ミニふるめた


mini047 〜 051

ミニふるめたへ

オジ様の対立

作:アリマサ
mini.047

その日、マデューカス中佐は、カリーニン少佐の私室に招かれていた

『カリーニンが料理にこっている』という噂が流れており、この間カリーニンと食事をした際、それを話題にしてみた
すると、カリーニンが私室に招いて、自作の料理をご馳走してくれるという話になったのだ
これも、親交のひとつとしていいかもしれんなと思ったマデューカスは、私室を訪れ、こうして食卓で待たされているというわけだ

人は趣味に夢中になると、人が変わるというが――まさかカリーニン少佐にまで当てはまるとはな
カリーニンのエプロン姿にも驚かされたが、料理しているキッチンから鼻歌が聞こえてくるというのにも驚かされた

「…………」
そういえば、メニューはなんだったろうか。たしか、ボルシチだったか
あの料理は、深い味わいが染み込んでおり、私も好きな料理のひとつとして分類されている
「……楽しみだな」


数分して、その料理が食卓に運ばれてきた
「なかなかの好評をいただいております」
「ほう……」
その銅製の鍋がごとんと置かれると、茶色いスープが目に入った
はて……? 
私の記憶違いだろうか?
たしかボルシチというのは、真っ赤なスープだったような気がするのだが

「では、いただくとしよう」
スープですくい、口に運ぶ
うむ、濃厚な味わいが――
「ごふっ」
濃厚すぎた。なんともいいようのない不味さだけが濃く、浮かび上がっているようだ

「どうされました、中佐殿」
カリーニンがナプキンを差し出し、マデューカスはそれで口のまわりをぬぐった
「……少佐も、一口食ってみたらどうかね」
「は。それでは一口」
マデューカスの皿から、少量をすくい、カリーニンも食する
「うむ。申し分ありませんな」
「…………」

カリーニン自身は、失敗したとは思っていないようだ
「……少佐。さきほど、好評だと言っていたが、それは誰による評価なのかね」
「は。サガラ軍曹と、恐縮ながら大佐殿にも馳走させていただきました。その方から、おいしいとお誉めの言葉をいただきまして」
「…………」
あの軍曹なら、身分をわきまえている。下士官の立場として、反論できなかったのだろうな
そして艦長。艦長はお優しい人柄のため、彼を傷つける感想は口にできなかったのだろう

マデューカスは、スプーンを置いて、カリーニンを見据えた
「少佐。……私は、人に気遣うために自分を偽るのは嫌いでな。はっきりと忠告させていただこう」
「…………?」
マデューカスは、首を小刻みに横に振り、はっきりと告げてみせた
「残念だが、このボルシチは『不味い』としか言わざるをえない」
それは、カリーニンにとって、予想もしなかった、そして残酷な忠告であった
これは、ただのボルシチではない
今は亡き妻、イリーナがソ連軍時代、ふるまってくれた得意料理なのだ
カリーニンは、その料理を、休暇を利用して研究し、完璧な再現を果たしてみせた
それを『不味い』と言われることは、妻の得意料理が『不味い』と言われたも同然なのだ

だが、カリーニンはさしたる動揺は見せないようにして、ゆっくりと食器を片し始めた
「そうですか。まあ、人の口はそれぞれですからな」
そのやんわりとした言葉を、しかしマデューカスは苛立ったように言い返した
「それはどういう意味かね、少佐。……私の味覚に、欠如した部分があると言いたいのかね」
すると、カリーニンも珍しく、引き下がらなかった
「……どう解釈されても結構です」
そしてマデューカスもまた、珍しく、食卓のテーブルを荒々しく叩いた
「少佐も軍人なら、自分の非は素直に認めるべきではないかね」
「…………」
しかし、カリーニンはむっつりと押し黙り、片した食器を重ねて、勝手にキッチンへと戻っていった
その行為はまさに反論の形であり、それはマデューカスの逆鱗に触れるに充分だった
「結構だ」
マデューカスもまた、カリーニンの私室を出て行ってしまった



夕時 食堂室にて

「なあ、どうかされたのか?」
食堂内の兵士たちが、端の二人を見ては、どよどよと囁き合っていた
食堂の席は、身分によって、ある程度固定されている
そしてマデューカス中佐とカリーニン少佐の定位置であった、端のほうで、二人は腕を組んだまま、目を閉じて、むっすりと押し黙っていた
しかし、その間の空間にはピリピリと見えない張り詰めた空気が、あたりに緊張感を撒き散らしている
その雰囲気からして、二人はケンカしてるように思えたが、それを聞くのはためらわれた

「おいおい、ミスリルのトップ二人がああ険悪じゃあよ、いろいろマズイんじゃねえの?」
離れたところで、同様に二人の様子を眺めていたクルツが、そう言った
「なにがあったのかしらね。とにかく、早くなんとかしなきゃ。クルツ、仲介しに行ってよ」
だが、クルツはぶんぶんと首を横に振った
「嫌だよ。クルーゾーが行けよ。上官ってのはこういう時に動くもんだろ」
傍に居たクルーゾーに、仲介役を振ると、彼はため息をついた
「確かに、このままでは組織の機能に支障が出かねんな。仕方あるまい」
クルーゾー中尉は、ガタッと席を立ち、押し黙る二人の下へと向かっていく
それを、まわりのみんなは、ごくりと固唾を飲み込んで、見守っていた

(下士官相手なら、怒鳴ればおさまるのだが。中佐と少佐相手では、そうもいくまい。どうすればいいのだ……)
とりあえず、二人の間に立って、切り出してみることにした
「お二人とも。お見受けしたところ、なにやら衝突しておられるようですが、原因をお話し願えませんか」
すると、二人は座ったまま、横のクルーゾーをぎろりと睨みつけた
「中尉が、なにを出しゃばっている」
「身分をわきまえたまえ」
一蹴。とりつくシマもない

しかし、ここで引くわけにもいかないのだ
(原因追求より、現状での仲介に当たるか)
「えー……本日は、お日柄もよく……」
「それがどうした」
「たわ言に耳を貸す時間はない」
これまた、一蹴されてしまった
これでは、仲介どころか、会話にもならない
もう手の打ちようがなかったが、まわりの兵士たちの、期待のこめられた視線の手前、簡単に諦めるわけにもいかなかった

(なにか、こういう場合に、参考になるものはなかったろうか)
今までの思考めぐりの末、彼には数々のアニメのシーンが脳裏を駆け巡った

――河原で喧嘩させ、燃焼した末に手を握り合い、「お前、やるじゃねえか」「へっ、てめえこそ」戦いの中に見出す友情。

――第三者を出現させ、一方の命を狙わせる。すると、喧嘩していたはずのもう一方が、助けに入る。「こいつは俺の獲物だ。邪魔するな」「お前……」「へっ、勘違いするなよ。お前を倒すのはこの俺だ」第三者を倒すという目的を持っていつのまにか協力する中に芽生える友情。

――団体のスポーツをさせ、強敵チームと戦わせる。個人のプレーでは限界があり、ラストで喧嘩していたはずのもう一方にパスをして、それが得点につながり、逆転。チームプレーの大切さとともに見出す友情。

どれも、却下だな。
残念だが、この二人にそれをさせるには、あまりに無理がある
いや。まだあるではないか
新たな仲介方法を思いつき、さっそくそれを実行に移すことにした
クルーゾーは、マデューカスとカリーニンの手を取り、無理やり引き合わせ、握手させる
「はーい、これで仲直りでちゅね」
クルーゾーが、幼児をあやすように言った次の瞬間、閃光が走り、二人の裏拳によって、クルーゾーの顔面が壁にめりこんだ

「すげえ……。攻撃が見えなかったぜ」
「あの中尉殿を、一撃で……」
食堂内の兵士たちが、どよどよとざわめき、改めて今の事態の深刻さに動揺していた
すると、食堂の扉が開き、相良宗介が入ってきた
昼食を取りにきたのだろう。だが、この男の出現は、兵士たちにとって都合がよかった
さっそくクルツたちが宗介を呼びつけた
「なんだ?」
「カリーニンが、お前に用があるみてえだぜ」
「そうなのか」
食券をポケットにしまい、彼はすたすたと二人の元に向かっていった

壁にめりこんだままのクルーゾーをよそに、二人はまたもむっつりと腕を組み、押し黙っていた
そこに宗介が割り入って、カリーニンに話しかける
「少佐。なにかお話があるとか」
しかし、カリーニンはむっつり顔を崩さなかった
「わたしには用件などない。邪魔だ、向こうへ行け」
「…………」
用件があったのではないのか……。しかし、その口調といい、その渋面といい……。
「少佐。どうも不機嫌なようですが、なにかあったのですか?」
その質問にも、カリーニンは冷たく言い放った
「軍曹には関係のないことだ」
「そうでしたか。それでは……」
と、去ろうとした宗介を、向かい側のマデューカスが呼び止めた
「軍曹。私は無視かね」
「……は?」
「見て分からないかね。私も不機嫌なのだ。だが、貴様は私の存在を無視し、少佐しか気にかけないつもりかね」
「い、いえ。そんなことは……」
「ふん。顔色ばかりうかがいおって。貴様は私に対して敬意というものを知らんようだな」
「いえっ。中佐殿をいつも敬愛しております!」
「やめんか、気色悪い」
「…………」

すると、今度はカリーニンが突っかかってきた
「ほう……。わたしを差し置くとは。中佐にはできこそすれ、少佐は尊敬するに至らない、と見られているようだな」
「え? いえ、そのようなことは」
どうしたのだ? あの少佐までもが、やけに突っかかってくる
「大佐殿に色目を使いおって。大体、貴様は下士官のくせにだな……」
「わたしがあれから改良したボルシチを開発しているのに、軍曹はいつも都合が悪いばかりだな……」
くどくどと、二人からの説教が始まって、宗介は脂汗を流し、今にも逃げたかった

「あ、あの。恐縮ですが、まだ食事を取っていないので、そろそろ失礼したいのですが」
その証拠とばかりに、まだ換えていない食券を前に出す
すると、マデューカスが、説教を止め、聞いてきた
「それはなにかね?」
「はっ。とんかつ定食であります!」
「いくらかね?」
「680円であります!」
すると、マデューカスは、すでに食べ終えた皿を箸でつつき、
「……私は340円だ」
「は?」
カリーニンは、空のドンブリを軽く持ち上げて、
「わたしは320円だ」
「はあ」
とりあえず、返事をしていると、マデューカスはより不機嫌な声になった
「軍曹。貴様は私のよりも高い食事をしているわけだな。下士官の分際で」
「え……」
「敬愛する上司よりも豪勢な食事をするとは、偉くなったものだな、軍曹」
「…………」
もはや言いがかりでしかない二人の言い分に、宗介は泣きたくなった

「そ、その。千鳥が勧めてくれた定食でして。これが結構美味しくてですね……」
震える声で弁明する宗介だが、手に持っていた食券を、カリーニンがバシッと叩き落した
「あっ……」
床に落ちた食券を拾おうとすると、マデューカスがその食券を踏みつけた
「あぁっ……」
それに続いて、カリーニンもその食券を同様にぐりぐりと踏みにじる
「うっ、うあああああぁぁっ」
汚れ、破れて使い物にならなくなっていく食券を前に、宗介は泣き崩れた

しかし、それとは逆に、マデューカスとカリーニンに、次第に活き活きとした表情が戻っていく
どうやら、宗介を苛めるという共通の行動を持ったことで、ストレスは薄れ、共感を感じていたようだ
「ふう……いい汗をかきましたな」
「ええ。なにやらさわやかな気分です。おっと。昼食の時間が終わりましたな。仕事に戻りましょう」
「うむ、そうだな」
さきほどまでの険悪が嘘のだったかのように、二人は、並んで食堂室を出て行った

こうして、二名の犠牲の元、問題は解決したのだった

矛先は結局下士官



女神様の発明 〜ゆけ! 宗介ロボ!

作:アリマサ
mini.048

その日の朝、千鳥かなめが、登校しようとした矢先に、大きな宅配便が届いてきた
まず、かなめは露骨に嫌な顔をした
その宅配便には差出人の名前がなかったし、なにより、それを届けてきたのは、配達人ではなく、軍人だったからだ
「それでは、失礼します」
届けてきた男は、さっそうと軍事ヘリに飛び乗って、消え去っていった

「ったく、なんなのよ朝っぱらから」
鬱陶しくも、気になるので、かなめはその配達物を開封していく
その中から出てきたのは、よく見知った男だった
「元気か、千鳥」
相良宗介だった

すぱんっ

さっそくハリセンで、その男の頭をはたき倒す
「痛いぞ、千鳥」
「なにやってんのよ、あんたはっ」
すると、急に宗介は声を変え、機械的な声が流れた
『いきなり失礼します、かなめさん。テッサです』
「は? ちょっとソースケ。あんた、どうしたのよ?」
『これは相良さんじゃありません。わたしが開発したロボットです』
「へ?」
その目の前の相良宗介は、口をパクパクさせて、テッサの口代わりとなっていた

『説明しますね。実は今、相良さんは仕事でミスリルに帰ってるんです。こういう時、いつもならクルツさんやマオさんが代わりに来るんですけど、今回は二人とも用事で抜けられないんです』
「はあ」
また仕事か、とかなめはため息をついた
『そこで、早急に相良さんのロボットを開発しました。彼の記録はデータにインプットしてますし、ちゃんと護衛もしてくれますから大丈夫ですよ。あ、ですが、かなめさんの手料理は食べれないので、気をつけて下さいね』
最後の言葉に、トゲがあるように感じたのは、気のせいだろうか

仕方なく、目の前の宗介も連れて、陣代高校へ行くことにした
「しっかし、外見からでは見分けがつかないわね」
ロボットにありがちな、顔の線とかネジといった典型的なものが見当たらないのだ
頬をさわってみたが、その皮膚は自分と変わらない、柔らかさだった
「すごいわね、ミスリルの技術力って」
「肯定だ。ミスリルの技術力は凄いのだぞ」
「…………」
とくにツッコむことはせず、そのまま電車に乗って、陣代高校へと向かっていく

その校門をくぐり抜け、玄関までたどりついたが、それまで誰も宗介がロボットだと気づく者はいなかった
(案外、無事に切り抜けられそうね)
と、千鳥がホッとしていると、不意に宗介ロボが靴箱の前で動きを止めた
「え? ちょっと、まさか……」
爆破とかすんじゃないでしょうね、と不安になったかなめをよそに、宗介は探索モードを起動させた
<空間成分分析開始……異常なし。透視サーチモード、スキャン開始。……一箇所異常を感知。分析開始。紙成分、インク危険無し。スキャン終了>

そのスキャンが終わると、宗介はなにをするでもなく、靴箱を開けて、中に入っていた紙を手に取った
「椿一成からの果たし状か」
それを内懐にしまって、彼は上履きを履いた
「…………」
千鳥は、その宗介ロボの対応に、唖然としていた
「……千鳥?」
「すごいっ! あんたすごいわっ! いつもならまたバカやって爆破して靴箱ぶっ壊して消火していくところなのに。偉いっ! お姉さんは嬉しいわよっ」
幸いロボットなので、それに怪訝顔をすることはなかった

かなめたちのクラスに入って、二人は席に向かっていく
その途中で、小野寺がいつものように、宗介を後ろから挨拶しようと、ぽんと肩をついた
「よお、相良あ」
すると宗介は、振り向いて、その小野寺と視線を合わせ、細いビーム光線を目から発射した
「のわぁっ!」
そのビームは床を焼き切り、小野寺に向かったが、彼は間一髪でのけぞって、それを避けた
目ビームはそのまま奥の机を焼き焦がし、そこでやっと止まった

「…………」
かなめは、その目ビームの存在と威力に驚き、そして呆れ、絶望した
(なんっつー物騒なもんを仕込んでんのよ。ってか、ロボットってバレちゃうじゃない)
宗介ロボは、床にへたりついた小野寺に手を差し出した
「危ないところだったな。不用意に俺の背後にまわるんじゃないぞ」
小野寺はその手をとって、立ち上がった
「ったくよお、ビビったぜ。もう勘弁してくれよな」
それだけで、この場はおさまった
「…………」
誰も、今のビーム攻撃に、なんの違和感も感じていないらしかった
「……まじ?」

それからも、授業中に恵理先生からの攻撃であるチョーク投げに、ビームで相殺粉砕したり、パンの購買で人だかりに対して口からミサイルを発射して、その周囲の生徒たちが逃げ惑っているうちにコッペパンを取得したりなど、ちょっとした騒動を起こしていたのだった



そして放課後

帰ろうとした宗介ロボを、椿一成が呼び止めた
「果たし状を出したろうがっ! 平然と帰ろうとするんじゃないっ」
かくして、宗介ロボと椿一成が、今朝の果たし状どおり、校庭で決闘の相手をすることとなった
「あのー、椿くん。悪いこと言わないから、今日だけはやめといたほうがいいわよ」
しかしそんな千鳥の助言にも、椿は男の決闘としてはねのけた

「行くぜ、相良ぁっ」
一成は、地を蹴って、一気に宗介との間合いを詰めようとした
しかし、その後に攻撃を繰り出そうとすると、宗介ロボの目が光った
そして目ビームが一成めがけて放たれたが、持ち前の反射神経で一成はすぐに身をひるがえし、それを避けた
しかし、完全には避けきれてなかったようで、制服の胸ポケットがプスプスと焼け焦げてしまっていた

「あーあ、またやらかした……」
宗介ロボは、自分の正体を隠そうとはしないのか。あんな攻撃したらロボットってすぐバレるのに。
「さ、相良あっ。貴様、今度はそういう攻撃かっ。どこまでも卑怯な奴め」
「決闘は、持ちうるすべての力を使うものだ。では、行くぞ」
次に宗介ロボは、口をカパッと開けると、そこからミサイルが発射された
「なっ!」
その思わぬ攻撃に、一成は校庭の木の陰に飛び込んで、それを盾に、防ぐ
そのおかげでミサイルは木に着弾し、一成には届かなかった
だが、攻撃はそれでは終わらず、その木めがけて、宗介ロボは腕の中に仕込まれていた機関銃をぶっ放す
「うおあっ」
その木に無数の穴が空いて、削られていく
さらには、宗介ロボの胸辺りがパカッと開き、ミサイルやら特殊爆弾やらが、それめがけて飛んでいった。

「相良のヤツ、今日はいつにもまして過激だな」
「ほんと、相変わらず歩く戦争人間ね」
まわりの観衆たちは、この宗介ロボの異常な攻撃を見ても、反応はいつもとなんら変わらないものだった
それについて、千鳥がぽつりと漏らした
「……あいつが学校のみんなにどう見られていたのか、なんとなく分かった気がするわ」

「もう……こんなんで大丈夫なのかしら」
かなめのアパートに戻って、晩飯を宗介ロボと向かいになって、食べていた
もっとも宗介ロボは食事ができないので、座っているだけだったが
「ったく、これじゃ最初の頃のソースケみたい。ああ、不安だわ」
すると、いきなり宗介ロボは、真顔になった
「千鳥、大丈夫だ」
「え?」
「俺が、君を守る」
「…………」

その聞いたことのある台詞に、しかし千鳥は恥ずかしそうに、ぎっと噛みしめた
「くそぅ。その顔で、それ言われると弱いのよね……」
悔しそうに千鳥が身悶えてると、宗介ロボが『ご馳走様』と言って立ち上がった
「さて、千鳥。なにか手伝えることはあるか」
「あ、そーね。じゃあ、その食べたお皿とか、片しておいて」
「了解した」
宗介ロボは、テーブルの上の皿に視線を合わせた
すると目ビームが発射されて、その皿のことごとくを焼き溶かしていった
「よし。敵(皿)は片付けたぞ」
「……この野郎」

その後、千鳥が実力行使で強制的に返品し、ミスリルに弁償させたのはいうまでもない



後日

「相良っ! オレと目を合わすなぁっ。焼き殺す気かぁっ」
「……?」
本物の宗介は、それでも学内でしばらくは、誰とも目を合わしてもらえず、冷たくあしらわれて、寂しい思いをしていたとか

役立たずのロボット(宗介)



猛者たちのクリスマス

作:アリマサ
mini.049

クリスマスの前夜

テッサが艦長室にこもり、個人の仕事にかかったのを見計らい、マデューカス中佐がミスリルの者を全員集合させた
「みんな揃ったな」
宗介だけは、東京でクリスマスを過ごすため、ここにはいなかった

「どうしたんすか、中佐」
「よく聞け。知っての通り、明日はクリスマスである」
そう告げると、クリスマスの行事を楽しみにしてた兵士たちが、『パーティでもやるんですか?』と目を輝かせてきた
「それは各々勝手にやれ。それよりも、君らに忠告しておきたいのだ」
忠告、と言われて、兵士たちは身構えた
「いいか。……大佐殿には、絶対にサンタクロースの正体を知られてはならん」
「……はあ?」
怪訝な顔をする兵士達を抑えて、マデューカスは続けた
「今年入ったばかりで知らん奴も多いが、大佐殿は、サンタクロースの存在を信じておられる」
「……十六歳にもなってか?」
そのクルツの言葉にも、マデューカスは生真面目に答えた
「その通りだ。徹底的にサンタの正体を知られるものは我々で排除してきた。そのおかげで、今でも純粋に信じておられる。純真な目で『サンタさんに会いたい』とおっしゃるくらいだからな」
「可哀想に……」
いろんな意味でクルツの目頭が熱くなり、くっと手で押さえた
そんなクルツをマデューカスが睨んで黙らせた
「大佐殿は、ミスリルにとって重要な人材である。精神ストレスなどもってのほかだ。そのため、純粋な夢を壊すわけにはいかなかった。そして、大佐殿がミスリルに就任するまでにも、これまでのお偉方が正体を知られぬよう、サンタとしてプレゼントをふるまってきたのだ」
「妙なトコで苦労してんだな」
「これまでの方々の努力をここで終わらせてはならん。大佐殿の夢を尊重し、サンタの正体を漏らすようなことがないよう、各々肝に銘じておけ」
「イエッサー!」




その会議が終わった後、マオとクルツは食堂に向かっていった
「それにしても、テッサも可愛いところがあったもんね」
そうつぶやいて、マオはにやりと笑みを浮かべた
「おい、姐さん。いつもの意地悪は今回は控えたほうがいいんじゃねえか。今回はあの中佐も睨みをきかせてんだぜ。反省文で済む問題じゃねえぞ」
「なぁに心配してんのよ。バラしゃしないわよ」
「ならいいけどな」

それから晩飯の時間を迎えたため、その食堂は兵士たちで一杯になった
そして数分後、そのテッサも、晩飯をいただこうと、食堂室にやってきた
すると自然に隊員達の雑談も減り、口数が少なくなった
だがテッサはそれを気にすることなく、晩飯を受け取って、マオの隣に座る
「ねえテッサ」
「はい?」
ネギとろ丼をかきこもうとした矢先、話しかけられて、その箸を止めた
「楽しみね。明日はクリスマスでしょ」
「そうですね。あの行事は楽しみです」
「テッサは、サンタクロースに会えるのが楽しみなんでしょ?」
「ええ。実は、そうなんです」
いきなりマオがこの話題をけしかけてしまい、食堂内の隊員達に緊張が走った
マオの隣にいたクルツがひじで小突いたが、マオに鬱陶しいわよとかかとでクルツの足の小指を踏み潰され、悶えるだけだった

「テッサは、サンタにどういうイメージを抱いてるのかしら」
「それは、やっぱり素敵なオジサマですよ。だってそうじゃないですか。トナカイさんの引くソリに乗って、クリスマスの静かな夜空の中を駆け抜け、プレゼントを配っていくんですよ。ロマンチックじゃないですか」
それを聞いて、マオは顔をそらし、見えないように小さく笑っていた
「どうしたんです?」
「いえ、なんでもないの。確かに素敵な人ね。一目みたいと思ったことはないの?」
「実は、何回かサンタさんの顔を見たくて、薄目を開けて寝たフリをしたこともあったんです。でも、なぜか上手くいきませんでした」
「寝ちゃうのね」
子供にはよくある事だ。徹夜しようと試みても、最後には睡魔に誘われ、眠ってしまい、無念を味わうのだ
「ええ。いきなり部屋に白い煙が立ち込めて眠くなっちゃったり、白いハンカチが突然口に押し付けられて眠くなったりとかで、気づいたらもうクリスマスの朝で……」
「え……」
「どうしたんです?」
「……いえ、なんでも」
なんとなく今ので、これまでのお偉方がしてきた努力というものが垣間見えたような気がした
「でも、もう見るのは止めました。なんだか、サンタさんに失礼な気もするし……」
「そうね。プレゼントはもうお願いしたの?」
「はいっ。紙に書いて、枕の下に入れておいたんです」
そう言って、楽しみだなとつぶやくその姿は、純真な子供そのものだった
「テサたん……」
食堂内にいたテッサファン会員の隊員達は、その言葉を聞いて、涙を密かに流していたのだった

マオはそれ以上のことは聞かず、無事にその場は終わった
「ヒヤヒヤしたぜ。バラしちまうのかと思った」
「そんな野暮なことはしないわよ。それに、あそこまで信じ込んでたら、かえって言いにくいわ」
「言わなくていいって」


そしてその夜
艦長室の前に、一人の男が気配を消しながら、近づいていた
それは赤い服にふさふさとした白ヒゲ。
サンタクロースの格好に扮したクルツだった
そして艦長室手前の角を曲がろうとすると、ドンと誰かにぶつかってしまった
闇夜の中、じっと目をこらすと、ぶつかった相手は、クルツと同じくサンタに扮したマデューカス中佐だった
「中佐ぁ?」
だが、そこにいたのは中佐だけではない。およそ五人ほどの隊員たちがサンタに扮して、プレゼントを手に持っていた
「まったく貴様ら。自分がサンタになってプレゼントを渡そうという魂胆か」
「いやぁ、食堂での話を聞いてたら、自分がその夢をかなえてやりたくなって」
隊員達は、ぽりぽりと赤い帽子をかいた
よく見れば、そのサンタに扮した隊員達は、みんなテッサファン会員のメンバーだった
「まあ、その心遣いを無下にするわけにはいかん。ここは皆でプレゼントを渡そうではないか」
「おお中佐。話せるじゃねえか」
そんなわけで、数人ものサンタに扮した隊員たちが、艦長室の前に集まったのだった

「で、どうすんだよ? 艦長室は厳重な電子ロックがかかってんだろ?」
だが、マデューカスは、ふんと鼻を鳴らした
「前もって管制員と技術員に要請し、今日だけ電子ロックは無効になっておる」
そしてドアに手をかけると、それは簡単に開いた
「しっかし、無断でこれっていいのかねえ」
「愚か者め。サンタに不法侵入罪という言葉はない」
そしてマデューカスは、艦長室に入る前に、白いハンカチをなにかの薬剤で濡らした
「なにしてんだ? 中佐」
「クロロホルムを染み込ませておるのだ。もし寝ているフリをしていたら、すぐにこれを嗅がせねばならんからな」
「…………」

そうして足音を立てないように忍び込み、テッサの様子を伺ってみる
テッサは、小さく寝息をたてて寝ていた
「よし、完全に眠っているようだな」
「それじゃあ、プレゼントを置こうぜ」
だが、その室内を見回して、みんなは首をかしげた
「おかしいな? クリスマスツリーがねえぞ。プレゼントはツリーの根元に置くのが定番だろ」
だが、マデューカスだけは慌てなかった
「大佐殿は、日本の習慣を重んじて、クリスマスもそれになぞらえてるらしい」
「日本のクリスマスってえと……」
「く、クツ下か!」
一気に男達の興奮が沸きあがり、みな一様に、テッサのベッドの近くを探した
「でも、テッサちゃんって靴下持ってたっけ?」
「お、おい。あそこ……見ろよ」
そこのベッドから垂れていたのは、いつもテッサが履いているストッキングだった
「おぉう。て、テサたんのストッキングだぁ……」
おそらくクツ下代わりにしたそれに、男たちはごくりと生唾を飲む。
そして男どもの目の色が変わり、我先にがばっとストッキングに飛びついた
「放せコラぁっ。俺がテサたんのストッキングにプレゼントを入れるんじゃあっ」
「てめえのは大きくて入らんだろうがっ。この俺との結婚指輪をテサたんのストッキングにっ」
ほとんどがテッサファン会員だったために、その場はひどい荒れようとなった
自分のプレゼントを先に入れようとする者。テサたんのぬくもりを感じようとする者。テサたんのニオイを嗅ごうとする者。
そのストッキングが男たちの醜い奪い合いでびりびりと破れていっても、その騒ぎは収まらなかった

「ん……?」
テッサは、その騒がしい音で眠たい目をこすり、身を起こした
「あ……」
それに気づくと、誰もが気まずく、その場で固まった
「……え?」
テッサはそこで何が起きているのか、すぐには理解できなかった
すぐ目の前で、いかつい男たちが赤い服装に身を包み、はぁはぁと鼻息荒く、テッサのストッキングを破いて奪い合っているのだ
それから数秒して、テッサは涙目一杯の悲鳴を上げたのだった


そしてこの日を境に、テッサはサンタどころか、人間全てが信じられなくなってしまったとか

一生モノのトラウマですな



吉良浩介の災難

作:アリマサ
mini.050

「カァーットォ!」

東京郊外の広場で、ドラマ撮影の撮影監督がそう叫ぶ
そしてドラマのシーンが一区切りついたところで、休憩に入った
そのドラマの役者として参加していた吉良浩介が、ドリンクを飲み、息をつく
今やっている撮影のドラマは、学園モノで、吉良浩介はその生徒ということになっていた
その学生服を着た吉良浩介の顔と容貌は、実は相良宗介と双子ではないかと見間違えるくらいにそっくりな男で、この間、偶然相良と出会い、仕事疲れから相良宗介と入れ替わり作戦をしたものの、散々な目に合ったことがある
そしてそれをきっかけにして、浩介はこのタレント職業に真面目に打ち込むようになっていた

「監督。次の撮影まで時間がありますよね。少し、近くを見て回りたいんですけど」
「ああ。次は三十分後だから、それまでに戻ってくれればいいよ」
「ありがとうございます」
浩介はぺこりと頭を下げて、撮影現場から離れていく
わたしもついていきますと言い出したマネージャーの井村を、いいよと断って、浩介は一人、人気のない道を散歩してみた

そして撮影現場とはまた別の、寂しい広場を横切った時、いきなり強い風が上から吹き荒れた
「わっぷ。な、なに?」
腕で顔を覆いつつ、上を見上げると、いつの間にこんな近くにまで降下していたのか、ヘリがビル二階くらいの高さでホバリングしていた
なんでヘリがこんなところで、と不思議に思っていると、そのヘリから軍服に身を包んだ屈強な男がロープを下ろし、華麗に降下してきた
そしてその男は、いきなり浩介の腰を別のロープで巻きつけ、装着させると、ぐいっと腕を引っ張った
「さあ行きましょう、軍曹。急いで飛行しないと嵐にぶつかります」
「へ? え? え?」
いきなり軍曹呼ばわりされ、浩介は戸惑うばかりで事態がまったく飲み込めなかった
「あの、いきなりなんなんですか?」
「なに言ってるんですか、軍曹。急ぎましょう!」
「あ、はい」
目の前の男が、今までに会ったことのないような屈強な体つき、そして殺伐な雰囲気をかもしだしていて、気弱な浩介は逆らうことができなかった
そして身体に巻きつけられたロープがヘリに引っ張り上げられ、そのまま機内へと押し込まれた
「よし、ゴー」
ヘリがすぐさま上昇し、かなりの速度でどこかへと飛んでいく

いったい……どこに連れてかれるんだろう
浩介はそれを聞きたかったが、ヘリのパイロットも、同乗している屈強な兵士も、せっぱつまっているようだった
それに下手なことを聞いて怒らせたら、この怖い男に殺されてしまいそうに思えて、浩介はただ震えるばかりだった



ミスリル メリダ島

ヘリがようやく到着し、浩介が降ろされると、彼は絶句した
そこはさっきまでいたのどかな撮影現場とはうってかわって、他の物騒な戦闘ヘリもいくつか収容されており、そこを歩く人々は、ヘリの中にいた男に負けないくらい、屈強な男達だった
「それでは、相良軍曹」
近くにいた整備員が、浩介に向かってびしっと敬礼する
「あ、はあ。ど、どうも」
ぺこりと頭を下げると、なぜか整備員は目を丸くしていた

「……ん? 相良……軍曹?」
相良って、どこかで聞いたような
そこまで考えて、彼はあっと声を上げた
相良といえば、この間入れ替わってもらった男ではないか
相良宗介。間違いない
この人たちは、どうやら僕をあの相良宗介と間違えてるようだった
「でも……」
だからって、なんでこんな恐ろしいところに連れてこられるんだろう?
とにかく、僕は人違いなのだ
その事情を誰かに話して、帰してもらわなくては
しかし、話しかけようにも、誰もが忙しそうに歩き回っていた
誰かヒマな人はいないんだろうか?

とことこと基地の中を歩いていくと、部屋横のプレートに食堂というのを見つけた
食堂にいる人なら、話す時間があるだろう
そう思い、浩介は食堂に入っていく
すると、ちょうど昼飯時だったのか、多くの隊員たちがどかどかと、浩介の背中を押しのけて入っていく
「わ、わわっ」
前のめりになって、床に転がってしまう
それを食堂内の隊員たちは、不思議そうな目で見ていた
「…………」
浩介はとりあえず近くのイスに腰をかけて、頭を低くする
すると、隣のイスに、数人の男たちが食事を手に座っていった
そしてすぐに浩介のテーブルは、殺伐としたオーラを放つ、筋肉でごつごつした人たちで一杯になった
「ひいぃぃ」
どうしてこんなに怖い人ばかりなんだろう
すると、浩介の、いつもの宗介らしからぬ悲鳴に、その同テーブルの隊員たちが不思議がった
「どうした? 相良軍曹」
「…………」
ここで人違いということを話せば、誤解が解けるかもしれない
だが、浩介はそうすることをためらった
(なんかここで人違いだとバレると、生きて帰れないような気がする)
ここにいるのは、尋常ならざるオーラを放ち、どこかギスギスしてるような人たちばかりなのだ
まるで兵士みたいな、そのゴツイ人相。必要以上に盛り上がった筋肉
そしてさっきから周りの人たちの交わしている会話というのが

「よぉ、さっき行ってたアフガン戦地地帯での銃撃戦で弾切れになったろ。もっと効率のいい射撃をだな」
「るせえな。てめえこそ爆弾を投射する際に、目標ポイントからズレてたぞ」
「ひでぇや。また返り血浴びちまった。まだニオイが取れねえぜ」

などと、物騒なキーワードが飛び交っているのだ
ひょっとして。いや、かなりヤヴァイ所に僕はいるんじゃないだろうか
それは猛獣の群れに迷い込んでしまった子鹿というか、間違えてヤクザ事務所に足を踏み入れてしまったひ弱な一般人というか
そんな心境にあったのだ
そんなところで、関係者じゃないとバレたら、きっと袋かぶせられてコンクリ詰められて大海の底に沈められるんだ

ぶるぶると身体の震えが止まらなくなってしまった浩介に、隣の男が心配して声をかけてきた
「おい。大丈夫か?」
「え?」
すると、浩介が振り向いた拍子に、手が隣の男のコップに当たり、カタンと倒れ、中の水がテーブルにぶちまけられてしまった
「あっ、あわわわ。ご、ごめんなさいっ!」
近くにあったナプキンで、慌ててこぼれた水を拭いていく
涙目になって。震える声で謝りながら。
さすがにこれはおかしいと、食堂内の隊員たちが眉をひそめた
普段の宗介なら、こんな表情は決して見せるはずがない
この宗介は、偽者ではないかという疑いが彼らの脳裏に浮かび上がってきた

そして一人がずずいと宗介を見下ろし、聞いてきた
「おい。自分のコールサインと搭乗機体の製造番号を言ってみろ」
浩介には、当然それがなんのことかさっぱり分からなかった

やばい。
このままでは僕は相良宗介の偽者扱いされ、この怖い人たちに殺されてしまう
そうだ。
この間ドラマでやった、あの設定を利用するんだ

浩介は、わざとどこか遠くを見るような目をして、言った
「じ、実はボク、記憶がないんだ。自分がどんなだったか、分からないんだよ」
この言葉は、その食堂内の隊員たちをどよめかせた
「き、記憶喪失ってやつか」
「なるほどな。それなら合点がいくぜ」
「へえー。記憶喪失って性格も忘れちまうんだなあ」
隊員たちは、宗介の身体の心配よりもむしろ、珍しい記憶喪失というものに関心が注がれた
(ふう。とりあえず、このピンチはしのげたあ)
浩介が心の中でホッとしていると、なぜか急に隊員の拳が襲ってきた
「ごぶえっ」
横から殴られて、壁にまで吹っ飛ばされてしまう
それを、他の隊員たちが咎めた
「おい、なにやってんだ」
「いやあ。いつもの相良軍曹なら、今のパンチは軽くかわしてるだろ。やっぱ記憶喪失だとこれまでの戦闘経験も忘れて、そういう反応もできなくなっちまうんだなあと」
「そういやそうだな。それってまずくねえか? 今の軍曹は戦士としては使えないってことじゃねえか」
「困ったなぁ」
うーんと悩む隊員たちをよそに、浩介は殴られた頬をさすりながら、よろよろと立ち上がった
「な、なんて乱暴な人たちなんだ……」

しかし、隊員たちは心配しながらも、ひとつの事実を知ってしまった
今の相良宗介は、反撃ができない
うずうずと、隊員の間で握りこぶしをつくってしまう
「ど、どうしよう。あの相良で鬱憤を晴らせる絶好のチャンスかも……」
「オレ、一度でいいからあいつの泣き顔見てみたかったんだよなぁ……」
「いつもあいつの反撃が怖くて、ちょっかい出せずにいたからなあ」
責めの本性が、隊員の中で少しずつ目覚めつつあったのだった

その時、食堂にテッサとマデューカス、カリーニンのお偉方三人が顔を出してきた
浩介は、その入ってきた三人の一人、テッサを見るなり、歓声を上げてすぐさま駆け寄った
「あら? サガラさん。帰ってたんですね」
そのテッサの優しい声を聞いて、ぽろりと浩介は涙を流した
そしてテッサの小さな手を、がっしと両手で握ったのだ
「さ、サガラさん……?」
「よかったぁ。女の人がいたよぉ。怖かったぁ……」
怖い男だらけの中で、華奢な女性の姿が目に入ったとき、それがどれだけ女神の姿に見えたことか
すると、テッサの手を握る浩介に向かって、マデューカスがこめかみに青筋立てて見下ろした
「おい軍曹。貴様、なんの真似だ」
だが浩介は、テッサに向かって聞いた
「あの。誰ですか、このオジサンは」
「おじ……さん?」
マデューカスの目に、ドス黒いものが宿っていく
テッサもこの状況が分からず、戸惑っていた
「あ、あのう。これは一体……?」
すると食堂内の隊員が、口ぞえした
「相良軍曹は今、記憶喪失に陥ってるようです」
「き、記憶喪失っ?」
「そうなんです。僕、記憶を失っちゃって」
そう言って、浩介は握っていた手をずっと離さなかった

「あ。あの……そろそろ手を……」
テッサが、真っ赤になってつぶやくと、浩介はテッサの自分を見る視線になにかを感じた
宗介ならば絶対に気づかないであろうその心理を、浩介はその視線だけで気づいてしまった
(この娘、僕の……いや、僕の姿をした相良に恋をしている?)
「あのう。もしかして君は、僕の彼女なのかな?」

ビキキッ

率直に聞いてみたその浩介の質問に、食堂内の隊員たちとマデューカスは血管が切れそうになった
「軍曹。貴様、いくら記憶喪失とはいえ、身の程をわきまえんと……」
「はいっ! そうなんです。わたし、サガラさんの恋人ですっ」
マデューカスが言い終わらぬうちに、テッサが目を輝かせて、きっぱりと言い切った
「…………」
マデューカスは口を半開きにしたまま呆然とし、カリーニンはそっぽを向いていた
そして浩介とテッサは、二人だけの世界をつくっていた
「こんなに可愛い彼女がいたなんて……。君の名は?」
「いつもサガラさんは、愛おしく、テッサって呼んでくれます」
「テッサ……」
「サガラさん……」

二人の口が近づいたところで、強引にマデューカスがテッサの腕を引っ張っていく
「さあ、大佐殿! まだ書類に目を通す仕事が残っています! 早く艦長室へ向かいましょう!」
「あぁん」
テッサは涙目で、名残を惜しみながら食堂室の外に連れ出されていってしまった
それを浩介は仕方なく見送ってから、ほうっとさっきの余韻にひたっていた
「可愛かったなあ、あの娘」
だがそんなご満悦な表情をした浩介の後姿に、食堂内の隊員たちのもの凄い殺気が突き刺さっていた
「あれ……?」
いつの間にか、浩介は隊員たちに取り囲まれていて、逃げ場を失っていた
「あの……みなさん?」
「記憶喪失をなんとかしなくちゃなあ……」
隊員の一人が、抑揚のない声でぽつりとそう言った
「そうだな。このままじゃ兵士として使い物にならねえしな」
「知ってるか? 記憶喪失を戻すためには、大きな衝撃を与えるのがいいらしいぜ」
ぽきぽきと、誰かが拳の音を鳴らす
「そりゃいいや。さっそく実行しないとな」
じりじりと、囲む円が縮まっていく
「あ、あの。な、なにを……?」
するとその隊員の一人が、急に浩介の腹めがけて、強烈なパンチを浴びせてきた
「ごぶあっ」
熾烈なボディブローに、腹を押さえてせきこむ浩介
「おいおい。記憶喪失だってのに腹殴ってどうすんだよ」
「ああ、悪い悪い。手元がずれちまった」
そして次に、浩介の右頬めがけて、拳が一閃した
「あぶぅっ」
豪快にテーブルごとなぎ倒して、浩介の身体が床に転がる
そして床にうずまる浩介に対し、みんなで蹴りを入れ、技を決め、ボコボコにしていく
「た、助けて……っ」
その浩介の悲痛な叫びは、誰にも届かなかった


一方その頃、宗介はというと
「迎えのヘリ……遅いな」
誰もいない広場で、ただずっと待ちぼうけを食らわされていたのだった

早く誰か気づいてやれ



宗介の栽培 2

作:アリマサ
mini.051

「ねえ、ソースケ」
昼休み、教室を出ようとした宗介を、千鳥が呼び止めた

「なんだ?」
「この前の危ないトマト、ちゃんと処分したんでしょうね」
危ないトマトとは、宗介が密かに栽培していた、ミスリルのDNAの品種改良で生み出した新種のトマトのことだ
生物を溶かす体液を吐き、怪しげな言葉を使う
あまりに気味悪いため、千鳥に早めに処分しなさいと言われてしまったのだ

「…………」
宗介は、その問いにすぐには答えなかった
「……ソースケ?」
「む、無論だ。ちゃんとトマトは適切に処理したぞ」
「そう? ならいいんだけどね」
用事はそれだけだったので、後はなんにも言わない
そして宗介はそれじゃ失礼すると言って、教室を出て行った



校舎のはずれの裏庭

宗介は辺りに誰もいないことを確認して、こそこそと校舎の角の地点に向かった
そこに、穴を空けた段ボール箱がひっくり返された状態で置かれている
それを持ち上げると、その下に隠れていたものを確認した
それは、処分しなさいと言われていたはずのトマトだった
こっそりとここに埋め替えて、ダンボールで外側からも見えないようにカモフラージュして隠してきたのだ
「よかった。今日も無事だな」
そうつぶやくと、太陽の光が差し込んできたことで、トマトはゆっくりと身を起こした
「ギョルゲー……」
なんだかその声に、元気がない
するとトマトは、茎を少し前に屈めながら、葉っぱを手のように丸めて、ゲェッ、ゲェッと咳き込んだ
「もう歳か……」
そう嘆いていると、いきなり後ろから、聞きなれた声がした
「ソースケッ!」
振り向いてみると、やはり千鳥だった
「やっぱり……こんなところに隠してたのね」
「いや、千鳥。これは……」
だが、千鳥は弁明する宗介を押しのけて、トマトを見下ろす
「あーあ。もうほとんど枯れかけてきてるじゃない」
「…………」
千鳥の言うとおりだった
トマトはすでに赤い輝きを失って、皮がぶよぶよになりかけていた

「どうすんのよ。これじゃもう食べて処分することもできないわよ」
さりげに千鳥が恐ろしいことを言っていたが、宗介もトマトのようにうなだれていた
「すまない」
「ったく。早めに処分すればよかったのに。で、どうすんの?」
「千鳥。俺にはこの手で育ててきたトマトを殺すことはできん。そこで、せめてこのトマトを最後まで看取ってやりたいのだが」
「…………」
千鳥は、この返事に困っていると、ふとその視線が、横の段ボール箱にいった
「ねえ、こっちはなに?」
トマトの横の一帯にも、段ボール箱がかぶせられていたのだ
「あ。それは……」
宗介が止めようとしたが、千鳥はその段ボール箱を持ち上げた
すると、その下にあったのは、いくつかのカボチャだった
「なんでこんなところにカボチャが……。って、もしかして……」
宗介に視線を戻すと、彼はこくんとうなずいた
「それも俺が栽培しているカボチャだ。ミスリルのDNAを注入して品種改良した新種でな……」
「ってことは、まさか……」
宗介の説明を聞いて、嫌な予感がした千鳥は、とっさにカボチャから離れた
すると、さっきまで千鳥の足があったところに、カボチャが下のツルを伸ばして、噛み付ついてきた

「危なかったな、千鳥」
千鳥は、のほほんと言った宗介の胸ぐらを掴み、そのカボチャを指差した
「なんなのよ、あれはっ!」
「……カボチャだ」
「んなわけないでしょ。人に噛みつこうとするカボチャがあるかっ」
「自衛本能が働いただけだ。むやみに縄張りに足を踏み入れるのはよくないぞ、千鳥」
「…………」
カボチャは、皮がギザギザに裂けて、それがまるで化け物の口のように、ガチガチと噛み鳴らしている
「……もういいわ。ああ。またこのバカによって、物騒な生命が生まれてしまったのね」
「千鳥。見逃してくれ。このカボチャもまた、ずっと手塩にかけて育ててきたのだ。自力で虫を食べ、栄養にして育つという、立派に自立したカボチャなのだ」
するとカボチャは、宗介にすり寄ってきた
「ゲジャジャジャッ。ゲジャッ」
「……そのカボチャもしゃべれるのね」
「当然だ。コミュニケーションが最も重要な……」
「だからカボチャはそんなんじゃねえっての。ま、あたしはいいけど。でもここって、明日から別のクラスが使うのよ?」
「……なに?」
「知らないの? そのクラスの記念樹をここに植えるみたいよ。このままだとこれは発見されて危険物扱いされて燃やされるでしょうね」
「なんてことだ……」
「ゲジャァ……」
宗介は頭を抱え、カボチャは怯えていた


二年四組の、教室後ろのロッカー横に、ダンボールをかぶせられた植木鉢があった

「んで、相良。これはなんだ?」
当然、目立ってしまい、その段ボール箱前に、小野寺やクラスメートが集まってくる
そしてクラスの協力が必要だと感じた宗介は、全てを明かすことにした

「……というわけで、頼む。どうかこいつらをここに置いてやってくれないか」
外された段ボール箱の下にあった植木鉢には、トマトとカボチャが蠢いていた
「グゲッ、グゲッ。ギョゲー」
「ゲジャッ、ゲジャー」
ひとつしかなかったため、ひとつの植木鉢にトマトとカボチャという形になっていた
隠していた場所から、植木鉢に植え替えて、この教室に運んできたというわけだ
「うーむ。トマトとカボチャがこうしてしゃべる光景が見れるとはなあ」
クラス一同、感心してそれを眺めていた
「……その一言で終わりなの?」
クラスの反応に、かなめは身体で抗議を表していたが、無駄だった
「まあいいよ。自力で餌を取れるらしいから、面倒見る手間も無くていいしな」
そしてクラスは、その蠢くトマトとカボチャを受け入れたのだった


だが。その教室で、悲劇が起きてしまった

翌日になって宗介がダンボールを外してみると、そこにはカボチャしかいなかった
そのトマトは、なんと同じ植木鉢にいたカボチャに食われてしまったのだ
その事実に、クラスメートに囲まれながら、宗介はがっくりと肩を落としていた
「なんてことだ。俺のミスだ。これくらいの事態は予想するべきだった……」
「いや……。同じ虫かごにカマキリとバッタを入れてはいけないっていうけど、カボチャがトマトを食ってしまうというのは誰も予想できなかったと思うわよ」
かなめがそうフォローを入れたが、それでも宗介は自分を責めていた
「まあ、あのトマトはほとんど枯れてたし、処分してもらったって思いなさいよ」
「しかし……」
小野寺が、そのカボチャの口の中を覗きこむ
カボチャの口の中は、トマトで真っ赤に染まっていた
「なんかえぐいモンがあるなぁ。それに腐ったトマトを食っちまったから、このカボチャももう食べれねえし」
そう。腐ったトマトを食べてしまったせいで、カボチャも臭くなってしまったのだ
「カボチャは処分せねばならん。しかし……それでも、俺は……」
悩む宗介に、カボチャは茎を曲げて、可愛いポーズをとった
「ゲジャ?」
「いや。お前のせいじゃないということは分かってるんだ……」
宗介も、優しく包み込むように、カボチャを抱いた

「あ。そうだ」
かなめがなにか思いついたように、そう叫んだ
「ねえ、ソースケ。提案があるんだけど」
「?」


宗介の部屋の中で、そのカボチャは吊り下げられていた
ギザギザ口の上辺りに、目の形にくりぬいて、皮を黄色いペンキで塗りつけた
それはハロウィーンによく見かける、顔の形をしたカボチャだった
中がトマトによって赤くなっているので、ギザギザ口はより一層口らしく見え、迫力を出していた
「どう? これならずっと飾っておけるでしょ」
「そうだな」
宗介は、満足そうにそれを眺めた
「季節外れのハロウィーンか」

そのカボチャは、まるで宗介に笑いかけたかのように、かすかに揺れていた

もう作るなよ