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1日だけのプロパガンダ


作:アリマサ

メリダ島はかつてない緊迫感に包まれていた

「偽装モードの移行は済みましたかっ?」
管制室の中央にテッサ大佐が陣取って、急いで状況を聞いていく
めずらしく彼女は焦っていた
いや、その焦りは当然だった

その声に、通信兵の一人が現状を述べていく
「エリアF……完了。Gに移行」
「急いでください……」

この緊急事態の起こりは数分前
突如、メリダ島のレーダーが不審なヘリの接近を感知したのだ

航空ヘリだろうか? しかし、飛行ルートにここの上空が入るはずはない。裏で航空社会に圧力をかけているのだ。
となると、個人の民間ヘリか。最悪の場合だと、敵の急襲かもしれない……
民間ヘリだった場合、上空からこのメリダ島が基地だということをバレてはまずいのだ。
極秘部隊の基地。それが表に公表されてしまうだけで致命的だ。表の世界だけでなく、裏の世界としての秩序も崩れてしまうだろう
それを避けるためにも、ここは普通の島として装わなければならない
それぞれに最低限のカモフラージュはしているが、完全ではないのだ
そこで島全体を偽装モードに移行し、野戦に使用している地帯と軍事関係の施設を、擬装用のホログラムなどで覆わなければならない
幸い地表に設置された施設はわずかだった。隠蔽の設計上、ほとんどは地下に設置されているからだ

「偽装モード、すべて完了しました」
「ヘリの判別はできましたか?」
すると、大きなスクリーンモニターにそのヘリの姿が鮮明に映し出された
ちがう。戦闘ヘリじゃない
その様態を見て、それは一目で戦闘ヘリではないと判別できた。そして航空ヘリでもない。その独特の外装には、見覚えがあった
「……報道ヘリ?」
それも、日本の報道ヘリのようだ。その特有マークもついていた

違った意味で意外だった
なぜ、報道ヘリが……? この基地の存在は簡単に外部には漏れないはずだというのに
「ヘリが降下します。この島に着陸するようです」
やはりこの島に用があるのだ……しかし、なんだというのだろうか

「大佐殿。慎重に……」
横に構えていた副長のマデューカスが低い声で言ってくる
彼もただ事ではないと感じているようだ。
「分かっています。彼らの検査を済ませた後、わたし自ら用件をうかがいに行きます」
「いけませんっ。危険です」
「護衛をつけます。カリーニンさん、お願いします」
「はっ」
敬礼し、すぐにカリーニンが傍に寄り添った
「万一の事態には、お願いします。では、行きましょう」
軍人の慎重な足音と、パンプスの音が地上へと消えていった



数時間後

テッサ大佐とその護衛カリーニン。そして数人のSRT隊員。警戒中隊沿岸部隊がスタンバイに出て行ってからそれほど時間がたってしまっている

現状が把握できず、ただ待機しているミスリル兵士たちは、解けない緊張と不安でイラついていた
「くそっ、一体どうなっちまうんだ……」
その兵士のつぶやきに、誰かが答えた。
「ここが軍事関係の基地だと察知されたら終わりだな。正規の軍でもないしな……」
「もしバレたらどうなるってんだよ」
「そりゃ……この基地は速やかに放棄・消滅だろうよ。俺たちの住処であるメリダ島を、位置を晒しといてそのまま拠点にするには危険すぎるからな」
「冗談じゃないぜ。ここは俺の家でもあるんだ」
それは、誰もが同じ想いだった。

近くにいた宗介とクルツも、その話題を交わしていた
「基地全体の人間が、その話題で持ち切りのようだな」
宗介のそのセリフに、クルツは元気なく言い返した
「そりゃそうだろ。ずっと使ってたこの基地の存続問題だからな」
「そうだな」
同意しつつ、手に持ったコーヒーに口をつける

「……よお、ソースケ。もし……もしもよ、ここを撤去しなきゃならなくなったら、どうする?」
クルツにしては、珍しく気弱な質問だった
「どうもしない。ここを徹底的に隠滅し、新しい基地を探して、そこに移り住むだけだ」
「そんな簡単に割り切れるのかよ」
「……クルツはどうなんだ?」
すると、それに答えるようにクルツの表情が曇った。
いつも陽気なだけ、その表情の暗いかげりは印象的だった
「オレは……イヤだな。いろいろ設備の面とか不便なとことかでよく愚痴こぼしてたけどよ。やっぱここは、オレたちの居場所って思ってんだよ」
「居場所……か」
その居場所は果たして消えてしまうのか
不安は収まらない。しかしそれは、テッサたちの面会が終わるまで分からないのだ


しばらく長い時間が流れると、静寂を破るように、下士官の一人がドタドタと走ってきた
「終わったのか。ど……どうなったんだ?」
「まだ結果は分かりません。自分は『これから一時間後、全員格納庫に集合するように。そこで重要な話をします』と伝言を伝えに来ただけです」
「…………」
その伝言が伝わると、その場は一層と静まり返る

重要な話。まさか……
まだ結論が分かってないのに、最悪の場合を何度も想定してしまう
もっとこう、あっさりと解決するものではないかという期待をしていたのだが。
そう簡単に事態は収まらないらしい
「マジかよ……」
「まだ決めつけるのは早いぞ。結論は一時間後だ。準備しよう」


一時間後
<メリダ島> 地下格納庫

全員が規則正しく一列に並び、その前の一段と高い足場にテッサ大佐が赴いた。
そして掲げられたマイクを通じて、言うべきことを切り出した
「ご存知とは思いますが、小一時間前に、日本所属の報道ヘリが訪問してきました」
横にいたマデューカスは、なぜか苦悶の表情をしていた
「わたしが訪問理由を問いただすため、対象者と面会しました。その結果、彼らは取材に来たというのです」
基地全員にざわめきが起こった
「もちろん、この基地の位置情報が漏洩するはずはありません。その部分を聞くと、ただ点在する無人島をリポートするだけだったようです。そして偶然、このメリダ島を発見したとのことです」
それでも、彼らの複雑な表情は消えない

「そのリポート内容は、日本のTVメディアの探索系の番組に放映されるそうです。ですが、さきほどの訪問は取材ではありません。今回は下見だけでした。正式な取材は一週間後になります。前もってどういう島かを把握しておき、その後改めて、初めて訪れたように装い、取材するそうです。生放送とか突撃インタビューとか言っても、前打ち合わせというのはやっておくようですね。TVの裏側というのはそういうもんです」

テッサはコホンと咳し、話を戻した
「そしてこのメリダ島に訪れて、この島には人が住んでいることが分かったので、この島の取材の許可を申請してきました」
こちら側としては、とんでもない話だ
「もちろんここは軍事施設で、しかも機密の上で活動している組織の拠点である以上、そのことが表に報道されることは危険です」
マデューカスが、肯定するようにうなずいた
「権力で取材を禁止させてもいいんですが、マスコミの力はあなどれません。また、かえって取材意欲を注いでしまう結果にもなりかねません。独自リポートと生じて、『この島の生態』と名目をつけて無断突撃する個人取材も考えられます。
事実、アメリカの軍事用に改造した無人島が、暴走した取材班の手によって暴かれてしまった例もあります」
秘密主義の軍人たちにとって、マスコミは脅威の相手ともいえるだろう。まさにペンは剣よりも強し、といえる。これほど怖いものはないだろう

「幸い、ほとんどの施設は地下の中に建設しています。地表は滑走路や、必要最低限の施設だけです。そこで、わたしはこういう対処案を提案します」
大佐殿自らの提案。その重要さに、みんなに緊張が走る
「正式な取材が来るまで、わたしたちは島の住民ということで、その日だけ島の上で生活します。軍人としてではありません。島の住人になりきって、島の住民らしい格好で島生活を営むことで、ここは普通の島だと取材を欺くのです。そのためみなさんには、それぞれ役割を与えます。その役になりきってください」
「…………」
なんだか、急に怪しい方向に逸れてきたような気がする
ようするに取材を騙すために、一般人として演じてみせろと言っているのだろう
言いたいことは分かるが、なんだか曖昧な気もする

「この演技には、テーマがあります。それは『LOVE&PEACE』。つまり、『愛と平和』です」
「なんでまた、そんなオレらに似つかわしくないテーマを……」
クルツが思わずつぶやいた
「自分で言ってどうするんですか。大体、ミスリルというのは正義と平和維持活動を目的とした部隊です。これほど、これに合うテーマはありません」
「……『テッサと愉快な仲間たち』とか」
テッサはそれを無視して、続けた
「取材時のセリフとか、そういうのはわたしが台本を用意します。頑張ってくださいね」
「台本? それはなんでまた?」
「台本ナシで任せると、インタビュー時に下手に口を滑らせてしまう恐れもありますからね。そのためです。……それに」
「それに?」
「近いうちに軍全体の協調性というのを調査してみたかったんです。この時期に行うのは不謹慎かもしれませんが、せっかくですしね。なので、成績にも影響しますよ」
「…………」
なんとも予想外の展開に、基地内が静まり返った

「大規模なオママゴトってか」
誰かが皮肉を言ってきた
「……たしかに、そう受け取られるかもしれませんね。ですが、今はこれが最善の方法だと思います。それに企画自体は単純かもしれませんが、これの重要性は大きいですよ。もし失敗したら、わたしたちは住処であるメリダ島を失うことになりますから」
メリダ島を失う……
一番聞きたくない言葉だった。
「……軍事施設とバレたら、やはり消すことになるのですか」
「対処策として、そうするしかありません。証拠を放置するわけにもいかないですし、なにより位置情報を掴んだテロリスト達が、保身のために一斉に攻撃してくるでしょう」
そのとおりだ。その可能性は高く、それに対処するのは当然のことだ


メリダ島――

ほとんどが緑に覆われた島
双子岩やちょっとした洞窟。流れる小河。
キャンプ訓練に使用される森林地帯。野ブタの乱伐。
施設には居酒屋ダーザ。野戦訓練施設。

この島からの光景に、どれほど癒されたことだろう。
そしてこの施設に揉まれたおかげで、どれだけの死線をくぐり抜けられたことだろう


「……オレはやるぜ。今までお世話になったメリダ島のためだ」
意外にも、先陣を切ったのは、普段から施設に対して愚痴をこぼしていたクルツだった
きっかけが生まれると、次第にその意気込みは、基地全員に伝わり、感染していく
「俺もだ。とことんまでやってやる」
「ああ。なにもせずに結果を待つなんざ、御免だ」
基地内のモチベーションが一気に高まった。
「やってやろうぜ! 俺たちで、俺たちのメリダ島を守るんだ!」
「おおーっ」と、隊員たちは握りこぶしを高々く掲げ、叫んだ


「珍しく、基地全体が一致団結したな」
腕を組んだ宗介が、熱くなった隊員たちとは対称的に、この成り行きを冷静に第三者のような言い方で言い放った
「……って、ソースケ。どういうことか、分かってんのか?」
「ああ」
「マスコミ相手に、無粋な対応をするとマズイってことだぞ。そいつらだけは絶対敵にまわしちゃいけねえ」
「分かってるぞ」
「ほほう……。愛想が大事。では、お前はどうすればいいか分かってるな」
「いつものように振舞えばいいんだろう」
「分かってねえじゃねえか!」
三人がかりで怒鳴りつける
「お前のその愛想の無さ! それが一番問題なんだぞ!」
「そうか? それほど問題ではないと思うが……」
「じゃあ笑顔をつくってみろ。その仏頂面は出さないで、できるか」
「……無理だ」

すると、テッサが割り込んできた
「その通りです。マスコミを怒らせると、あれこれとやっかいです。なので、サガラさんには特別な指導員をつけます」
「指導員ですか。了解しました。サガラ軍曹、全力を持って、笑顔を習得します」
「はい。頑張ってくださいね」
「それで、指導員とはどの方でありますか?」
「アルさんです」
一瞬、宗介の動きが止まった
「……はい? いま、なんと……?」
「アーバレストのアルさんにやってもらいます。特別プログラムを読み込ませたので、その指示に従ってください」
アルに教えられるのか……よりによって、機械に?
複雑な気分だったが、命令とあらば仕方あるまい
「……了解しました」

こうして、ミスリルの人たちは取材の日まで村人を演じる練習。
そして宗介は笑顔の習得に励むことになったのだった




しかし、順調には進まなかった

配られた台本を渡されて、その中を読んでいくなり、あちこちで不満の声があがってきたのだ
特に多かったのは、台本のキャストの役についてだった

例えばクルツは、島の農民として演じることになっていた
彼は一軒の農家を持ち、汗を流して懸命に畑を耕すといった設定になっている

「お前にはお似合いかも知れんぞ」
近くにいたクルーゾーがからかってきた
「るっせえ! てめえこそ同じ農民役じゃねえか。……ん?」
すると、台本のある部分に気がつき、にたりと笑ってクルーゾーにお返しの意味をこめて言い返した
「そっちこそ役の名前を見たか? クルどんになってんじゃねえか」
「お前はクル兵衛だぞ」
言われて、二人とも台本の役名を確認する
たしかに、クルツが『クル兵衛』で、クルーゾーが『クルどん』になっていた
「……なんで昔の日本が混じってんだよ」

「なんでアタシが花を愛する農民なのよっ」
マオが台本をバシッと、床に叩きつけた
「…………」
二人はあえて、その姿は想像しなかった。そのほうがいい

「でもまあ、文明が発達しすぎる島では、かえって人の好奇心を仰ぐかもしれんしな。この時代背景くらいでいいかもしれん」
「まあ、そこは妥協するけどよ。なんってーか。こればかりは」

クルツとクルーゾーの二人は、役柄では『隣に住む仲良し農民』という関係設定になっている

「これが一番イヤだ」
「それには同感だ。なぜ、よりにもよってこんなヤツと」
その理由をテッサが説明した
「わたしは協調性と言いました。あなたたちは特に仲が悪いですからね。これをきっかけに打ち解けてください」
「無理だって」
「不可能に近い」

不満はそれだけでなく、台本に記された台詞にもあった
「マジか? オレこんなセリフ言わなきゃいけねえの?」
抗議するように、クルツが喚く
「そうです。正確に覚えてくださいね。これも完全に欺くためです」
「……アドリブもだめなんだよな?」
「はい。どこから発覚してしまうのか分かりませんので。クルツさんには一般の農民として演じていただきます」
「はは。変更はきかねえんだよな?」
「はい。何事もメリダ島の存続のためです」
「ぐっ……。わーったよ。メリダ島のため……だ」
さすがにメリダ島のことを持ち出されると、すぐ反発するクルツでさえも、素直に従うしかなかった



特訓部屋と称した、格納庫。
アーバレストのコックピット内

『プログラム読み込み完了。それでは軍曹殿。始めましょうか』
「ああ、やってくれ」
『了解。ではまず、今の段階で笑顔を作ってみせてください』
「む……いきなりか。少し待ってくれ」
あちこちの筋肉を引きつらせ、どうにか軍曹の中での笑顔をつくっていく

『さて。それではこれを見てください』
すると、宗介の目の前にすうっと鏡が伸びてきた。
『さて、問題です。これにある人物の顔が映っています。軍曹殿。この人相を見て、どういった人物と判断しますか?』
「……そうだな」
それが鏡だとは気づかずに、宗介は笑顔を固持したまま、感じたことを素直に述べる
「この顔は狂っているな。底知れぬ不気味さすら感じる。まるで麻薬常習者の禁断症状が滲み出ているような異常さだ。不快でたまらんな」

『……では言います。これに映っているのは、軍曹殿。あなた自身の今の顔です』
「…………ッ!!」
頭の中で雷が走った
衝撃だった。
まるで声にならない

さきほどまで、この『不気味』としか形容できないツラが、まさか自分の『笑顔』だったとは。
射殺した覆面テロリストが、オトリ用の一般市民だったと発覚したような、そんな衝撃だ
この顔の人物が陣代高校の生徒であったら、ブラックリスト候補に載せてやろうとも考えていたくらいだったのだ

『かなりショックのようですね。ですが、自分を知ることが第一歩です。自分を知ることで、殻を破ることができます』
だが、宗介はそれを聞いていなかった。まだショックが抜けないようで、放心状態だった
『軍曹殿……?』
宗介はそれから、なにかが吹っ切れたかのように、小さく細く笑い出した
「なんてことだ……。これが俺の精一杯の笑顔とはな……。これでは奴らに言われるのも無理ないものだな……」
どこか自分を蔑み、滑稽になっている。そんな笑い方だった
『軍曹殿……』
「いいんだ、アル。俺は改めて自分の不器用さを思い知った。もういい。こんなツラが、愛想よくなれるわけがない」
宗介は珍しく、最初からできないと決め込んでしまった。相当なショックだったらしい
『なに言ってるんですか、軍曹殿ッ!』
激を飛ばすように、機械音がコックピット内に響いた
「アル……?」

『なに限界と決め付けているんですかッ。訓練する前から投げ出すなんてらしくないですよ』
「しかし……笑顔など習得してどうなるというんだ。くだらない……生きていくために必要とは思えん」
『本気で言ってるんですか』
「そうだ。表面上の造られた表情をみせたぐらいで、戦況を動かすとは思えん。それは一般社会にも言えることではないか」
『しかし、その表情の生む雰囲気が、戦況をひっくり返すきっかけを与えることもあります。それになにより、メリダ島のためじゃないですか』
「……俺は渡り鳥だ。基地そのものに愛着などせん。帰るべき巣は必要ない」
『その台詞を今言っても、カッコよくないですよ』
「体裁にも興味は無い。ただ、俺にとってこの島は自分を偽るほど、必要価値が高いとは思えないだけだ」
『あなたはよくても、基地の人たちはこの島は必要な存在なんです。軍人としてではなく、一人の人間として』
「…………」
『ここはもう、ただの基地ではありません。彼らにとっては居場所そのものなんです。心の拠り所ともとれます』
「……居場所か」
兵士にも、そんなものは必要なのだろうか。
必要なのは、戦場と指令。それは当然のことだ。生きるためには手段を選ばない。場所を選ばない
そんな機械と同じような職業なのだ。しかし、それに耐えられるのはなぜだろう……
帰るべき場所があるから……? 自分の居場所を守るため……? 自分の存在意義を守るため……?

『彼らは今、必死にメリダ島を守るために訓練しています。いきなり慣れない演技を要求されても、それでもやろうとしているんですよ。あなたはそれを無駄にさせる気なんですか』
さっきのクルツの暗い表情が頭をよぎった。あいつがそういう顔をするなんて、初めてではないだろうか
処罰されるときも、いつも陽気に済ませるというのに……。それほどまでに、必要だったのか。あいつにとっての居場所が……
「分かった。さっきのは取り消す。俺も真剣に取り組もう」
『軍曹殿……』
「悪かった。溶け込めない自分が嫌だったんだ。それにしても……まさか機械に諭されるとはな。俺も落ちたもんだ」
皮肉そうに、口元に笑みを浮かべる
『わたしはあなたの分身でもあるんです。だから自分と向き合っただけであって、そんなことはないですよ』
「その事実だけは認めんがな。まあ、たまにはみんなのために尽くすのも悪くない」
『そうです。みんなのためですよ。頑張りましょう』



取材当日

「さて、みなさん。今日の正午に取材が開始されます。それでは各々、自分の役割をまっとうしてください。いいですか。『LOVE&PEACE』ですよ!」
「うーい」
テッサの気合とは別に、ミスリルの人たちは気だるそうに、散っていった
「……ところで、サガラさんはまだ特訓室から出てこないんですか?」
「はい。そのようですな。伝言だと、まだ時間が欲しいとのことで。習得しだい、すぐに向かうとのことです」
「はあ……。そうですか」
でもそれでは、もう台詞を覚えさせる時間はない。
それならいっそのこと、そのままにしておいたほうがいいかもしれない

「分かりました。そのままでいいです。それでは、準備の方はできてますか」
「はい。地上には必要な設備は整っております」
「では、行きましょう」


パラパラパラと音をたてて、報道ヘリがやってきた
そこから降りて、すぐに準備する女性リポーターと、そのスタッフたち。
すでにカメラはまわっていた。どうやら、飛行の時点から撮影は始まっているようだ

「さて、到着しました。ここには、人が住んでいるようですね」
リポーターが次々と島の背景を説明し、それから段取り通りに、テッサが彼らの近くを通りかかる
テッサの格好はいつもの制服ではなく、農民の女性が着るような、ボロ着物姿でまとめていた
「島の住人がいました。さっそく、声をかけてみようと思います」
実はこの進行も、前もっての打ち合わせで決められていた
こうして進行上、テッサが案内役を引き受けることになっていたのだ
テッサに続いて、歩くリポーターとカメラマン、そしてスタッフたち

しばらくは深い山奥を歩かされたが、それを抜けたとたん『村』と呼べるほどの小さな集落が姿をあらわした
その村には数件の小屋がまばらに建てられ、畑が大部分を占めている
まるで昔の日本を見ているようだ。
その畑の上で、農民と思われる人々が、クワを手に耕して働いている

「……なんだか、デジャウ゛のような気分にさせられます。あ、それでは島の方たちの様子を見てみましょう」
傍の畑に向かうと、そこにはクルツがいた
彼は手ぬぐいを頭に巻いた金髪碧眼の少年といった風貌で、その端っこでなにかを掘っている
カメラはさっそく、クルツを撮りはじめた
すると金髪碧眼の少年は、突然その手を止めて、大声で叫びだした
「おイモが採れたどーっ!」
「…………」

その人相になんとも似つかわしくない台詞の内容に唖然としながらも、カメラは撮り続ける
するとクルツは、今度はカメラ目線で、またもイモを掲げ、再び叫んだ
「お、おイモが採れたどーっ!」
大きめなイモを両手に、バンザイの格好をとる
「ええと……豊作物が採れたようですね」
「お……おイモが採れたどー……」
なぜか同じ言葉を何度も繰り返す。そしてその姿から、悲しみが溢れてるような気がした
気になって、横にいたテッサに聞くことにした
「なんか……泣いてるように見えるんですけど」
「あ、えっと……久しぶりの豊作に喜んでいるんですよ」
「なるほど。わたしたちは感動的な一瞬に立ち会えたようです」
だがクルツは、早く向こうへ行ってくれと、心から切に願って、涙が止まらなかった

カメラはクルツから動かない
仕方ないので、次のステップに進むことにした
「おお、クル兵衛。おイモでねか」
そう言って隣の農家から出てきたのは、黒人農民こと、クルーゾーであった
「クルどん。見とくれ、こんなでっけえおイモだべ」
「すげえ。今年はいけそうだな。こっちではいいダイコンがざくざくだ」
「よかったべ。よかったべな、クルどんっ」
「クル兵衛っ」
二人は喜びを分かち合うように、がっしと抱きしめ合った


リポートの女性は、あたりを見回し、島の住民達を観察してみた
よくよく見れば、肌の色や骨格など、様々な人種が働いている
「あのう。お聞きしたいのですが。失礼ながら、この島の住民って、いろんな人種がいるようですね」
「ああ、はい。実はこの住人達のほとんどは、この島に流されてきた人たちなんです。わたしたちはそれを受け入れ、みんなで島を開拓していってるんですよ」
「なるほど。ここでは人種に隔たりなく、みなさんひとつになっているんですね」
「はい。ここには人種に差別はありません。愛です」
「……愛?」
「ええ。みなさん心に愛を据えて生きています」
「は、はあ。えーと……それではあの二人にインタビューしてみましょう」

リポーターは、まだがっしり抱き合っているクルツとクルーゾーに駆け寄り、ずずいとマイクを突き出す
「なんだべ? これは」
「あの。ちょっとお聞きしたいんですが。なにが採れたのでしょう?」
「なにって、おイモだべ。これを蒸かして芋煮が食べれる」
「んだ。ウチのダイコンも合わせて食うといいべさ」

「そうですか。それは美味しそうですね。それにしても、二人は仲がよろしいんですねえ」
その言葉に、二人の眉がぴくりとつり上がった。ついにきちまったか、とでもいうように
すると二人は、がっしと肩を組んで、仲のよさをアピールしてみせた
「そ、そうだべ。隣同士だけでなく、こ、この野郎とは心の通った友で……」
「あ、ああ。オレたちゃ親友よ。健やかなるときも、殺めるときも親友だべ」
少しずつ、台本からこじれてきている

「二人でいるときは、普段はなにされてらっしゃるんですか?」
「そ、そうだな。今のように、採れた作物を分け合って食べたり、明け方まで語り合ったりしとる」
「へえ〜。どういうことを語り合ってるんですか?」
すると、急に黒人農民が胸に手を当て、口調を改めた
「平和についてです」
「はい? ああ、この島の平和を願っているんですね」
「いえ。この島に限らず、人類の……そして世界の平和を願っています」
なぜか急にクルーゾーは天をじっと見つめ、強い口調でそう言った
元から信仰心の強いクルーゾーは、原点に返ったような気になっていたのだ

「なあ、クル兵衛もそうだべな」
「へ? あ、ああ」
いきなり話を振られつつも、こくこくとうなずく
「そ、そうだべ。オレも平和を願っては作物に愛を注ぎ育んでるだ。愛はかけがえのないものだべ。だからオレは、し、島のみんなを愛してるだ。心からクルどんを愛し、島の人たちを、あ、愛して……」
なぜか、クル兵衛の顔色が青ざめていき、息遣いが荒くなり、そこで口が止まった
リポーターはその流れを止めないために、その場を締めにかかった
「そうですかあ。それでは、お邪魔しました」
そう告げて、ようやくリポーターは二人から離れた

次にリポーターは、村の中央に位置する、花が咲き乱れている地帯に赴いた
そこでは数種類の花が鮮やかに咲いており、それをマオが世話していた
リポーターはその花を世話している女性にマイクを向けた
「あのう、なにをされてるんですか」
「島に咲く花を世話してるのよ。花は癒しとして欠かせない自然物だしね」
どこかヤケ気味な口調で棒読みにそう言った。それに対し、傍のテッサがこっそり目でたしなめた
分かったわよ、とそれを目で言い返すと、マオは語調を改めた

「癒し、ですか。そのために花を?」
「ええ。花は平和のシンボルとして欠かせないものです。この島に争いが起きないのも、この花が場を和ませてくれるからです」
「へえ。争いは起きないんですか」
「ええ。平和そのものなんです、この島は。嗚呼、慈愛に満ちた生活を送るわたしはなんて幸せ者っ」
両手を広げて、スカートをひるがえし、ハイジのように「アハハ」と笑って花の周りを走り巡った
「……花がお好きなんですね」
「いいでしょう。この花の世話がなにより好きなの。癒しの象徴であるこの花は、まるで可憐なわたしのよう……。麗しい香りはわたしの純粋な心をさらけ出して……うぷ」
「……うぷ?」
「さっ、さあ。次に行きましょうか」
テッサがさっと遮るように前に出て、ついに耐えれず拒否反応が出てしまったマオを隠すようにして、リポーターをよそに促した

「……ところで、さきほどからあちらで老人が、ぼーっとされてますが、あれは……?」
と、リポーターが言っているのは、丘の岩の上で、島の人たちが真面目に働いているのを蒼白い顔で眺めていたマデューカスだった
「あ、あはは。あれはちょっとボケてるだけなんです」
それだけの説明で、次に移った

すると村の端で、数人の男達が集まっていた。その男達は、ヤリという原始的な武器を手にしている
すると先頭に立つカリーニンが、ヤリを掲げ、士気を高めるように叫んだ
「ようし、野ブタを狩りにいくどーっ!!」
続いて、ヤンやカスヤたちもヤリを高く上げ、「おおーっ」と意気込んだ
そして深い森林地帯に向かって、ヤリを構え、ステップをとりながら入っていく
「ハイホー。ハイホー。ハイホー」
妙な掛け声とともに、彼らは深い森の中へと消えた

「野ブタ狩りか。ご苦労さんなことだべ」
「ああ。今日は何頭狩ってくるか楽しみだべさ」
クルどんとクル兵衛はそう言いながら、狩り集団を見送った。その目には、深い同情がこもっていた


こういった風に、ミスリル側から見れば異常としかいえない光景がしばらく続いていた



数時間後

ようやく、その取材ロケは終わろうとしていた
「――以上を持ちまして、この島は愛と平和を願う住民たちが今日も一生懸命でした。それでは、次の島の生態をお楽しみに。また、来週」
リポーターの女性は慣れた段取りで締めて、カメラは止まった

「協力ありがとう。ここに来れてよかったわ。頑張ってね」
と、手を差し出す
「いえ、こちらこそ。お疲れ様です」
テッサも手を出し、握手を交わすと、リポーターはスタッフたちとともにヘリに乗り込み、撤収していった


「よかった。うまくいきましたね」
テッサがようやく胸をなで下ろし、ホッとしていると

キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ

「……? なんの音です?」
突然妙な音が聞こえて、その音のほうを振り返ると
演技をしていたミスリルの兵士達が苦しそうに横たわって、倒れていた
「どっ、どうしたんですかっ?」
ほとんどが倒れていた。お腹や口を押さえて、ぐったりとしている
クルツも、クルーゾーも、マオも、マデューカスも。みんながみんな、息絶え絶えに呻いていた

「も……もうだめだ」
「どうしたんですか、一体?」
一番近くで倒れていたクルツから、介抱にとりかかる
「う、うぅ……」
クルツは胸と腹の中間あたりを押さえて、気分悪そうにしている

「どこか悪くしたんですかっ?」
「も……もう……。自分を偽りすぎて、胃が……ボロボロだ……」
「…………」

すると、マオも苦しげにつぶやく
「偽善ヅラした自分が気持ち悪くって……もうダメ……」

マデューカスも、がくりとうなだれている
「うぅ……初めて真面目に働くこいつらの姿を見ていると、あまりにこの世のものとは思えず、根底から常識を覆されてしまったような、異常者の世界に放り込まれたような錯覚を起こしてしまい……。気分がどうにも……」

「……あなたたち……」
テッサはわなわなと震えた
「あなたたち、それでも平和維持活動を行使する部隊の方々ですかっ」
「あっ、だめ。今はそのキーワード聞くだけでも、吐き気が……」
テッサは上官として、なんだかひどく悲しくなった

「サガラ軍曹、ただいま笑顔を習得いたしました!」
と、声を出してきて、ようやく相良宗介が姿を現してきた。……笑顔のままで
「サガラさん、遅いですよ。もう終わりましたよ」
「そっ、そんな……」
なぜかまだ笑顔の表情のままで、もう全てが終わっていたことにショックを受ける

「……どうしてずっと笑顔のままなんです?」
「はあ。どうにも理想的な笑顔を維持するのが難しかったので、無理矢理筋肉をこわばらせていると、そのまま固まってしまいまして」
と、説明する間も笑顔であった。
「はあ、そうですか」
もうどうでもよくなった

それから宗介は、なぜかみんなが苦しげに倒れているのを発見した
「ク、クルツ。それにみんなも。どうしたというのだ?」
すぐにクルツに駆け寄り、その顔を覗き込んだ
「大丈夫か、クルツ」
「ん……ソースケかよ。……って、なに笑ってんだよ、気味悪いな」
普通にしゃべるときも笑顔なので、不自然なのだ

「な、なんてことを。俺は頑張ったんだぞ」
宗介は強引にクルツの眼前にぐいっと迫り、笑顔を見せつけた
「ほら。俺はここまで笑顔を作り上げたぞ。どうだ」
だが、クルツは目線を逸らした
「いいから、向こう行ってくれよ。疲れてんだ」
「そ、そんな。俺はみんなのために……」
狼狽してみんなを見回すが、彼らはうざったく手で追い払う仕草をしてくるだけだ
「俺は……みんなのために……」
宗介は、その場でただ一人うろたえるばかりだった



結局この日

メリダ島は無事に済んだが、隊員たちの半数以上が行動不能で動けなくなったのだった



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