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危険因子のノベルズ 中編


作:アリマサ

むかしむかし

桃太郎と名乗るその男は、アッシュブロンドの三つ編みの少女に敬礼した。

「それでは大佐殿、任務遂行に行ってまいります」

「ええ。では、最終確認です。

a:鬼が島に潜入すること。

b:『鬼』コードネームを持つ男と交戦し殲滅すること

この二つだけです」

三つ編みの少女ことテレサ・テスタロッサ大佐は不安な表情を浮かべた。

「気をつけてください。鬼というコードネームをもつ男は相当な兵士と聞いています」

「はっ」

「あ、それとこれを……」

金貨を三枚渡される。

「これは?」

「ミスリルからの軍資金です。それ一枚で兵士を一人は雇えるはずです」

「ありがとうございます。それでは……」

桃太郎は小型潜水艦に乗り込むと、トゥアハー・デ・ダナンから射出された。

それは弾丸のごとく、目標の鬼が島に向かっていく。だがその途中、操縦室が赤く点滅してしまう。これは警告の合図だ。

「どうした?なにがあった?」

すると、ディスプレイから機械声で答えてくる。

『危険。<洗濯するお婆さん>潜水艦からミサイル攻撃を感知』

「回避できるか?」

『回避率10%。接近距離200メートル』

次の瞬間、潜水艦の側面に被弾。ディスプレイの表示は消え、爆音がけたたましく鳴り響く。損傷した箇所を告げる機械音の中、桃太郎は気を失った。



「む……」

桃太郎は意識を取り戻すと、すぐに今の状況を確かめた。とてもせまく、殺風景な部屋だ。なぜか両腕は鎖につなげられ、天井に吊るされている。

「意識が戻ったようだな」

くぐもった声。その声の主の手には拷問道具が握られていた。

「くそ、捕まったのか」

「そういうことだ。俺はコードネーム<竹取りのじいさん>。かつてかぐや姫を手中に陥れたと恐れられる拷問のエキスパートだ。お前がどこまで耐えれるか楽しみだな」

「どこの組織だ」

「質問するのは俺だ」

手元のスイッチを押す。すると桃太郎につながれた鎖を伝って、高電圧が流れる。

「うっ」

「これで自分の立場がわかったか?しばらくおとなしくしていろ。もうすぐボスがここに来られる。拷問はその後だ」

そう告げると、男は鉄製の扉を閉め、奥に消えた。

(とりあえずここは脱出しなくては)

桃太郎が優秀な兵士とだとは思われていないらしい。この鎖は素人にはきつい縛り方だが、俺にとっては造作もない。桃太郎は手首をいろいろな方向に曲げ、

ゴキン。

手首の関節をはずすと、縛っていた鎖はするりと解けた。

そして壁に向かって、両手を突き出して体当たりする。

「ぐっ」

鈍い音がして、ようやく手首の関節が元に戻る。

「さて……」

桃太郎はその拷問部屋を見回す。

窓には鉄格子がかかっており、ドアは鉄製。そして部屋の端には拷問に使うための刃物がずらり。

「これは使えるな」

桃太郎は先がギザギザのノコギリ状になっているナイフを取り、鉄格子をなるべく音をたてないように切断していく。

桃太郎は鉄格子を外すと、その窓から建物の外へ飛び降りた。幸いここには見張りはいないようなので、さっさと外壁をよじのぼり、その場から離れた。

「さて、任務続行だ」

近くの町に入ると、任務を遂行するための作戦を思案する。

「鬼と呼ばれる男の戦闘能力も把握せずに、単独行動で鬼が島に乗り込むのはあまり得策とはいえないな。ここはお供、もとい優秀な部下がほしいところだ」

桃太郎は、村人からの情報で、傭兵の集う酒場に行くことにした。そこは古ぼけた建物で、地下で酒場を経営しているらしい。桃太郎は地下に続く階段を下りていった。

そこには鍛え抜かれた兵士たちが、酒をあおり、ビリヤードを突いたりしている。

桃太郎はビリヤード台の前に行くと、ミスリルから支給された金貨三枚を掲げ、大声でたむろっている男どもに告げた。

「腕の立つ兵士が三人欲しい。だれか名乗り出る者はいないか」

ビールを片手にだらけてる男共が、なんだなんだとこっちに注目する。

「俺たちを三人も雇うだって?一体誰を倒したいんだあ?」

「『鬼』のコードネームを持つ男だ」

その名が告げられると、急に酒場の空気がピンと張り詰める。

「あの『鬼』だって?」

「たった一人で小部隊を壊滅したって噂だぜ?」

「あんた本気なのか?」

次々とどよめきの声が漏れていく。

「肯定だ。奴を倒せるのは俺しかいない。しかし、それにはサポートが必要だ。どうだ。だれかあの『鬼』にギャフンといわせてやろうという者はいないか?」

「よし、俺がやってやるよ」

「ふん、『鬼』か。でかい獲物だな、楽しみだ」

「血の気がさわぐぞ。また昔のあの頃のように……」

ちょうど三人が名乗り出た。

「よし、決まりだ。俺は桃太郎軍曹。これから貴様らの上官ということになる。では、右から名前と出身部隊、特技を言え」

「俺はサル・ミハイエル。陸軍特殊部隊出身。得技は爆破だ」

刈り上げた黒髪に、頬についた傷。体格がいい。気も強そうだ。

「オレはキジ・ジャクソンだ。SWAT隊出身。特技は狙撃」

金髪の長髪。筋肉質ではないが、その鋭い目からは知性があふれているようだ。

「ワシはイヌ・マクレーン。左に同じくSWAT隊員。特技は接近においての戦闘だ」

白ヒゲをはやしているので老人に見えがちだが、結構筋肉質だ。それに熟練された戦歴はかなりのもののようだ。

「ふむ、経歴は立派なようだな。では一つ、その腕をみせてもらおう」

「何をすればいいんだ、軍曹」

「まずここのポイントに向かう。指示はそこで出す」

「了解」



レンガの家が建ち並ぶ町。そこではクリスマスということもあり、人がいっぱいでにぎやかだった。もうすでに夜遅く、家の明かりが町を照らしていた。

「軍曹、ここでありますか?」

大の男四人が、大きな屋敷の壁にもたれる格好で待機している。

「そうだ。あれを見てみろ」

桃太郎があごで方向を示すその先には、赤頭巾をかぶった小さな少女が籠を片手に、通行人に「マッチはいりませんか?」と話し掛けていた。

「あの少女の手にあるものを見ろ」

「マッチですね」

「そうだ。しかるに貴様らはあの少女がなにをしているかわかるか?」

「マッチを売っているんだろう」

サルの返答に桃太郎は不機嫌になり、叱り飛ばす。

「貴様は馬鹿か」

横にいたキジがかわりに答える。

「マッチという火器を素人に持たせようとしてるのだ」

「そうだ。そしてその意図はなんだ」

「素人に火器を配布し、テロリストに仕立て上げようとしている」

「うむ。貴様はわかっているようだな。いいか、たとえ素人でも武器を与えるとやっかいだ。奴の目的はとりあえず人員を増やし、ゆくゆくはその中から才能のある者を選び出し、最終的に優秀なテロ兵士をつくりあげることにちがいない。すなわち、あの少女はマッチ売りの少女に扮装したテロ勧誘員なのだ」

「なるほど、さすがは軍曹殿」

「さて、貴様らの任務はあの少女がテロ勧誘員だと確認することだ。そして抵抗をみせたら反撃の間を与えず抹殺することだ。わかったな?」

「サー、イエッサー!」

「よし、行け」

かくして、三人は通行人を装い、その少女に近づく。

「マッチはいりませんか」

だがそれには答えず、三人は腰に手を当て、いつでも銃を取り出せるようにする。

「それより身分証を見せろ」

「え?」

「お前の行為には不審な点がある。テロ関係者じゃあないのか」

きっぱり言うと、みるみる少女の顔色が変わる。すると少女は、懐に隠し持っていた銃を取り出し、三人に向ける。が、それよりも早く三人が銃を構え、同時に火を噴いた。まさに電光石火、鮮やかな手口だ。マッチ売りの少女の銃は引き金が引かれることなく、手から離れた。少女はそのままあおむけに倒れ、動かなくなった。

三人は銃をしまいなおすと、桃太郎に向き直って

「テロと確認、始末しました。サー」

「うむ、見事なものだ。よろしい、ではターゲットを『鬼』に切り替える。作戦を伝えるので、心して聞け」

「サー、イエッサー」

「いい返事だ。さて、ある情報によると、今『鬼』は鬼が島に住んでいるらしい。鬼が島は海に囲まれた島のため、移動手段は船のみだ。ここまで質問はあるか?」

「軍曹。空からの移動は?」

「あの島のあたりは気流が大変不安定で危険らしい。確実性に欠けるので却下だ」

もう質問がこないので、桃太郎は続ける。

「さて、その肝心の船なのだが、不覚を負って、なぞの組織に押収されてしまった。それにはあの<竹取りじいさん>もからんでいる」

「あ……あの拷問野郎が?」

サルが眉を吊り上げ、声を荒げる。

「面識があるようだな。とにかく、その船は敵の手にある。船の状態は不明だが、まあ無事とみていいだろう。そこで、まずはその船の奪取が今の最優先任務だ」

「場所は?」

「ここだ」

簡易地図帳を広げ、指で指し示す。

「一度は捕まったが、簡単に脱出できた。今頃は脱走者の俺を必死で捜索していることだろう。そのために多少の人員を割いているはずだ。攻めるなら手薄になった今がいい」

桃太郎は簡易地図を折りたたむと、潜入の準備をする。だがそこに行き着くまでにはなんの障害もなかった。

そこは刑務所を思わせるような施設だった。まず、異様に高い外壁。めぐり張られた鋼鉄のフェンス。その中には点々と頑丈そうな建物がそびえ建つ。一部以外を除いたすべての窓には鉄格子。まさに要塞といえた。

おもわず三人が息を飲む。鍛え上げた屈強の戦士でさえ不安に駆られてしまうほどの威圧感をもっているのだ。

「ぐ……軍曹はここから脱出を?」

「そうだ。まさか俺が優秀な兵士とは思わなかったらしく、警備はお粗末なものだった」

自分ならもっとこう効率のいい警備を……などと、ぶつぶつつぶやいて腕を組む。やがて、冷静に辺りを見回した。

「船を押収するとなると、でかい場所が必要だな。きっと倉庫だろう」

「だが、でかい建物は所々にそびえ建っている。これではどれが倉庫か分からない」

「どうする?」

「誰か一人見張りを捕らえよう」

「そいつから聞き出すんだな」

「肯定だ。キジ、貴様がやれ。俺たちはここで待機する。援護はなしだ。一人ぐらいなら援護の必要はないだろう?」

「イエスです、軍曹。まあ見ていてください。オレの得意技を披露してやりますよ」

キジは不敵に笑い、闇に消えた。

しばらくして、二人組の見張りが視界に入る。だが、まだキジのほうに動きはない。それどころか姿さえ見えない。

「まだか?」

三人はじっと見張りの様子を見る。すると、見張りの片割れが眠そうに欠伸をする。次の瞬間、その男の額に穴が空き、血を噴き出して後ろに倒れ、身動きひとつしなくなった。

三人があっけにとられていると、後ろからキジがライフル片手に戻ってきた。

「どうです? 得意の狙撃は。狙った獲物は外さないでしょう」

と、キジが得意満面で言う。その顔が気に食わないサルが怒鳴った。

「馬鹿野郎が、誰が仕留めろと言った!」

キジはハッとしたように我に返る。そしてやっちまった、というように顔に手をあてた。

「ああ、またやってしまった。オレは銃を持つと、ターゲットを殺すことしか考えられなくなるんだ」

「畜生、見ろ。騒ぎが大きくなっちまってるぞ」

もう一人の見張りがあわてて警報を鳴らしたらしく、おかげでわらわらと兵士たちが集まり、この辺の警備が厳重になってしまった。

「申し訳ない」

キジは深々と頭を下げた。

「お前本当にSWAT隊か?」

その言葉にキジは激しく動揺する。しばらくして、観念したらしく正直に告げた。

「実は……こういう性格が原因でクビにされたんだ」

「当然だ。ったく馬鹿野郎が。捕らえるどころか射殺してどうする? 射殺して! ええ?」

サルがついにキレたようで、大声で怒鳴る。

「おいっ声が大きいぞ」

桃太郎がわめくサルに注意するが、時すでに遅し。「いたぞっ」とこっちを振り向いた警備員が叫んで、あちこちから兵士が集まってくる。

「居場所までバレたぞ。今度はサル、貴様のせいだ」

「す……すまねえ。どうも短気になると、声が大きくなっちまうんだ。実はそれで前にいた部隊を危険にさらしてしまって、クビになったんだ」

「人のこといえねえじゃねえか!」

キジも怒鳴る。

「まったく……頼りない奴らだな。どれ、ここはワシのつくった特殊煙幕弾を使って切り抜けるとしよう」

今まで黙っていたイヌが、ようやく動いた。

「よし、頼む」

イヌは懐から、はじめて見るデザインのスプレー缶のようなものを取り出し、追いかけてくる警備員の方に向ける。

「…………」

しかし、イヌは次の動作をしない。缶をもったまま立ってるだけだ。

「どうした? さっさとその特殊煙幕弾というやつを使ってくれ」

するとイヌはこっちを向き、困ったような顔をした。

「それが、使い方を忘れてしまってな。ああ、まったく年はとりたくないもんだ」

「このボケじじいっ!」

キジとサル、二人して怒鳴った。

(キジは銃を持つと狂戦士化、サルはキレると大声でわめき、残りはボケ老人。結局頼れるのは俺だけか……。)

「やばい、このままでは包囲されてしまうぞ」

「とりあえずあの建物に入ってやりすごすんだ」

四人は目の前の、シャッターの開いた建物の中に入った。

「ここは……」

とても広い建物だった。その中には、アームスレイブがいっぱい置かれている。どうやらここはASの保管倉庫らしい。何百体ものASが膝を抱え込むような体勢で並んでいた。その一体と一体の間には、中身の入った鉄箱、コンテナが山のように積まれている。

するとはるか奥に、人影が見えた。その二人はなにか話をしている。

「ああ、そうだ。あと三日までには例の男を探し出すんだ」

「しかし、ボス」

と、困ったように言うのはあの<竹取りじいさん>である。

「本当にあの男が桃太郎なのですか?」

「そうだ。現に奴はここから脱出しただろうが」

「そのことに関しては面目ありません、ボス」

「いいか、絶対に探し出せ。奴は『鬼』のこの俺が始末してやる」

そういって、『鬼』は握りこぶしをギュっと握りしめる。

コンテナの裏に隠れてた四人は、今の会話を拾った。

「<竹取りじいさん>と『鬼』につながりがあったとはな」

「軍曹、『鬼』は鬼が島ではなかったのですか?」

「情報部のミスは、よくあることだ」

「どうするんです?軍曹」

「これで鬼が島に行く手間がはぶけたんだ、都合いい。俺たちは『鬼』さえ倒せばいいのだからな」

「では奇襲をかけますか」

「うむ、今のところこっちには気づかれていないようだ。キジ、貴様の腕でここから狙撃しろ。今度は殺してもいいぞ」

「了解」

キジは片膝をついた格好でライフルを構えた。銃口をコンテナの角からそっと出し、ゆっくり照準を合わせる。そして中心が『鬼』と重なった時、どういうわけか『鬼』がバッとこっちを見た。

「バカな、まさかこの距離で気づかれた?」

すぐさま引き金を引いたが、むこうは軽やかに身を翻し、弾はかすりもしなかった。

「なんてやつだ。この距離で気配を感じ取れるのか」

「おいっ、『鬼』がこっちに来たぞ」

「応戦するんだ」

銃をむけ、数発撃つ。しかし、『鬼』はまるで弾の軌道をよんでるかのように動き回る。

「あ……当たらない」

「ここは接近戦だ。ワシの出番だよ」

「危ねえぞ、ボケ老人は引っ込んでろ」

「だれが老人だっ。見とれ」

イヌがナイフを取り出すと、ヒュンヒュンと華麗に振り回す。その手馴れは見事なものだ。どうやら接近戦のスペシャリストというのは嘘ではないようだ。

『鬼』もその仕草を見て、ただならぬものを感じ取ったようだ。『鬼』も懐からナイフを取り出し、深く構える。

両者は慎重に間合いを取る。そしてじりじりと隙を探しながらその距離を縮めていく。

「ぬんっ」

先手をとったのはイヌだった。しかし、素早く『鬼』は上半身を後ろにそらし、その一閃をかわす。

そしてイヌの体勢が崩れたところを『鬼』が一突き。しかし横っ飛びでかろうじてかわす。

イヌは続けて縦斬りを一瞬にして三振り。『鬼』はまず二振りをかわし、残りをナイフではじいた。

はじかれたイヌのナイフが横のコンテナに突き刺さる。

「馬鹿な……」

右手を押さえ、数歩下がる。しかし、逃がさないよう『鬼』は距離を詰める。

「終わりだ」

ナイフを振り上げると、イヌの蹴りが一閃。『鬼』のナイフをはじいた。

「ナイフだけと思うなよ、若造」

イヌの台詞にも『鬼』はひるまない。むしろ喜んでるようだ。

「おもしろい」

イヌの、パンチを混ぜたキックのラッシュ。『鬼』がフットワークでことごとくかわす。だが、左フックのあとの回し蹴りは避けきれない。すぐにガードをとるが、イヌはガードなどおかまいなしにその上から勢いつけてヒットさせる。

ドンッ。

ガード越しでもこの威力。『鬼』はたまらず間合いをとった。

「どうだ」

「やるねえ」

まだどこか余裕のある言い方だ。すると『鬼』はまた構えを変えた。それは本気になったと感じさせるただならぬ雰囲気をまとっている。イヌはより警戒心を強めた。

すると『鬼』は一瞬で間合いを詰め、脇腹に蹴りをいれる。

「ぐあっ」

あまりの速さにガードもとれず、体勢を大きく崩す。続いて間髪をいれずに連続蹴り。それは的確に、鋭くイヌの急所にヒットする。

「ぐおっ」

そして『鬼』は大きくジャンプすると、トドメの空中回転蹴り。イヌはそれをモロにくらい、近くのコンテナに激突する。その振動で周りの積み上げられたコンテナが、音を立てて崩れていく。

「馬鹿な……このワシが接近戦でかなわぬとは……」

「お……おいおい、あのじじいまでやられちまったぞ。どうする?」

サルやキジは、まだコンテナの裏に隠れていた。

「どうするったって……。あれ? 軍曹は?」

二人が見回すと、近くでガコン、と音がした。固定してあった倉庫のASのうち一機が、ジェネレーターを点火させ、間接のロックを解除したのだ。そのASの鋭い目が、一瞬赤く光った。力を蓄え、膝を上げ、固定ワイヤーを次々に引きちぎっていく。

「軍曹だ……」

AS<新・桃太郎伝説>(隅に小さく『ハド○ン』と描かれている)が、重たげに立ち上がった。

「あ……あの野郎、俺のASを……」

『鬼』が、動き出した機体を見てつぶやく。どうやら桃太郎の乗り込んだこのASは『鬼』が使っているものらしい。

「そうなのか?機体には<新・桃太郎伝説>と描かれているが」

コックピット越しに機械を通した桃太郎の声が響く。

「ああ、そうだよ。あとで<鬼武者>に描き変えるつもりだったんだ。とにかく降りやがれ」

「断る」

「て……てめえ。くそっ」

『鬼』は仕方なく、近くのASに乗り込んだ。ゴゴゴと音をたて、二つのASが対峙した。

「ASで俺に勝てると思うのか」

「クックック。わかってねえなあ、桃太郎。俺が伝説の『鬼』と呼ばれるようになったのはASの腕前からなんだぜ」

「その伝説に、俺が終止符をうってやろう」

二機のASは、脇の下についた単分子カッターをつかみ、構える。間合いをとると、二機のナイフが弧を描いた。閃光が走り、ナイフ同士がぶつかる。『鬼』のASがその上から力で押し込む。

「くっ」

<新・桃太郎伝説>がナイフを振り払うと、そのまま横薙ぎする。

「おっと」

『鬼』は上半身を反らし、ぎりぎりでかわす。今度は『鬼』が<新・桃太郎伝説>を縦一文字に切り裂く。避けきれず、右胸が浅く切り裂かれる。

「ぐ……強い」

(このASは本来、ボスである『鬼』のものだ。だとすると間違いなく奴の乗ってる標準のASよりは性能が上のはずだ。それなのに、この俺が押されている。この『鬼』の実力は予想以上に強いぞ)

「どうしたあ? 桃太郎。このままじゃ、めでたしめでたしというわけにはいかんぞぉ」

『鬼』の容赦ない攻撃が次々と繰り出され、<新・桃太郎伝説>の機体が痛めつけられていく。よけようとしても、それより早くナイフが切り裂いていくのだ。

『右腕損傷、左足損傷、左上腕関節破損……』

機体のAIが次々と破損箇所を告げていく。

「くっ……」

<新・桃太郎伝説>は『鬼』の攻撃の合間をぬって、ナイフを頭めがけて勢いよく突く。

「うおっと」

『鬼』の機体は素早く身をかがめ、これをかわした。攻撃の最中だというのに、冷静な判断力だ。

「へっへっ。まだ反撃する気力は残ってるようだな」

次に、<新・桃太郎伝説>が下から上に向けて一閃。

『鬼』は上体を後ろに反らす動作、ボクシングでいうスウェーでよける。だが、この避けの体勢で重心が不安定になり、次の横薙ぎの攻撃はかわせなかった。

『鬼』の機体の胴体が、浅く横に切り裂かれる。

「この……」

『鬼』は体勢を立て直すと、ナイフを両手で握りしめ、<新・桃太郎伝説>の攻撃に合わせて、力いっぱい振り下ろす。両者のナイフの刃がぶつかった。

パキイィンと音がして、桃太郎のナイフの刃だけが、叩き折られた。

(単分子カッターが……)

そのまま『鬼』の攻撃がこっちの頭めがけて振り下ろされている。

<新・桃太郎伝説>は倒れこむように大きく体勢を崩すと、ナイフは後ろのコンテナに突き刺さる。

「チッ、避けたか」

『鬼』がコンテナからナイフを抜こうとすると、<新・桃太郎伝説>はコンテナのひとつをつかみ、『鬼』に向かって放り投げる。

すぐ『鬼』はナイフから手を離し、両手を十字に重ねて、飛んでくるコンテナをガードする。しかし、そのぶつかった衝撃で後ずさりしてしまう。

機体の衝撃がおさまって構えを解くと、<新・桃太郎伝説>が素手の右フックパンチを『鬼』の顔面に向かって放っていた。

だが、そのパンチが左頬にヒットする寸前、『鬼』の左手がその手首をがしっとつかんだ。

「うっ」

「へっへっへ。甘い甘い。いいか、パンチってのはこうやるんだ」

手首をつかんだまま、空いた右手で<新・桃太郎伝説>の左胸を何度も叩く。

手首をつかまれては、避けようがない。左胸が、パンチでどんどん変形していく。その衝撃は操縦席にまで伝わり、桃太郎は激しく揺さぶられていた。

装甲が歪み、はがれていく。左手で抵抗してみせるが、うまく力が入らない。ギシギシと動きが鈍くなっていく。

「おとなしくしろよ」

『鬼』が手首を離すと、両手を組み、上から叩きつける。

上からの圧迫が<新・桃太郎伝説>の下半身を、変な方向に曲げてしまう。

『左足、完全不能。機能回復の余地無シ』

すると『鬼』が、さっきのコンテナからゆっくりとナイフを引き抜いた。トドメをさすつもりだ。

「いかん、このままでは……」

右足だけで後退しようとすると、背中に壁が当たった。いつのまにか、こんな隅にまで追いやられていたのだ。これでは逃げ場がない。奴は逃げる軌道まで計算していたのか。

「死ね、桃太郎!」

『鬼』が勢いをつけて、機体の頭部にナイフを振り下ろす。

(だめだ、やられる……)

ガキィィン。金属音が響く。だが、ナイフは機体に突き刺さらなかった。刺さる寸前で刃が折れ、はじけ飛んでしまった。まるで透明な、頑丈な盾にぶつかったように。

それに気づいた『鬼』は、顔をこわばらせた。

「ま・・まさか貴様、ラムダ・ドライバが使えるのか……?」

それを聞いた桃太郎も驚いた。

「この機にはラムダ・ドライバが積まれているのか……?」

(よし、奴を倒したい――集中しろ――砲弾に意志を注ぎ込むイメージで――)

発砲。ぐらりと空間がゆがみ、みえない力が『鬼』の機体の両足を切り裂いた。

「ぐあああぁぁ」

足の関節がちぎれ、パイプやケーブルが剥き出しになる。バランスが取れなくなり、尻もちをつく体勢になった。

「ち……ちくしょう。その機には本当は俺が乗るはずだったのに……」

「終わりだな、コードネーム『鬼』の名を持つ男よ」

桃太郎は両手を『鬼』に向ける。

「や……やめてくれ。ラムダ・ドライバが搭載されてるのはその機だけなんだ。この機には防ぐ装置もなにも無いんだ。だから頼む、たすけてくれ」

「その要求は却下だ。……くたばれ」

次の瞬間、両手から放たれたみえない力は、『鬼』を機体もろとも押し潰していった。

装甲がはがれ、ケーブルが次々とちぎれていく。関節部分からオイルが漏れ、引火したのか、爆発する。吹き飛ばされた機体は細かい破片になって爆風で飛び散っていく。

そしてそれは煙に混ざって消えていった。

桃太郎は『鬼』の最後を確認すると、ふう、とため息をついて、

「任務完了」

プシューと煙が吹き、コックピット・ハッチが開く。桃太郎が降り立つと、そばで<竹取りじいさん>が倒れていた。

(これは?)

「よう、軍曹。お見事です」

キジとサルが、イヌを肩に抱えて軍曹に声をかける。

「これは、君らがやったのか?」

「ああ、邪魔が入らないようにな。燃料庫に爆弾も仕掛けてきた。もうこの基地は終わりだ」

「そうか、よくやった。ご苦労」

「光栄です、軍曹。ってな。さ、早いとこずらかろう」

「ああ」

四人はその場を離れ、そこを脱出した。



「基地は壊滅、『鬼』も殲滅と確認。上出来です。ご苦労様でした、桃太郎さん」

テッサは届いた報告書を片手に、言った。

「そして……お帰りなさい。本当に、無事でよかったです」

桃太郎はビシッと敬礼し、

「大佐殿の心遣い、感謝します」

「いえ……。とにかく、ご苦労様でした。あとはゆっくり休んでください」

「はっ」

桃太郎は一礼し、部屋を出た。そして、また次の任務に備える。

桃太郎の伝説は、まだ終わらない。

                          「桃太郎」より引用

                          「マッチ売りの少女」より引用

                   終了