男たちが近づいてきた。

「よお、姉ちゃん。かわいいねえ。どう? ニイチャンたちともっといいところに行かない?」

「えっ? あの……」

その男たちは、見るからに酔っていた。ガラの悪い風体。ヤクザのような怖い顔つき。

「ねえ、行こうぜぇ」

「い、いえ。その……彼氏と来ていますので」

丁重に断ろうと、ぺこりと頭を下げる。それでも男たちはしつこく言い寄ってくる。

「いーじゃん。そんなやつほっといてさ。俺らと行こうよ」

強引にテッサの腕を掴んできた。

「やっ、やめてください」

半分涙目になって、手を振り払おうとしたその時。

ばきいぃぃっ。

突然、飛び込んだ蹴りが、男をふき飛ばした。

そして蹴り倒した本人は、すばやくテッサの前にかばうように立って、数人の男を睨む。それは愛くるしい瞳に蝶ネクタイ。ボン太くんだった。

「ふもっふ」

「な……なんだあ?」

遊園地のマスコットキャラの突然の参入に、みんなそろって一歩後ずさった。

「ふもふも ふもっふ(貴様ら、大佐殿に触るな)」

「なに言ってんのかわかんねーぞ、っらぁ」

スキンヘッドの男がボン太くんに飛びかかろうとする。が、その前にまわりが羽交い絞めするようにして止めた。

「ぬっ、おい。なにすんじゃあ」

「待てよ。さっきのこいつの身のこなしを見ただろ。きっとあいつが伝説のボン太くんだ」

「なっにいっ。あいつが……?」

狼狽しながらも男たちは、目の前のボン太くんをじ〜っと注意深く凝視した。

そのボン太くんは、いつもの愛くるしい雰囲気ではなく、どこか殺伐としたオーラが出ている。

「やっぱこいつっすよ。あの龍神会を潰したボン太くんってのは」

一人が震える声で断言すると、『ひえぇ、お助け〜』とみんなそろって逃げさってしまった。

なんともあっさりとしている。

「ふも……」

物足りなそうに鼻をならして、構えを解いた。

「あ……あの、ありがとうございます」

後ろのベンチにかくれていたテッサが、ボン太くんにお礼を言う。

「ふもっふ」

と振り返り、テッサを見下ろした。

「あ……」

テッサは初めて見たそのボン太くんのつぶらな瞳に、なんだか吸い込まれそうな不思議な感覚に陥ってしまった。

「か……かわいい……」

うっとりした声でつぶやくと、もふっとボン太くんに抱きついた。もこもことした感触が伝わってくる。

すると、ボン太くんがひどく慌てたような声をあげた。

「ふ……ふもっふ……(た……大佐殿……)」

「え?」

ボン太くんが頭のパーツだけを取り外すと、そこから宗介の顔があらわになった。

「俺です、大佐殿」

「さ……サガラさんっ?」

あたふたとして、ボン太くんから離れた。そしてヌイグルミ越しとはいえ、抱きついてしまった自分の行為に赤面してしまった。

「あぁ、あの。どうしてサガラさんがその格好を?」

「ええ。さきほどからこのボン太くんの姿を見かけないので、俺が着てテッサに見せようと思ったのです。その着替えのために少し席を外しましたが、それがかえって不安にさせてしまいました。さいわいテロリストではなくただのチンピラだったようですが、俺の配慮が足らなかったようで申し訳ありません」

「そうだったんですか、ありがとうございます。とてもうれしいです」

あのサガラさんが、わたしのためにかわいいヌイグルミを着てくれた。今までの彼からは、とても考えられないことだ。東京に行ってから、彼はどこか変わったような気がする。少し暗い影が薄れてきている。そんな気がする。

「本当に、うれしいです」

「喜んでいただいてなによりです、大佐殿。……ああ、いや……テッサ」

慌てて訂正する宗介。そんな仕草を見て、テッサは楽しい気分になっていた。