若菜の新任務管理人:アリマサ mini.025
「わたしが…それをやるんですか?」
その婦警・若菜陽子は署長の命令に、不満げな声で聞き返した
「そうだ。…なにか異論があるのかね?」
「お言葉ですが、署長。わたしはこの間、『ぽに男』という変質者を逮捕しました。その手柄に対し、そういう命令にはいささか納得がいきません」
「…たしかにあの痴漢を逮捕したのはいい。だがな…そのために無断で、しかも一般人をおとり捜査に使うなんて、言語道断だ! 普通、懲罰モンだぞ!」
「…………」
「これは、その罰だと思え。…まあ、たまには子供とふれあうのも悪くはないだろう。しっかりやれよ」
「……はい」
「ちっ、あの署長め…」
若菜は一人、ぶつぶつと文句をたれていた
その前には簡単なセットで作られたショーの舞台があった
そして若菜は、ぬいぐるみを着ている
そのぬいぐるみは、警視庁のマスコットキャラクター『ピーポくん』だ
頭にアンテナのような突起物、ゾウのように耳が大きく、大きな瞳
ぱっと見、そのデザインは、宇宙人にも見える
とにかく、この警視庁のマスコットキャラを着て、子供たちを楽しませる役をやらされることになってしまったのだ
「これならデスクワークのほうがまだなんぼかマシよ…」
ため息をつきつつも、そのかぶりものをかぶって、舞台裏のカーテンに移動した
デパートの屋上に設置されたそのショーの前に、いくらか子供たちが、親と一緒に集まってくる
そして時間になると、マイクを持ったお姉さんが舞台にあらわれ、明るい声で言い始めた
「はーい、みんなー。お待たせしましたー。それではこれからピーポくんのショーがはじまるよー」
子供たちは飛び跳ねたりして、動き回る。親たちは適当に拍手して迎える
「では、警察のアイドル、ピーポくんです。どおぞっ」
お姉さんが手招きすると、若菜が入ったピーポくんがショーに入ってきた
「どうもー、ピーポくんでーす」
子供たちに手を振り、一応自己紹介する
マイクのお姉さんがピーポくんにマイクを向け、質問をぶつけた
「ピーポくんは、どういった目標を持っているんですかー?」
「はい、えっとですね。みんなに愛されながら、みんなの安全を守っていきたいと思ってますー」
「わあ、立派ですねー」
すると、親や子供たちからまばらな拍手が送られる
「では、ここでゲストを呼んでいますー。ピーポくんのお友達です」
(え? なにそれ?)
若菜はまだ簡単な説明しか受けてなかったので、ゲストというイベントは知らなかった
「では、どうぞっ」
マイクのお姉さんがまた手招きすると、舞台の奥からずんぐりとしたぬいぐるみがあらわれた
犬のような、ねずみのような頭。蝶ネクタイに愛らしい瞳。ボン太くんだった
「ふもっふ〜」
次の瞬間、ピーポくんのハイキックがボン太くんの後頭部に炸裂した
ずびしぃっ!
登場してすぐに蹴りをくわされたボン太くんは、豪快に前のめりに倒れた
「えっ? あの…」
マイクのお姉さんもなにが起きたのか分からず、言葉につまる
子供たちやその親も、ポカンと眺めていた
ピーポくんは、そのボン太くんに詰め寄ると、蝶ネクタイを荒々しく掴み上げ、うれしそうにニヤリと笑った
「ふっ、まさかまたあなたと会えるなんてね。あなたのような強い方が相手なんて…楽しみだわっ」
「ふもふも? ふもーっ(な…なに言ってるんだ? あんたとは初めてだし、そもそも友達という設定だろっ)」
バイトのおじさんは驚きと戸惑いに駆られながらも、必死に釈明するが、ボン太くん語しか出ないので相手には伝わらなかった
「あの時は邪魔が入ったけど、今日こそはどっちが強いか…勝負よっ」
ピーポくんはチョップをボン太くんの首筋に叩きつける
「ふもっ(ぐぼわっ)」
衝撃で、ボン太くんの片膝ががくっと折れた。そこに、ピーポくんのかかと落とし
「ふもぅっ(がぶぉっ)」
「…ねえ、お母さん。なんでボン太くんがやられてるの? お友達じゃないの?」
子供たちもさすがにおろおろして、親たちに聞いてみるが、親もなんでこうなっているのか、まったく分からない
「…なんでなのかしら?」
それはマイクのお姉さんも同じで、とりあえず暴走したピーポくんを羽交い絞めした
「ちょっと、落ち着いてっ、ピーポくんっ。一体どうしたんですっ?」
そう言われ、若菜は動きを止めた。そして、もしや自分に間違いがあったのでは、と気まずくなった
(やばい…もしかして戦うショーじゃないのかしら…。としたら、まずい。また署長に怒られる…)
すると若菜はなんとかごまかすため、必死に弁明した
「あ…えっとね。…実は、そのボン太くんはニセモノよっ。わたしには分かるわっ。あなたの本当の正体は『ぽに男』の手先ねっ」
「ふもっ(ええっ、なにそれっ)」
「え…そうなの?」
子供たちは、じっと疑いの眼差しで見つめる
その背後で、親たちはざわざわと狼狽していた
「ちょっと…『ぽに男』って…この間逮捕されたあの変態?」
「そうそう、あの女性の敵のことよっ」
そのおばさんたちの会話を聞いて、子供たちが聞いてきた
「お母さん、ぽに男って悪いやつなのー?」
「そうよ、ぽに男はとっても悪いやつよ」
その言葉で、子供たちの態度は完全に変わった
「わー、ピーポくんっ、やっつけろぉーっ!」
「やっちまえーっ、やれやれー!!」
子供たちは一斉にそう言って、ピーポくんの応援を始めた
人に応援などされたことのない若菜は、その子供たちの声援に快感になった
「や…殺っちまえですって…。殺れ殺れですって? …ふっふっふ…まっかせなさーいっ!!」
子供の熱い声援に、すっかり若菜は殺る気になった
「さあ、この悪党めっ。このピーポくんが成敗してやるっ」
「ふぅ〜も、ふもっふ!(え…ええかげんにせえよっ、なんで俺が悪者になるんだっ。俺は悪党じゃないっ)」
「まあ、『ふっ、よくぞ見破ったな』ですって。ようやく正体をあらわしたわねっ」
「ふもっふぅ〜(なんでそうなるんじゃーっ)」
「わあ、ニセボン太くんが認めたぞー。いけー、ピーポくーん」
子供の応援の中、ピーポくんは腰についた警棒でボン太くんの胴体を叩き、続いて飛び膝蹴りを顎に叩き込み、さらにドロップキックをかまして…
バイトのおじさんは、なすすべもなくその攻撃のすべてに翻弄されていった
「わあー、強いぞピーポくんー」
「ほら、早く幼稚園に行く準備しなさい」
「えー、これ見てからー」
とある家庭で幼稚園児がTVから離れない様子を見て、母親はため息を漏らした
「まったく…早くしなさいよ」
「はーい」
元気に返事して、幼稚園児はまたTV画面に視線を戻した
そこには、ピーポくんが悪党をこらしめるシーンが流れていた
「いけー、ピーポくん」
新番組として始まった『それいけ、ピーポくん』は今日も子供に大人気だった
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