「…………」
かなめと恭子は、読み終えてもすぐには何も言えなかった。しばらくして、次々と口を開く。
「なんか桃太郎の名前を借りて相良くんの武勇伝を読まされたみたいだね……」
「それにしてもコイツは、桃太郎の話をよくここまで自分の世界にもっていけるわね……」
それを聞いた宗介は、頬をポリポリとかき、
「そんなに褒めないでくれ」
「褒めてない」
二人同時に、強く言った。
「そう……か」
宗介は深く肩を落とす。長い時間をかけて書いた大作を否定されると、だれだってそうなるものだ。
「千鳥くん、私にも読ませてくれないかね」
生徒会長、林水は読んでいた本を机に置いた。
「ええ、ええ、いいですとも。これ読んで、ビシッとソースケに言ってやってください」
かなめがノートを渡すと、林水はページをめくる。
普段いろんな本を読んでいるせいか、読み終えるのに十分とかからなかった。読み終えるとノートを閉じ、机の上にのせて、眼鏡のブリッジを、くいっと指先で押し上げた。
「ふむ」
「……どうでした」
「なかなか、ためになる話だ」
林水は感心したようにきっぱりと言う。
「ああもう、なんでそうなるんですか。こんなの、全然桃太郎じゃないじゃない」
「千鳥くん。君は桃太郎にどういうイメージを抱いてるのかね?」
「どうって……。かわいい動物を連れて、村人を困らせる悪い鬼を倒すっていう、もっとこう、ほんわかな感じですよ」
「ふむ、なるほど。だが、残念ながらその認識は間違っている」
「え?」
「本来、おとぎ話や童話というものは、残酷とも形容できる作品なのだよ」
「……嘘でしょう?」
「これは事実だ。かつて、『本当は怖いグリム童話』という本が出たくらいだ」
「本当なの?キョーコ」
唯一まともな友人、恭子の方を向く。
「え……と。よくわからないけど、『本当は怖いグリム童話』なら知ってるよ。ベストセラーにもなってたし」
「そういうことだ。したがって、相良くんの書いたこの桃太郎は本当の姿を示しているといっていい。そうだな、これは我が校の新聞『陳高だより』に掲載しておくとしよう。相良くんの小説は千鳥くんのような読者の間違った認識を正してくれるだろう」
「光栄です、閣下」
「ち……ちょっと、そんなのやめてください」
「なぜだ、千鳥。閣下のお墨付きだぞ」
「センパイが許しても、あたしは許さないわよ」
かなめがキッと睨むと、宗介は諦めるように目をそらす。
「とにかくこれもダメね。ダメ、不合格」
「まだあと四冊あるのだが……」
「……これはもう読む気になれないわ……」
「そんな……千鳥……」
「目をうるませるなっ。大体あんたは……」
「千鳥くん」
林水が、かなめのセリフを遮った。
「なんです?センパイ」
「ここはひとつ、テーマなしで書かせてみたらどうだね。そのほうが相良くんにとっても書きやすいと思うが」
「うん、あたしもそう思うな。相良くんはテーマに沿って書くとかそんな器用じゃないし」
「童話のアイディアはキョーコでしょーが……。でも、まあそれもそうね」
かなめは少し考えると、宗介に向き直って
「じゃあ、いい?これが本当に最後のチャンスよ。テーマは自由。なんでもいいわ。それであたしを納得させてみなさい。いいわね」
宗介は、まだ小説を書かなければならないと知り、気が遠くなりそうだった。だが閣下の提案に、千鳥の後押し。これでは断れるはずもなかった。
「……了解」
その返事には、まったく覇気がなかった。
それから三日、またも宗介は学校に来ていなかった。そして四日目、宗介は目にものすごいクマをつくって、登校してきた。生気は、まったく感じられなかった。
「あんた、今までなにやってたの?」
「徹夜で小説を書いてきた」
そう言って、鞄を開け、ノートを取り出す。その行動のどれにも生気がない。今かなめのハリセン攻撃のひとつでも入れば、あっさり戦闘不能になりそうだ。
「これ? 三日も休んだわりにずいぶんと薄いのね」
その紙は、十枚いってるかどうかくらいしか厚みがない。
「肯定だ。テーマがないと、どうもなにを書けばよいやら迷ってな。それに時間を費やしてしまった」
「あっ、相良くん。久しぶり」
常盤恭子が、二人の元に駆け寄ってきた。
「小説書けたんだ、あたしも見ていい?」
「ああ。しかし、それほど見せるほどのものでもないのだが」
「なにいってんのよ、頑張ったんだからきっと大丈夫よ」
そう言って、ゆっくりとページをめくる。
T・K。これが俺の護衛対象の名だ。俺はわけあって、少女を護衛している。この少女を守ることが、今の俺の第一任務なのだ。
いつものように、朝日が昇る。向かいに住んでいるその少女が起床した。俺はその周辺を注意深くチェックする。なんの異常もないようだ。とりあえず俺も登校の準備をする。
T・Kが支度を済ませ、マンションを出る。俺も合わせて登校する。T・Kが俺に気づくと
「いっしょに行こ」
そう言ってきたので、一緒に登校する。
目的地の学校に無事到着。しかし、残念なことに異常事態が発生した。T・Kがその様子に気づき、心配そうに聞く。
「どうしたの?」
「危険だ、離れていろ」
「危険って、なにが?」
「靴箱に挟んでおいた髪の毛が床に落ちている。つまり、誰かが靴箱に爆弾を仕掛けたにちがいない」
「……それで、どうするの?」
「爆破する」
なんの躊躇もなく、きっぱり言う。それを聞いた彼女の様子がおかしくなる。
「どうした」
「……すばらしいわ、あんたって」
「そ……そうか?」
「うん。それって確実な処理方法よね。普通、考えつかない。本当、すごいわ」
少女は尊敬のまなざしでこっちを見ている。
「よし、爆破するぞ。みんな、危険だから離れるんだ」
大声で、近くの生徒に注意をうながす。
「なんだなんだ?」
「なんでもまた相良が爆破すんだってよ」
「へえ、さすがは安全保障問題担当・相良宗介だなあ」
「まったくだ、あいつの手際のよさには感心するぜ」
「立派だな。いつも俺たちのことを考えてくれてる」
まわりの生徒が次々と宗介を褒めちぎる。
「よし、いくぞ」
点火。爆発音はひとつ。つまり、
「……どうやら爆発物ではなかったようだ。だが、これで安全だぞ」
「ブラボー!」
まわりから拍手が送られてくる。その拍手の中、T・Kと教室に向かった。
「相良くん。また靴箱を爆破したそうね……?」
神楽坂先生が話しかけてきた。俺は失礼のないよう、胸を張り、
「肯定です。不審物の可能性があったので」
「そう……」
先生はなにやら息を整えると、
「生徒たちに代わってお礼を言うわ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「うん、あなたって生徒の鑑だわ。いつも私たちの安全を第一に考えてくれてる」
「光栄です」
「あ、そうそう。こないだの古文のテスト、また満点だったわよ」
「そうですか」
「ん、もう。もう少し威張っちゃってもいいのよ」
「いえ、たまたまです」
「ふふっ」
神楽坂恵理は微笑すると、職員室に戻った。俺も教室に戻る。俺の席にT・Kが待っていた。
「ねえ、ソースケ」
「なんだ」
「今晩、また栄養カレー食べさせてあげる。だから、あたしのとこ来てよ」
「それはすまないな。では行くとしよう」
「うん、約束ね」
その後、学校は何事もなく進んだ。
放課後、二人はT・Kのマンションの前まで来る。
そしてT・Kがドアに手をかけようとした時
「まてっ」
「どうしたの?ソースケ」
「中の様子が変だ」
そう言って、ドアにプラスチック爆弾を取り付け、点火。
かなめのドアは見事に吹き飛ばされる。
中に入り、慎重にあたりを見回す。中にはだれもいない。ただ蚊が飛んでいるだけだ。
「……どうやら蚊の羽音だったようだな」
「……そう」
「すまない。また俺の勘違いでドアを壊してしまった」
だが彼女は首を横に振り、
「ううん、いいの。あたしのためにやってくれたんだもんね。気にしないで。ドア代も立て替えとくから」
「そうか」
その場はとりあえず解決し、約束どうり彼女は栄養カレーをごちそうしてくれた。
「うまい」
「でしょ」
「うむ」
「……あたしね」
かなめがじっとこっちを見る。
「なんだ」
「あたし、こんなにいい護衛がついてくれて、本当にうれしいんだ。常識があって、思いやりがあって、強くって……。本当、最高の護衛だよ」
「……そうか」
悪くない。俺は護衛として最高のことをまっとうしているのだ。それを裏付けるものとして、今日も常識ある行動ができた。
今日も平和だ。
終了
二人は静かにノートを閉じた。そしてかなめの第一声は、
「これって、ひょっとしてあたしへのあてつけ?」
その言葉に宗介は動揺したが、それは努めて顔には出さなかった。
「い……イや、ソンナことはナイぞ」
訂正。言葉に大きく出ていた。
「へえ、相良くんはカナちゃんにこんな風になってほしいんだ」
「と……常盤……」
「やっぱあてつけよね?」
「き……気のせいだ。それに千鳥の名前なんてどこにも書かれてないぞ」
「あんたをソースケって呼んで『T・K』といえば、トキワ・キョーコを除いてチドリ・カナメぐらいしか思い当たらないんだけど」
「……偶然だ」
宗介の額からぶわっと脂汗が流れた。
「どうなの?白状しちゃいなさい」
「俺は……俺は……」
(何故俺は拷問されてるのだ? もう疲れた……。目がかすむ……。気が遠くなりそうだ……)
そして宗介は本当に意識が朦朧とし、そのままばったりと床に倒れてしまった。
「ちょ……ちょっと、ソースケっ」
「……寝ちゃってるよ」
宗介は、寝息をたてて、眠っていた。これはしばらくは起きそうにない。
「まさかこの馬鹿、本当にずっと徹夜で書いてたのかしら」
「うん、そうみたい。でも相良くんって不器用だけど、こういうひたむきに頑張るところが好きだな」
恭子がそう言うと、かなめもそれには同意した。
「そうね」
(ま、その頑張りに免じて今夜は栄養カレーをごちそうしてやるか)
かなめはうれしそうにふふっと笑った。
「……くん。相良くん」
神楽坂先生の声だ。
「相良くん?あら、こんなところで寝てるの?」
「ええ、まあいろいろと」
「ふうん……まあいいわ。それじゃ古文のテストは机の上に置いとくわね」
そう言うと、一枚の紙を宗介の机に置いて、教卓に戻った。
「どうだったのかしら……?」
二人は宗介の答案用紙をのぞきこむ。
「うわっ」
「ひょえっ」
それは小説に書かれてたような満点ではなく、それはもう、見るに耐えないものだった。
「……起きてこれ見たら、あいつ本当に死ぬかもね」
「うん……。どうしよう、カナちゃん。これじゃ相良くん、可哀想だよう」
「すぐには見ないよう、鞄の中にそっと入れといてあげましょう。あとは……知らない」
かくして、その死刑の最終通告は鞄の奥深くにしまわれた。
しかし、しばらくしてそれに気づいてしまった宗介は、
「無念……」
と、言葉を残して再び倒れたそうな。
あとがき
まあ単に宗介に小説書かせたらどうなるかなって想像して書いただけなんですけどね。
桃太郎の話はあそこまで大きくするつもりなかったんですが、もうここまできたらいっそアクションにしちまえって、かなりやけくそに。
前編の童話は意外と好評だったようで
わかると思いますが、タイトルの危険因子は『宗介』でノベルズは『小説』です