闇に葬られた過去

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闇に葬られた過去 3


ロビーを出て、長い廊下の奥に、その部屋があった

テッサがドアを開けた先のその部屋は、灰色のじゅうたんに敷き詰められており、質素だが大きめのデスクが奥にあった

そこはまるで警察の署長室といった感じで、デスクの背後の壁には、会議室にあるようなホワイトスクリーンが垂れ下げられていた

そしてデスクに座っていた男は、部屋の照明に照らされて、灰色のヒゲが白く光っていた

「あ……」

そして宗介は、その男を見て、驚きの声を漏らした

「あなたは……」

テッサが、その男の横に立って、紹介した

「この方が、ミスリル最高責任者、カリーニンさんです」

そのカリーニンという男は、灰色の長髪を後ろでたばね、口ひげとあごひげを短くたくわえている。その整った顔の彫りは深く、肩幅は広い。それは見たところ、ロシア人のようだった

そしてカリーニンには、右腕が無かった

「アンドレイ・セルゲイヴィッチ・カリーニンだ。カリーニンと呼んでくれればいい」

千鳥はすぐにぺこりと頭を下げたが、宗介はいまだカリーニンを見たまま動かなかった

「もしや。あなたは」

すると、カリーニンは宗介を見据えて、優しい笑みを浮かべた

「男の顔になったな」

「――!」

間違いない、という顔で、宗介は見返した

そして手を顔につけ、敬礼の姿勢をとった

「あの。知り合いなんですか?」

小声で聞いた千鳥の言葉に、宗介は嬉しそうに答えた

「探していた、俺の恩人だ」

探していた恩人。

それは、宗介が警察に入った理由である人探しで、一人は事件犯。

そしてもう一人が、恩人と言っていた

その宗介が探していた恩人は、ミスリルにいたのだ



「さて。いろいろと聞きたいこともあるだろうが、まずはテッサからミスリルについての説明を頼む」

カリーニンがそう促すと、テッサは二人の前に来た

「ここに連れてくるまでにも、ある程度の説明は済ませておきましたが、改めて説明に入らせてもらいます」

するとバックのスクリーンに、ミスリルの組織図が映った

「ミスリルは、裏の非公式世界警察組織。これは国際刑事警察機構ICPOの裏組織と思ってくれてかまいません。そして非公式ゆえに、表社会からはその存在をまったく認知されていません」

たしかに、ミスリルという名称はテッサに聞いたのが初めてだった

「ミスリルの活動範囲は、もちろん世界各国です。その対象は、世界犯罪を重点に置いています。それがたとえ裁く法律がなくとも、ミスリル独自の裁きを下します」

「いちいち各国の法律がどうだとかを気にする必要はないというわけだな」

「そして世界技術を集結させ、その技術に見合った時代に公開させるという活動も行なっています。その技術は、ミスリルでのみ、使用を許可しています」

透明化する技術を用いて、犯罪者を尾行し、そのアジトをつきとめる、といったふうに活用しているらしい

「ミスリルの人員にはそれぞれ役割を与えていますが、それは最低限のものです。つまり、各々の判断で、別の役職活動が必要となればそれをしても構いません。そしてここには、警察でいう階級は存在しません。あるのは先輩後輩の差くらいのものです」

「つまり、命令されることはない、ということだな」

「指示はありますけどね。これはミスリルの一員として、命令に束縛されないための処置です。ただ、多人数で行動する場合、指揮官という臨時任命が下ることもありますが」

しかし、大まかに言えば、ほとんど個人行動が許されるということだ

「あなたたち二人は、調査員という役職になります。これは、世界犯罪と見られる事件に、直接現場に赴いて対処してもらうという任務があります」

「今までやってきた刑事とあまり変わらないな」

「ですが、活動範囲は世界ですからね。今までよりも大変になるでしょう」

たしかにこれまでは、日本の事件だけを担当してきたが、これからは世界を駆けていくことになる

その規模の違いだけで、大きくこれまでと異なってくるのは当然だろう

「願ったりだ」

「頼もしいですね。では、これを渡しておきましょう」

テッサから、小型のイヤホンのような形をした機械を渡された

「それを耳の奥に詰めてください。この機械は、ほとんどの世界言語を、自分の好みの言語に変換してくれます。ダイヤルを日本に合わせておいてありますが、ダイヤルを回せば英語やドイツ語に変換することもできますよ」

「これもミスリルの技術というやつか」

「これで外国語のほとんどを聞き取ることが可能です」

「しかし、聞き取ることができるのはいいが、知らない言語を話す時はどうすればいい?」

「それは勉強していただくしかありませんね。大丈夫です。ミスリルには各国の言語の参考書を揃えておりますし、万能電子辞書も貸し出ししてますから」

「…………」

まあ、なんでも頼るわけにもいくまい

自分で学んで補うことぐらいはせんとな

するとテッサは、イヤホンに続いて、また別のアイテムを手渡してきた

「次に、これを渡しておきます」

テッサから渡されたのは、タバコ三箱分の厚さ、名刺大のカードファイルだった

それをめくってみると、いきなり外国語で書かれた、自分の顔写真の入ったカードが目に入った

それはフランス語であり、多少フランス語を学んでいた宗介は、それがフランス警察の、相良宗介の身分証カードだと分かった

さらに次をめくってみると、こんどはドイツ語で書かれた、ドイツ警察の身分証カードだった

ぱらぱらとめくると、それはほとんどの国の警察の自分の身分証カードであり、なんとFBIまでも入っていた

「まさか……偽造身分証か」

「いいえ、違います。それらは本物です」

だが、宗介たちは、フランスやドイツの警察に入った覚えはないし、行ったことすらもない

「わたしたちミスリルは、非公式組織であるために、事件の捜査にミスリルとして出向くわけにはいきません。そこで、あなたたちには、それぞれの事件に応じて、各国の警察の一員として動いてもらいます」

「潜入捜査……?」

「いいえ。それは本物だと言ったでしょう。正式な各国警察の一人として、事件捜査をするのです」

たとえば、その事件がフランスで起きたなら、その現場に近いフランスの警察の一人として、捜査をすることができるという

そしてその犯人がフランスを脱出し、ドイツに逃げ込めば、今度はドイツ警察として、引き続き同犯人を追い続けることができるのだ

「そんなことが可能なのか……」

あまりにも非現実に思えて、その身分証カードをまじまじと眺める

「だが、いきなりそこに身置きすれば、その警察の人たちに怪しまれるだろう?」

「怪しまれたら、その身分証を調べてもらってください。正式な物なんですから、それで認めざるをえませんでしょう」

「……なるほど」

「そして、各国の警察のトップクラスの人たちには、すべて話を通してあります。ですから、その点は大丈夫です。もっとも、それ以外の警察の人はいろいろと怪しむでしょうが、それはあなたたちで言いくるめてください」

「わかった」

「各警察に所属した際のあなたたちの階級は、警部になっています。現場指揮クラスですから、多くの人材が必要になれば、その警察の人を動かしてくれればいいです」

「ああ。だんだん感じが分かりかけてきたぞ。ミスリルというものがな」

宗介は、手に入れたその環境に、嬉しさを表さずにはいられなかった

「基本的に、各国警察で警部として動くことになりますが、個人ではなくミスリルとして、警視総監クラスに指示することも可能です」

「どういう意味だ?」

「つまり、フランスの警察の警視総監に指示を与える必要が生じた場合、あなたの口から警視総監に言うのではなく、ミスリルに言ってください。そうすれば、ミスリルの権限として警視総監を動かすことができます」

「そうか。思えば、泉川署や、日本の警視庁でもそうだったな」

ガウルンや、クルツの捜査を途中で強制中止されたことがあった

その理由と命令元を聞くと、上司は濁った様な声で、警視総監クラスの命令と言っていた

あれは、ミスリルが下した命令でもあったのだ

「そうです。ガウルンはずっとミスリルが追っていました。他の警察は、下手に手出しをすると犠牲者が出るため、追うことを禁じさせていました」

「ミスリルの追っている敵のことを知りたい」

「そうですね。では、次はミスリルがターゲットとしている犯罪者について教えることにします」

バックのスクリーンに、あの忌々しいガウルンの顔と、身体的特徴のデータ数値が映し出された

「彼の名はガウルンといい、高い戦闘能力を持っています。ミスリルのブラックリストナンバー2に挙げられ、彼を倒すことはミスリルの目標のひとつでもあります。そしてガウルンには、特殊な体質があるようで、副作用性の高い薬を使用しても、副作用が彼には発現しません。高い免疫力を持っているようです」

「なぜそんな体質に?」

「それは分かりません。分かっているのは、その副作用に対抗できる免疫力と精神力を持っているということです」

「どうしても知りたいことがある。俺はガウルンと対峙したことがあるが、奴がなにかの薬を自分に打つと、筋肉の化け物に変化した。あれはなんなんだ?」

「あの薬はドーピングです」

「ドーピングというと、スポーツ選手が違反と知りつつ使用しているアレか?」

「そうです。問題になっているスポーツ選手によるドーピングは、筋肉を増力させ、一時的に運動能力を高めるものです。ですが、それによる副作用に苦しむスポーツ選手も多いものです」

ドーピング薬は、様々なものがある

その中で、禁止薬物に指定されているものがあり、それらは効果が高い代わりに副作用も危険なのだ

たとえば禁止薬物としては、興奮剤、麻薬性鎮痛剤、蛋白同化剤、利尿剤などがある

そしてこれらがもたらす副作用には、精神神経系の異常興奮や自律神経系の失調をきたしたり、幻覚・妄想に苦しまれることもある。

特に有名なケースでは、男性選手が男性ホルモン系蛋白同化ステロイドを使用したために、性的能力の低下や外性器の変化を起こし、女性化乳房を起こしてしまったために、女性のように胸が出てしまったというものがある

「一般の選手が使用するドーピング剤は、耐えられる許容量までしか使用できませんが、彼はそれを大きく上回る密度の投与量を打っているのです」

「それで、あんな筋肉の化け物になったわけか」

「ガウルンには副作用が効かないため、致死量レベルにも耐えられるというわけです。……まさにあれは恐ろしい『黒い悪魔』です」

「黒い悪魔?」

「ミスリルが使っている、ガウルンの別称です。彼は過去に傭兵経験があり、その時の戦地地帯のガウルンの暴れっぷりは、悪魔の所業とも言えるほどだったそうです。現在の犯罪も、それに近いようなものですが」

「……ああ。たしかに奴は、悪魔だ」

憎しみを込めて、宗介が言い放った

「……ですが。ミスリルは黒い悪魔だけを追うわけにはいきません」

「なんだと?」

「相良さん。世界では、ガウルンよりもさらに恐ろしい犯罪者が息を潜めているのです」

「ガウルン以上の犯罪者だと」

「はい。ミスリルのブラックリストナンバー1。名はレナード・テスタロッサ。別称、『白い悪魔』です」

「レナード・テスタロッサ……?」

それは初めて聞く名前だった

「彼が率いる組織は、アマルガムです」

「アマルガムだとっ」

それは、さっきまで関与していた組織名ではないか

「アマルガムは、さっき俺が潰したぞ」

「いいえ。あれはアマルガムの、末端にすぎません。そしてその活動も、ほんの一部に過ぎないのです」

「催眠で、望む人材を確保する団体じゃないのか? 護衛をつくり、身の安全を守らせる……」

「それは活動のほんの一部です。アマルガムの本当の活動内容は、催眠による暗殺集団を作ることです」

「暗殺集団?」

「……相良さん。あなたはクライブ・テスタロッサを知っていますね」

「クライブ!」

クライブといえば、宗介がずっと追っていたという犯罪者の名前だ

「最低最悪の催眠野郎だ」

「そうです。クライブ・テスタロッサは、当時において、史上最強の催眠術師でした。今でこそ亡くなりましたが、彼の催眠術力は右に出るものはいなかったでしょう。そしてクライブ・テスタロッサがその時に立ち上げた組織がアマルガムだったのです」

「アマルガムが……」

「そのアマルガムの活動は、暗殺依頼を受け、催眠によって暗殺することでした。第三者を強力な催眠によって、暗殺者に仕立て上げ、依頼されたターゲットを殺させる。そうして、クライブ自身は手を汚すことなく、暗殺を実行させるのです。その暗殺成功率の高さに、信用度も高かったといわれています。裏の世界では有名だったみたいですね」

「……だが、クライブは死んだはずだ」

すると、ずっとデスクで静かに座っていたカリーニンも、軽くうなずいた

「そうだ。わたしが確かにクライブを殺した」

宗介の恩人であるカリーニンが、クライブを四十二歳で引導を渡したのだ

「ええ。ですが、クライブには子供がいたのです。彼の史上最強といわれた催眠術力を、さらに上回る実力を持った子供です」

「まさか……」

「それが、レナード・テスタロッサです。レナードは、父を越えた催眠術力を持ち、父亡き後もアマルガムを引き継いだのです」

「レナード・テスタロッサ……」

バックのスクリーンには、そのレナードの顔が映し出されていた

なめらかな銀髪に、銀色の瞳の青年

「……?」

どこかで会ったような気がするのだが……気のせいだろうか

「どうしました?」

「いや。続けてくれ」

「はい。アマルガムの暗殺活動は、主にレナード自身がしていますが、一人ではさすがに限りがあります。そこで、相良さんが日本で潰したアマルガムのような団体をつくったのです」

「どういうことだ?」

「つまり、暗殺効率を高めるために、程度の低い依頼には、その団体にやらせているのです」

「レナードの代わりに、暗殺させるということか」

「そうです。ですが、実は催眠術を使えるのは、レナードだけです」

「なんだと」

「アマルガムの人たちは、実際は催眠術は使えません。そこでレナードは、催眠によって、催眠術師を作り上げたのです」

「……!」

「催眠術を使えないアマルガムの幹部に、レナードの強力な催眠をかけて、催眠術師に仕立てる。そしてその催眠術師に、さらに他の人に催眠をかけさせて、暗殺させているのです」

「催眠で、催眠術師をつくるだと。そんなことが可能なのか」

「それだけの実力があるのです。あのレナード・テスタロッサには」

それでようやく、宗介には理解できた

日本で、アマルガムの催眠術師である幹部を殺す寸前、その男にも、操られる特有の目が見えたのだ

なぜ、幹部の男がそんな目をしていたのかが気になっていたが、そういうわけだったのだ

「相良さんがあの男を殺したことは、気にする必要はありません。催眠術師として派遣されたあの男は、元々アマルガムの幹部の一人であり、裁くべき人間だったからです」

「……そうだな」

「そしてもう一つ、アマルガムの活動には目的があるのです」

暗殺集団だけではないというのか

「相良さんが潰したあの団体は、世界各国でそれぞれ少なくとも三つ以上配置されているのです」

「そんなに広範囲なのか」

「理由は、早めにアマルガムに敵意を持つものをあぶり出すためです」

バックスクリーンには、世界地図が映し出され、点々が多く表示されていく

「幹部を催眠術師に仕立て上げ、影武者代わりに置いておく。そしてそこに配置されたアマルガムが潰されれば、そこにアマルガムに歯向かおうとする者がいるということになります。そして潰されると、すぐにアマルガム本部に報告が届き、その原因に調査隊が向かっていく。そしてその調査で、何者がアマルガムを潰したのかを知ることができるわけです」

「分かった。ようするに、アマルガム全体を見通した、大掛かりな警報装置といったところだな」

「その通りです。そして相良さんが潰した日本のアマルガムに、今頃は本部から調査隊が向かっているところでしょう。そして割り出した人物と背景から、どう対処するかを決めるようです。そのほとんどは、早めに処分するみたいですが」

「つまり、日本のアマルガムを潰した俺を、アマルガムは目をつけ、殺しに来るというわけか」

「ええ。実は、急にあなた方をミスリルに呼んだのは、そのためでもあるんです。一般人なら保護という形で対処しますが、あなた方二人はミスリルにとっても良い人材となると思い、こうして勧誘したのです」

それでこんな急に連れてこられたわけか

「ミスリルは、このレナード・テスタロッサを倒すことを一番の目的としています。そして白い悪魔と戦うことを想定し、ミスリル員には催眠対策の訓練を受けてもらっています」

その言葉に、宗介が大きく反応した

「……あるのか? 催眠に対抗する手段が」

「ええ。催眠術で操られるということは、すなわち自分を見失うということです。つまり、催眠に耐えるには、強い自我を持つこと。強靭な精神力と、抵抗するという意思を持つことが、唯一の対抗手段といってもいいでしょう」

「――!」

その助言に、宗介はなぜか大きく動揺していた

「その、抵抗する意思を強く持てば、レナード・テスタロッサの催眠に耐えることができるということか」

「……いいえ。これはあくまでも一般の催眠術に対してです。あのレナード・テスタロッサの実力は底が知れません。彼の催眠術は、そこらの催眠術師とはまったく比べ物にならないのです。ですから、たとえ強い意志を持っていても、レナードの催眠術に耐えれるという保障はできません。あくまでも、アマルガム全体に対抗するための訓練なのです」

「…………」

宗介が押し黙っていると、千鳥が挙手してきた

「なんですか? 千鳥さん」

「あのう。さっきから催眠術とか言ってますけど、本当にそれで暗殺者をつくることができるものなんですか? なんだかいきなりで、ちょっと信じられなくて……」

その千鳥の疑問は、もっともだった

「そういえば、千鳥さんはまだアマルガムと接触したことはありませんでしたね」

そしてテッサは、バックのスクリーンを映し出しているパソコンをカチカチといじりだした

「順序が逆になってしまいましたが、そこから教えることにしましょう。まず、催眠による暗殺は、テスタロッサに関係なく、昔から使われていた手段なのです」

「えっ?」

「歴史に残るような暗殺事件は数多いです。ですが、その暗殺による動機が解明されているのは、ほんのわずかなのです。なぜなら、そのほとんどが、催眠による犯行なのですから」

「催眠で操って暗殺を起こしたから、動機が出にくいということですか?」

「そうです。この事実は少しずつ表に出てきてるようですが、それらを裏付ける告発があります」

バックのスクリーンに、昔のマイクロフィルムのような映像が流れた

「実は、J.F.ケネディ暗殺事件もその一つです」

「えっ?」

「表社会では、ケネディ大統領を暗殺したのはリー・オズワルド一人の犯行と言われています。しかし、この20世紀最大の謎と言われているこの事件の背景には、決定的と決め付けれる証拠はないのです。しかも、彼の関係者が、ことごとく不審な自殺を遂げてしまいました」

「どういうことなんですか?」

「これも最近になって情報が漏れてきていますが、別の事件の、未遂に終わったフィリピン元首であったマルコス大統領暗殺計画。この犯人が関与しています」

どこかで見たことのあるようなシーンが、スクリーンに流れた

「1967年、一人の男が逮捕されました。彼の名はルイス・カスティジョ。カスティジョは、なぜか事件に関する記憶を一切失っていました。そのため、自白させることができなかったのですが、あるキーワードを与えたとたんに、暗殺行為を始めたのです。さらに、彼の名前を尋ねると、その男は何度も自分に向けて銃の引き金を引く動作をしたそうです」

「それが、催眠によるものだというんですか?」

「そうです。催眠マインドコントロールによって、暗殺事件が起きていたのです。これにミスリルは関与しておりませんが、裏社会では、あの事件は催眠による暗殺は定説なのです」

ぞくりとした。歴史に名高い暗殺事件の背景に、そんなものが関与していたとは

「催眠による暗殺の説明はこれくらいでいいでしょう。あとはなにか質問はありますか?」

それに、ずっと黙り込んでいた宗介が挙手した

「どうぞ」

「……これから俺は、世界犯罪の事件に赴いていくということだが。その事件のどれを担当するかを選ぶことはできるか?」

「ええ。相良さんの要望にできるだけ応えたいと思っています」

「なら、俺はガウルンとレナード絡みの事件を最優先してほしい」

「分かりました。では、その二人による事件の関連性が認められた時点で、そこにあなたを派遣させるようにしておきます」

「ああ。頼む」

「他には?」

今度は、千鳥が手を挙げた

「わたしたち、もうこれまでの生活が送れないと言われましたが、これからはどこで生活することになるんですか?」

「それについてですが、あなたたちはミスリルのセーフハウスに住んでもらうことになります」

「セーフハウス?」

するとテッサは、大量のパンフレットを用意してきた

「各国にそれぞれ住居を用意しています。与えられた部屋であれば、どこを利用してくれても構いません。例えばアメリカのセーフハウスに住み着き、ある日犯罪者に嗅ぎつけられたなら、別のセーフハウスに逃げ込む、といったことを想定しておいてください。それぞれの住居には、決まった部屋が与えられているので、常に自分の部屋は確保できていると考えてください」

「それはありがたいな。それも選べるんだろう?」

「ええ。どこにしますか?」

「ミスリルに一番近い所だ」

その宗介の言葉を予想していただろう、テッサはくすりと笑った

「言うと思いました。ですが、まだ二人でよく話し合ってからにしたほうがいいでしょう」

そのテッサの発言に、千鳥は慌てた

「ちょ、ちょっと待ってください。二人でって?」

「ミスリルに所属する以上、裏社会の組織に狙われる危険性は高まります。そのため、セーフハウスには必ず二人一組で使うようにしてもらっています。時期もちょうど同じですし、あなた方で組んでもらいます」

「それって。あたしとソースケが、一緒に住むってことですよね」

「そうなりますね。一人でいるよりは、ずっと安全性は高いと思いますよ」

たしかに、このミスリルという組織の規模と、その活動から考えれば、オフでも油断はできない生活になりそうだが。

「今までに使用していた家財などは、その住居先にこちらですべて運びます。できるだけ環境を揃えてるので大丈夫だと思いますけど」

「はあ。……そうですね」

いきなり同居という展開に、千鳥は気後れしていたが、宗介はまったく気にしていない様子だった

「それの相談も含め、ミスリル内の案内は三十分後ということにしましょう。長い説明でしたが、以上です」

カリーニンがご苦労と告げ、テッサは後ろに下がった



多くの説明が終わったところで、カリーニンがぎぃっとイスをきしませた

「いきなりここに連れてこられて、疲れているだろう。三十分後の案内まで、休憩にしてくるがいい」

「…………」

たしかに、いろいろと多くの新事実を知らされて、疲れてしまった

「では、失礼します」

宗介は、一度カリーニンに敬礼をして、出て行った

その後に続いて、千鳥も出て、その廊下でうーんと背伸びをしてみせた

「どっと新しい環境が押し寄せて、疲れちゃいました。なんだか凄いことになってしまいましたね」

「…………」

宗介は、なぜか表情を曇らせたまま、なにも言わなかった

「どうしたんです?」

「……少し外の空気を吸ってくる」

宗介は、一人反対側に向かっていく

「え? クルツさんに会いに行かないんですか?」

「しばらく、一人にしておいてくれ」

宗介は、振り向きもせずに、向こうへと消えていった

「……?」

まあ、また三十分後に案内してもらうことになるのだ

千鳥はクルツに会いに行くことにした




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