ミニふるめた


mini032 〜 037

ミニふるめたへ

宗介の栽培

管理人:アリマサ
mini.032

陣代高校の昼休み

かなめと宗介は、今晩のカレーに添える野菜はなににするべきかで議論を交わしていた
その議論に宗介は「トマトがいい」という結論を出した

「……ねえ。あんたは野菜だと、よくトマトが出てくるけど、それが好きなの?」
「ああ、トマトはいいぞ。手軽に栄養を摂取でき、個人的に味としても好みだ」
「へえ。あんたにも好みってのがあったのねえ」
意外そうな顔をして、くすっと笑っていた

宗介は「そんなに意外か?」と聞いてから、思い出したように言った
「……そうだ。トマトといえば」
「ん?」
「栽培は順調だ。品種改良を施したのだが、悪くないぞ」
「……って、トマトを? 栽培してるの?」

宗介は胸を張り、秘密裏に進めていた事業を話すことにした
「そうだ。この校庭の一部を借りてな」
「へえ。あそこは用務員さんの陣地でしょ? 許可はもらったの?」
「ああ。トマトを栽培したいと申し出ると、なぜか大粒の涙を流してな。『おお、自然の命の大切さに目覚めたのか? いいことだ。しっかりやりなさい。立派で丈夫なトマトを作りなさい。わたしも楽しみにしているよ』とな」
「……まあ、許可もらえたのなら、いいことだわ。にしても、ホントあたしも意外だわ。あんたが栽培をねえ」
「よければ、見にこないか? もうすぐ収穫時なのだ」
「あ、行く!」
その提案に、かなめは喜んでついてきた



宗介の案内で、屋上を降りて、花壇がひしめる校庭に出た
校舎の裏側なので、滅多に人は近づいてこない所だ
そしてそこに着いて、宗介の言う栽培場所の前にくると、かなめは怪訝顔をしてみせた
「……どうした?」
「なによ、この厳重そうなバリケードは」
丈夫そうな金網が、細かくドーム状のように、そのエリアを覆っていた
「秘密裏の栽培計画だからな。簡単に表にさらすわけにはいかん」
「はあ……」
とりあえず、といった感じで近づくかなめ
そして金網越しに、中を覗いてみた
そこには、支え棒にからまるように伸びたツタ。そして、真っ赤なトマトが太陽の光を浴びて、さんさんと輝いていた
「へえ、すごくいい感じじゃない」
「そうだろう。けっこうこまめに世話をしてきたからな」
そう言うと、かなめは嬉しそうにこっちを見た
「見直したよ、ソースケ。あたし、なんだか素直に嬉しい」
「そ……そうか?」
宗介はなんとなく照れたように、鼻をかいた

「ねえ、さわってもいいよね?」
と、かなめが金網越しに、トマトをさすろうとした
「危ないっ、さわるなっ!!」
「へ?」
すると、そのかなめの指めがけて、トマトが襲い掛かってきた
トマトはツタをくねっと曲げ、バネのような勢いで体を反らし、なにかの液体を吐き出してきたのだ
宗介はすぐに駆け寄り、かなめの体を覆うようにして、かばった
トマトから出た液体が、頭上をかすめ、近くの葉っぱに付着する
すると、たちまちその葉はシューシューと溶けて、穴が開いていった

「なな……なによこれっ!!」
いきなりトマトに溶かされそうになったかなめが、叫ぶように宗介の胸倉を掴んで聞いた
「……トマトだ」
「な、わけないでしょっ! あんな危ない液体吐くトマトがあるかっ!」
「今のは防衛機能が働いただけだ。だから金網で近づかせないようにしておいたのだが」
「……一体あのトマトはなんなのよ?」
「独自に品種改良したトマトだ。厳しい環境を生き残れるよう、様々なDNAを注入した。あの液体で虫を溶かし、栄養にするのだ。そうして自力で成長することができる」
宗介の説明を聞いて、かなめはがっくりと肩を落とした
「……あんた、トマトの育ち方をちっとも理解してないのね……」
「そんなことはないぞ。突然変異が起きないように、俺はよくここに確認に来ていた」
「とっくに突然変異起きてるってーの。こいつにとっては、それが世話か」
「なかなか順調に育っている」
宗介はじーんと感銘を受けているかのように、トマトを愛らしい目でみつめている
「……なにか、大きく間違ってるわ」
そう言って、かなめはため息をついた

嘆くかなめをよそに、宗介はそのトマトに近づいて、声をかける
「よしよし、怖かっただろう。危険はない、安心しろ」
すると、トマトが宗介の言葉に反応し、体をくねらせた
『ゲ……ギュルゲギョゲー』
「しゃべれるんかい」
かなめのツッコミに、宗介は答えた
「意思疎通は大事だ。上官と下士官との連携が上手く機能しないと、戦局では不利だ」
「……どーでもいいけど、どうやってしゃべらせれるようにしたのよ」
「だから、DNAを注入してだな……」
「もういいわ。大方、ミスリル関係のDNAとかなんでしょうね」
と、一人納得しようとするかなめ


「……だが、ひとつ問題が起きてしまった」
宗介の重々しい口調に、かなめは聞いた
「どしたの?」
「……いろいろとこのトマトと話し込んでるうちに、情が移ってしまってな。収穫期はもうすぐなのだが、その時にトマトをもぎ取ってしまわねばならないことを考えると……」
「…………」
かなめは、宗介がひそひそとトマトと会話をしてる姿を想像して笑いたくなったが、そこはなんとかこらえた

すると、うなだれている宗介を気にしてか、トマトが話し掛けてきた
『ゲー、ギョゲッ、ギョゲー』
すると、それを聞いた宗介が顔を上げた
「お前……」
『ゲッ、ゲッ。ギョゲー』
「……すまない」
そう言って、トマトをぎゅっと抱きしめた
「ああ、そう」
なんの感情も込めず、かなめはそう言って遠くからそれを眺めていた

「……あたしとしては、そのトマトの不気味なしゃべり方って、どーにかなんない? 逆にさっさともぎ取ってやりたくなるんだけど」
「千鳥……本気で言ってるのか?」
宗介が、涙をぬぐって、こっちを信じられないような目で見る
「……ははは」
……どうやら、ソースケは本気のようだ
かなめはもうなにも言わないことにして、その場を離れることにした
そんなかなめを差し置いて、トマトと宗介はまた抱擁し合っている
『ギョゲッ、ギョルゲー』
「すまない。俺としても、辛いんだ……」
これを何度も繰り返し、抱きしめ合っている


「一生やってろ」
かなめはそう言い捨てて、校庭から去っていった

食べれるのかな?



ポニ男の脱獄

作:アリマサ
mini.033

刑務所で服役をしていたポニ男は、もう限界だった

「ぽにぃ……」

馬のかぶりものをかぶった変態は、休憩室の中で、せつなそうにため息をついた
必死に頼み込んだおかげで、馬のかぶりものをずっと身に付けることは許してくれたのだが……ヘアブラシを持つことは許されなかった
そういうわけで、ここ数ヶ月ポニーテールにすることができず、それが彼には耐えられなかった

「ぽに、ぽにぃ」
ポニーテールが恋しい。あの髪型……あのしとやかさ。
どうして、この刑務所には女性がいないのか
女性なら、ポニーテールを眺めながら服役することもできるのに……
「ぽにぃっ!!」
もはや、限界だった。ポニーテールが見たい。ポニーテールに結い上げたい

「おい、うるさいぞ。静かにしろ!」
と、怒鳴ったのは看守だった。その男は髪が薄くなってきて、後ろ髪がわずかに残ってる程度だった
ポニ男は叫ぶのをやめなかった。
休憩室の中、ポニ男はじたばたと手足をばたつかせ、抗議を訴える
「……ったく……」
同部屋で見張っていた看守が重い腰をあげ、押さえつけようとする

すると、ポニ男は食事に配布されたフォークを掴み、看守に襲い掛かった
「ぽにぃっ」
「うわ、な、なにを……」
そのフォークを即席のヘアブラシにして、せかせかと看守の残り少ない後ろ毛を寄せ集めた
「あ、こら。わしの大事な残り髪を……」
看守も必死に抵抗するが、涙ながらに必死に結い上げるポニ男の手のスピードについていけなかった

すると、器用に髪を集めて、ちまっとした小さなポニーテールを作り上げた
「ぽ……ぽにぃ……」
それを見て、満足そうな表情を浮かべるポニ男
「こ……これがワシ……?」
看守も近くにあった鏡をみて、初めてのポニーテール姿についうっとりとしてしまった
「おぉ……髪の薄くなってきたワシに、まさか他にも髪型ができようとは……」
後ろのその部分だけ、黒髪がぽっこりと出来ている姿を見て、看守は思わず涙がこぼれていた
「うぅ……苦節八十年……ワシは……ワシは……」

「ぽにぃ……」
と、そこまで満足げになって、ポニ男は気がついた
今なら、ここから脱出できる!
ここは牢獄でなく、休憩室だ。休憩室の鍵さえ奪えば……

すっかり自分の世界に入っている看守のポケットに、そっと手を差し入れて、鍵を取り出した
「ぽにぃ……」
忍び足で休憩室の鍵を開け、その看守を捨て置いて、すぐに走り出した
「ぽにぃぃっ!!」

必死で走った。馬の面についた目にも血走るほど……いかつい口をカチカチとならしながら……彼は必死に刑務所を走りぬけた
「ぽにぃっ!!」
途中の関門なども切り抜け、そして最後に跳躍し、塀を乗り越えて、なんと脱獄に成功した
「馬が一頭逃げたぞっ! 捕まえろぉっ!!」
刑務所内で看守たちがそう叫んで慌てていたが、時すでに遅し
ポニ男はさっそうとその刑務所から離れていった



さて、脱獄できたポニ男だったが、これから何をすべきかについて考えていた
ポニーテールの女性もいいが、ボン太くんにもぜひ会いたい
彼は……逮捕間際に唯一の理解者となってくれたのだ
その彼にもう一度会って、ぜひともお礼がしたいものだ……と、ポニ男は思っていた
なにをお礼するかは決まってる。ボン太くんを、ポニーテールの髪型にしてやることだ

だが、彼に会うのは難しいだろう。この広い東京の中、なんの手がかりもなしに会えることは極めて不可能だということは、ポニ男にも理解できた
「ぽにぃ……」
そうつぶやいて困っていると、ふと近くにあった店に置いてあったボン太くんぬいぐるみを見つけた
「ぽ……ぽにぃっ、ぽにぃー」
まるで恋人に出会えたかのようにぶるるいと興奮し、さっそく近くのコンビニでヘアブラシを購入し、その店に入った
このぬいぐるみもボン太くんだ。このぬいぐるみをポニーテールにすることで、ボン太くんへの恩返しができる……と、そう思ったのだ

ポニ男は店先にあった、特に大きなボン太くん置き人形の前に立って、ヘアブラシで取り掛かる
「ぽに……」
だが、すぐにその手が止まった
意外と、ボン太くんの毛は短かったのだ
「ぽ……ぽに……ぽに……」
必死にかき集めようとするが、摘むことすら難しいその毛では、結うことができない
「ぽ……ぽにぃぃぃっ」
どうやっても、できない。ポニ男はぶんぶんと首を横に振り、頭をかかえ、涙ながらに叫んだ

「きゃあああぁぁ、馬ヅラの変態がぁぁぁ」
ようやくポニ男の存在に気づいた女性店員が、かん高く悲鳴をあげた
「ぽにぃっ」
ポニ男はその店から逃げた。馬ヅラから涙を流して、とにかく逃げまくった



「ぽに……」

ショックだった。
なにより、ボン太くんにポニーテールを結うことができなかったことが、悲しくてたまらなかった
「ぽにぃ……」
なぜか、その足取りは、今までいた刑務所に向かっていた
なにもする気力さえ失っていたのだ

すると、刑務所の門の向こう側で、人が集まっていた
「ぽに?」
顔を上げると、そこには看守たちや刑務所仲間たちが、全員ポニーテール姿で出迎えていた

「帰ってくれると信じていたよ」
おっさんたちは無理矢理なポニーテールを垂らして、にこやかな笑顔で待ってくれていたのだ

「ぽ……ぽにぃ」
ポニ男は涙をぬぐい、喜んでその刑務所に自分から戻っていった

一生、服役してろ



クルツの魅惑

作:アリマサ
mini.034

メリダ島の基地では、兵士たちが整理、点検作業を終わらせ、休憩に入っていた

「あーあ。早く終わらせて休暇とって、ナンパに行きたいぜ」
すると、休憩室でコーヒーを飲んでいたマオが、近くに腰をかけた
「無駄足ね」
「ひでーな、姐さん。俺だって、この華麗な美貌をうまく使えば、女の一人や二人オトすことくらい……」
そう言っていると、同じく休憩室にいた宗介が言い出した
「成功例を見たことがないが」
「るっせーな、ソースケ。てめーにゃ言われたかねーぞ。そう言うなら、てめえもナンパして女捕まえてみろってんだ」

「……ナンパならしたことあるぞ」
その宗介のカミングアウトに、思わずクルツが目をむき、マオがコーヒーをぶっと噴出した
「まっ、マジか? どんなコをゲットできたんだ?」
「その……実に魅力的な和服の……な」
そして照れたように鼻をぽりぽりとかいてみせた
「へぇー、アンタがそういうことするとはねー。意外だったわ。でも、ほどほどにしときなさい。カナメが泣いちゃうわよ」
「…………」
その相手は千鳥のことだったのだが、別に言う必要もないので、言わないことにした
しかも、あのナンパ勝負に助け舟を出されただけだしな

するとクルツはぐっと握りこぶしを振り上げると、がたっと立ち上がって叫びだした
「くっそー、くっそー! なんでこんな朴念仁がモテて、俺には女が……女が……」
「気にするな。焦らなくとも、その内お前にもできるだろう」
「……お前に言われると、なんか自分が悲しくなってくるよ」
そこまで言った時、急に放送が流れ出した

『えー、基地内で保護していた生命体が逃げ出しました。この生命体は昆虫が突然変異を引き起こしたもので、特徴は毒をもつ触手です。なお、この毒に刺されても命に別状はありません……』
「……なんだ?」
「保護していた昆虫が逃げ出したようね。でもまあ、命の危険はないみたいだし」

放送はまだ続いていた
『ただ、この昆虫は繁殖期に入っており、オスを求めるために興奮しているという状態で、どういった行動に出るかは……』
と、近くにあった連絡用のモニターに、なにかの映像が映し出された
そこには、全身を刺されてパンパンに腫れてしまい、動けなくなった被害者の男の姿があった
「うわっ……」
「げえっ……」
思わず身を引くほどの変わりようだった。この男の元の顔写真では美少年なのに、このぷくぷくとなった変わりようときたら……
『このように腫れがひどいですが、命に別状はありませんので、パニックにはならないように……』

「うわあああぁぁっ!!」
「あんなの嫌だ、助けてくれーっ!!」
たちまち、基地全体で騒ぎが起こった。


「じょ……冗談じゃないわ。あんなのイヤよ!」
「俺もだよ。さっさと逃げようぜ!」
マオとクルツが青くなって、慌て出す
すると、休憩室のドアがいきなり倒されて、その付近で不気味な昆虫が呻いていた
「……なんで、よりによってここに現れるんだよ」
三人とも、今は武器はなにも所持していなかった。

すると、昆虫らしきものが休憩室の中に入ってきた
「……でかい」
その昆虫はかなりでかかった。突然変異のせいなのか、体長が人間と同じくらいだった
人と同じように顔のパーツがちゃんとあり、背中から触手らしき細長い毛が伸びていた
背中から触手を出した不気味なカマキリ人間、といった感じだ
『シャ―――ッ』
雄たけびをあげて、威嚇する

「……こいつは、肉食じゃないのか?」
「それなら、さっきの放送でちゃんと言ってくるはずよ。でも、こいつに刺されるのは絶対ごめんこうむるわ……」
「俺もだ」
三人は部屋の隅に下がったが、ドアはたった一つ、昆虫の近くにあるやつだけなので、脱出ができない
かといって、丸腰では、下手に応戦するわけにはいかない。と、なると
「ここはオトリが必要だな」
「ええ、誰かが生贄になって、その隙に脱出するしかないわね」
宗介とマオが、見合ってこくんとうなずいた

「……おいおい、なにそこで勝手に了承し合ってんだよ」
と、クルツが文句を言うと、ふとなにか熱い視線を感じた
「……ん?」
昆虫の二つの目がしっかりとクルツを見据えている。
「……なに見つめてんだよ」
すると、顔を逸らし、どこか照れたような仕草で、手をもじもじとくねらせている
「おい」
すると、頬を真っ赤に染め、やがて意を決したように、クルツのほうを向いて、口から粘液を吐き出した
『シャ―――ッ!!』
黄色いネバネバとした粘液が、クルツの体を捕らえ、身動きできないようにした

「いやああああぁぁっ!!」

必死に手足をもがくが、べたついて、しかも強力な弾力をもつ粘液の前には無力だった
「よかったな、クルツ。お前の魅力にベタ惚れのようだ。まさか、そんな生命体をオトすとは……」
「よかったわね。ああ、ついにアンタにも春が訪れてきたのねえ……」
宗介とマオがそう言いながら、じりじりとクルツから離れていく

「人間じゃねーじゃねえかあっ!」
滝のような涙を流し、ぶんぶんと首を横に振るクルツ
すると、その言葉に怒ったのか、昆虫は『キシャ―――ッ』と叫びだした
「あ……ご、ごめんなさい」
すると昆虫は、クルツに歩み寄り、愛しそうにすりすりと頬ずりする
「やっぱり、いやああああぁぁ」
その昆虫はやっぱり興奮しているようで、鼻息が荒かった
「ああっ、耳に息吹きかけないでぇっ。ネトネトしてるよぉっ! そんなトコ触らないでぇぇっ!!」

などとクルツがわめいてる隙に、宗介とマオの二人は休憩室から脱出することができた
「危ないところだったな」
「ええ。あんたが東京から持ってきてた虫除けスプレーのおかげで助かったわ」
「ああ。全員に使うと、誰かが刺されるからな。まったく、クルツがいてくれて助かった」
「あれだけ好かれてりゃ、あいつも悪い気はしないでしょ。さ、早いトコ知らせに行くわよ」
「ああ」
宗介は虫除けスプレーをしまい直し、マオと並んで走り出した


そしてこの日、クルツは熱い一夜を交わしたとかそうでもないとか

よかったな、クルツ



シロの愛称

作:アリマサ
mini.035

メリダ島の森林地帯の奥深くに、テッサとマオがやってきた

すると、そこに白いトラがぬっと近寄ってきて、じゃれつくようにテッサの頬をなめてくる
「ぐるるん☆」
「あはは。くすぐったいです」
そう言いながらも、まんざらではなく、そのトラの後部をなでてやった

「……にしても、人なつっこいトラよね。なんでか、アタシら軍人の匂いが特に好かれてるらしいけど」
マオが腰に手を当てて、そうつぶやいた
「なんでもいいじゃないですか。かわいいんですから」
「トラが初めてここに輸送された時は、失神しかけてたクセに。今じゃすっかりかわいがっちゃって」
「猫と言われて連れてきたのがトラじゃ驚きますよ。でも、そんなに狂暴じゃなくてよかったです」
すると、マオがふとなにか気づいたように、辺りを見回す
「……そういえば、このところ野生のブタを見かけなくなったような気がするわね……」
「それはあまり気にしないことにしましょう」

「まあいいわ。……で、そいつの名前は……『シロ』だっけ」
マオが腕を組み、思い出したように口に出してみる
するとテッサは、すぐにそれを否定した
「ちがいます。『サガラ』さんです」
その言葉で、数秒の沈黙がその場を支配した

「……へ? でも、あいつの出した書類には、『シロ』って書いてあるけど」
「いえ、『サガラ』さんです」
そう言って、よしよしと頭をなでる
「…………」
「ね。『サガラ』さんがいいですよね?」
トラに向かってにっこりとそう言うと、
「ぐるるん☆」
と、ノドを鳴らしてすりすりしてきた
「ほら。そうだと言ってます」
「……それは、ただ単に飼い主の名前に反応しただけでしょうが……」
半ば呆れたように言ってから、「ま、いいか」と、面白そうなので、それ以上はマオもなにも言わないことにした



数週間後

相良宗介は、演習のため、メリダ島に帰還することになった
長い時間をかけてヘリに連れられ、ようやく久々のメリダ島に着いた
「さて……帰還したことを報告しに行くか」

そうして艦長室まで行こうとして、その途中にある食堂室の前でふと立ち止まった
「……ん?」
そこでは兵士たちが食事を取りながら、騒がしい雑談していた
その中で、妙に気になる会話を拾ったのだ
「でよー、サガラのやつがしつこいくらいに舐めてくるからよー」
「わはは。オレもサガラになめられたぜ。可愛いやつだな」

「……なに?」
宗介は、自分の耳を疑った
俺が? あいつらを? 舐めている?
まったく身に覚えのないことだ。しかも、相手が野郎だと?
きっぱりと否定してやろうと思ったが、兵士たちはまだ恐ろしいことを語っていた
「サガラのやつに抱きつくと、気持ちいいよな。感触がたまらんぜ」
「ああ。俺も抱きついたことがあるぜ。あのふわふわした感じがなんとも……」
ごふっ
あまりの気持ち悪さに、思わず吐いてしまったではないか
一体、俺のいない間にこいつらはどうしたというのだ?

すると、向こうの廊下をテッサとマオが並んで奥へと歩いていくのが目に入った。
こっちには気づいていないようだ
まだ食堂での会話が気になるのだが、まずは報告を済ませねば

そうして歩き寄って、話し掛けようとすると、二人の会話のやりとりが聞こえてきた
「まったく、サガラさんったら」
(……ん?)
宗介は、話し掛けようと差し出した手を、ぴたりと止めた
「まあまあ。にしても、あいつを甘やかしすぎたかもね。やっぱさ、しっかりしつけとかしといたほうがいいかもね」
「ええ。いっそムチでもふるっちゃいましょうかしら。うふふ」

「…………!!」
大佐殿が、俺にムチを……?
しかもマオまで一緒になって「くっくっく」と笑っている……
俺が……なにをしたというんだ?
もう訳が分からず、頭が混乱を起こしてる間、二人は「やっぱり肉を食いすぎですよ」だの「あのトラ、すぐにどっか行っちゃったりするしね」だのと言って笑い合っていた


「お……落ち着け。俺は男と舐め合ってなんぞいないし、ムチで叩かれる趣味なんぞない。なにかの聞き間違いに決まっている……」
宗介はふう、とひと息ついて、二人にゆっくりと近づいた
「サガラさんには、ロープとかでしっかり縛っておくといいかもしれませんね」
「そうね。首にしっかり巻きつけときましょ」

「あ……うあ」
決定的な言葉を聞いて、宗介の全身が恐怖で震え、硬直し、その場に棒立ちになってしまった
そんな宗介の存在にようやく気づいた二人が、振り返った
「あら? ソースケ。アンタいつの間に帰ってきてたの?」
「お久しぶりですね」
二人がにっこり笑って、宗介に近づいてくる

じわじわと、迫ってくる。こっちに向かって
宗介には、その二人が、ヤバイ道に引きずり込む使者に見えた
「や……やめろ。来るな……」
涙目になって、必死に首を振る
「……? なにを言ってんのよ?」
マオはかまわず、宗介の手を取ろうとした

「うっ、うあああぁぁっ!!」

宗介は叫ぶなり、その手を振り払って、ヘリに向かって駆け出した

「あれ? 軍曹殿。どうしたんですか、そんな顔して」
中にいたヘリの操縦士が、不思議そうに聞いてくる
「すぐにこの場を離れろ。至急だ!」
「なに言ってるんですか? さっき来たばかりじゃないですか。それに、軍曹殿を送る命令は受けておりませんが……」

じゃきっ

宗介は銃を取り出し、目を血走らせながら、ヘリの操縦士の首筋に押し当てた
「今すぐ、飛ぶんだああぁ!!」
「はっ、はいいいぃぃ!」
必死の形相に気圧され、パイロットは素直に従うしかなかった



そうして恐怖に駆られるままに、さっそうとメリダ島から逃げ出してしまったという

戻ってくるかな?



アルの嫉妬

作:アリマサ
mini.036

相良宗介は、アーバレストを使っての演習のため、メリダ島に帰還していた

「演習終了……」
<ご苦労様です、軍曹殿>
コックピット内でやるべきことも終えて、宗介は一息ついた

「さて、さっそくシロのやつに餌でもやってくるか……」
宗介はそう言って、コックピットから出ようとする。だが……なぜか、ハッチが開かなかった
「……どうした、アル? ハッチを開けてくれ」
すると、ウィーンと機械音を出して、どこからかほうじ茶が出てきた
<まあまあ、軍曹殿。そんなに焦らずに、もう少しゆっくりとしていって下さいよ>
「……どういうつもりだ? それに、一体どこからお茶を……」

すると、アルはなぜか寂しげな口調になってつぶやきだした
<最近、軍曹殿は……やたらとトラのことばかりにかまうのですね……>
「シロのことか? あいつは可愛いやつだ。元気そうで、俺も嬉しくなる」
ほうじ茶をずずっとすすって、本当に嬉しそうにシロについて語りだした

<……なんだか、不公平な気がします>
「なにがだ?」
<軍曹殿は、わたしに対して冷たいじゃないですか。それなのに、そのシロさんにばかりかまって……不公平です>
「…………」
まさか、ロボットがヤキモチか?
宗介は頭が痛くなってきた

「アル。お前にも愛情を持って接してるつもりだぞ。その証拠に、昨日もオイルを入れてやっただろう」
<あのオイル、古いやつの使いまわしじゃないですか。それなのに、あっちは肉○○キロですか!>
「……使いまわしは、リサイクルのためだ」
そう言ってやってから、ふうとため息をついた
「……分かった。今度、お前の機体を俺の手で磨いてやろう。ぴかぴかになるくらいにな」
<本当ですか>

「ああ。だから信じろ。俺は決して、シロと比べてはいない。接する態度も同じようにしてやってるつもりだ」
<そっ、そうですよね。失礼しました。いや、軍曹殿に限って扱いに差別するなんて……そんなことないですよね>
「そうだ。分かったら、ハッチを開けてくれないだろうか」
<ああ、そうですね。では軍曹殿、お時間取らせてすいませんでした>
そのアルの声はいつもと違い、明るくて、やけに素直だった



ハッチが開き、宗介が降り立つと、そこに白いトラがすり寄ってきた
「ぐるるん☆」
とたん、宗介の表情がパアっと明るくなり、がしがしとその後頭部をなでてやった
「おお、シロ。わざわざここまで迎えに来てくれたのか。嬉しいぞ」
さっきの態度とは一転し、心から楽しそうに、シロとじゃれあいだした
「ぐるおおん☆」
「よしよし。おやつにプリンをたくさん買っておいたぞ。お前のために、特に評判のいい店のやつだ。シロも気に入るはずだ」
「ぐるるん☆」
シロが舌を出して宗介の頬を舐め、宗介は「くすぐったいぞ」と言って笑っていた



<…………>
アルは、その様子を眺め、やっぱりなにか違うと思いながらも、ただ黙って指をくわえているだけだった

やっぱ寂しがり屋?



女神様の戦い

66666を獲得したくぷくぷさんのリクエスト
mini.037

テレサ・テスタロッサは2年4組のクラスに、短期留学していた

その滞在中の間に、体育祭なるイベントがあったことを、ようやくテッサは知らされた
「え……あの。体育祭ですか?」
戸惑うテッサを囲んでいたクラスメートたちが、楽しそうにうなずいた
「うん、そう。……それで、テッサちゃんはなんの種目にする?」

興味深そうに聞かれ、テッサは困ってしまった
どうしよう……。ただでさえ、苦手な運動をメインとしたお祭りがあったなんて……
テッサの運動神経の鈍さはハンパではない。たとえ平らなコンクリートの上をちょっと駆け出すだけで、思いっきり転んでしまう「ずるべたーん体質」なのだ
「あ……あの。そういうのって、やっぱり必ず出なければいけないのでしょうか?」
おそるおそる、そう口に出してみた
「あ……」
その言葉で、クラスの人たちも彼女が極度の運動音痴だということを思い出したようだ

「んー……。個人競技は強制参加じゃないけど……団体戦の騎馬戦だけは全員が出場するきまりになってるよ」
「そうですか……。騎馬戦……」
騎馬戦ぐらいなら、なんとかなるかもしれない。そう思って、ほっと胸をなで下ろした



体育祭の日

まあとにかくいろいろあって、最後の競技、騎馬戦にまで時間が流れる
「ふっふっふ。いよいよ最後の種目、騎馬戦だわっ。みんなっ、絶対に勝利を我が手にするのよっ」
千鳥かなめは2年4組のみんなに向かって叫び、士気を高めた
「千鳥。君はこういうイベントになると、やたらと力が入るな……」
「うるさいっ! これに勝てば、一気にポイントが30も入って、ウチが優勝できるのよっ」
クラスごとに順位やらなにやらでポイントが入り、その合計でクラスの順位をつけるという方式だった
そして今、2年4組は一位と二位を争っている位置にあった
こういうのに燃えるかなめとしては、やはり優勝することにこだわりたいのだった

誰と組むかは残念ながら、最初から決められていた
宗介組の上に乗るのは常盤恭子
小野寺組の上に乗っているのは千鳥かなめ
テッサは転びやすい体質なので、残りの女子たちの上に乗ることになった

『それでは騎馬戦、4組対8組――。スタート!!』
アナウンスが開始合図を流し、両者がわーっとグラウンドの中央へとなだれ込んだ
「突進あるのみー! みんな、勝利のために血を流せっ。神でも悪魔でも、邪魔するやつは斬り払えー!!」
千鳥が激を飛ばし、4組は「おおーっ」と凱旋をあげた

だが……8組は強敵だった
8組にはあの椿一成がいたのだ。しかも、彼は下のナイトではなく、上に乗っている方だった
「奥義……奪還掌っ!!」
叫ぶなり、下のナイト三人から跳躍し、回転するやいなや、素早い手の繰り出しに、近くにいた騎馬隊のハチマキが彼の手に収められていく
「都合のいい技だな」
距離的に宗介の騎馬隊は離れてたので、恭子のハチマキは無事だった
宗介のそのつぶやきに、一成はふっと鼻を鳴らす
「オレの大導脈流はあらゆる状況に応じているのだ。それより相良、丁度いい舞台だ。ここで決着をつけるぞ」
「上等だ」
宗介も一成にだけは負けたくないのか、少しずつ闘志を燃やしていく

だが、宗介の立場は下のナイト。ルール上、椿には手出しができない
「……勝負以前の問題だったな。しかたない、決闘はおあずけだ」
一成は、個人の決闘を止め、ここは競技での勝利に切り換えたらしい。一気に恭子のハチマキを狙いに定めた
「くっ、このままでは……」
距離を保とうと、宗介組は後退したが、すぐに場外ラインにまで追い詰められた
「悪いが、いただくぜ」
「ぐっ……」
銃はかなめによって没収されていた。それに立場上、直接の手出しができない。

このままでは、本当にやられる。宗介は焦って、上に乗っている恭子に向かってせき立てた
「常盤っ! なんでもいいから攻撃するんだっ!」
「えっ? えっ? でも……どうすればいいの?」
「なんでもいいっ。身の回りにあるものを有効に使うんだっ。そのおさげを振り回して近づかせなくするのもいい。そのメガネからビームを出して焼き尽くしたり、髪を伸ばして奴の首にからみつき、首を締めるとかなにかないのかっ?」
「……相良くん、さりげにヒドイよ……」
そんなやりとりをしてる間に、恭子のハチマキは、一成の手中に落ちてしまった
「ああっ」
「ごめんね、相良くん……」
というわけで、宗介組はあっさりと陥落


一成はそのハチマキを取ると、すぐ次に向かうべく、振り返った
すると、その前には千鳥かなめが立ちはだかった
「ちっ、千鳥っ!」
いきなり正面だったので、思わず叫んでしまった。それからゆっくりと目を伏せた

千鳥……オレがお前と争わねばならない境遇になったのは心苦しい。
本来ならオレと組んで一緒に、頂きの道を歩みたかった……
だが、これも運命。恨まないでくれ……分かってくれ。今は立場は違えども、オレの心は千鳥に……

「一成くん、一成くん」
下のナイト役から呼びかけられ、一成は「なんだ」と目を見開いた
「なんかボーっとしてる隙に、ハチマキ取られてるんだけど」
「ああっ」
いろいろ妄想してる内に、かなめはさっさとハチマキを取って、すでによその戦場に赴いていた
「千鳥……つれないぜ」
というわけで一成組、陥落


かなめが強敵の椿組からハチマキを取れたことは大きかった
だが、残念ながら、もう残り時間がほとんどなかった
「ああっ、このままでは……」
開始直後に、一成がかなりの活躍をみせていたので、4組はもうほとんど生存者はいなかったのだ

そして
『ピ――――。時間終了です』
「ああ、終わっちゃった……」
がっくりと肩を落とす。そうしてる間にも集計がなされ、アナウンスで結果発表が流れた

『では、結果は――4組の勝利でーす』
「は?」
意外な結果に、思わず呆気にとられる
こっちは一成にたくさん取られたのに、ウチの勝利?
いつの間に、そんなに4組が有利になっていたのだろう?

かなめが自分のクラスの生存者を見回すと、テッサ組が大量にハチマキを抱えていた
「すごい……テッサ、あんたいつの間にそんなに……?」
するとテッサは困った顔をして、
「それが……次々と相手が自らハチマキを渡してきて、「代わりに付き合ってください」と一方的に……」
「あんじゃそりゃあっ!」
叫んでから、どことなく脱力したようにうなだれた
「あの……ごめんなさい。やっぱり付き合う意志がなかったら、ハチマキは返すべきですよね」
「いや、そうじゃなくて……まあ、勝ったんだからいいか」
こうしてテッサの活躍(?)によって、4組が勝利を収めたのだった


ちなみに宗介は、別のところで一成と改めて決闘してとんでもないことになるのだが、それはまた別の話

勝因はなんなのやら