危険因子のノベルズ作:アリマサ 「君にこれを渡しておこう」 その男は、少女に優しくほほえんで、手榴弾をそっと手渡す。 少女は微笑して、 「ありがとう」 大事そうに手榴弾を抱える。 「それが俺がしてやれる最後のものだ。もう俺はいなくなるが、それで身を守るんだ。」 「ええ、分かってる。銃がないのは少し不安だけど・・あなたに仕込まれた海兵隊式の特訓をうまく生かしてみせる」 「そうか。君も立派になったものだな。一年前の君は軍事経験のないまったくの素人だったのにな」 「あなたの指導が優秀だったからよ。・・あら、軍事ヘリがあなたを迎えにきたわ。もう、お別れなのね」 「肯定だ。これからの活躍に健闘を祈る」 男は少女に敬礼すると、パラパラと音を立ててヘリが近くに着陸する。 男はそのヘリに乗り込むと、風のように去っていってしまった。少女はずっと見守る。 「さようなら。私、きっといつか部隊隊長にまで登りつめてみせるわ」 少女はそう固く決心した。 終了
千鳥かなめは読み終えるなり、宗介に言った。 宗介はむっつり顔のままこっちを見ている。 「千鳥が昨日俺に出した課題の小説だが・・」 それは昨日のこと。 それも、「いい?戦争モノはダメよ。そうね、恋愛でいきましょう。」とテーマも決めていた。 「それが、どうしてこうなるのよっ」 「恋愛というのは難しい・・」 「だから参考になるあたしの恋愛小説貸してあげたでしょ。それはどう使ったのよ」 「うむ、千鳥の小説は大変参考になった。そこを少しこっちでアレンジしてみたのだが」 アレンジどころか、まったくちがった作品になっている。 「たしかに文章使いは上手いと思うんだけど・・」 「当然だ。文章の構成がしっかりできていないと報告書で正確に伝えることができん」 かなめが褒めると、少し得意げに告げる宗介。しかし 「でも、世界観がズレまくってんのよね」 と言うと宗介は眉をひそめる。 「なぜだ。とてもいい話ではないか」 「どういう部分がいいのかわからないんだけど」 「素人同然の少女が入手経路の難しい手榴弾を無償でもらえるのだぞ?しかも上官ともいえる男から敬礼してもらえるのだ。下士官としては、これ以上ない誉れだ」 「・・・・・」 (どこの世界に手榴弾をもらって喜ぶ少女がいるのよ・・。しかも少女は最後に部隊隊長になるだとか、ラグビー部みたいに洗脳されちゃってるし。) 「とにかくこれはダメね。もうすこしまともな世界観なら合格なんだけど」 と、小説の書かれたノートをくるりと丸め、ポンポンとたたく。 「どれどれ?」 さっきからその様子をみていた常盤恭子がそのノートを広げて、おおまかに読んでみる。そこには、宗介のアレンジした恋愛小説が書かれていた。
少し武術の心得がある少年が、ふとしたことで公園でいじめられている少女を助ける。 それを機に二人は仲良くなる。それは少年が時々その泣き虫少女を助けたり励ましたり・・。二人にとって、小さい幸せの時間が流れていく。 そこまではうまく書けているのだが(というより、かなめの小説を単に丸写ししただけだが)そこから宗介のアレンジが始まる。 「君がもう泣かないよう、俺が鍛え上げてやる」 いつのまにかその少年は海軍出身ということになっていた。 それから少年の指導で、少女の地獄の特訓が始まる。射撃の訓練、地雷の仕掛け方、偵察の実戦・・・。 そして地獄の三ヶ月を終えると、二人はそれまで少女をいじめていた男の子に報復しようとする。 しかし、その子は巨大な組織の一員で(本編ではただのハナタレ小僧)その組織の黒幕とくりひろげる死闘。二人はわずかな火力の差で辛くも勝利を収める。 これで二人にとっての平和がおとずれた。しかし、少年は海軍の新たな任務のため少女と別れることになる。
「これは・・なんていうか、スゴイね」 それが恭子にとって精いっぱいの感想だった。 「でしょ?まったくなんでコイツは話をここまでねじ曲げられるのかしらね」 かなめが失望のため息をつく。すると、恭子は提案するように、 「相良くんにはさ、もっと簡単な話を読ませたら?童話とかさ」 「あっそれいい。おとぎ話とかね。ソースケにそういうの読ませると、少しは考え方が平和になるかも。でも・・あたしここに越したときにそういう古い本は全部捨てちゃったんだよね」 「あっ、それならあたしの部屋の押入れの中とか探したらたぶん出てくると思う」 恭子がそう言ってくれたので、 「じゃあ決まり。いい?ソースケ。明日キョーコがいろいろ本持ってきてくれるから、それ参考にして、新しくなにか話作んなさい。期限は五日、生徒会室で選考するから」 「うむ、了解した」 宗介は昨日と同じ、自信満々の表情でうなずいた。
翌日、恭子からシンデレラ・白雪姫・桃太郎・浦島太郎・マッチ売りの少女など、数々の名作が宗介に届けられた。するとそれから期限の日まで、宗介は学校に姿を現さなくなった。 「ったくあのバカ、学校ぐらいは出なさいよ」 かなめは文句をぶつぶつとつぶやく。そのあいだ久しぶりに学校は平和だった。
そして期限の日。宗介は目にクマをつくって学校に登校してきた。 とりあえず宗介が出てきたことにかなめはいくらか安心した。 「ソースケ、無断で五日も学校休んじゃだめよ」 宗介は疲れたような声で、 「すまない」 「ったく。・・ちょっとなによ、その目のクマは」 「うむ、ずっと徹夜続きだったからな」 「え・・まさかずっと寝てないの?」 「肯定だ。それよりも、小説の執筆のほうがきつかった。しかし、なんとかできたぞ。自分で言うのもなんだが、なかなかの出来だ」 そう言って、鞄から五冊ほど取り出し、机の上に広げた。 「へえ、けっこう書いてきたのね」 「うむ。放課後を楽しみにしていてくれ」 宗介はノートを鞄にしまい直すと、自分の席に移動した。 (なかなか頑張ってきたみたいね) かなめが感心していると、授業開始のチャイムが鳴った。
そして放課後、かなめは「あたしも読みたい」と言ってきかない恭子を連れ、生徒会室に入る。 生徒会室には、生徒会長である林水敦信がなにかの本を読んでいた。とりあえずそれは無視し、宗介の姿をさがす。 「ソースケは?」 全体を見回してみる。いた。宗介はなぜか、はしっこで直立不動の姿勢を保っている。 「なにしてんの、あんた」 宗介はこっちに気づくと、五冊のノートを手に、規則正しい歩幅を保って近づいてくる。 「では選考会長殿、こちらを受理願います」 そう言って、ノートをかなめに差し出す。 「いや、あんた。そんなにかしこまなくても・・。それになによ、その選考会長というのは」 「気にするな。こういうのは、形から入るのが大事なのだ」 「はあ、そんなもんですか。まあそんなにびしっと立ってんのも疲れるでしょ。くつろぎなさいよ」 そう言ってあげると、宗介は手を後ろに回し、足を少し広げ、休め!の体勢をとる。 「意味違うんだけど・・」 もう宗介のことは無視することにして、ノートをひとつ取り、パラパラと適当にページをめくる。
『作戦の十二時になった。パラパラとヘリの音が近づく。するとシンデレラはお城を抜け出し、身につけていたドレスを脱ぎ捨てる。その下から迷彩服があらわれた。 「ごめんなさい、王子様。これがわたしの本当の姿なの。任務開始だわ。さようなら、王子様」 シンデレラは軽やかに軍事ヘリに飛び移ると、そのまま上空に消えた。 「おのれ、シンデレラめ。敵国のスパイであったか。なにしてる、早くあのヘリを撃ち落とせ」 王子の命令であちこちの兵士が銃を撃つが、もうヘリは見えなくなっていた。 「畜生、絶対に見つけ出してみせるぞ。このガラスの靴に残された指紋でなあ!」 その片方のガラスの靴は、鑑識にまわされた』
パタン。なにか今、見てはいけないものを見たような気がしてノートを閉じた。 「さて、気を取り直して別のものを」 かなめはそのノートを置き、ちがうノートをとる。
『その王子は、白雪姫が眠ったフリをして襲いかかってくるのではないかと身を案じ、それを確かめるため手元のグロック19という銃を、その横たわった白雪姫の喉元に突きつけた。 まわりの七人の小人が、白雪姫のまわりを囲んで王子を応援する。 ハイホー(本当は姫なんて嘘なんだろ?) ハイホー(さっさと正体あらわしてみろよ) ハイホー(薄目開けてるにちがいないぜ) ハイホー(ほらほら、王子が撃っちまうぜ) ハイホー、ハイホー、ハイホー・・』
パタン。 (ああ、神様) もうかなめは見るのをやめようかしら、と思ったが、恭子がそうさせなかった。 「だめだよカナちゃん。相良君、一生懸命書いたんだから、ちゃんと読もうよ」 宗介も反応が気になるらしく、こっちをジッと見ている。 「そ・・そうね。でもとりあえずまた違うやつにするわね。ああ、はいはい。今度は最後まで読むから」 おそるおそる、一つのノートを開いた。
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