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無法地帯のダイエット


作:アリマサ

「あたし今、幸せだわ」

千鳥かなめは、常盤恭子と机を並べて昼飯を食べていた。

だが、机の上にあるのはいつものパンではなく、ケーキだった

ショートケーキにチーズケーキ。いろんな種類のケーキが机からはみでんばかりにどっさりと置かれていた。

実は近所のケーキ屋が大安売りしていたので、前から狙っていたケーキをこれとばかりにたくさん買ってしまい、今こうして食べまくっているというわけだ。

「カナちゃん、ずいぶんあるけど大丈夫?」

恭子がその量をみて心配する。

「平気よ平気。甘いものはいくらでもはいっちゃうんだから」

口にほおばるその手は止まることを知らない。

「……太るよ」

ぼそっと言った恭子のセリフが一瞬かなめの手を止めた。

が、次はショートケーキに手をのばす。

「だ……大丈夫よ。ほら、あたしってヤセの大食いだからさ。ほら、みてよこのプロモーション」

と、かなめはモデルよろしく手をうしろにまわし、ポーズをつけてみせた。

「千鳥、それはなんだ」

いつのまにか背後に立ち、話し掛けてきたのは相良宗介。

かなめはあわてて、とっていたポーズをやめた。

「えっな……なにが?」

「君の持っているものだ。」

かなめがもっていたのはショートケーキだった。

「これ? ケーキだけど……。ひょっとしてあんた、ケーキ知らないの?」

「肯定だ。アフガンにそんなものはなかったな。教えてくれ、ケーキとはなんだ」

「ケーキはね、甘くておいしいものよ。食べてみる?」

かなめはフォークで器用にケーキを切り分けると、それを宗介に手渡した。

そのケーキを宗介はじっと観察した。

そして机の上に置くと、取り出したコンバットナイフでイチゴをつつき、続いて生クリームの中を慎重に……。

かなめのハリセンが炸裂した。

「なにやってんのよっ」

「見たことのない素材ばかりでな。爆発物の材質が混入されてるかもしれん。まずは感触の確認からと」

「あたしはそれをさっきから食べてるのよっ。大丈夫だからぱくっといきなさい、ぱくっと」

「む……」

宗介はまだためらっていた。

が、促されているため、半ば覚悟を決めてからそれを一気に口にいれた。

「どう?」

口の端についたクリームを舐めとりつつ、安堵のため息をついた

「うむ、危険物はなかったようだ」

「ちがうでしょっ、味はどうなのってきいてんのよ」

「味か……ふむ、甘いな。糖分のバランスが心配だ」

「もういいわ……」

宗介に味の感想を聞いたのが間違いだった。

そうよ、あの変な干し肉とかいうのを平気で食べて生活してるくらいなんだから……。

「まあまあ」

恭子がその場をなだめにかかると、かなめも落ち着いてきた

そうして、さっきの続きとして、別のケーキを食べにかかる。

「でもうらやましいなあ。カナちゃん本当に食べてもあまり太らないし。ねえ、相良くん」

そう言われて、宗介はかなめをじっと見た。

「ちょ……ちょっとなに見てんのよ」

かなめは目を逸らし、耳まで赤くなった。

それを見て恭子はくすくすと小さく笑う。

だが宗介はおかまいなしに、視点をかなめのおなかに移動した

そして訓練で鍛えたその驚異の観察眼で、様態を分析する

素人目には分からないが、0.2ミリほど昨日より増えている。こんなの、普通の人は気づくはずもないのだが

「いや、千鳥は太っているぞ」

ぶっ、とかなめはおもわずふいてしまった。

「あ……あんた今なんて言った?」

かなめはふるふるとふるえていた。が、宗介はそれに気づくこともなく、よりはっきりとした声で

「千鳥は太っていると言ったのだ」

がすっ。

手に持ってたフォークの先を宗介の額に突き刺した。

「い……痛いぞ千鳥。なにがあったか知らんが、せめてハリセンで……」

「うるさいっ」

さらにぶすぶすと突き刺し、その回数が重ねるにつれ、宗介はしだいに動かなくなった。



「大丈夫? 相良くん」

横に並んで歩いていた恭子が心配そうに声をかけてくる。

「うむ、命の危険を感じたが、無事だったようだ」

学校が終わっての帰り道、常盤恭子と相良宗介の二人だけだった。

かなめは怒って一人、先に帰ってしまった。

「でも相良君が悪いよ。太ってるなんて言うから」

「俺は本当のことを言ったまでなのだが」

「女の子に太るなんて言うとすごく傷つくんだよ」

「しかし、実際に傷ついたのは俺だが……」

と、傷ついたおでこをさする。

恭子はため息をついた。

「そうじゃなくて、心の傷。ああ面と向かって言われると、心が痛むんだよ。とにかく、あとで謝って……あれ? 相良君?」

いつの間にか、宗介はかなり前方を走っていた

彼は「大変だ」と繰り返しつぶやき、そのまま去っていってしまった。

「……カナちゃん太ってないと思うけどなあ」

一人、残された恭子はぼそりとつぶやいた。



その頃かなめは、部屋のベットで枕に顔をうずめ、伏せていた。

「あたし……そんなに太ったかなあ」

かなめは帰ってくるなり、急いで体重計を引っ張り出し、測ってみた。しかし、これといった変化はなかった

だが、宗介はきっぱりと太っていると断言したのだ。

「ソースケのバカ」

そう言って、足をばたばたする。

「むー」

ベッドの横に置いていたぬいぐるみを宗介と見立てて、睨み、頬をつねり、ぼふっと布団に叩きつけた

そうしてやり場の無い怒りをぬいぐるみにぶつけていると、ふいになにか思いついたようで、がばっと顔を上げた。

「そうだ、ダイエットしよう」

(そしてソースケを見返してやる。あの言葉を撤回させて、ひざまづかせてやるんだからっ)

そう決心した時、なぜか玄関の扉が轟音とともに吹っ飛んだ

「なっ……?」

その立ち込める煙の中から、なぜか白衣を身にまとった宗介があらわれた。

「千鳥っ、大丈夫か? 心臓は……心臓はまだ動いているかっ」

心の傷と、心臓に傷がつくとを勘違いした宗介が、無線片手にせき立ててくる

「さきほど、救援隊を要請しておいた。それが来るまで俺が応急処置を施すぞっ」

「…………」

そんな宗介を、かなめが金属バットで殴り倒した。

「ま……待て。まったくわけがわからんが、せめてハリセンで……。もうこれ以上はさすがに……」

しかし、その要求は受け入れられないようだ。彼女はじりじりと距離を詰めてきて、金属バットを天高く構えた

本気で身の危険を感じ、宗介は無線機に向かって急き立てた

「きゅ……救援隊っ、救援隊っ! 早く来てくれっ! 俺の命が危ないッ!」

「死んでまえ、ボケ野郎」

その渾身の一撃は、見事に命中した。



翌日、さわやかな休日の朝をむかえた。

だがかなめにとっては朝に弱く、そんな日でもテーブルにぐでーっとうなだれていた。

朝食は減量のため何も食べないことにしていたので、テーブルの上にはなんの用意もしていない。

「でも……ダイエットってただ食べないってだけじゃだめよね。それに絶食って体に悪いし……。そうだ、せっかくの休日なんだからダイエット食品でも買いに行ってみようかな」

かなめはなにかを決めるとすぐに実行に移すタイプだ。

さっそく外に出るために、パジャマから服に着替えた。

そして支度を整え、鍵をしめて、マンションの階段を下りていくと、見計らったように宗介が出てきて、ばったりと出くわす形になった。

「うわっ、な……なによ」

「出かけるのだろう、俺も行く」

頭に包帯を巻き、あちこちにバンソーコを貼りつけている。

宗介はなんとか死なずにすんだようだ。

「なんであんたまで来るのよ」

「護衛だ」

きっぱりと当初の任務内容を理由に言ってみせた。

だが、今回かなめにとってはありがたくない申し出だった

それもそのはず、ダイエットをして見返すはずの相手がすぐそばに居て、その経緯を見られるなんて。それになんといっても、恥ずかしいではないか

「大丈夫よあたしは。だからついてこないで」

「千鳥。それは危険だ。護衛は常に必要だ。護衛がいることで、テロリストは君の誘拐を断念することもあるだろうし、そういう防止になる。でなければ君は今ごろテロの標的となり、その争奪戦が繰り広げられ、それは表にさらされる。そうしてあちこちから銃弾が飛び交い、ここは一気に危険地帯と化してしまうだろう」

「あんたの近くが一番危険地帯な気がするんだけど。それにここは日本なんだからさ、そんなテロだとかありえないわよ」

「その油断が命取りになるぞ。ほら、そこの電柱にも書いてある」

「へ……?」

その宗介が指さした先には『注意一秒、ケガ一生』の看板があった

「テロに注意を呼びかけた警告文だ」

「…………」

もはや訂正する気力もなかった。大体、こんな朝からイライラしているのに、こんなやりとりをいつまでもやってられない

「あのね、あたしはついてこないでって言ってんの。大丈夫だからさ。いいかげんしつこいとトドメさすわよ」

「……了解した」

トドメという言葉が効いたのか、宗介は一足、二足と離れていった。

(ほっ、これで一安心)

かなめはそのままダッシュして駅へとかけこんでいった。

しかし、宗介がこのままあきらめるわけがない。

宗介は、かなめに気づかれないよう離れて尾行することにし、素早く気配を消して後をつけていた。



かなめがたどり着いたのは駅前のでかいデパート。

ここなら良質のダイエット食品が豊富に揃っているだろう。

かなめは一人エレベーターに入り、七階まで移動する。

宗介は見つかるわけにはいかないので、離れたところから、エレベーターの階数がどこで止まるのかを確認するために待っていた。

「七階か……」

すぐさま階段で、三段飛ばしで素早くかけ昇っていく。

そんなことをしている間に、かなめはダイエットコーナーの前に到着した。

そのコーナーの入り口には、でっかく『だれでもすぐやせれるダイエット食品シリーズ・セール中』と書かれた宣伝紙が貼りつけられていた。

「ったく、これじゃ入る人がいかにもダイエットしてますって教えるようなもんじゃないの。……ああもう、入るのに勇気いるわね」

まわりの視線が気になって、入ることができずにその場をうろつく。だが、キリがないので意を決し、人ごみが少なくなるときを狙って、一気に中に入った。

そこでは商品棚がずらりと並び、多種多様なダイエット食品がぎっしり並べられていた。

そのあまりの多さに思わずたじろいでしまう。

「こんなにあったなんて……どう選べばいいのよ」

一つ一つ商品を手にとり、パッケージの裏を見てみるが、カロリーだのなんだのと表示の意味がよくわからない。

かなめは今までダイエットしたこともないし、その気もなかったのでこういった知識は乏しかったのだ。

そしてふと横を見ると、皿の上にダイエット食品がのっている。その手前に『試食してみてください』 と気前のいい表示があった。

「へえ、こういうのも試食できるんだ」

そこからクッキーのようなものを選び、それを食べてみた。

すると今までに食べてきたクッキーとなんら変わりない歯ごたえと、味が口の中で広がってきた

「あら、けっこういけんじゃない。へえ、ダイエット食品って無味かと思ってたけど、ちゃんと味ついてんのね」

さらにちがうのも食べてみると、これまたおいしい。

「いいじゃない、いいじゃない」

さらにひょい、ぱくっと、もうかなめは止まらなかった。



「いかん」

宗介はようやく七階にたどりつき、千鳥の姿を見つけたところだった。

するとどうだ。千鳥はまるでなにかにとり憑かれたかのように、得体のしれないものを食い続けているではないか。

(あんなにも怪しいものをずっと貪り食っている。あの異常さ……まさか麻薬に手をだしてしまったのか? いかん、早く止めねば)

そのとき、ようやくかなめは気が済んだようで、試食をやめてその場から動いた。

商品選びを本格的に始めるらしい。そしてかなめが隣の棚へいくと、宗介は気づかれぬよう、さっきまでかなめが口にしていた場所に移動し、試食の皿の上にのっているものを確認する。

(これは……クッキー? いや、麻薬を染みこませたクッキーだろう。なんという卑劣なテロ行為だ)

宗介は真偽を問いただすため、近くにいた店員をつかまえ、懐から銃を取り出し、それを店員の喉元にぐっと押し付けた。

「ひゃ……ひゃいっ?」

店員からすれば、いきなり客に胸倉を捕まれたかと思うと、今度は喉に銃を突きつけられたのだ。

もちろん状況が飲み込めるわけはなく、ただ怯えるだけだ

「大きい声をだすな。いいか、正直に答えろ。これはなんだ」

クッキーに似たダイエット食品を、店員の鼻先に突きつけた。

それを見て、店員はかすれた声で、怯えながらも丁寧に応答した

「み……『ミレーユ』というダイエット食品ですが……」

「嘘をつけ。素人はごまかせても俺の目はごまかせん。正直に吐くんだ。これは麻薬だろう。それは知っている。俺が知りたいのは、これがどういう麻薬で、どういった症状をもたらすのだということだ」

「ま……麻薬? そんな……これはただのダイエット食品で……症状といわれましても、痩せれるということしか……」

「痩せるだと?」

その説明を聞いて、即座に、まるでミイラのようにやせ細ったガリガリの体をもった人々が、ゾンビのようにただ町をうろつくという悲惨な光景を思い描いた。

(なんという恐ろしい)

「貴様らはそんなおそろしい計画を実行していたのか」

「え? ええっ?」

(どうする? まさかそんな恐ろしい計画が動いていたとは……ミスリルに至急連絡をとるべきか)

その店員は、死地に追い詰められ、なんとか我が身のためにこの状況を打開しようと、とにかく今の状況を理解しようと努めていた

この自分に銃を突きつけている男は、なにかを勘違いしている。そしてその間違いを訂正してやらないと、本当に自分は殺されてしまう。

怖い。怖いが、まずはこの勘違いを訂正しなくては

「信じてくださいよう。これは食べても無害ですって。麻薬なんかじゃないですよう。」

「信じる信じないは俺がきめることだ」

「お疑いなら自分で食べてみればいいじゃないかあ」

涙目いっぱいになって必死に反論した。その喚きは、完全に死の淵にいる男の姿だった。

「そうはいかん。食べるなら貴様が食え。それで変化なしなら一応信じてやろう」

それを聞いた店員は、わずかに巡ってきたチャンスを逃さないよう、必死になった

信じてもらわなくては

これがただのクッキーだと信じてもらうのだ

店員は、狂ったようにクッキーを口に詰め込んだ。そして口いっぱいに入れると、ジャリッジャリッと噛み砕いて、宗介に顔を向けた。

ほらっ大丈夫だろといわんばかりに。

だが、焦って詰めすぎたのが良くなかったのか、すぐにのどにつまってしまった。

苦しそうにむせ返って、咳きこむ。苦しさと恐怖で涙があふれ、顔色も青くなっていく

喉の奥から『ぐぷっ、ごぼっ』と怪しげな音がする。

それを見ていた宗介は顔をしかめた。

(こいつは狂っている……。そうか、この男はすでに麻薬中毒者なのだ)

宗介は、哀れんだ目でその店員を見下ろした。

そのとき、通信機もとい携帯が鳴った。

(ミスリルか?)

開いてみると、ディスプレイの画面には常盤恭子という文字が表示されてあった。

(常盤か)

ボタンを押すと、聞きなれた声が伝わってきた。

『相良君? ねえ、昨日のことちゃんと謝った?』

「常盤、ちょうどよかった。実はいま千鳥をつけていたのだが、一足遅く彼女は麻薬に手をだしてしまった。すぐにこっちで保護するから、君は病院を手配してくれないか」

すぐには返事がこなかった。頭が整理しきれないのだろう。

少しして「信じられないよ」と声が返ってきた。

『麻薬なんて……。うそだよっ。カナちゃんがそんなのに手をだすわけないよ』

「常盤。信じたくない気持ちも分かる。だが彼女は、現にこの……ええと」

皿の上にあるクッキーと同じ絵の入った箱を棚から取り、裏を読んだ。

「おすすめ度NO,1ダイエット食品ミレーユ、と書いてある。その成分にはカロリーだの脂肪成分だのと、怪しげな表示が示されたクッキーのようなものを食べていたのだ。これは残念ながらまぎれもない事実だ……」

『……ええと』

悔しそうにうなだれる宗介をよそに、恭子はさてどこから説明を始めるべきかと悩んでいた。



しばらくの説明を聞いた後、宗介は念を押すように聞いた。

「……では、本当に千鳥に危害はないのだな。」

『本当だよ。ね、わかった? だからもうその店員さんを放してあげて。』

「むう……了解した。常盤を信じることにしよう」

その店員は、まだ喉が詰まっているのか、青い顔で動かなかった。なぜか時々ビクン、ビクンと痙攣を起こしているようにみえる。

宗介が銃を引っ込めると、店員は残り少ない力をふり絞り、トイレへとはっていく。

(だがあの店員のチェックは外さないでおこう)

店員を見送ると、携帯を持ち直した。

「無害だということにしよう。しかし、それではダイエットとはなんなのだ? あの店員は痩せるだとか言っていたのだが」

『ええと、ダイエットっていうのはね。体重を減らすために運動したり食事をとらないってことかな。あれけっこうつらいんだよ。……わかってる? 相良君がカナちゃんに太ってるなんていうから、ダイエットはじめちゃったんだよ』

(なんてことだ)

宗介は青ざめた。千鳥が自分のせいでダイエットという過酷極まりない行為を実行に移しているのだ。

次に、宗介は千鳥の姿を探した。

「いた」

千鳥はもうレジを終え、三箱ほどのダイエット食品を袋につめている。

宗介は他のことには目もくれず、人ごみをかきわけ、千鳥の元へと走った。

本来なら千鳥についてくるなと言われてるのでここにいるとバレてはまずいのだが、もうそんなこともどうでもよかった。

宗介は、袋につめる作業を終えて、出ようとするかなめを呼び止めた。

「千鳥っ」

振り向いたかなめは、宗介がここにいることに驚いた。

「ちょっ、あんたなんでここにいるのよ。さては尾行してきたわね。あんだけ言ったのにあんたって人は」

そう言って、さりげなく袋を後ろに隠す。だがそんなことにおかまいなく、かなめの両肩をガシッとつかんだ。

「なっなによ」

「千鳥……俺が悪かった。だから、ダイエットなんて過酷なことはやめてくれ。」

「へ?」

なにを言っているのかよくわからない。そもそも、なんで宗介はあたしがダイエットをしようとしていることを知っているんだろう? 

だが宗介の目は真剣だ。

宗介は続けた。

「君はアフガンでの食糧難のつらさを知っているのか? 何も食えずに飢え、痩せて死んでいく悲惨な光景を俺は何度も見た。それに俺も昔、訓練でダイエットに似たようなことをした。20キロの荷物を背負い、一週間飲まず食わずで険しい山を越えていくのだ。あれは今でも思い出すのもつらい。たのむからやめてくれ。俺はかなめのそんな姿は見たくないんだ。自分をそんなに痛めつけることはない」

ギュっと手に力がこもる。

かなめはそんなソースケの言い分を聞いてるうちに、言いたいことをなんとなく理解することができた。

いつからダイエットをしようとしてるのかを知られてしまったのかはわからないが、どうやらまた勝手に違う解釈をしているらしい。

(でも……ソースケはソースケなりに、あたしのこと心配してくれたんだ)

そう思うとかなめはうれしくなった。

「うん、わかった。ダイエットはやめる」

「千鳥……」

宗介がホッとしたのが、わずかな表情の変化で読み取れた。

そうだね。あたしらしくなかったかも

「ね、せっかくだからショッピングにつきあってよ。」

買うものは買ったし、せっかくソースケと二人なんだし。

ダイエットの本当の意味は、まああとでゆっくり説明するのがいいだろう。

「了解した」

宗介も快く承知した。

「よーし、じゃあ家電製品コーナーへ行こう」

かなめの声はさっぱりしていた。