血塗られた因縁

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血塗られた因縁


人は夢を見る

夢は選ぶことはできない

そして、夢に抗うことは決してできないのだ



「くそ……」

その日、宗介はいつもの悪夢によって、目覚めの悪い朝を迎えていた

そして悪態をつきながら、さっさと布団を片し、朝食にかかる

いつものように仕事に向かう支度をして、朝のテレビのニュースを見ていた

ニュースのキャスターが、どこかの住宅街を背後に、まくしたてた口調で事件の詳細を述べている

『この住宅街で突然起きた連続殺人の犯人が、ようやく捕まりました。現場は東京の○○で、合わせて六件もの事件の関連性が見られ……』

いつもと変わらぬ、悲惨な事件。

だが、宗介は、この事件に対して特別ななにかを感じていた

リモコンでテレビのボリュームを上げ、キャスターの言葉に耳を傾ける

『警察では、この犯人に精神異常があると見られています。というのも、犯人の自供が……』

「――!」

その内容を聞いて、宗介はまさか、と顔をこわばらせた



警視庁

「バカなっ!」

朝のニュースで流れていた事件現場は東京内ということで、警視庁として宗介はこの事件に関与することができる

そしてその事件の報告書を取り寄せ、その内容を確認していたところだった

その突然の叫びに驚いて、署内の誰もが振り返り、宗介を見る

だが、彼はそれを気にもせずに、報告書に釘付けになっていた

「どうしたんです?」

その部屋にいた千鳥が、宗介のもとに歩み寄り、その報告書を覗いた

「こないだ捕まった事件ですか」

だが、その千鳥の声すらも聞いてないのか、彼は独り言をつぶやいていた

「バカな……」

宗介の視線は、事件犯の供述部分に集中していた

取調べでは大抵、事件を起こした犯人は、冒頭では適当なことを言って言い逃れようとしたり、沈黙を守ったりする

その嘘が、時には実に巧妙であったり、すぐバレる嘘だったりとさまざまだ

そしてその報告書には、こうあった

『私は事件を起こした記憶がない。気がついたら、被害者が血まみれになって倒れていた』

よくある供述だった

精神異常を装い、刑罰から逃れようとする人に多い言い訳だ

だが、この事件の物的証拠は彼が犯人だとはっきり断定している

現場に残っていた凶器から検出された指紋、そして目撃者、アリバイ

そのすべてが、彼を犯人だと決定付けていた

ただひとつ、その供述に、ちょっと変わった事が書かれていた

さっきの犯人の自供の最後部分にこう書かれていたのである

『私に事件を起こす意思はなかった。私は誰かの催眠によって、殺人をやらされたのだ』

催眠とは、また変わった言い逃れを言い出したものだ

そんなので、自分の動機を誤魔化しているつもりだろうか

だが、宗介は、千鳥の耳を疑う発言をした

「そんなはずはない。……あいつは確かに死んだはずなんだ」

あいつ?

それはまるで、面識があるかのような言い方だった

「取調べをしたのは……」

宗介は報告書の記述を見て、取調べをした署を確認した

「驚いたな。泉川署か……」

この警視庁に務める前、巡査だった頃に所属していた警察署だった

すると宗介は部長の方へ向かい、この連続殺人犯に会わせて欲しいと要請した

「会ってどうするんだね?」

「確かめたいことがあります。重要なことなんです」

「まあ、差し当たって今は大きな事件もない。話を通しておこう」

部長は承知し、宗介は殺人犯を収監した場所へと向かって行った

その宗介の目は、犯人を憎む時の、冷酷なものになっていた



泉川署本部

まさかまた、ここに訪れる日が来るとはな

今度は警視庁の刑事として、宗介は後からついてきた千鳥とともに、本部の刑事課へと向かっていった

すれ違う署内の人たちは、千鳥の顔を見ると、懐かしみ、そして嬉しそうに挨拶を交わしていく

だが、傍の宗介には、相変わらず無視したり、挨拶を一言で済ませるだけだった

結局、宗介は泉川署には受け入れられないままなのだ

「おい、相良のヤツだぜ。ほんとに刑事になったみてえだな」

「あんな暴走野郎が警視庁勤務とは、あそこも質が落ちたもんだ」

少しのひがみも混じった会話が囁かれ、あまり気分のいいものではなかった

刑事課に行くと、警視庁の部長が前もって言付けてくれたため、すでに犯人の取調べの体制が整っていた

取調室では、机の上に手錠をかけられた両手を置き、無精ひげを生やした男が座って待っていた

ドアの横に見張りの男が突っ立って、宗介は机の向かいに座った

「見たことねえ刑事だな」

「ああ。俺は警視庁の刑事だ」

「へえ、警視庁の刑事がわざわざ出てくれるとはな」

「お前の犯行動機に興味があってな。話してくれるな?」

「……あんたが俺の話を信じてくれるならな」

おそらくここの刑事に何度も否定されたのだろう、供述するべきかを考えあぐねていた

「……催眠をかけられたそうだな」

宗介からそう言い出したことで、その犯人はがばっと身を乗り出した

「そう! 俺は催眠に操られただけなんだ!」

「話せ」

「……あれは、一週間くらい前だ。裏道で突然勧誘されたんだ」

「勧誘? なにかの団体にか?」

「ああ。『アマルガム』ってんだ。会費もタダっていうし。どういう風に誘われたのかは覚えてねえが、週に何回か、ある場所に顔を出せばいい。それだけで金がもらえるんだ。信仰心はねえが、オイシイ話だと思ったよ」

「聞いたことないな」

日本にも、怪しい宗教団体は数多く存在する

あまりにも多いため、その全てを把握するのは非常に難しい。だが、ある程度の規模を持った団体は、警察でマークをつけている

ところが、その活動内容に、警察は介入することはできない。あくまで事件性と結び、実際にその行動を起こしてから、警察が関与できるのだ

そして、その警察が作り上げた宗教団体の名に、アマルガムというのは載っていなかった

「そのアマルガムとやらの、活動内容は?」

「宗教というより、商売みたいな感じだな。まあ、儲けてるのは俺たちなんだが」

「商売?」

「ああ。アマルガムでやることは、向こうから提示してくる条件に合う人材を紹介することなんだ」

たしかに、悪徳商法に似ている感じがする

悪徳商法の中には、友人を紹介したら○万円だとかあるが、その内容はやはり違法に触れる活動をやらせるのだ

「ということは、お前も誰かに紹介されて、入会したクチか?」

「ああ。ちょっとその道に知り合いがいてな。オイシイ話として紹介されたんだ」

「だが、その代わりになにかをやらされるんだろう? 例えば死体処理や、夜の仕事といったこととか」

「いや、それがなにもねえんだよ」

「なんだと?」

「特に指示されることはないんだ。だからオイシイ話なんだよ」

「では、アマルガムに裏の仕事を頼まれることはないということか」

「ああ。しいて言えば、集まった日に一人二十分ほど、個室に連れて行かれ、そこで目を閉じるだけさ」

「身体を触られてるんじゃないのか?」

「いや、本当にただ目を閉じてるだけさ。活動といえば、それくらいだ」

「……アマルガムは、条件に合う人材を探しているということだったな。どんな条件だ?」

「まず、そいつが一人身であること。病気持ちでないこと。そして、集会に出れる余裕のある者だ」

「……それだけか?」

「ああ。それだけだ。だが、実際に探すとなりゃ、意外と難しいもんなんだぜ」

(だが、細かく制限されてるわけではない……。どこかで選別されてる可能性はあるな)

「では、次の質問だ。……なぜ、犯行に及んだ?」

「俺には、殺人の意思はなかったんだ。本当だぜ。気づいていた時には、俺は凶器のナイフを持って、知らない家の中で、その家族を刺し殺していたんだ」

その表現に、宗介は顔をしかめた

「……催眠というのは、どういう意味だ?」

「事件を起こした時の記憶はなかったが、その前に、いきなり俺の頭に、声が聞こえてきたんだ」

「声?」

「ああ。よく通る声だった。まるで頭の中に直接話しかけるような声だった。そして俺に言うんだ。『ナイフを持て! 殺せ!』と、命令してきたんだ」

「…………」

隣にいた千鳥は聞いていて、やはりこれまでの異常殺人者と変わらないと思った

なんてことはない。自分の行動を自分の中の神の代行としてやっただけだと、責任から逃げているだけなのだ

突然の凶行に及んだ殺人者は、『頭の中に神が来て、俺にこうしろと告げていったんだ』と反省の色ひとつみせず、それどころか自分の行いに誇りを持つのだ

それは千鳥の最も嫌いな犯罪の一つだった

だが宗介は、その男の話を真剣に聞いていた

「それでよ。声が聞こえてきたと思ったら、フッと意識がなくなっちまって、気づいたら、知らない家で人が倒れてたんだ」

「それを催眠だと思ったのは、どうしてだ?」

「頭の中に、その声と同時に、顔が現れたからさ。そいつは、アマルガムの一員だった」

「それだけか?」

「それで充分だろうが。さっきも言ったように、アマルガムでは、集まった日に、個室に呼ばれて二十分ほど目を閉じて、その間相手は延々となにかをしゃべってるんだ。そいつの顔と同じヤツが突然頭の中に浮かんできたんだぜ」

「なにかをしゃべっている?」

「ああ。内容は聞き取れねえが、なにかを唱えてるような、命令してるような口調だったぜ」

「…………」

そして宗介はしばらく考えるようにして、

「そのアマルガムとやらの場所を言え」

「調べるのか? 俺の話を信じてくれるってわけだな」

「調べてはみるが、それでお前が無実になるとは限らんぞ」

すると男は怒ったように文句をぶつけてきたが、宗介はそれを無視して取調室を出た



宗介はそこを出た後、近くの休憩室に行って、そこのベンチに腰をかけ、ため息をついた

「違った……」

あいつではないな……

報告書を見た時、まさかと思ったが、そんなわけがない

「あいつのはずはなかったんだ」

「それって、誰のことなんですか?」

急に声を掛けられ、咄嗟に宗介は身構えた

だが、声を掛けたのはさっきから傍にいた千鳥だった

「さっきから、どうしたんです? おかしいですよ」

「居たのか」

「ずっといましたよ! どうしたんですか、一人で突っ走っちゃって」

すると宗介は、一息はいて、答えてきた

「もしかしたら、この事件が、昔俺が追いかけていた犯人と関係があると思ったんだ」

「追いかけていたって……」

それは、研修で巡査だった頃、宗介が警察に入った動機として聞いた話だった

宗介は、ある事件犯を追うために、警察に入ったのだ

「でも、もう亡くなったんでしょう?」

「そうだな。ちゃんと俺はそいつの死体をこの目で確認した。だから、そいつのはずはなかったんだ」

「その、ずっと追いかけていた犯人。名前は、なんていうんですか?」

「……クライブ。最低最悪の野郎だった」

「クライブ? あの。外人なんですか?」

「ああ。イギリス人らしいが、本当のところは分からん。そして四十ニ歳で死亡。遺体を確認し、身元引受人がいなかったため、こちらで焼却した」

確かにそれならば、死んだことは間違いないだろう

「俺は、いまでもあいつの姿を無意識に追ってしまっているんだな。……もう終わったことなのに」

それからしばらくして、すっくと宗介が立ち上がった

「あの犯人の言ってたアマルガムに行くんですか?」

「ああ」

ただその前に、警視庁へと戻って、部長に泉川署での報告をしなければならない

「俺はいったん警視庁へ帰る。千鳥はどうする?」

「あたし、ちょっとここに残って挨拶回りしてきます」

千鳥にとっては懐かしい顔ぶれなのだろう、そう申し出てきた

「分かった。警視庁に戻ってもデスクワークだけだろうし、ゆっくりしてこい」

そして宗介は先に泉川署を出て、千鳥は一人、巡査時代にお世話になっていた部署に顔を出してみることにした



千鳥はまず地域課へ赴いてみると、いくらか見知った人がいて、こっちに気づくと愛想良く声を掛けてきてくれた

そしていくらか雑談すると、今度は事務手伝いに奔走していた時に関わった部署を回っていく

それから最後に、刑事課へと訪れると、そこで長いこと刑事をやっている男と出くわした

その刑事の男を、千鳥は苦手だった

前に男と関わったのは、かつて怪盗レイスを追いかけていたときだ

ふとしたことから、この男の口から衝撃的な発言を聞かされたのだ

男は、相良宗介のことをあまり信用するなと強調し、最後にこう言った

『あいつは、人殺しだ』

結局、その発言は単なる誇張と分かり、それ以来その男とはなんとなく避けてきた

なんとなく、心理的に気まずいものがあったからだった

だが、今日は向こうから話し掛けてきた

「千鳥ちゃんかい? 久しぶりだな」

「あ、お久しぶりです。そちらも元気みたいですね」

「ところでさっき、相良の姿が見えたんだが」

帰る姿を目撃したのだろう、そう言い出してきた

「ちょっと、こちらの事件でお邪魔してたんです」

「ふぅん……」

男は、ぶよぶよアゴをなでて、訝しげな目で階段のほうを見やった

「あの野郎、ほんとに刑事になりやがったのか……」

それは、まるで汚いものを侮蔑するような言い方だった

「あんなやつに、刑事が勤まるわけがねえんだがな。日本の警察はどうかしてる」

少しムッとしながらも、これはいい機会だと思った

あの言葉の意図を、まだはっきりと本人から聞いていなかったのだ

「ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」

「おぉ、なんだい? 千鳥ちゃん」

年齢が離れてるせいか、まるで子どものような扱いだが、要点を問いただすことにした

「覚えてますか? 四年ほど前になりますが、あたしたちが怪盗レイスを追っていた頃。あたしにこう忠告してきましたよね。……相良宗介は人殺しだと」

すると、急に男は、刑事としての顔つきに変わった

そして吐き捨てるように、はっきりと言った

「ああ、そうだ。今でも納得いかんよ。なんだってあいつが警察に入れたのか……」

否定せず、それどころかさらに強調して、そう断定してきた

「なぜですか? なぜ根拠もなしに、彼がそんなことをしたと言い切れるんです?」

無意識に語気が強くなっていたのが、意外と言うような目で、こっちを見返してきた

「根拠ならあるさ」

「え……?」

「……俺が巡査だった頃、あいつの起こした事件に立ち会ってたからな」

それは予想外の言葉だった

千鳥は、その言葉に、なぜかドクンドクンと不安で胸が締め付けられた

立ち会っていた?

この男は、ただの噂話や、嫉妬から言っていたのではなく、実際に事件に関わっていたというの?

千鳥は、今まで信じていたものが、一気にひっくり返されてしまいそうな不安に駆られ、声を絞り出せなくなってしまった

だが、男はその事件を思い返すように、つぶやいていた

「あれはひどい事件だった。……思い出すと気分が悪くなるほどの、酷い事件だ」

それは聞いて知ったものではなく、その目で目撃してきた者としての言い方だった

あの相良宗介が……?

その先を聞くと、取り返しのつかないことになりそうな気がした

今までに刑事として、警察として、人間としても信頼を寄せるようになった宗介を、それに対する自分の中にあったなにかが変わってしまいそうに思えたのだ

だが、それは知っておかなければならないという思いもまた、あった

「……それは、どんな事件なんですか?」

だが、男は忌々しそうに首を横に振って、その先を話すことを拒否した

「なぜですか?」

「その事件は闇に葬られたからだよ。警察そのものが、その事件を揉み消してしまったんだ」

「なんですって?」

警察そのものが、事件を揉み消した?

「ど、どうして……?」

「知るか。上からの一方的な圧力で、事件に関するファイルは焼却された。残ったのは、俺のような、その場に居合わせていた警官の記憶だけさ。分かってるのは、人を殺しておいて、警察がその事実を揉み消したんだ。それだけでなく、そんな殺人野郎を警察が引き入れやがった」

だが、いくらなんでも、殺人を犯した者を警察の人間にするわけがない

「手違いじゃないんですか? 真犯人は別にいて、相良宗介は無実……。そうでなければ説明がつかない」

「ふん。ともかく、俺はあいつを警察の人間とは認めない……」

そう言って、向こうへと消えていった



「…………」

ソースケが殺人を犯した?

信じがたい事実だが、しかし完全に否定もできなかった

ひとつだけ、心当たりがあったのだ。彼が殺人に至るその動機と、その経緯を。

それは、今までの彼の暴走を見ていたからこそ、その疑惑が浮かんでいた

もし、本当に相良宗介が人を殺してしまったとしたら。

おそらく、その相手は、どこかの事件の犯人だろうということを。

憎むあまりに、事件の犯人を殺してしまったのだろうと。

その疑惑を否定することはできなかったのだった




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