ミニふるめた


mini037 〜 040

ミニふるめたへ

一成、中華の道

作:アリマサ
mini.038

小野寺が、風間と相良宗介を引き連れて、一軒の中華料理屋に入ってきた

「らっしゃいませー……げげっ」
薄汚れた割烹着の男が、会釈して顔を上げて相良宗介と目が合ったとたん、思わず声を上げてしまった
その割烹着姿の男は、椿一成だった。それに気づくと、宗介も眉にシワを寄せた
「む? なぜ貴様がここに?」
「それはこっちのセリフだ。ここはオレが働いてる……」

そこまで説明して、カウンターの影から店主らしき老人がこっちを睨んでいるのに気づき、私語を慎んだ
「……三名でいいな。そこが空いてるから」
案内し、そのテーブルの上に水を置いていく
どうやら一成が店のほとんどをまかなければならないようだ
このバイトがないと生活が苦しい一成にとって、今はクビが一番怖いのだった

そのいつもと違う一成の態度を見て、宗介は不思議そうに聞いた
「どうした、椿。今日はいつもみたいにつっかかって来ないのか?」
その言葉に、一成は慌てて耳元で、小声で囁いた
「頼むから、そういうことを言わないでくれ。この店の中では、オレは喧嘩はしない。オレにとって、このバイトが最後の生命線なんだっ」
宗介に対して、めずらしく必死な頼みだった。それを宗介は意外に思いながら、軽くうなずいた
「……いいだろう。元々俺は無益な争いは好まない。武力なしの平和維持を俺は常に求めている」
どこかえらそうに胸を張り、腕を組んでそう言いのけた
「……てめえがそういうことを言えるのか……?」
わなわなと震えたが、それはなんとかこらえて、仕事を続けた

「それで、注文は?」
小野寺と風間はメニューと値段を見比べて、
「じゃあ俺は酢豚で」
「あ、僕は餃子とチャーハン。……相良君は?」
宗介もそのメニューを覗き込むと、
「俺は特製ラーメンでいい」
その注文に、一成がぴくりと反応した

そのわずかな反応でさえも見逃さない宗介は、一成を向いて聞いた
「……なんだ?」
「あ……いや。それを注文してきたのは初めてでな……。まあ、昨日出したばかりの新メニューなんだが」
その一成の言葉を聞いて、小野寺と風間の顔に不安がよぎった
「……まさか、ここの料理は全部お前がやるのか?」
その小野寺の言葉に、一成はふふんと鼻を鳴らす
「そうだ。経営以外は全部俺がやってるからな。心配するな。ちゃんと料理の修業も欠かしてねえよ」
そうは言われても、やはり二人は不安だった
一方、宗介はそれをさして気にもとめた様子はない
「味は問題ではない。大事なのは、摂取量だ」
その言葉を挑発と受け取ったのか、眉根を寄せ、「フン、見てやがれ」と吐き捨ててキッチンへと戻っていった



「はいよ、おまたせー」
数分して、頼んだ注文の数々が並べられてくる
「ホントに大丈夫かな……」
小野寺と風間はおそるおそる、料理を口に運ぶ
「……お」
結構いけているらしい。二人は次々と手を動かし、その皿をたいらげていく
「へへ……」
一成はその様子を見て、嬉しそうに鼻をこすった

だが、宗介はまだ特製ラーメンに手をつけていない
「……どうした、相良。食えよ」
すると宗介は、まずレンゲでスープをすくい、風味を嗅ぎだした
それを見て、一成は驚いたように目を見開いた
「ほう……評論家気取りか?」
「……いや、単に危険薬品を調合してないかを嗅ぎ分けてるだけだ」
「するかっ! いいか、ここではオレは料理人、お前は客だ。いいから食ってみてくれ」
そう言われ、宗介はゆっくりとスープをすすった。そして続けて、麺をからめ、口に運ぶ
「ど……どうだ?」
なぜかまだそこを離れず、一成が聞いてくる
「……たしかに食感はいいが、スープにムラがあるな……。なにか足りなさを感じるぞ」

「ぐっ……」
一成はそれについて反論しなかった
昨日まで研究して食感は最高のものを引き出せたが、確かにスープになにか物足りなさを感じていたのも事実だ。それを一成は、自分で分かっていた。それを、この相良にまで見破られるとは……

すると宗介は、ラーメンに添えられたモノを見て、ぴくりと反応した
「ほう……これは」
それは、ナルトだった。だが、ただのナルトではなくボン太くんを形にしたナルトだった
「こういう配慮には感心するがな」
すると、一成は嬉しそうに頬を緩めた
「そっ、そうだろう? これはオレのアイデアなんだ。ナルトにも目で楽しませる工夫とかよ」
「うむ。この点は評価するぞ」

「相良君……さっきからそんな態度は失礼だよ」
宗介と一成のやりとりを見てた風間が、おどおどとそう言いだした
それを一成は手で制する
「いや、構わねえ。変にお世辞を並べ立てられるよりも、実直に意見を言ってくれたほうが、自分を見直し、改善して極める道が近づくもんなんだ」
「はあ……。そうですか」
そしてようやく一成は仕事のために、キッチンに戻っていった
そのうしろ姿を見て、宗介はぼそりとつぶやいた
「ああいう一面もあったとはな……」



店の扉が荒々しく開け放たれ、そこから三人組の男たちがずかずかと入ってきた
「らっしゃいま……」
出迎えようと一成が出てきて、ぴたりと足を止めた
三人とも、見るからにヤンキー
そしてその男たちの顔に見覚えがあった。
あれは、初めて千鳥と会った時、この店の路地裏で彼女にからんでいたあのヤンキーだった
そしてオレがゴミ出しの時に追い払ってやったのだが。まさか、この三人の目的は……

「おぅ、どーしたぁ? 愛想良く感じねーぞぉ?」
男がわざと大声でそう言ってきた。残りの男たちが、げらげらと笑い出す
「ぐっ……」
やはり、この間の仕返しに来たのだろう。お客という立場を利用して。

男たちは案内を待たずに、空いてる席へと勝手に座り込むと、へらへらとした笑いを浮かべて一成を見据える
「椿クン。向こうはお客だからね。丁重に」
店主の老人が一成に前もって注意してきた
「……はい」

水を用意し、それを男たちのテーブルに並べていく
すると、手前の男がコップを掴むなり、中の水を一成にぶっかけてきた
「……っ、ナニしやが……」
だが、男はへらへらと笑い、空になったコップを掲げてみせた
「水が無くなっちまったよ。おかわりたのむわ」
残りの二人も同様に、ニヤニヤと笑っている
「…………っ」
一成は濡れた前髪をかきあげて、そのコップを奪うようにして、また水を入れなおした

「うわあヒドイ。因縁つけてるよ」
その様子を見ていた風間が、小野寺にぼそぼそとささやく
「ああ、あからさまにやってやがるな。しかし……ヤンキー相手じゃ……」
こういう時は乗り出す小野寺も、相手の凄みを見て、すくんでしまっている
宗介はそれに関心がないのか、黙々とラーメンを食べ続けていた



しばらくして、男たちが注文した中華料理を運び、男たちの前に置いていく
「お待たせしました」
すると、男たちはそれに手をつけずに、いきなり皿をひっくり返した
ガシャアンと皿が割れ、中の料理が床の上でぐちゃぐちゃになった
「なっ……」
すると、男たちががたっと席を立って、その台無しになった料理に向かって、つばを吐き捨てた
「けっ、臭いメシなんざ食いたかねぇんだよ。なんだ? この店では客にヘドロでも食わすのか? あぁん?」
「てめっ、口つける前からそういう……」
「んだぁ? 客に対してその態度はよぉ? ぉあっ?」
それを待ってたかのように、男たちは強い態度でつっかかってきた

なんともタチの悪い冷やかしである
だが一成は、今この店をなくすわけにはいかない。
一成は、取り組むこと全てにおいて、なんにでも極めようとする。そして中華を極めるのに、大変な努力を惜しまずにつぎ込んで、ようやくあと一歩といったところにまで達していたのだ
それを無駄にしないためにも、ここで喧嘩を買うわけにはいかなかった
「……すんません」
「あぁっ? 土下座しろや、コラ。そのぐちょぐちょになったヘドロに顔をこすりつけてやれよ」
「…………」
すると一成は、それに従い、床に散らばった料理に額をこすりつけるようにして、土下座した
そのザマを見た男たちはゲラゲラと笑い、さらにその一成の頭を、上から足で踏みつけた
一成の顔一面に、料理がぐりぐりとこすりつけられる
「っぷ……ぐ……」
それからようやくして足がどけられ、一成は顔にこびりついた麺や野菜を振り払い、立ち上がった
「さっさと別のマシな料理持ってこいや」
「…………」
その拳は震えていたが、それを出すことはなく、キッチンに戻っていく
すると、まだなにかやろうとしてるのか、男の一人が一成のうしろ姿を追いかけた
「おぉっと、待てや」
そうして、一成につかみかかろうとした瞬間、なにかにつまずいて、男は派手に前のめりに転んだ
「おわっ! ……っ、んだぁ?」
男が振り向くと、その視線の先には、宗介の足があった
宗介は左足を必要以上にテーブルから横に出していた
あからさまに、足を引っ掛けたという体勢だったのだ

すぐに男は立ち上がり、宗介に歩み寄っていきり立った
「っらあ、ンのつもりだぁ?」
血管をぴくぴくとさせて睨みつけるが、宗介は自分の左足の方を眺めていた
「さあな。どういうわけか、俺の左足は気に食わん奴を引っ掛けてしまうんだ」
その言葉で、男の顔色に怒りがこみ上げていく
「ほう……不思議だな。オレの拳も、どういうわけか気に入らねえやつを殴っちまうんだぁっ!」
そう叫びながら、振り上げた拳を宗介に向けて振り下ろした
だが、宗介はそれを簡単に避け、もう片方の手で、男の顎を軽く跳ね上げた
「ガっ……ぐぉ」
顎を押さえ、後方によろける
「てめ、なにしやがんだ、コラぁっ」
近くにいた残り二人が、駆け寄ってきた
「……俺はただの客だ。文句があるなら、表で聞こう」
店の出入り口を親指でぐいっと指し、すたすたと店の外に出て行く
「上等だ、っらあ!」
誘われるがままに、男三人は宗介の後に続いて店の外へと出て行った

「おっ、おい。サガ……むぐっ」
呼び止めようとした一成の口を、小野寺が押さえた
「モガ……なにを……?」
「話し掛けたら、関係有ることがバレるだろーが。相良のやつは、ただの客として相手してんだからよ」
「…………」
相良のやつが、そこまで気を回して……? いや、しかし……

しばらくして、どこからか銃声と悲鳴が聞こえてきた
そうして、宗介一人だけがすたすたと店に戻ってきた
「おい、まさか殺したんじゃ……」
「心配するな、脅してやっただけだ。やつらは、もう二度とここに来ることはないだろう」
「そうか……」
一成は、床を拭き取った雑巾をバケツに放り込み、キッチンに足を向けた
が、途中で足を止め、宗介に向かって聞いた
「なぜ、お前が……?」
「気にするな。この町の治安の問題は、問題担当の俺にとって見逃すわけにはいかなかっただけのことだ」
「…………」
宗介は次の言葉を待たずに、席に戻ると、食事を再開した
一成もそれ以上は何も言わず、バケツ片手にキッチンへと戻っていった



翌日、陣代高校の昼休み

2年4組の教室の前の廊下を、一成は気難しい顔でうろついていた
「いや、お礼という意味とかでなく、ただ余ったからと言って渡せばいいんだ……」
なにやらぶつぶつ言っている一成の手には、用意したラーメンのタダ券数枚が握られていた
「そう深く考えるこたぁねえな」
そして2年4組の教室をひょっこりと覗き込んだ

「はい、あーん」
教室の片隅で、千鳥かなめが手作りの弁当からオカズをひとつつまんで、相良宗介に食べさせていた
「うむ。うまい」
どことなく満ち足りたようにそう言うと、かなめは嬉しそうに笑った
「そう? んじゃコレも食べて」
そういった雰囲気で、二人で弁当を食べている姿があった


ぐしゃっ

一成は手の中のタダ券を握り潰すと、足早とその教室を離れていった
「やはり、相良はオレの手でいつか殺してやる……」

結局いつもと変わらず?



マオの恋心

77777を獲得したニコラスさんのリクエスト
mini.039

トゥアハー・デ・ダナンの食堂室
そこでメリッサ・マオは「はあ……」と、せつなげにため息をついていた

それに気づいた宗介とクルツが、昼飯を運んで、向かいの席に座った
「どうした、マオ。なにか悩みがあるのか?」
宗介にそう声をかけられ、マオは「んー、ちょっとね」と答えた
「おぉ、姐さんに悩みとは珍しいな。どーしたってんだよ」
クルツが興味津々に聞いてくると、マオは頬杖をついて、憂いた目つきでつぶやいた
「なんだかねー。アタシも恋をして……結婚するのかな、って思ってね」
その言葉を聞いて、思わずクルツは口にしたスープをぶっと噴出し、宗介は持っていたフォークを誤って自分の手に突き刺してしまった

「ど……どうしたのよ?」
この二人の反応にマオが戸惑っていると、宗介が手の甲をさすりながら、しごく真顔で聞いてきた
「衛生兵を呼ぼうか?」

めぎょっ

マオの拳が、宗介の顔面に深くめり込んだ
「ぐお……」
電光石火の右ストレートに、宗介は鼻を押さえて呻いた

「まあまあ、落ち着け姐さん。コイツのことはともかく、急にどーしたってんだ?」
クルツが口まわりをぬぐいながら、改めて聞いた
「いや、どーもしないけど……ただ、ふとそう思っただけよ」
「……おおかた、テッサちゃんの部屋に無断で入って、そこにあった恋愛小説でも読んで、感化されたんだろ?」
「ぐっ……」
図星をつかれたのか、マオは頬を赤く染めて、歯がみした
「やっぱな。まったく、姐さんってすぐそういうのに影響されるんだよな」
「うっ、うるさいっ」
抗議してるのか、手をバタバタと振り払って誤魔化そうとする

しばらくそうしてから、なぜかマオはちょっと考えるような仕草をしてみせた
「……どした?」
「うん。でも現実に、本当にいつかアタシも恋愛とかするようになるのかな? って思ってさ」
すると、食堂室にいたみんなは聞いていたのか、いきなりぼそぼそとささやき出した
「性格の問題がなあ……」
「ちょっとどころか、そういう姿を全然想像できねえぞ……」
などと、ずいぶんと失礼な意見を交し合っていた

「……ちょっと。そこでナニを言っているのかしら?」
マオががたっと席を立って、ぴくぴくと口を引きつらせて、みんなの方をぎろっと睨んだ
「いえ……」
その凄みに、兵士たちはさっと目を逸らし、ピーピピと口笛を吹いたり食事を再開し始める
「ったく。失礼にもほどがあるわよ」
腕を組んでぶすっと頬をふくらましてると、その食堂に、マデューカスとカリーニンが揃って入ってきた

「どうした? なにかあったのか?」
さっきのちょっとした騒ぎを聞いたのだろうか。入ってくるなり、マデューカスがみんなに聞いてきた
「いや、楽しそうな雰囲気だったのでな。なにかあったのかね?」
カリーニンも気になっているようだ
すると、近くにいた下士官が代わって教えた
「それが。マオ曹長が、「いつかアタシも恋をして結婚するのね」と言い出してきまして」
「…………」
それを聞いて、マデューカスとカリーニンは、お互いを見合った
それからしばしの沈黙の後、二人はわなわなと震え、それからついに堪えずに、一気に吹きだした

「ぶわはははははははは」

二人は珍しく、アゴが外れるのではないかというくらいに大口で、豪快に笑いまくっている

ドンッ ドンッ ドンッ

マオが銃を抜き、間髪入れずに二人の足元に向けて発砲した
「黙りなさい……」
「…………」
その上官に向けて発砲した行為は重大問題なはずなのだが、誰もそれを咎めることはできなかった
マオの据わった目を見ると、厳格なマデューカスでさえも、なにも言えなくなってしまったのだ

そしてしーんと静まりかえった食堂室内
すると、クルツがこっそりと宗介をヒジでつついた
「……なんだ?」
「なあ、オレちょっと思ったんだけどよ。さっきの状況で、他の奴らは誰一人一緒になって笑う奴がいなかったよな」
「ああ、そうだな」
たしかに考えてみると、バカ騒ぎを好むミスリルの人達にしては珍しく、誰も介入しなかったな
「それってよー、いわゆるアレだよ。いつの間にか『暗黙のルール』ってやつができあがってたんだな」
「……? よく分からんが」
「んじゃよ、なんでさっきはみんな笑ったりしなかったと思う?」
「危険すぎるからだろう」
「そう。長年いたせいか、いつの間にかそれが分かってるんだよな。だから、無意識にそれを控えることが『暗黙のルール』になってたわけだ。おもしろいな」
「なるほど」
などと、クルツと宗介がそんな議論を交わしていると、今度は食堂にクルーゾーがやってきた

「……ヤベエぞ」
クルーゾーの登場に、みんなが青くなる
状況がよく分からない宗介に、クルツが耳元で囁いた
「クルーゾーのヤツは、こないだここに就任したばかりだろ。だから『暗黙のルール』ってやつが、アイツにはまだ染み付いてねえんだよ」
その意味を理解したらしく、宗介も青くなっていった

そんなことも気づかないクルーゾーは、やってくるなり、「どーした?」と近くの下士官に聞いてきた
最悪なことに、その話し掛けられた下士官も、状況をあまり把握していない、まだ入りたての新米兵士だった。
「それが、マオ曹長殿のことでいろいろと……」
その下士官の言葉を聞くなり、目を輝かせた
「ほう……どんなことだ?」
よせばいいのに、好奇心に満ちた子供のように、ぐっと身を乗り出してきた

「逃げろ……」
クルツがぼそっとつぶやき、近くにいた兵士たちが、そろそろと後すざリしていく
そして、ゆっくりとその場から一人一人、逃げ出していった

それにも気づかない新米下士官が、詳細を述べた
「マオ曹長殿が、突然「アタシも恋をして結婚するのね」と言い出しまして……」

それを聞くなり、クルーゾーはプッと吹き出し、それから腹を抱えて、遠慮のない笑い声を上げた
「ギャーッヒャヒャヒャヒャ! イィ――ッヒッヒヒヒ!」

すっかりバカ笑いの止まらないクルーゾーに対し、マオはゆらりとマシンガンを構えた

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド



あわれ、クルーゾーは……

マオをからかってはいけません



ミスリル鍋戦争

作:アリマサ
mini.040

トゥアハー・デ・ダナンの艦長室にて
そこの食卓に鍋が置かれ、そのまわりに宗介、テッサ、クルツ、マオ、クルーゾーの面々が集まっていた

「うーっし、肉入れるぞー」
クルツが肉をいくらか箸でつまみ、それをぐつぐつと煮えた鍋に放り込む
「あ、ちょっとそこよけて。湯豆腐入れるから」
マオが指示して、テッサがおたまで鍋の中に、わずかな空間を作った
そうしてみんなして縞模様のはんてんを着込み、鍋をつついていた

時は正月。今が一番忙しい時期であり、兵士達は帰省する暇さえなかった
そこでせめて正月の夜くらいは、広い艦長室でみんなで鍋をして食べようということになったのだ

「……ちょっと聞きたいのだが……」
いくらか煮えてきたところで、クルーゾーが疑問の目つきで、口を挟んだ
「なんです? クルーゾーさん」
するとクルーゾーは、煮えた肉をつまみあげてみせた
「……これはひょっとして、豚肉ではないですか?」
「そうですけど」
「……我々は、アラーの神に仕えたイスラム教徒のはずでは……?」
「あ……」
そういえば、ミスリルの兵士の多くは、イスラム教徒に身を置いている者がほとんどだ
そして厳格なイスラムの教えでは、豚肉を食することは禁止だった
テッサもそれを軽じんているわけではなかったが、戒律を厳格に守っている兵士達はほとんどおらず、気楽に考えている人たちばかりだったので、こと厳格なクルーゾーへの配慮をすっかり忘れてしまっていた

「す、すいません。わたしったら……」
謝るテッサをよそに、クルツが横からクルーゾーの取った肉を挟み取った
「いらねーんなら、オレがもらうぜ」
そうして、奪い取ろうとすると、クルーゾーは反発するかのように、箸に力を込めた
「待て」
「んだよ。豚肉は食わねえんだろ。アラーの神が言ってるぜ。『それはクルツ様に差し上げなさい』ってな」
「誰がそんなお告げを遣わすか。……このブタは、わたしに食べられるために、天に召されたのだ。これはいわば神からの贈り物。この聖なるブタを食べてやることこそ、わたしに課せられた使命」
そう言って、強引に肉を引いて、それをぱくっと食べていった
「あーっ、マジに食いやがった。そんなのは都合のいい解釈だろが」
「だから言っているだろう。これは神から下された、聖なるブタなのだ」
すると、向かいに座っていたテッサが口を挟んだ
「……いえ。それは、森林地帯の野ブタですけど」
「…………」
しばらく口ごもったが、クルーゾーはまたも肉をつまみ、それを口に運んだ
「美味いですな」
それだけ言って、もぐもぐと口を動かす
(はぐらかしたな……)
開き直ったクルーゾーに続いて、気を取り直してみんなも鍋のほうに戻った

「シラタキもネギも余っちゃってるわね。どんどん詰めてくよー」
マオが食材を次々と鍋に入れ、次にメインの肉を入れようと、横の包みを開いた
すると、その包みには肉は一片も無かった
「あ……あれ? もう肉がないわよ? なんで?」
そのマオの言葉に、クルツとクルーゾーが同時に睨みつけた
「なんだとっ!!」
その二人の異様なオーラに気圧され、マオはすぐに首を振った
「知らないわよ。アタシはまだ三切れくらいしか食べてないわよ!」
「わたしもです」
テッサもそう告げると、みんなは鍋を見下ろした

鍋の中には、肉は少ししか残ってなかった
「ということは……」
すぐさま、クルツが箸をつっこんだ
するとその箸を、クルーゾーがバキッと叩き折った
「なにしやがるっ」
「……神のお告げだ。『クルツの卑しい箸をへし折ってやりなさい』とな」
「てめえの脳内神の戯言だろうがっ! ……てめえの箸も折ってやる!」
二人がもみ争っている隙に、マオが箸を手に取り、その肉を挟みとった

「ふふ、いただきっ」
にやりと笑ってマオがその肉を口に持っていこうとすると、その手をテッサが止めた
「……なによ?」
眉をひそめるマオにかまわず、テッサは言ってやった
「そのお箸はわたしのです。ですから、その肉はわたしのものです」
言われて、マオは手に持っていた箸を見てみた。すると、テッサ特有のマークがついている
「いつの間に……。テッサ、アンタ箸をすり替えたわねっ」
「……とにかく、肉をつけたのはわたしのお箸です。なのでその肉は、わたしがもらいます」
だが、マオはその箸をテッサの届かない高さにまで持ち上げた
「……別に、アタシはテッサとの間接キスなんて気にしないわよ。むしろ興味があるわね」
「なっ……」
テッサは耳まで赤くなって、それから必死で箸を取り上げようとした
「マオさんはプライドがないんですかっ? そんな破廉恥な……」
こっちでもまた争いだした

マオが取られまいと、箸を高く上げたまま、テッサの手の追撃から逃げていく
その矢先、肉の行方を知ったクルツとクルーゾーが片方ずつ、後ろから箸を掴み取った
「おっしゃああっ!」
だが、肉は箸の先でつながっている。お互いが引き離そうとすると、勢いで肉は両方の箸から飛び出し、床にべちゃっと落ちた
「あああぁぁっ!!」
四人が同時に、悲痛な悲鳴を上げた

だが、たしか残り少ない肉がまだ鍋に入ってたはずだ
四人がすぐさま鍋に飛びつこうとすると、そこに肉は無くなっていた
「うそっ」
すると、横で宗介がその肉にありついていた
そこで、ようやく宗介の存在を思い出したみんなは、いぶかしげに聞いた
「おい、ソースケ。おめえ、いくつ肉を食った?」
すると宗介は、しばらく考えてから、満足そうに言った
「……たらふくだな。うまかった」

その言葉に、四人の目にぎらりと狂気の色が宿った
「まあ待て」
雰囲気を感じ取ったのか、宗介はなだめるようにこほんと咳をして言った
「なによ?」
「いいか、みんな。鍋料理には『鍋戦争だ』という言葉があってだな」
「だから?」
「つまりだな。こういうものは、食うか食われるかということだ。一切妥協の許されない厳しい世界を生き残るには、先手必勝が必要とされるのだ。君らもこれを教訓にするといい」
すると電光石火の如くクルツとマオの拳が宗介の顔面にめりこみ、クルーゾーの蹴りがみぞおちに入り、テッサのビンタが頬をはたいた
そして次々とドロップキックをくらわせ、四人で両手両足に関節技をギリギリとかけまくり、仕上げには四人が協力して、強烈技『アルティメットボンバー』を完成させた

泡を吹いてぐったりと動かなくなった宗介を隅に放り、四人はそれぞれ息をついた
「意外な伏兵がいたもんね……」
「この野郎、一人でおいしい思いしやがって……」
「神は『滅殺してしまえ』と激昂しておられた」
まだ怒りが収まらず、ぶつぶつと吐き捨てる三人

テッサは肉のなくなった鍋を見て、ため息をついた
「……どうします?」
その言葉に、みんながう〜んと考え出した

「しょうがねえな。アレやるか」
クルツの提案に、みんなの関心が集まった
「なにをするんだ?」
「ヤミ鍋だよ、ヤミ鍋。これなら材料はなんでもいいしな」
「……ヤミ鍋?」
「ああ、ヤミ鍋ってのはな……」
なぜか一番日本通なクルツが、簡単にヤミ鍋の説明をしてみせた

その一通りの説明を聞いて、マオとクルーゾーは興味をそそられたようだ
「へえ……面白そうね」
「やってみるか」
だが、唯一不安を覚えたテッサが、曇りをみせた
「大丈夫でしょうか? 適当に材料をつぎこむなんて、味の保障ができないのでは……」
「だからおもしれえんじゃねえか」
ということで、ヤミ鍋に変更することが決定した

「ん……むぅ」
ようやく宗介が息を吹き返し、こめかみを押さえていると、クルツたちが詰め寄ってきた
「ソースケ。鍋はヤミ鍋をすることにしたからな。これから各自、一時間で材料を用意することになったんだけどよ。お前はさっきの罰として、5品用意してこい」
「アタシたちは2品ずつ。まさか、文句はないわよね?」
「…………? よく分からんが、問題ない」
「よーうし、そんではこれから一時間後、それぞれに材料を準備してここに集合。材料が分からないように、袋かなんかで隠しておけよ」
「うーい」
かくして四人はそれぞれ艦長室を出て、新たにヤミ鍋の材料を探しに行ったのだった



一時間後

マオが材料を詰めた袋を抱えて、艦長室に入ってきた
「おまたせー。……って、なによこれ。暗いじゃない」
艦長室の部屋の明かりは、全て消されていた
「暗い部屋でやるのが、ヤミ鍋ってもんなんだよ。そんじゃ姐さんもそれを鍋にぶっこんでくれ」
薄暗い部屋の真ん中に、鍋らしき影があった。そこに、どぼどぼと材料を入れていく
「さて。これでみんな揃ったようだな」
薄暗いので横にいるのは誰なのか分からないが、どうやら全員いるらしい。

「サガラさんは、なにを入れたんですか?」
テッサの声。それに宗介が答えた
「はっ。森林地帯に赴いて、捕獲した野ブタの皮を剥いだ肉や、川で捕獲した魚などを……」
真面目に答える宗介の言葉を、横からクルツが慌てて遮った
「おいおいおい、言うんじゃねえよ。こういうのは、なんの材料が入ってるか分からないからこそ、醍醐味があるんだからよ」
「そういうものか」
「す、すいません……」

ようやくその場が落ち着いて、まずはみんなでその鍋をかき混ぜることにした
「うっっ……」
みんな、その鍋をかき混ぜる度に、箸にまとわりつくねっとりとした妙な感触が伝わってきて、なんだか気分が悪くなってきた
よく目を凝らしてみると、なんだかどろどろに黒くにごってるような気がする
それだけでなく、かき混ぜる度に、鼻の機能を潰すようなひどい悪臭がしてくるのだ
「…………」
クルツたちは、それ以上箸を動かさなかった

「おい、ソースケ。さっきの罰もあるし、まずお前からいけ」
「俺からでいいのか?」
複数の影が、こくりとうなずく
宗介は鍋に箸をつっこんで、挟んだモノをつまみあげた
なぜかそれは、ぷるるんと揺れた
そしてそれを口に運び、もぐもぐと動かす
「ど……どうだ?」
クルツが聞くと、宗介は特に顔をしかめるでもなく、
「悪くはないぞ」
「本当か?」
「うむ」

続いて、またも箸をつっこみ、それをひょいぱくと食べていく
「それはどうだ?」
「うむ。これも悪くない」
その言葉で、ようやく安心したのか、四人とも「んじゃいくか」と、箸をつっこんだ

「ごぶえっ」
「へぶっ」
「ぶっ」

クルツとマオとクルーゾーがそれぞれ口にした途端に、噴出して、それからぶるぶると身震いした
「うぅ……酒とゼリーを入れただけなのに……」
そう呻いて、がくりと倒れるマオ
「い……意識が……チョコとアイスを入れただけだというのに……ぐぶっ」
そうつぶやいて、倒れるクルーゾー
「ぐあ……あ、ありえねえ……」
頭を抱え、酷い頭痛に必死に耐えるクルツ
「くそ、ソースケ……。てめえ、騙しやがったな……」
意識が遠ざかりそうになって、床に転がり、悔しそうに愚痴るクルツの言葉に対し、宗介は普通に鍋を食っていた
「いや、本当になんともないのだが……」
すると、横にいたテッサも平気で鍋のモノを食べていた
「わたしも、なんともないのですが……」
「ば、馬鹿な? なぜ……うっ」
クルツの言葉は、そこで途切れた


残ったテッサと宗介は、お互い向き合って、鍋の残りをもぐもぐと食っていた
すると、宗介がぼそっと言った
「少なくとも、あのボルシチよりはおいしいです」
その宗介の言葉に、テッサも同意した
「ええ、そうなんですよね。一度あのボルシチを食べてますから……」

そうしてしばらく食べていったあと、テッサが手元の怪しげな鍋の中身を見て、悲しそうにため息をついた
「これがおいしいと思えるなんて……。なんというか……別の意味で汚れたような気がします。わたしたち」
「なにか言いましたか?」
「いえ、気にしないでください」

二人はその後も、もぐもぐと食べていき、残りの余った分は野ブタの餌となったのだった

勝者はいるのだろうか