ミニふるめた


mini041 〜 045

ミニふるめたへ

お年玉争奪戦

作:アリマサ
mini.041

メリダ島の基地内にて

そこの地下ドッグで、早朝からミスリル隊員全員が集められていた
そしてその整列された一同の前に艦長のテッサが立つと、彼女はみんなに向かって深々と頭を下げて挨拶をした
「それではみなさん。明けましておめでとうございます」
その艦長に続いて、隊員達も頭を下げていく
「明けましておめでとうございまーす」



今日は新しく新年を迎える日だった

今は特にさしたる任務もなかったので、テッサ大佐が日本式の新年の挨拶をしたいと言い出し、ミスリル兵士らでそういう行事をすることになったのだ
「テロの活動は年々厳しくなってきていますが、これからも対応を怠ることなく責任を持ってくださいね。そして来年もみなさんとこうして、新しい年を迎えたいと思います。……以上です」
新年の挨拶が終わると、兵士たちはぞろぞろと地下ドッグを出て、それぞれに部屋に戻ったり、雑談を始めたりした
その中で、クルツだけがそこを動かず、テッサの元へ寄ってきた
「……どうしました? クルツさん」
「新年おめでとう! テッサちゃん」
どうやら個人として挨拶にきただけのようだ
それが分かると、テッサもまた改めて、今度は柔らかい笑みを浮かべて挨拶を返した
「いいお年を過ごしてくださいね」
「うんうん。そっちもいいお年を」
「はい」
「うん」
「…………」
「…………」

挨拶が終わったというのに、なぜかクルツはテッサから離れない。それどころか、なにかを期待して待っているかのようだ
「……あの、まだ何か?」
「ほら、正月って言えばさ、あれは大事でしょ」
「あれって何です?」
「ほら、あれだよ。あれ」
「…………?」
さっぱり話が進まない
すると、たまたま近くに居たクルーゾーが代わりに聞いてくれた
「あれでは分からんだろうが。大佐殿にも分かるよう、ハッキリしたらどうだ」
そうクルーゾーに押し流されると、クルツは手をすすっと差し出した
「お年玉が欲しいんだけどさ」

あまりにも予想しなかったおねだりに、テッサは口が半開きになった
「……あなた、いくつですか。それに、そんなにお金に困ってるはずはないでしょう。この間給料日だったじゃないですか」
「給料は別途で使えねえんだよ。それなのにいろいろ欲しいもんがあるんだ。そこで個人の臨時収入として、お年玉が必要なんだよ。頼む」
「あのですねえ……」
すると、クルーゾーがスッとクルツの横に並んだ。まるで、順番待ちに加わったかのように

「クルーゾーさん、どうしたんです?」
「い、いやその……。この時期、『コミケ』だのなんだのと、あるメディアの商品が多く売り出されるのですが、日本の物価はどうにも高くて……もし可能でしたら、私にも臨時収入を……」
「…………」
まさか、堅物なクルーゾーまでこのおねだりに加わってくるとは
「あなたたちはわたしより年上じゃないですか。わたしは16ですよ? むしろわたしが欲しいくらいです。そういうお願いをするのなら……」
と、たまたま近くで後片付けをしていたマデューカスのほうを見やる
その視線に気づいたマデューカスが、道具を床に置いて、テッサを向きやった
「なにか? 大佐殿」

「マデューカスおじさんっ!!」
横から抱きつくように、クルツとクルーゾーがささっと寄り添い、マデューカスは心底嫌な顔をした
「誰がおじさんだっ! ええい、抱きつくな!」
「そう邪険にしないで、ステキなおじさん。……お年玉ちょうだい」
「なにがお年玉だっ。貴様ら、いい歳してなにをほざいて……」
と、そこまで怒鳴ってから、なにかを考えるように、ぴたりと止まった。
そして今度は静かな声で、二人に向かって聞いた
「……そんなに金が欲しいのか?」
「欲しいっす!!」
「そうか……。まあ、今日はたしかにめでたい日だからな。考えてやらんこともない」
マデューカスにしては、珍しく寛容だった。これもお正月だからなのだろうか
このマデューカスの言葉に正直驚いていた二人だったが、このチャンスは絶対に逃さない、という意気込みを込めて、ささっと手を差し出した
だがマデューカスはこほんと咳をして、くいっとメガネを掛けなおした
「まあ待て。二人の歳を考えると、タダでやろうというのもどうかと思う」
「はあ……」
「そこでだ。それに見合うことをしてもらおう」
「……ようするに?」
「分からんのかね? 金をもらうならそれなりに『私を満足させてみせろ』と言っているのだ」
……つまり、働いて稼げということだろうか?
「でも、どういうことをすれば?」
「それはこれから指示しよう。ついてこい」
なんだかすっかりマデューカスのペースだが、まあ金を貰えるならと、二人も素直にマデューカスの後をついていった


そのまま二人は、マデューカスの自室の中へと連れてこられた
そしてその部屋の押入れ代わりとなっている部屋の戸が開けられる
その部屋は、壷だの掛け軸だのと、ずいぶんと骨董品が不作用に置かれて、ほこりをかぶっていた
「ずいぶんとあちこちに訳の分からない物が置かれてますな」
「骨董品と言わんか。まあ、これらは私が趣味で集めているものなんだが、このところ執務に追われていて、なかなか掃除だの整理だのとする時間が無くてな。いつの間にかこんなに溜まってしまった。ちょうど人手が足らなくて困っていたところなのだ」
「つまりここの部屋の整理と掃除を手伝えばいいんですね?」
「そうだ。くれぐれも丁重に扱ってくれよ。では、まずはその置物を、奥の棚の上に持っていってくれ」
クルツがその置物を取り、言われた場所へと置いていく
「ああ、その掛け軸はまとめてあっちにやってくれ」
今度はクルーゾーが、掛け軸をごそっと抱え、移動する
そういった感じで、その作業は始まった


一時間ほどしても、その二人の作業能率は下がることはなかった
二人のその働きぶりに、マデューカスは「さすが金が絡むとしっかりやってくれる」と、評価していた

「その壷はそっちだ。大事に扱えよ」
クルーゾーが慎重に壷を手にとって、指定された位置へ運ぶ
「そうそう、よくやってくれているな。しっかり働けば働くほど、賃金を上げてやるぞ」

すると、その壷を運んでいたクルーゾーの足を、クルツがさりげなく引っ掛けた
「うおっ」
当然つまずき、高価な壷を抱えたまま前のめりに倒れてしまう
だが、クルーゾーはその壷を優先してかばったため、その壷は無事に済んだ
「ちっ」
舌打ちするクルツに、起き上がったクルーゾーが怒り口調に叫ぶ
「……どういうつもりだ、ウェーバー!」
「てめえが失敗すりゃあ、その分オレの働きぶりの良さが目立って賃金が上がるじゃねえかよ」
この悪どさっぷりは、新年になっても相変わらずのようだ

クルツは舌打ちしながらも、作業に戻り、今度は高級そうな皿を手に抱える
すると、まだ怒りの収まっていなかったクルーゾーが、クルツの背中をあからさまに蹴りつけた
「うあっ」
こっちはかばいきれず、落とした高級皿が甲高い音を立てて割れてしまった
「ンの……野郎ッ」
起き上がるなり、クルツがタックルのように、体ごとクルーゾーに向かって突進する
クルーゾーはその攻撃を避けきれず、大きくよろけて、皿を並べ立てている棚にぶつかり、その衝撃で中に飾られてあった皿のごとごとくが割れ砕かれてしまった
「貴様……許さんぞ」
もはや怒り心頭になったクルーゾーは、近くに立てかけられてあった骨董品の刀を引き抜き、前だめに構え、クルツに振りかぶった
「なんのっ」
素早くクルツのほうも近くにあった古い盾を引き寄せ、その刀を受け止める
キンッとはじかれる音が響き、刀は刃こぼれし、盾には一本の深い傷が残った
「さすがはウェーバー……素早いな。だが、次はその腐った首をそぎ落としてくれよう……」
「へっ、そんなトロイ動きにやられっかよ」

「いい加減にしろっ、貴様らぁっ!!」
そのマデューカスの怒鳴り声の前に、二人はびくっと首をすくめ、立ち止まった
見ると、マデューカスのメガネがなぜかギラリと光り、奥の瞳がのぞけない。そのかわりに、全身をぶるぶると震わせていた
「き……貴重な骨董品を傷物にしおって……。あまりのことに、しばらく現実を受け入れれんかったではないかっ」
「…………」
さすがにマズイことをした、としょんぼりとする二人
だがマデューカスは、さほど怒ったりはしなかった
「……まあ、念のために保険に入ってあったからいいんだがな……。それにしても、整理ぐらいまともにできんのかね君たちは」
すると二人はうるると目をうるませ、その足にがっしと抱きついて泣きついた
「スーパーウルトラグレートデリシャスエクセレント超絶ダイナマイトボンバーすべ者ルデラックスビュティホーワンダホーなおじさんっ。どうかもう一度、チャンスをくれっ!」
「訳の分からん呼称で呼ぶな。……そうだな。このところ疲れが溜まって、あちこちがギスギスとしてしまってしかたない」
ようするに、マッサージを要求しているのだ

「ではではオレが、肩を揉んであげますので……」
と、すかさずクルツが肩モミにかかる
「では俺はフトモモを……」
クルーゾーも、負けるものかといった意気込みでマッサージに加わる
だが、マデューカスは不満げな声をあげた
「ええい、ぬるいわあっ」
二人のマッサージを受けつつも、不満らしい
「……しかし、これでも結構力入れてるぜ?」
「力を入れればいいってものではないっ。マッサージのコツを全く分かってないようだな貴様らは」
素人にそんなの分かるか。と、つっこみたくなったが、二人はそれを堪えた

さて、どうする。力以外でどうにかさせなければ
「おっ、そうだ」
突然クルツは自信満々な笑みを浮かべ、マデューカスを腹ばいに寝かせた
「ふん。ウェーバーごときに、マデューカス中佐殿を満足させられるわけなかろう」
クルーゾーが断言するように言ってやったが、それでもクルツはニヤリと笑ってみせた
「へっ、見てな」
クルツは腕の裾をまくり、手をワキワキと動かし、指を鳴らした
そしてマデューカスの背中の一点に指を押し当てると、そこに一気に力を込めた
「うっ。……お、おおっ? これはどうしたことだ。疲れが抜けて、爽快感が沸いてきたぞ……?」
クルツの指圧はなんと上手くいったらしい。マデューカスは癒されたような、満足そうな表情になっていく
「ば……バカな? なぜ……」
一番信じられなかったのは、クルーゾーだった。すると彼は、クルツがいつの間にか何かの本を手に持っていることに気づいた
その本のタイトルは、『人体のツボ・図解』と書かれていた
「そうか……。疲れの取れるツボを押したのだな。だが、本を見ただけで正確にそのツボを押してしまうとは……」
「へっ。スナイパーをナメんじゃねえぞ? 狙った部位は絶対に外さねえ」
「ぐっ……」

このままではクルツに遅れをとってしまう。本来なら金さえ貰えればいいのだが、なんというか、とにかくクルツには負けたくなかった
だが、どうすれば……そうだ!
クルーゾーは、マデューカスの背中に手のひらを向け、両手を押し当てた
「へっ、今更なにやったって無駄だぜ」
そんなクルツの言葉を無視し、クルーゾーはなにやら呼吸を整えると、一気に両手に力を込めた
「うぐっ。……むう、これは。なんだ、この充実感は……。なんだか全身に活気が満ち溢れてくるようだ」
マデューカスは、自分の両手を眺めながら、これ以上にない好反応を見せた
「なにっ? てめえ、なにしやがったんだ?」
「ふ……気を少々練って、中佐殿のお体に送ったのだ。その気を送ることで、中佐殿の体内の気が浄化され、清浄な気が満たされたのだ」
「なんと素晴らしい。体内の器官が充満して活気に溢れてるようだ……」
マデューカスは本当に嬉しそうに、体のあちこちを動かしてみる。すると、信じられないほどにスムーズに動くようになっていた
「これは、気の加減が難しいのです。下手に送る量を間違えれば、体内の許容量を越えてかえって狂わせてしまう。こんな細かい調整ができるのは俺だからこそ成せる業なのです」

今度はクルーゾーが一歩上に出た
「くそっ。このままじゃ……」
そのことに焦りを感じたクルツは、もっといいツボはなかったかと必死になって探しだした
「ええとええと……ええい、これでいいはずだっ」
だが、焦ってしまっていたせいで、間違って『押してはいけない人体の急所』のツボを押してしまった。それも力強く
「ぐぎゃあっ」

「くっ、やるな。ウェーバー」
悶えるマデューカスのこの反応を、クルーゾーはすっかり至高の反応と勘違いしたらしい
またもクルツにしてやられたと思い込んだクルーゾーは、慌ててこっちも再び気を送り込むことにしたのだが
こっちも焦ってしまっていたため、つい制御を忘れて最大の気を一気にマデューカスの体内に注ぎ込んでしまった
「ごぶあっ」
その気で体内が一気に押しつぶされたのか、マデューカスは大量の血を吐き出し、そのままぐったりと動かなくなった

「……うっ、ひでえ」
「中佐殿……いつの間に、こんなひどい有様に……」
二人は自分のしたことを棚にあげて、目の前にある残劇に沈痛な表情を浮かべた
「これでは、お金はもう無理だな……」
「残念だが、そのようだ。今回は諦めるしかなさそうだ……」
二人はしょんぼりと肩を落とし、その部屋を出た

「あ、探しましたよ。二人とも」
出るなり、廊下でテッサ大佐と目が合い、声をかけられた
「どうかしましたか? 大佐殿」
すると、テッサは後ろに隠し持っていたモノを、二人に手渡した
「はい、これ」
それはお年玉袋だった。かなり分厚く、高額だった
「これは……?」
「それ、実はボーナスなんです。さっき言うのを忘れてたんですけど、この一年は事件が多くて、仕事もすごかったでしょう。それでボーナスがたくさん出ることになってたんですよ。そのボーナスをお年玉袋に入れただけなんですけど……こっちの方が気分が出ていいかと思いまして。少し早いですけど、どうぞ」
「おお……ありがとうございますっ」
二人は幅涙を流しながら、ありがたくそれを受け取ったのだった



後日

治療で復活したマデューカスは、
「あの二人……生皮剥いでやる」
と、かなり怨のこもった独り言をつぶやきながら、基地内を探し回っていた

その間二人は、震えながら必死に隠れ逃げていたという

マデューカス、狂戦士化?



宗介、虫歯に

作:アリマサ
mini.042

かなめの自室にて

千鳥かなめはこのところ、お菓子作りにも精を出しており、その度に招き入れた相良宗介に、試食という名目をつけては食べさせていた

「はい、今日はアイスのジェラードね」
「ああ、すまないな」

そしていつものように、そのアイスを口に運ぶ
すると、いつもは「うまい」と言ってくれるのだが、なぜか今回は反応が違った
「……っ!!」
急に宗介は口を押さえ、顔をしかめたのだ

「え……どしたの? ま……マズかった?」
宗介の表情を読み取って、おろおろと不安になるかなめ
だが、宗介はマズイというより、痛いという渋面をつくり、頬を押さえていた
もしやこれは……

「ひょっとしてアンタ……虫歯?」
かなめが口に出した仮定に、宗介は旗色を悪くした
「い……いや。気にするな」
頬に手を当てたまま、そっぽを向く宗介
その様を見て、かなめはなぜか悪戯心を刺激された

「ふぅ〜〜〜〜ん。……それなら、これ食べれるわよね。はい、あーん」
と、かなめはスプーンでアイスをすくい、宗介の目の前にもっていく
「……む」
強引にアイスを口に入れられると、その冷たさに口の中で、ズキンと雷が走った
「……ぐ」
眉根にしわを寄せ、それでも必死に隠そうと、顔面の筋肉がこわばっていく。

やはり、これはどうみても虫歯だ
あっさりとそれを見抜いたかなめは、
「やっぱ虫歯じゃない。我慢しちゃだめよ」
と、優しく言ってやった
「い……いや。虫歯とは関係のないことだ。そうに決まっている」
やけに否定するが、状況から見て虫歯以外に考えられない。
そして原因はやっぱりあれなのだろう
このところお菓子やケーキ、そしてアイスといった甘いものを集中的に食べさせてたから……

「ね、歯医者さんに行こ。あたしもついてってあげるから」
かなめもその責任を感じて、そう提案した
「いや、それは遠慮する。すまないが、この件に関しては放っておいてもらえないだろうか」
意外にも、宗介はそれをぴしゃりと断った
なぜ、ここまで宗介は虫歯という事実から逃げようとしているのだろう?
かなめはしばらく黙考してから、ある事にピンと気づき、にいっと悪戯っぽい笑みを浮かべた
「ひょっとしてあんた。歯医者に行くのが恐いの?」
「…………」
答えない。それは肯定にも、否定にもとれる沈黙だった

「……歯医者に行くのが嫌なら、他にも方法はあるけど?」
そのかなめが出した助け舟に、宗介は甘んじて飛びついた
「では、その方法を実施してくれないだろうか。そうしてくれると、実に助かるのだが」
「うん、わかった。じゃ、歯くいしばって」
「なに……?」
次の瞬間、宗介の頬面めがけて、かなめの拳がうなった
「――ッ」

宗介は、ズシンと頬に伝わってくる衝撃と痛みに、座っていた椅子もろとも豪快に後ろに倒れてしまった
突然だったので、防御も受身も取れず、もろにその攻撃をくらってしまったのだ

一瞬、なにがなんだか分からなかった
じんじんと痛む頬を押さえ、
「な……なにを?」
と、困惑した顔のまま聞いた
「あれー? まだ取れないか。んじゃ、もーちょっと強く」
ぶんぶんと腕を振り回し、今度は渾身の右ストレートをぶつけてきた

ドゴッ!

それはボクサー顔負けの、見事なフォームで繰り出された
そしてその一撃は、宗介の顔を一瞬歪めてしまうほどに強烈であった
その勢いで、後ろに敷いていたカーペットを巻き込んで、ずしゃあっと豪快に倒れた

かなめは、床に伏した宗介に駆け寄り、しゃがんで口を覗きみる
「んー。まだダメか」
「……千鳥。君は一体なにをしたいんだ?」
説明を求める宗介に、かなめはいったん拳をおさめた
「こーやって殴ったら、衝撃で虫歯が取れるはずなのよ。実際、あたしも小さい頃、お母さんによくやってもらってたんだ」
なるほど。かなり荒療治だが、衝撃を加えて、その拍子に歯根のゆるい虫歯が抜け落ちるというわけか

「……本当にそれで取れるのか?」
「うん、本当よ。それに痛いのは一瞬だしね。いつの間にか虫歯が抜けてる。って感じで」
「そうか。だが、しかし……」
その言葉を待たずに、かなめは今度はその口めがけて問答無用のヘッドロックをかました
「がっ……」
彼女の勢いをつけた頭突きはかなり強烈だった。
歯が抜けるどころか、意識そのものを失いそうになった

「んー。なかなかしぶといわね……」
もはや、なにに向けて言っているのか
それよりも驚きなのは、これだけの衝撃を与えてるにもかかわらず、抜け落ちない虫歯のしぶとさだった
「でも、もうひと息なはず」
「ちょ……待っ……」
次に、ぐわしと宗介の顔を掴み、固定させてから、膝蹴りをその口めがけてくらわせた
硬いヒザが、ガツンと宗介の口を襲う
「ぐぶっ……」
口だけでなく、鼻とアゴの骨までもがかち割れてしまったような気がした
その衝撃で下唇が切れ、血が滴れた。それからあまりの痛みに、口を押さえて悶え苦しんだ

「……大丈夫?」
「……この方法は撤回してくれ」
なんというか、歯一本の問題では済まなくなってきて、すぐさま取り止めてもらうことにした

「それにしても……」
かなめには、やはり分からないことがある
「あんた、なんで歯医者が怖いの?」
さきほどの沈黙を肯定と取った上で、そう改めて聞いた
その質問に宗介はしばらく黙りこくってから、ぽつりと口にした
「……歯医者は怖すぎる」
テロ攻撃にも果敢に立ち向かうあの宗介が、弱気な発言をした。それはまるで子供のような怯えた一面だった

「あんたがそこまで言うなんて……。ねえ、どうして?」
すると宗介は、苦虫を噛み潰したような暗い表情で、ゆっくりと語りだした
「……あれは俺がまだ幼少の頃。カシムと呼ばれてた頃のことだ……」



アフガンでのキャンプの滞在中

数年前のカシムはゲリラ軍に在籍し、そこで戦いに加わったり、寝泊まったりを繰り返していた
「そしてある日のことだ。捕ってきた魚を焼いて食べていたら、急に歯が痛くなった」
「虫歯になっちゃったの?」
「そうだ。あそこではあまり歯磨きという習慣はなかったからな」
「へえ」
「当時の歯磨きといえば、口の中を水ですすいで、それからよく覚えていないが、なにかを歯に塗りつけていた。それがあそこでのブラッシングだった」
支給品に、歯ブラシもないほど、貧困な状態だったのだろうか
「それは完全なブラッシングではなかったから、虫歯になってしまったのだ。そして初めて味わうその痛みに、俺は当時のリーダーに相談した」

そこから、宗介の顔色が一層曇った
「ちょうど近くに村があったので、そこの医者に治療を頼んでもらうことにした」
そこでいったん目を閉じ、一呼吸置いた
「……その医者は、俺と二人きりになったとたん、いきなり縄で両手両足を縛ってきた」
「……え?」
「そして全身麻酔をされた」
「ぜん……?」
「当時は、これが治療なのかと思っていて大人しくしていた。だが、全身麻酔された時点で疑問に思い、本当にこれが正しい治療なのかと聞いた」
「そしたら?」
「その医者は、人が変わったかのように嫌な笑い方をして、こう言った。『お前さんは貴重な人体じゃ。その健康な賢蔵、肝臓……。様々な部分を売り飛ばしてやるわい』とな」
「それって……」
「ああ。その医者は、裏では内臓を売りさばいて儲ける、いわゆる人体密売商人だったわけだ。……俺は騙されたんだ」
「…………」
「気づいた時には遅かった。全身麻酔の効果で、手足が痺れ、抵抗しようにも体が言うことを聞かなかった。そしてやつはそんな俺の様を見ながら、嬉しそうに生身の俺の体にメスを入れてきた」
「…………」
信じられない展開に、かなめはごくりと喉をならした

「一度は死を覚悟した。だが、リーダーがその事に気づき、間一髪のところで助かった。もしリーダーが機転を利かしてくれなければ、俺の体はとっくにバラバラにされていただろう。それからだ。歯医者が怖くてたまらなくなったのは……」
「そりゃあ……誰でも怖くなるでしょうね」
宗介は、歯医者というより、その人個人として、その職業に対するトラウマができてしまったのだろう

「えーと……。なんというか、そういう境遇に合っちゃうと、怖くなるのは当然なんだけど。大丈夫、日本の歯医者さんはそんなことはないから」
「そう言い切れるか?」
「うん、あたしを信じて。このまま放っておくと、悪くなるだけだし。ね、日本の歯医者さん、行こ」
「……痛くないか?」
「大丈夫、大丈夫」
子供にさとすように。しかし、どこかほっとさせるような優しい口調で、そう言った
「分かった……」
どこかまだ怯えているようなところがあったが、それでもかなめが断言してくれたことで、いくらか気持ちが軽くなったようだ

「……傍にいてくれるな?」
「うん。大丈夫だって。痛くないから」
「了解した」
ようやく歯医者に行く気になったようで、かなめが一緒にそこまで連れて行ってくれることになった



数時間後

虫歯の治療を終えて、口を押さえたまま、宗介が出てきた
「どうだった?」
ずっと待合室で治療が終わるのを待っていたかなめは、感想を聞いた

すると、宗介はなぜかぶすっとして、納得のいかないような表情をしていた
そしてただ一言だけ、ぽつりと漏らした

「……痛かった」

結局かい