血塗られた因縁

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血塗られた因縁 2


相良宗介は、小野寺を引き連れて、泉川の工業地帯の外れを歩いていた

あの連続殺人犯から聞き出した情報で、不気味な宗教団体のアジトとされている場所に向かっていたのだ

警視庁で報告を済ませると、小野寺と一緒にそこを探れと言われ、人気のないこの一帯に来ている

「こんなとこにその宗教団体が潜んでるってのか?」

小野寺が、ほとんど廃墟と化した建物を眺めながら言った

「アマルガムだ」

「なんだって?」

「その妙な団体の名称だ」

「アマガエルだかチュインガムだか知らねえが、ずいぶんと寂しいところで活動してるもんだな。もっとも、それがかえって見られたくないことをやってますって感じだけどな」

そこは、倒産した会社や工場が潰れ、ほとんど使われなくなり、廃墟の建物ばかりが連なっているところだった

「東京の中にも、こんな場所があるんだな」

「…………」

宗介は、その景色を、しかめた面で見つめていた

相変わらず、嫌な所だ

宗介にとって、この場所はただの廃墟の町ではない。血塗られた因縁の場所だった

今でも虫唾の走るあの男の顔が、嫌でも思い浮かぶからだ

そう、ここはあのガウルンと初めて会った場所だった

活動場所はそのビルではないが、近くではあるのだ

そしてこの辺りを歩くだけで、あの悲惨な事件が目に浮かぶようだった



「なあ、ちょっと聞いていいか?」

目的地に向かって歩いている途中で、小野寺がいつもと違った表情で宗介を見つめてきた

「なんだ?」

「警部補は、千鳥さんのことをどう思ってる?」

「……なに?」

いきなり場違いな質問をされて、思わず眉をひそめてしまった

「せっかく二人きりになったからよ。前から聞こうと思ってたんだ」

「いや。なぜそういう質問内容になるのかが分からんな」

「あのよ。千鳥さんももう27だよな。もう結婚を視野に入れててもおかしくないだろ」

「さあな。そういうことは、俺にはよく分からん」

「男性陣の中で、彼女をいいと思っている人が結構いるんだよ。でも、千鳥さんと一番仲がいいとウワサされてるのが警部補なんだ」

「…………」

「なあ、警部補は千鳥さんのことをどう思ってるのか、聞かせてくれ」

「物覚えのいい、よくできた警察官だと思う。行動力もあり、警察をより良くしようと一生懸命だな」

「……正直に言ってくれ」

宗介の答えに小野寺は満足しなかったらしい。もう一度聞きなおしてきた

それに苦笑を浮かべ、仕方なく宗介は、今度こそ胸の内を明かした

「一度言い出したら聞かない、頑固な奴だ。行動力があり過ぎて、空回りが多い。一人でいきなり突っ走るところが難点だな」

「……それだけか?」

「それだけだ」

「……そういう対象としてしか、見ていないということか?」

「千鳥は、後輩だ。それ以外になにかあるのか?」

「いや……」

小野寺は、これ以上は聞き出さなかった

「それなら遠慮はいらねえな。……実は俺、警視庁に初めて来てから、ずっと……」

「いちいち俺に言うな。関係ない」

「ああ。そうだな」

ほっとした様な顔で、小野寺はこの会話を終わらせ、そこで立ち止まった

「おっと、この建物だ」

情報を元に、アマルガムの活動地点の前に着き、小野寺がまず周辺を確認した

その建物は、今は営業なんかやってるはずもない、廃墟と化した元喫茶店だった

電気がついてないのはもちろん、そこにあるテーブルも半分に折れた一台しか残っておらず、誰も使った形跡がない

「風情を感じるというより、荒れに荒れましたという感じだな」

小野寺が率直な感想を漏らしてから、店内の様子を見回す

「最近人が使っていたというようには見えねえな。本当にここがアマルガムの拠点なのか?」

「いや、この店の奥だろう」

関係者以外立入禁止と書かれた、ぼろぼろのドアを開け、奥に進む

そこは喫茶店の時の食料保存倉庫にでも使われてたと思われる部屋だった

「当然ながら、空っぽだな」

棚のあちこちにクモの巣が張られ、それが一層寂しさを感じさせる

「何もないな……」

「向こうのドアはどこに通じているんだろう?」

宗介が言っていたドアは、この倉庫部屋のまた奥にひっそりと据え付けられているようなものだった

そこまで行って、ドアノブを半分ほど回すと、ぎぃっと開き、その向こうでまた新たな空間が広がった

そこはやけに広い空間。喫茶店よりも大きいのではないだろうか

そして埃をかぶって動かないベルトコンベアが何台も置かれていた

「ここは……なにかの工場っぽいな。しかしなんだって、喫茶店の裏にこんな所が?」

「いや、ここは建物の向かい側の施設だろう。ドア一枚で、こっち側の喫茶店とつながっていただけだ」

「ああ、ビルの向かいの工場ってわけね。裏道がねえんじゃ、喫茶店のゴミ捨てとか大変だったろうに」

小野寺が妙な心配をしていると、その工場施設の端で、なにかの物音が聞こえた

それで咄嗟に二人とも音のしたほうを向いたが、なにも見えなかった

そこで音のしたほうへ近づいていくと、その床下に四角いマンホールのフタのようなものがあった

小野寺が手をひっかけて、ぐいっと持ち上げると、その下に、さらに下へと続く階段があらわれた

「地下への階段か。さっき物音がしたということは、誰かがここへ降りていったんだ」

「アマルガムの連中かもしれねえな。用心しよう」

フタを横に押しのけ、二人はその階段を足音を抑えて下っていく

「この地下は例の宗教団体がつくったのかな?」

「いや、あとから作られた感じではない。おそらく元の工場が必要としていたものだろう」

もしこの先がアマルガムの拠点だとしたら、工場が潰れてから活動したことになる

その階段はさほど長くなかった。

階段の先は短い廊下が続いて、その先に広い部屋がいくつも並んでいた

そしてその部屋のあちこちに人の気配がする

「やはり誰かがいるな。人数はざっと十人てとこか」

「どうする? 一人捕まえて聞き出すか?」

「いや、正面から行こう」

宗介は隠れるでもなく、いきなり人の集まった場所へと赴いていった

そこには、待たされてるのだろうか、4、5人ほどの男達が崩れたコンクリートの上に腰掛けていた

「少し聞きたいのだが」

急に入ってきて、質問してくる宗介を不審に思った男達が、眉をひそめる

「この男を知っているか?」

あの捕まった連続殺人犯の男の顔写真を見せて、そう聞いた

「知らないな」

「だが、こいつはここの会員だったそうだ。この男を勧誘した者がいるはずだが?」

すると、かなり事情を知られてると思ったらしく、どもった声で誰もが否定してきた

「俺たちはただここに集まってるだけで、お互い自分のこととかは話さないんだ。だからそいつは知らない」

「だが、ここには集まるんだろう? 顔ぐらい見たことはあるはずだが」

「……ああ」

これ以上誤魔化すと、かえってまずいことになると判断した中年の男が、やっとそう認めた

「なあ、あんたは誰なんだい? 会員じゃないのか?」

「俺は警察の者だ」

と、警察手帳を見せると、一斉にみんなに動揺の色が走った

なぜ警察が? とでも言うように、戸惑っている

すると、一人が弁明なのか、こう言ってきた

「知らなかったんだ。ただ集まるだけで金がもらえるっていうから。そんなヤバイ集まりなんて知らなかったんだよ」

勝手にべらべらと喋りだすと、他の人もそれにまぎれて、こくこくと頷いていた

宗介としては、ただ殺人を犯した男が所属していたから、調べに来ただけだったのだが、ともかく向こうから喋ってくれるのは好都合だった

「この集団の幹部はいるのか?」

「ああ。そいつが、俺たちを一人ずつ奥の部屋に呼び出して、独り言をつぶやくんだ。俺たちはそれを聞いてるだけなんだ。本当だよ」

「奥にいるんだな」

宗介と小野寺は、その幹部に会いに、奥の部屋へと向かう

その部屋は、ちゃんと壁に囲まれて外からでは様子が伺えず、ドアもしっかりと据え付けられた、小さな個室だった

質素だが、占いとかの個室のように見えた

そこを強引にこじ開け、中になだれこむ

「なんだっ?」

いきなり押し入ってきた宗介たちに、目を閉じている男に向かって唱えていた男が声を上げた

宗介は警察手帳を見せて、幹部と思われる男に歩み寄り、殺人犯の男の顔写真を見せて言った

「こいつはここの会員だったはずだ。それについて、いろいろと聞きたいことがあってな」

その顔写真を見ると、幹部の男は一瞬狼狽した

「……途中だったが、席を外してくれ」

さっきまで目を閉じていた会員の男に向け、そう言うと、会員の男は席を立ち、部屋を出て行く

そして空いたイスに座るようすすめてきた

「刑事さん、どうぞおかけになってください」

幹部の男は、黒い髪に、端正な顔立ち。どこかの商社にでも勤めていそうな男だった

そして空いたイスに、二人が座り、その幹部が聞いてきた

「それで、聞きたいこととは?」

「この集団の活動内容と、その目的についてだ」

「なぜ、そんなことを……?」

「この男が殺人を犯したことは知っていますか?」

「はい。テレビで拝見しました。残念なことです」

「その男が、この集団によって操られた、と言うのですよ」

これでなにか反応を見せるかと思ったが、男の表情は変わらなかった

「操られた? そんな虚言を警察が信じるんですか?」

「警察はどんな可能性であれ、確認するのが仕事ですから」

「大体、操られた、という意味が分かりませんな。大金を渡して殺人をやらせたとでも言うんですか? ばかばかしい、そんな金はありませんよ」

「……催眠によって操られた、と言ってました」

すると、わずかだが、ぴくりと男の頬がこわばった

そこを逃さず、宗介は問い詰めた

「ここの活動内容は、なんですか? 集めた者を一人ずつ呼び出し、なにかを唱えているということですが」

「……唱えているのではありません。占っているのです」

「占っている?」

「ええ。運勢を占っているのですよ。その内容を他の者にバラすと、運勢ががくっと落ちるんです。それで誰もが、内容を漏らさないんですよ」

「しかし、それなら料金を支払わなければならないでしょう。ところが、ここの会員達は逆にお金を受け取っている」

「これは開店前のデモンストレーションですよ。本当に私の占いが当たっているかを確認するための体験者が必要となるわけです。その実験に付き合わせていただいている謝礼金というわけです」

すると小野寺が、占いという部分に興味を惹かれたのか、

「占いとはどういった分野を……?」

そう聞くと、男は営業スマイルになった

「では、刑事さんにもやってみましょうか? 個人にそれぞれ望む分野をなんでも占って差し上げますよ」

すると小野寺が、男の真正面に座った

「あ、それじゃあ結婚運で頼みます」

「では、私の目をしっかりと見つめていてください」

「目を閉じるんじゃないのか?」

「占いの方法によって違うんです。いいですか、じっと私の目を見て……」

そして男はなにかをつぶやいて、それらしい動きを見せる

だが、その時、その男の目に、怪しい輝きが見えた

すると宗介が、すかさず小野寺の座っていたイスを蹴飛ばし、小野寺を床に倒し、強引にその占いを中断させた

「なっ、なにを……?」

「俺は誤魔化せんぞ。やはり占いというのはデタラメだな」

「なにを、言いがかりを……」

「今、貴様の目は催眠状態になっていた。占いとかこつけて、小野寺を催眠にかけるつもりだっただろう」

「ぐっ……」

そこでようやく、男がはっきり狼狽の顔を見せた

「正体をあらわしたらどうだ。アマルガム」

その言葉に男はぎりっと口を噛みしめて、ドアを開け、部屋の外にいた会員たちに向かって叫んだ

「邪魔者を排除しろ!」

すると、そこに集まっていた人たちがそれを聞いたとたんにびくっと身をよじり、急にその目つきが変わった

そしていきなりこっちに駆け出して、襲い掛かってきた

その男達の形相は、さっきまで警察に怯えていた時とはまったく別人に見えた

「なっ、こいつら」

小野寺が立ち上がると、襲い掛かってきた会員の人たちを取り押さえようと、身構えた

そして一人の男が、壁際で立ち向かう小野寺めがけて拳を突き出してくる

小野寺はそれを受け止めようとしたが、宗介が叫んできた

「小野寺、避けろっ!」

その叫びに、咄嗟に小野寺は身をひるがえし、その攻撃を避ける

すると、小野寺の背後のコンクリートの壁が、男の突き出した拳によって粉砕されてしまった

「なっ! なんだぁ? コンクリートの壁が……」

素手でコンクリートを粉砕するなんて、並みの腕力ではありえないことだ

「なんだ、こいつらは……」

その壁を破壊した男の手は、ぼたぼたと血が垂れていた

あんな硬いコンクリートを叩いたために、その衝撃で手の皮膚が裂け、出血したのだ

だというのに、男はそれに痛がりもせず、くるりとこっちを向いた

「小野寺、ひとまず外に出るぞっ」

宗介の指示で、二人は会員達の追撃を避け、建物の外に逃げ込んだ



少し離れた他の建物の背後に隠れて、二人は息をついた

「なんだありゃあ。アマルガムってのは怪力の集団か?」

「いや。あれは催眠状態にかかっているんだ。会員達は、アマルガムによって、洗脳されていたんだ」

「なんで分かるんだ?」

「目を見れば分かる。襲い掛かってきた時の奴らの目は、操られていた時の独特の目つきをしていた」

「しかし洗脳とは、どういうことだ?」

「一人ずつ呼び出して、なにかを聞かされるって言っていただろう。あれは、少しずつ時間をかけて、催眠を掛けられていたんだ。小野寺の場合、即効の催眠を掛けるため、目を使って一気に強力な催眠を掛けるつもりだったんだろう」

「あの会員達の怪力も、なんか関係があるのか?」

「こんな話を聞いたことはないか? ……人間というものは、脳内麻薬というものがある。そして人間は普段、筋肉が40%くらいに制御されているんだ」

「ああ。なんか番組で聞いたことあるな」

「うむ。日常生活では、40%ほどしか筋肉を使わない。だが、自分の命の危険が迫ったりすると、その制御を破り、40%以上の力が出せるといわれているんだ。『火事場の馬鹿力』というのはここからきている。そしてその状態は、自分の意思で出せるものではなく、通常の人間は最大でも70%までしか出せない」

「100%までにはいかねえのか?」

「そういうのを意識的に出すことのできる人間は「天才」と称えられている。そしてその差は、例えば70%と100%の人間が戦ったとすると、それはゴリラ対アリ程の差らしい」

「しかし、なんで70%なんて半端に抑えてしまうんだ?」

「代償があるからだ。たとえばその迫ってきた危機を、70%の力を出して助かったとする。だが、それだけの筋肉を使うと、その反動で筋肉が切れてしまい、二度と腕が使えなくなってしまうんだ」

「……なるほどな」

「スポーツ選手で、ここぞといった時に凄い力を発揮することがあるだろう。あれは集中力によって、潜在能力を引き出しているからだ。そして、裏では怪我という代償と戦っているんだ」

「さっき、あいつらがコンクリートの壁を破壊するほどの威力を持っていたのは、その潜在能力とやらを引き出したからか。だがよ、意識的にできるもんじゃないんだろ?」

「催眠だ。あの幹部の男が、催眠術によって、強引に会員たちをその状態に引き出したんだ」

「待てよ。しかし、さっきも言ったように、潜在能力を引き出すと、自分の身体も痛めてしまうんだろ?」

「そうだ。だがあの男は、おそらくその痛みすらも、催眠で麻痺させたんだろうな」

「な……」

「会員は無理矢理、催眠によって潜在能力を引き出され、痛みも麻痺させられ、命令のままに邪魔者を排除させられてるんだ。肉体は一方的に蝕まれてるというのにもかかわらずだ」

「なんて野郎だ」

「幹部にとって、都合のいい護衛ロボットってところだな。使えなくなったら、また別の人を催眠にかけて作ればいいだけだ」

「やけに詳しいんだな、警部補」

「……少し興味があってな。勉強したんだ」

「なあ、それじゃよ。操られた会員たちを解放させる方法はあるのか?」

「……催眠にはいろいろと種類がある。永続型と、即効型、後効果型……。もしも即効型であれば、催眠野郎を殺せば戻るかもしれん」

「殺すだって?」

宗介の言葉に、小野寺は驚愕した

「殺すだと? おい。相手が犯罪者であっても、警官が故意に殺すことを前提に行動するのは禁止されているはずだっ」

「……そうだな」

だが、宗介の犯罪者に対する冷酷な目は、変わっていなかった

そして腰から拳銃を出し、安全装置を外し、構えた

「お、おいっ。捕まえるんだろ?」

「捕まえても無駄だ。裁判官や牢獄の看守官を催眠で操り、脱走することはヤツにとって簡単なことだからな」

「そんなのは勝手な想像だろう。警官が犯人を撃っていいのは、向こうが凶器を向けている時だけだ」

「催眠が、凶器だっ!」

宗介が怒鳴り、小野寺をそこに置いて、一人アマルガムの建物内に飛び込んでいった

「警部補っ」

その声は、宗介の後姿には届かなかった




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