宗介の栽培管理人:アリマサ mini.032
陣代高校の昼休み
かなめと宗介は、今晩のカレーに添える野菜はなににするべきかで議論を交わしていた
その議論に宗介は「トマトがいい」という結論を出した
「……ねえ。あんたは野菜だと、よくトマトが出てくるけど、それが好きなの?」
「ああ、トマトはいいぞ。手軽に栄養を摂取でき、個人的に味としても好みだ」
「へえ。あんたにも好みってのがあったのねえ」
意外そうな顔をして、くすっと笑っていた
宗介は「そんなに意外か?」と聞いてから、思い出したように言った
「……そうだ。トマトといえば」
「ん?」
「栽培は順調だ。品種改良を施したのだが、悪くないぞ」
「……って、トマトを? 栽培してるの?」
宗介は胸を張り、秘密裏に進めていた事業を話すことにした
「そうだ。この校庭の一部を借りてな」
「へえ。あそこは用務員さんの陣地でしょ? 許可はもらったの?」
「ああ。トマトを栽培したいと申し出ると、なぜか大粒の涙を流してな。『おお、自然の命の大切さに目覚めたのか? いいことだ。しっかりやりなさい。立派で丈夫なトマトを作りなさい。わたしも楽しみにしているよ』とな」
「……まあ、許可もらえたのなら、いいことだわ。にしても、ホントあたしも意外だわ。あんたが栽培をねえ」
「よければ、見にこないか? もうすぐ収穫時なのだ」
「あ、行く!」
その提案に、かなめは喜んでついてきた
宗介の案内で、屋上を降りて、花壇がひしめる校庭に出た
校舎の裏側なので、滅多に人は近づいてこない所だ
そしてそこに着いて、宗介の言う栽培場所の前にくると、かなめは怪訝顔をしてみせた
「……どうした?」
「なによ、この厳重そうなバリケードは」
丈夫そうな金網が、細かくドーム状のように、そのエリアを覆っていた
「秘密裏の栽培計画だからな。簡単に表にさらすわけにはいかん」
「はあ……」
とりあえず、といった感じで近づくかなめ
そして金網越しに、中を覗いてみた
そこには、支え棒にからまるように伸びたツタ。そして、真っ赤なトマトが太陽の光を浴びて、さんさんと輝いていた
「へえ、すごくいい感じじゃない」
「そうだろう。けっこうこまめに世話をしてきたからな」
そう言うと、かなめは嬉しそうにこっちを見た
「見直したよ、ソースケ。あたし、なんだか素直に嬉しい」
「そ……そうか?」
宗介はなんとなく照れたように、鼻をかいた
「ねえ、さわってもいいよね?」
と、かなめが金網越しに、トマトをさすろうとした
「危ないっ、さわるなっ!!」
「へ?」
すると、そのかなめの指めがけて、トマトが襲い掛かってきた
トマトはツタをくねっと曲げ、バネのような勢いで体を反らし、なにかの液体を吐き出してきたのだ
宗介はすぐに駆け寄り、かなめの体を覆うようにして、かばった
トマトから出た液体が、頭上をかすめ、近くの葉っぱに付着する
すると、たちまちその葉はシューシューと溶けて、穴が開いていった
「なな……なによこれっ!!」
いきなりトマトに溶かされそうになったかなめが、叫ぶように宗介の胸倉を掴んで聞いた
「……トマトだ」
「な、わけないでしょっ! あんな危ない液体吐くトマトがあるかっ!」
「今のは防衛機能が働いただけだ。だから金網で近づかせないようにしておいたのだが」
「……一体あのトマトはなんなのよ?」
「独自に品種改良したトマトだ。厳しい環境を生き残れるよう、様々なDNAを注入した。あの液体で虫を溶かし、栄養にするのだ。そうして自力で成長することができる」
宗介の説明を聞いて、かなめはがっくりと肩を落とした
「……あんた、トマトの育ち方をちっとも理解してないのね……」
「そんなことはないぞ。突然変異が起きないように、俺はよくここに確認に来ていた」
「とっくに突然変異起きてるってーの。こいつにとっては、それが世話か」
「なかなか順調に育っている」
宗介はじーんと感銘を受けているかのように、トマトを愛らしい目でみつめている
「……なにか、大きく間違ってるわ」
そう言って、かなめはため息をついた
嘆くかなめをよそに、宗介はそのトマトに近づいて、声をかける
「よしよし、怖かっただろう。危険はない、安心しろ」
すると、トマトが宗介の言葉に反応し、体をくねらせた
『ゲ……ギュルゲギョゲー』
「しゃべれるんかい」
かなめのツッコミに、宗介は答えた
「意思疎通は大事だ。上官と下士官との連携が上手く機能しないと、戦局では不利だ」
「……どーでもいいけど、どうやってしゃべらせれるようにしたのよ」
「だから、DNAを注入してだな……」
「もういいわ。大方、ミスリル関係のDNAとかなんでしょうね」
と、一人納得しようとするかなめ
「……だが、ひとつ問題が起きてしまった」
宗介の重々しい口調に、かなめは聞いた
「どしたの?」
「……いろいろとこのトマトと話し込んでるうちに、情が移ってしまってな。収穫期はもうすぐなのだが、その時にトマトをもぎ取ってしまわねばならないことを考えると……」
「…………」
かなめは、宗介がひそひそとトマトと会話をしてる姿を想像して笑いたくなったが、そこはなんとかこらえた
すると、うなだれている宗介を気にしてか、トマトが話し掛けてきた
『ゲー、ギョゲッ、ギョゲー』
すると、それを聞いた宗介が顔を上げた
「お前……」
『ゲッ、ゲッ。ギョゲー』
「……すまない」
そう言って、トマトをぎゅっと抱きしめた
「ああ、そう」
なんの感情も込めず、かなめはそう言って遠くからそれを眺めていた
「……あたしとしては、そのトマトの不気味なしゃべり方って、どーにかなんない? 逆にさっさともぎ取ってやりたくなるんだけど」
「千鳥……本気で言ってるのか?」
宗介が、涙をぬぐって、こっちを信じられないような目で見る
「……ははは」
……どうやら、ソースケは本気のようだ
かなめはもうなにも言わないことにして、その場を離れることにした
そんなかなめを差し置いて、トマトと宗介はまた抱擁し合っている
『ギョゲッ、ギョルゲー』
「すまない。俺としても、辛いんだ……」
これを何度も繰り返し、抱きしめ合っている
「一生やってろ」
かなめはそう言い捨てて、校庭から去っていった
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