闇に葬られた過去

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闇に葬られた過去 2


ヘリに揺られ、いきなり日本を出て、海上の上を飛んでいた

ヘリの中には、ミスリル関係者と思われる一員が二人。そして勧誘してきたテッサと宗介。

その宗介が乗り込む前に、すでに千鳥かなめもヘリの中で待機していた

かなめは、その海を窓から見下ろしていた

「千鳥もミスリルに行く決心をしたのか」

そう話し掛けると、千鳥は視線を宗介に戻した

「あ、はい」

「なぜ千鳥はミスリルに行く気になった?」

「犯罪を無くしたいからです。それにミスリルという存在も気になりますし」

「変わらないな」

「……それに。警視庁にいても、もう警察を変えることはできなくなったから」

「…………」

千鳥は降格の処罰を受けたために、警察のトップへの道は断たれてしまった

その時点で、警察そのものを変えるという野望が潰えたのだ

「ミスリルなら、まだできることがあると思いまして。それが一番の理由かもしれません」

「……ミスリルで、野望の続きといったところか」

たしかに、納得のいく動機だなと、思わず宗介は苦笑してしまった

そして一息置いて、宗介はテッサに聞いた

「どこまで行くんだ?」

「ミスリルの本部はアメリカです。そこに着いてから、ミスリルについてのより詳細の説明と、ある方に会っていただきます」

「ある方?」

「ミスリルの最高責任者です。とにかく、着いてからです」

「アメリカか……」

もう日本に戻ることはないのかもしれない

だが、それでいい。もう未練はないし、むしろ新天地でこれから先がどうなるか楽しみだ

その海の先を、その目でじっと見据えていた



ミスリル本部前

「こんな都会の真ん中にあるのか? 非公式の組織なんだろう?」

そのミスリルというところは、アメリカのニューヨークのビル郡のひとつだったのだ

ニューヨークは、世界屈指の大都市といわれ、国連本部もここに設置されている

「木を隠すなら森の中、というやつですよ。それにこのビルは表向きの企業です」

「表向き?」

「ええ。ミスリルの表の顔は、警備会社ということになっています」

「なるほど、カモフラージュか。そして本部は地下というわけか?」

「そうです。では、ついてきてください」

そのミスリル本部というのは、想像以上に厳重で、別次元の存在のようだった

まず、地下への行き方が常識を超えている

エレベーターというありがちな移動手段はなく、そこはただの個室だった

そのビルの警備員が使うような個室で、階段はついていない

ところが、その個室のひと隅で、テッサが身分証明書のようなものを壁のくぼみに通すと、その周辺が微弱な地震でも起きたみたいに揺れだし、気がつくとそこはもう別の部屋に居た

いったいどうやって移動したのか、全くわからなかった

あんなほんの一瞬で、別の個室に移動したというのか

「どういうことだ?」

「これが、ミスリルにとって当たり前の技術力なんです」

「技術力?」

「さっきのは空間移動です。といっても、固定型で移動先はこの部屋と地上の部屋の二つしか行き来できませんけどね」

「空間移動? ありえない。この時代にそんな科学力が存在するなど」

「ですが、あなた自身の目でご覧になったでしょう?」

「…………」

「地上からミスリル本部に行くには、今の方法しかありません。地上とここをつなぐ通路も階段もありませんから、まず間違っても迷ってたどり着くことはないんです」

「たしかにセキュリティとしては最高だな」

そして二人は、この他にもミスリルの別次元とも思える科学力をさらに見せ付けられた

「窓から見える向こうの部屋は研究室です。さきほどのような技術がすべてここに結集されます」

この廊下から、ガラス窓越しに、その研究所とやらを見せてもらった

白衣の研究員達が、チェックボード片手に、いろいろな機械の前で調整しているようだ

そのひとつに、天井からはなにもぶら下げてないというのに、ふわふわと重そうな機械が浮遊していた

「あれは反重力装置」

さらに別の大型の機械を研究員が操作すると、さっきまであった機械そのものが、自分の目の前で透明化してしまった

たしかにあったはずの物質が、その存在そのものがぼやけるように薄くなって透き通り、向こうの背景が見えていくのだ

こんな透過率を生み出す技術が、ミスリルでは当たり前のレベルらしい

「さっき透明化したのはECSという装置です。このような世界の新技術は、まずここに集められるんです。それからミスリルの判断で、その技術に見合った時代が来るまで保管するんです」

「新発明は、すぐには発表できないということか」

「そうです。時代に合った文明を保つことが、ミスリルの使命のひとつでもあるんです。この技術は、ミスリル以外で使用することは認められていません」

「こんな技術が……すでに存在していたというのか」

「未発表の技術がひとつでも漏れれば、表社会の経済バランスは致命的に崩落してしまいますからね。その収集には力を注いでいます。あなたの押収した物もありますよ」

「なに?」

そのテッサが示した物は、宗介も見たことのあるものだった

「ボン太くんスーツ……」

「ええ。これは犯罪組織側が開発したらしいんですが、これを押さえる事ができたのは幸運でした。この件は、あなたに感謝しています」

「たしかにこれも防弾機能が常識を超えていたからな」

他の技術と見比べると、そのボン太くんスーツの異常な防弾機能に、ようやく納得がいった

「では、ここを出ましょうか。最高責任者が待つ部屋は、ずっと向こうですから」

テッサと宗介と千鳥の三人は、その研究室を出て、廊下を通り、ロビーに入る

そこは空港の中のような広さで、ミスリル関係者が行き通っている

ミスリル関係者は、白人、黒人と人種様々で、科学者や兵士といったような服装だった

「いろいろいるんだな」

「ええ。世界各国からトップレベルの人材を引き抜いてますから。彼らの能力を生かした役職に就いてもらっています」

「日本人はいるのか?」

「いますよ。椿一成さんといって、彼には戦闘員に就いてもらっています」

「ほう。やはり俺たち以外にもいるもんだな」

すると、廊下からロビーに入ってきた白衣を着た女性が、チェックボード片手にテッサに話し掛けてきた

「ちょっとよろしいですか」

「どうしました?」

「レイスさんが、ロンドンでの仕事に、装備の追加要請をしてきてるのですが」

と、持っていたチェックボードに留めていた紙を読ませてくる

テッサはそれを数秒で読みまわして、ペンを取り、その紙にサインしていった

「いいでしょう。この装備は許可します」

「分かりました。助かります」

「レイスさんは、いつ発つ予定なの?」

「一時間五十分後の予定です」

「そう。ご苦労様と伝えといて」

白衣の女性は、分かりましたとうなずいて、向こうへと行ってしまった

「すみません。では、行きましょうか」

「……ちょっと待て」

宗介は、まさかという表情で、先を行こうとするテッサを呼び止めた

「はい?」

「さっき……なんて言った?」

「あの。なんの話ですか?」

「さっき、君たちがレイスとか言っていたが。まさか……『怪盗レイス』のことじゃないだろうな」

すると、テッサはあっさりとそれを認めた

「あ。知ってるんですか? 怪盗レイスのことを」

「…………」

あまりにも思いがけぬ事実に、絶句してしまった

「怪盗レイスは、ミスリルの一員だったのか」

「ええ。レイスさんには、美術・宝石関連の犯罪担当をしてもらっています。こちらで独自に調査した美術・宝石分野での犯罪防止に動いています」

「では、レイスの怪盗とやらは、どういう意味が?」

当然の疑問に、なぜかテッサは言いにくそうに、もじもじと恥ずかしがっていた

「実はあれは、レイスさんの提案だったんです」

「……?」

「本来の活動は、表の目をすり抜けてきた犯罪に対し、勧告もしくは逮捕することだったんですが、レイスさんは、それに不満を持っていました」

この分野での犯罪は、実はかなり巨額の損害を出しており、またその犯罪は見えにくいこともあり、増加の一方なのだ

例えば贋作(ニセの作品)にしても、その道に精通した者なら手をつけやすい犯罪であり、それを見破れる実力を持つものは数少なく、ほとんどがそれに翻弄されている

そして贋作と知りつつも、それを商売にかける博物館も存在し、利益優先の世の中では、こういった犯罪防止意識が薄いのだ

そこでレイスはこういう提案を強引にミスリルに持ちかけた

ただこっちで鑑定して、その犯罪を暴くだけではなく、怪盗行為をして、世間にそれを知らしめる

怪盗は人目を引きやすいし、報道も興味を持つため、美術・宝石類の犯罪の認知も浸透しやすくなる

さらに、怪盗が犯罪暴きをしているということになれば、博物館側も、犯罪に手をつけにくくなるだろう、と

「……ミスリルも、最初はレイスさんの子供じみた提案に大反対だったのですが、彼の熱弁に押され、最終的には彼の怪盗行為の支援をするという形で認めることになってしまったのです」

「もっと他にも方法がありそうなものだが……」

「わたしもそう思ったんですけど。レイスさんもなんだか怪盗行為にノリノリだったみたいですし」

ミスリル側も、怪盗レイスを受け入れるのに、いろいろな葛藤があったようだ

そして宗介と千鳥は、あまりのことに、しばらく言葉が出なかった

「……なるほどな。奴の身軽さに加え、ミスリルの技術力がバックにあったわけか。……どうりで誰にも捕まえられんわけだ」

半ば呆れながらも、宗介はようやく納得がいった

だが、千鳥はその事実に、ぶるぶると拳を震わせていた

「……ムッカつく〜〜!」

これまでの、レイスを追い掛け回してきた徒労を思い出したのだろう、千鳥は怒りに身を燃やしていた

そこに、テッサが気を遣うようにして、

「あのう。まだ時間もありますし、レイスさんに会わせましょうか?」

宗介は、すかさずそれを遠慮した

「やめておこう。会ってしまうと、いろいろとややこしくなりそうだ」



それからロビーを抜けようとした時、ロビーの向こうから歩いてきた男を見て、宗介と千鳥はそれが信じられなかった

そしてその男もこっちに気づくと、そいつは嬉しそうに声をかけてきた

「よぉ、ソースケ!」

「クルツ!」

その金髪男は、間違いなく三年半前に行方不明になっていたはずのクルツ・ウェーバーだった

「お前……いつからミスリルに……」

「んーと……大体半年くらい前かな」

ちょうど、行方不明になった時期だ

「お前! 警視庁では行方不明になってたんだぞ!」

それを聞いて、クルツもえっと驚いていた

そしてテッサに目配せして、含み笑いをしてみせた

「へぇ、行方不明ねぇ。いきなりミスリルに連れて来られて、向こうではどう言われてんのかと思ってたけどよ。行方不明扱いかよ」

「ミスリルに……来ていたのか」

それに関して、テッサが謝罪してきた

「すみません。ミスリルは非公式の組織ですから、彼のことを明かすわけにはいかなかったのです」

だが、クルツはまったく気にしてないようで、この再会を嬉しそうに笑って、ぽんと宗介の肩に手を置いた

「それにしても、ソースケ。おめえもいつかはここに来るだろうと思ってたぜ。久しぶりだな」

「ほんとに……お久しぶりです、クルツさん」

「よ、千鳥ちゃん。久しぶりだなあ」

まさか、ミスリルに来て、またあの泉川署時代の三人が揃うことになるとは



「せっかくの再会ですが。もうそこの奥で、最高責任者が待っています。どうしますか?」

すると、クルツからぶんぶんと手を振った

「ああ、いいよ。オレは休憩室でくつろいでるから、先にそっちの用事を済ませてしまえよ」

そう言って、クルツはジュースの自動販売機に向かっていった

その背中は、昔と変わらなかった

「さて、行きましょうか」




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