タイトルページへ


無法地帯のダイエット 後編





二人は下の階に下りて、家電製品コーナーまで歩いてきた。

「あっ、やっぱり10パックセットのビデオテープが出てる。じゃあソースケ、待ってて。値切ってもらいにいってくる」

そういって、電気屋の店名が入った制服を着た店員の元へ行く。

「値切り?」

宗介はまた新しく聞いた言葉に首をかしげた。

「ねえねえおじさん。これ買うから少しおまけしてくれない?」

その店員は、営業スマイルの笑顔を崩さずに、愛想よく応対してきた。

「ええ、これかい? これはちょっとキツイなあ」

「お願いっ、今月ピンチなの。おまけしてくれたらあたし、すっごく感謝しちゃうんだけどなあ」

と、上目遣いに店員をじっと覗き込む。その店員は照れたようにポリポリと頭をかいて、

「まいったなあ、負けたよ。そんじゃあ200円安くするよ」

「わあっ、ありがとうおじ様っ」

かなめはそのビデオを購入して、ご機嫌になって宗介のところへ戻ってきた。

「千鳥、今のが値切りなのか?」

「ん? そうよ」

「なるほど、要するに商品を対象とした交渉だな」

「まあ、そんなもんね。あんたもやってみたら」

「そうだな。実戦の経験はなによりも勝る。やってみよう」

そう言うと、さっきかなめが掛け合った店員の元へいく。

「おう、兄ちゃんいらっしゃい」

宗介は横に置かれた商品を指差し、

「これを安く売ることを要求する」

「ああ、兄ちゃん。このDVDデッキは今日出たばかりの新商品でね。悪いけど、これは無理だよ」

店員は首を横に振って断るが、宗介は懐から銃を取り出し、今度は胸に押し当てた。

「撃つぞ」

「ちょっと兄ちゃん、困るよ。そんなモデルガンなんか使っちゃって。だめなものはだめだね」

どうやら銃を本物と思っていないらしい。無理もないことだが。

「これが偽物かどうか、貴様の体で確かめてみるんだな」

ぎらりと、宗介の目に、傭兵の頃の鋭い気迫が宿った。

それには素人でさえ、ぞくりと背筋を凍らせるものがあるのだ。

こうなると、店員もただならぬ雰囲気を感じ取って、ごくりと喉をならした。

だが、それよりも商売魂が強かった。

「だ……だめだ。こればかりは命に代えても安くするわけには……」

「ほう……命に代えてもだと? その言葉に偽りはないな?」

その緊迫した空気は、あっという間に周りを騒がせた

すぐに人だかりができて、他の店員達も集まってくる

すると、それを強盗かなにかと思い込んだ数人の若い店員たちが叫んだ。

「や……やめてくれ。や……安くするから店長の命だけは」

どうやら人質のこの人は店員でなく店長だったようだ。

そして、店員達に親しまれているらしい

「バカ野郎、おめえら勝手に決めるんじゃねえっ。ここは俺の戦いだっ。手をだすな。いいか、若造。俺は絶対に安くしねえからな」

命を請うどころか、睨みつけて、激を飛ばしてきた

なんという商売魂。銃を突きつけられてもなお、ゆずらない頑固な意志をもっているようだ

「いい度胸だ。どうやらこれをオモチャだと勘違いしてるようだが、後悔するはめになるぞ」

カチリ、と撃鉄を引いた

「ええい、それが本物だろうと安くしねえっ」

あくまで拒む店長に見かね、たまらずまた店員たちが叫ぶ。

「店長、なんでそんなに意地をはるんだ。安くしてやろうよ。それくらいなんだよ。俺、店長が死ぬとこ見たくねえよっ」

店員の泣き顔に、店長がいきり立って怒鳴った。

「バカ野郎っ。そんな簡単に安くするって言うなっ。おめえら、定価で売ることにもっと誇りを持てっ。それが……商売人ってもんだろうがよ」

「て……店長っ」

(えっ、それじゃあたしのビデオテープは?)

というかなめのツッコミをよそに、みんなして涙ぐむ。

そして宗介は銃を突きつけたまま、

「最後の別れは済んだようだな。ではこれが最後の交渉だ。これを安くしろ」

店長は目を閉じると、はっきりした口調で答えた。

「断る」

ドスッ

引き金が引かれ、店長が「ウッ」とうめいて倒れた。

「店長ぉぉっ」

店員がかけより、店長を囲んで騒然となった。店長はうなだれたまま動かない。

「立派な戦士だった」

宗介はそれだけ言い残し、その場を離れた。しかし、その前を千鳥かなめが立ちはだかる。

「あ……あんたねえ、なんてことすんのよ」

「あの男なら心配ない。撃ったのはゴム・スタン弾だ。死にはしない。とはいえ、かなりの威力だから当分は気絶したままだろうな。それにしてもたいした男だ。彼が兵士なら、きっと立派な上官になっていただろう。それだけに惜しい」

宗介は悪びれた様子もなく、淡々と告げた。

かなめは命に別状がないということにとりあえずホッとし、それからソースケの後頭部をハリセンでおもいっきり張り倒した。

「あれは交渉じゃなくて脅迫でしょうがああっっ」

「痛いぞ千鳥。だが君が怒るのも無理はない。しばし待て。」

そう言うと、あちこちの商品棚に向かってなにやらごそごそと仕掛けている。

「ソースケ、なにやってんの?」

「プラスチック爆弾を仕掛けている。いくらなんでも商品をあちこち吹き飛ばされればこちらの要求をのむしかないだろう。見ていろ千鳥。さきほどは失敗したが、次の交渉は成功させてみせる」

「ちっともわかってないじゃないのよアンタはぁぁぁっ」

かなめのハリセンの一撃が宗介の顔面に炸裂した。



ショッピングも済まし、デパートを出るともう夕日が沈みかける時刻になっていた。

宗介が荷物を抱え、二人は帰ろうとしていた。

その帰り道の途中、宗介がラーメン屋の看板を見つけると、

「千鳥、ラーメン屋に寄らないか」

と、誘った。

「へえ、あんたから誘ってくれるなんて珍しいわね。もちろん、おごってくれるわよね」

「肯定だ」

ラーメン屋の中は、けっこう掃除が行き届いてて、きれいだった。

二人はカウンターに並んで座った。

「あ、ラーメン二つ」

かなめが注文し、店長が「へい」と応じる。

そしてあたりを見回してから、宗介に聞いた。

「めずらしく誘っちゃって……どうしたの?」

その問いに少し間があってから、

「その……千鳥がダイエットとやらであまり食ってないのではないかと思ってな」

「ソースケ……」

その言葉はとてもうれしかった。

そう、今日のぶんがチャラになるくらい……とまでにはいかないが、とにかくうれしかった。

(ソースケには心配かけちゃったみたいだけど、もう大丈夫だよ)

その100円ラーメンの味が、なんだかいつもより美味しいような気がした。



そして食べ終わったあとソースケのを見ると、ラーメンがまだ少ししか減っていない。

「ソースケあまり食べてないじゃない。どうしたの?」

「うむ、実はこれを食べかけたとき、いい値切りのし方を思い出してな。それをこのラーメンでやってみようと思う」

「え? 値切るってこのラーメンを?」

(このラーメン100円なんだけど……)

だが宗介は胸をはって言った。

「肯定だ。まかせておけ。昨日君と見たあのドラマを思い出したからな」

(あのドラマ?)

最近宗介と見たドラマを一つ一つ、思い返してみた

(たしか、ラーメン屋でのシーンは、どっかのチンピラがラーメンにゴキブリ入れて、因縁つけてタダにしてもらっていて……って、ええっ)

すると宗介がなにかをラーメンに入れた。ボチャンとラーメンの水面がはねる。

「ちょっと、ソースケ。あんたまさかゴキブリとか……」

言い終わる前にソースケはガタッと立ち上がり、大声で店長に告げた。

「店長、問題が発生したぞ」

「あんだぁ? ニイチャン、まさかゴキブリ入ってるとか因縁つけるんじゃないだろうな」

店長が睨みつけるように言う。だが、宗介はひるまずに、ラーメンの中から緑の物体をつまみあげた。

「ラーメンに手榴弾が入っていたぞ。これをどうしてくれるのだ」

ガタッとかなめは気力が抜けたように崩おれた。

そして店長は、まるで訳がわからず、固まっていた。

「しゅ……手榴弾って、そんなものこのへんに置いてもない……」

「黙れっ。責任逃れは見苦しいぞ。しかもなんだこの手榴弾は。整備もよくなされていない不良品だっ。したがって我々の要求をのんでもらう。我々の要求は、このラーメンを……」

「やめんかいっ、このボケがああっっ」

鋼鉄製ハリセンが宗介の顔面にヒットした。



さらに翌日。

学校の昼休み、宗介はかなめと恭子と三人で昼飯を一緒になっていた。

「ってなわけでホント、昨日はざんざんだったわよ」

昨日起こした騒ぎを、愚痴を交えて語っていた

「ははっ、相良君らしいね。でもカナちゃんよかった。ダイエットやめてくれて。」

「え? なんで?」

「元気に食べてるカナちゃんのほうがずっと魅力的だから」

「そ……そう? あっ、でもね。やっぱ痩せるにこしたことはないと思ってさ。昨日買ったダイエット食品全部食べておいたのよ。これで昨日よりぐっと痩せてると思うのよねー」

「え、全部?」

(普通ダイエット食品ってのは、一日何枚かって程度に分けて食べるもんなんだけど。カナちゃん食べれば食べるほど痩せると思ってるのかな……)

恭子がそう思ってると、かなめは嬉しそうに宗介の方をむけて腰に手をあてる。

「ね、ソースケ。どう? 前より痩せてるでしょ?」

宗介はそう言われると、またも驚異の観察眼モードに入り、かなめのおなかを凝視した。

(痩せる? どうみても先日より5ミリほど増えているのだが……。しかし、ここは正直に答えるべきなのだろうか。それとも誤魔化すべきなのか。いや、自分は質問されたのだ。やはり正直に真実を告げるべきか……)

宗介は、いまだかつてないほど真剣に悩んだ。

「ね、どお?」

「うむ、痩せているようだ」

かなめはそれを聞いたとたん、満面の笑顔をうかべ、「ほらねえ」と恭子に抱きついた。

それを見た宗介は、

(うむ、俺の判断はまちがっていなかった。経験を生かし、自分はまたひとつ成長したようだ)

と、一人満足していた。




タイトルページへ