一成、中華の道作:アリマサ mini.038
小野寺が、風間と相良宗介を引き連れて、一軒の中華料理屋に入ってきた
「らっしゃいませー……げげっ」
薄汚れた割烹着の男が、会釈して顔を上げて相良宗介と目が合ったとたん、思わず声を上げてしまった
その割烹着姿の男は、椿一成だった。それに気づくと、宗介も眉にシワを寄せた
「む? なぜ貴様がここに?」
「それはこっちのセリフだ。ここはオレが働いてる……」
そこまで説明して、カウンターの影から店主らしき老人がこっちを睨んでいるのに気づき、私語を慎んだ
「……三名でいいな。そこが空いてるから」
案内し、そのテーブルの上に水を置いていく
どうやら一成が店のほとんどをまかなければならないようだ
このバイトがないと生活が苦しい一成にとって、今はクビが一番怖いのだった
そのいつもと違う一成の態度を見て、宗介は不思議そうに聞いた
「どうした、椿。今日はいつもみたいにつっかかって来ないのか?」
その言葉に、一成は慌てて耳元で、小声で囁いた
「頼むから、そういうことを言わないでくれ。この店の中では、オレは喧嘩はしない。オレにとって、このバイトが最後の生命線なんだっ」
宗介に対して、めずらしく必死な頼みだった。それを宗介は意外に思いながら、軽くうなずいた
「……いいだろう。元々俺は無益な争いは好まない。武力なしの平和維持を俺は常に求めている」
どこかえらそうに胸を張り、腕を組んでそう言いのけた
「……てめえがそういうことを言えるのか……?」
わなわなと震えたが、それはなんとかこらえて、仕事を続けた
「それで、注文は?」
小野寺と風間はメニューと値段を見比べて、
「じゃあ俺は酢豚で」
「あ、僕は餃子とチャーハン。……相良君は?」
宗介もそのメニューを覗き込むと、
「俺は特製ラーメンでいい」
その注文に、一成がぴくりと反応した
そのわずかな反応でさえも見逃さない宗介は、一成を向いて聞いた
「……なんだ?」
「あ……いや。それを注文してきたのは初めてでな……。まあ、昨日出したばかりの新メニューなんだが」
その一成の言葉を聞いて、小野寺と風間の顔に不安がよぎった
「……まさか、ここの料理は全部お前がやるのか?」
その小野寺の言葉に、一成はふふんと鼻を鳴らす
「そうだ。経営以外は全部俺がやってるからな。心配するな。ちゃんと料理の修業も欠かしてねえよ」
そうは言われても、やはり二人は不安だった
一方、宗介はそれをさして気にもとめた様子はない
「味は問題ではない。大事なのは、摂取量だ」
その言葉を挑発と受け取ったのか、眉根を寄せ、「フン、見てやがれ」と吐き捨ててキッチンへと戻っていった
「はいよ、おまたせー」
数分して、頼んだ注文の数々が並べられてくる
「ホントに大丈夫かな……」
小野寺と風間はおそるおそる、料理を口に運ぶ
「……お」
結構いけているらしい。二人は次々と手を動かし、その皿をたいらげていく
「へへ……」
一成はその様子を見て、嬉しそうに鼻をこすった
だが、宗介はまだ特製ラーメンに手をつけていない
「……どうした、相良。食えよ」
すると宗介は、まずレンゲでスープをすくい、風味を嗅ぎだした
それを見て、一成は驚いたように目を見開いた
「ほう……評論家気取りか?」
「……いや、単に危険薬品を調合してないかを嗅ぎ分けてるだけだ」
「するかっ! いいか、ここではオレは料理人、お前は客だ。いいから食ってみてくれ」
そう言われ、宗介はゆっくりとスープをすすった。そして続けて、麺をからめ、口に運ぶ
「ど……どうだ?」
なぜかまだそこを離れず、一成が聞いてくる
「……たしかに食感はいいが、スープにムラがあるな……。なにか足りなさを感じるぞ」
「ぐっ……」
一成はそれについて反論しなかった
昨日まで研究して食感は最高のものを引き出せたが、確かにスープになにか物足りなさを感じていたのも事実だ。それを一成は、自分で分かっていた。それを、この相良にまで見破られるとは……
すると宗介は、ラーメンに添えられたモノを見て、ぴくりと反応した
「ほう……これは」
それは、ナルトだった。だが、ただのナルトではなくボン太くんを形にしたナルトだった
「こういう配慮には感心するがな」
すると、一成は嬉しそうに頬を緩めた
「そっ、そうだろう? これはオレのアイデアなんだ。ナルトにも目で楽しませる工夫とかよ」
「うむ。この点は評価するぞ」
「相良君……さっきからそんな態度は失礼だよ」
宗介と一成のやりとりを見てた風間が、おどおどとそう言いだした
それを一成は手で制する
「いや、構わねえ。変にお世辞を並べ立てられるよりも、実直に意見を言ってくれたほうが、自分を見直し、改善して極める道が近づくもんなんだ」
「はあ……。そうですか」
そしてようやく一成は仕事のために、キッチンに戻っていった
そのうしろ姿を見て、宗介はぼそりとつぶやいた
「ああいう一面もあったとはな……」
店の扉が荒々しく開け放たれ、そこから三人組の男たちがずかずかと入ってきた
「らっしゃいま……」
出迎えようと一成が出てきて、ぴたりと足を止めた
三人とも、見るからにヤンキー
そしてその男たちの顔に見覚えがあった。
あれは、初めて千鳥と会った時、この店の路地裏で彼女にからんでいたあのヤンキーだった
そしてオレがゴミ出しの時に追い払ってやったのだが。まさか、この三人の目的は……
「おぅ、どーしたぁ? 愛想良く感じねーぞぉ?」
男がわざと大声でそう言ってきた。残りの男たちが、げらげらと笑い出す
「ぐっ……」
やはり、この間の仕返しに来たのだろう。お客という立場を利用して。
男たちは案内を待たずに、空いてる席へと勝手に座り込むと、へらへらとした笑いを浮かべて一成を見据える
「椿クン。向こうはお客だからね。丁重に」
店主の老人が一成に前もって注意してきた
「……はい」
水を用意し、それを男たちのテーブルに並べていく
すると、手前の男がコップを掴むなり、中の水を一成にぶっかけてきた
「……っ、ナニしやが……」
だが、男はへらへらと笑い、空になったコップを掲げてみせた
「水が無くなっちまったよ。おかわりたのむわ」
残りの二人も同様に、ニヤニヤと笑っている
「…………っ」
一成は濡れた前髪をかきあげて、そのコップを奪うようにして、また水を入れなおした
「うわあヒドイ。因縁つけてるよ」
その様子を見ていた風間が、小野寺にぼそぼそとささやく
「ああ、あからさまにやってやがるな。しかし……ヤンキー相手じゃ……」
こういう時は乗り出す小野寺も、相手の凄みを見て、すくんでしまっている
宗介はそれに関心がないのか、黙々とラーメンを食べ続けていた
しばらくして、男たちが注文した中華料理を運び、男たちの前に置いていく
「お待たせしました」
すると、男たちはそれに手をつけずに、いきなり皿をひっくり返した
ガシャアンと皿が割れ、中の料理が床の上でぐちゃぐちゃになった
「なっ……」
すると、男たちががたっと席を立って、その台無しになった料理に向かって、つばを吐き捨てた
「けっ、臭いメシなんざ食いたかねぇんだよ。なんだ? この店では客にヘドロでも食わすのか? あぁん?」
「てめっ、口つける前からそういう……」
「んだぁ? 客に対してその態度はよぉ? ぉあっ?」
それを待ってたかのように、男たちは強い態度でつっかかってきた
なんともタチの悪い冷やかしである
だが一成は、今この店をなくすわけにはいかない。
一成は、取り組むこと全てにおいて、なんにでも極めようとする。そして中華を極めるのに、大変な努力を惜しまずにつぎ込んで、ようやくあと一歩といったところにまで達していたのだ
それを無駄にしないためにも、ここで喧嘩を買うわけにはいかなかった
「……すんません」
「あぁっ? 土下座しろや、コラ。そのぐちょぐちょになったヘドロに顔をこすりつけてやれよ」
「…………」
すると一成は、それに従い、床に散らばった料理に額をこすりつけるようにして、土下座した
そのザマを見た男たちはゲラゲラと笑い、さらにその一成の頭を、上から足で踏みつけた
一成の顔一面に、料理がぐりぐりとこすりつけられる
「っぷ……ぐ……」
それからようやくして足がどけられ、一成は顔にこびりついた麺や野菜を振り払い、立ち上がった
「さっさと別のマシな料理持ってこいや」
「…………」
その拳は震えていたが、それを出すことはなく、キッチンに戻っていく
すると、まだなにかやろうとしてるのか、男の一人が一成のうしろ姿を追いかけた
「おぉっと、待てや」
そうして、一成につかみかかろうとした瞬間、なにかにつまずいて、男は派手に前のめりに転んだ
「おわっ! ……っ、んだぁ?」
男が振り向くと、その視線の先には、宗介の足があった
宗介は左足を必要以上にテーブルから横に出していた
あからさまに、足を引っ掛けたという体勢だったのだ
すぐに男は立ち上がり、宗介に歩み寄っていきり立った
「っらあ、ンのつもりだぁ?」
血管をぴくぴくとさせて睨みつけるが、宗介は自分の左足の方を眺めていた
「さあな。どういうわけか、俺の左足は気に食わん奴を引っ掛けてしまうんだ」
その言葉で、男の顔色に怒りがこみ上げていく
「ほう……不思議だな。オレの拳も、どういうわけか気に入らねえやつを殴っちまうんだぁっ!」
そう叫びながら、振り上げた拳を宗介に向けて振り下ろした
だが、宗介はそれを簡単に避け、もう片方の手で、男の顎を軽く跳ね上げた
「ガっ……ぐぉ」
顎を押さえ、後方によろける
「てめ、なにしやがんだ、コラぁっ」
近くにいた残り二人が、駆け寄ってきた
「……俺はただの客だ。文句があるなら、表で聞こう」
店の出入り口を親指でぐいっと指し、すたすたと店の外に出て行く
「上等だ、っらあ!」
誘われるがままに、男三人は宗介の後に続いて店の外へと出て行った
「おっ、おい。サガ……むぐっ」
呼び止めようとした一成の口を、小野寺が押さえた
「モガ……なにを……?」
「話し掛けたら、関係有ることがバレるだろーが。相良のやつは、ただの客として相手してんだからよ」
「…………」
相良のやつが、そこまで気を回して……? いや、しかし……
しばらくして、どこからか銃声と悲鳴が聞こえてきた
そうして、宗介一人だけがすたすたと店に戻ってきた
「おい、まさか殺したんじゃ……」
「心配するな、脅してやっただけだ。やつらは、もう二度とここに来ることはないだろう」
「そうか……」
一成は、床を拭き取った雑巾をバケツに放り込み、キッチンに足を向けた
が、途中で足を止め、宗介に向かって聞いた
「なぜ、お前が……?」
「気にするな。この町の治安の問題は、問題担当の俺にとって見逃すわけにはいかなかっただけのことだ」
「…………」
宗介は次の言葉を待たずに、席に戻ると、食事を再開した
一成もそれ以上は何も言わず、バケツ片手にキッチンへと戻っていった
翌日、陣代高校の昼休み
2年4組の教室の前の廊下を、一成は気難しい顔でうろついていた
「いや、お礼という意味とかでなく、ただ余ったからと言って渡せばいいんだ……」
なにやらぶつぶつ言っている一成の手には、用意したラーメンのタダ券数枚が握られていた
「そう深く考えるこたぁねえな」
そして2年4組の教室をひょっこりと覗き込んだ
「はい、あーん」
教室の片隅で、千鳥かなめが手作りの弁当からオカズをひとつつまんで、相良宗介に食べさせていた
「うむ。うまい」
どことなく満ち足りたようにそう言うと、かなめは嬉しそうに笑った
「そう? んじゃコレも食べて」
そういった雰囲気で、二人で弁当を食べている姿があった
ぐしゃっ
一成は手の中のタダ券を握り潰すと、足早とその教室を離れていった
「やはり、相良はオレの手でいつか殺してやる……」
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