殺されたい男

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殺されたい男 2


第二の事件の現場は、駅前の道端だった

倒れていたのは、ニ十代後半の女性

その額に小さな穴が空いていて、後に銃で撃たれたものと分かったが、目撃者は誰もいないということだった

「檜川の事件と同じだな」

宗介は、その遺体と状況を見て、確信した

現場は、檜川が殺された場所から県を二つほど離れていた

「第一の現場からかなり離れてるな」

その女性の額の中央を、的確に撃ち抜いている

「これで犯人は優秀な狙撃手で決まりだな。偶然で額の真ん中を二度も撃ち抜けるわけはねーからな」

小野寺が、そう確定した

「そうだな」

「被害者の身元は?」

それには、千鳥が答えた

「被害者は神楽坂恵理(カグラザカエリ)28歳。陣代高校で英語教師をやっていたそうです」

「陣代高校? どこかで聞いたことあるな」

「あれだろ? 不良の集まる高校として有名なとこだよ。なんでも一時期は、校内で銃やら爆弾やらを使う生徒もいたってくらいだからな」

「爆弾だとっ?」

その説明に驚いた宗介に、小野寺は慌てて言い直した

「ウワサだよウワサ。つまり、そんな物騒なウワサができるほどの悪名高い不良高なんだ」

「ああ……」

納得して、再び遺体のほうを見た

「かなりやつれてるな。撃たれたこととは別に、苦しい生活を送っていたかな」

「まあ教師は、給料キツイって言われてるしな」

「俺たちもあまり言えた方じゃないがな」

まったくだ、と苦笑し、あとは鑑定の結果を待つことにした



数時間後、鑑定の結果から、第一の事件に使われた銃弾と一致したとの報告が入った

「線条痕が一致したので、同じライフル銃で撃たれたことはまず間違いないでしょう」

「どこの銃かの特定はできたのか?」

「それは不可能でした。犯人は、故意に線条痕をつくったものと思われます」

「つくった……?」

「銃口の裏側を改造したのでしょうな。あきらかに後から付け足された傷がありました。おそらくは、鑑定による特定を防ぐためのものかと」

「しかし、できるのか? そういうことが」

「素人にはまず無理でしょうね。間違いなく、その道に精通した者の仕業です」

「そうか。また何か分かったら報告頼む」

それから刑事課に戻って、捜査本部のホワイトボードに二枚の写真を並べて貼り付けた

一枚は、檜川勝彦。もう一枚は、第二の被害者、神楽坂恵理。

「この二つの事件の犯人は同一人物と証明された。そこで、この被害者二人の接点を調べてみるんだ」

「はいっ」

まずは、それまでに分かったことをそれぞれ報告させた

「第一の被害者、檜川勝彦ですが。彼はいたって普通の役職であり、普通の年収を得ています。にもかかわらず、かなりの割合で、豪遊していたようです」

「パブとかいったところか?」

「そうです。パブや夜のバーの女将に会って、裏づけを取りました。酒のほうも凄かったそうです」

「出費も凄かったろうな。それに、博打にも手を出す、か」

しかし、それだけ遊ぶ金は、どこからひねり出していたのだろうか

「博打には強いほうだったのか?」

「さあ。そんな目立った話はありませんでしたから、普通じゃないですか」

すると、隣の刑事が、別の情報を報告した

「彼の勤務先に当たってみましたが、特に大きな問題は起こしてなかったそうです。どっちかというと、勤務意欲が乏しく、愚痴をこぼすタイプだったそうです」

「組織の件はどうなった?」

「どこかの団体に入ったという話は聞きません。特に会員制のものには入ってませんでした」

「そうか……」

檜川については、以上だった

続いて、第二の被害者、神楽坂恵理についての報告をさせた

「彼女は独身で、交際中の相手もいないそうです。ただ、職場について悩みを抱えていたそうです」

「なんだ?」

「彼女の友人によく愚痴をこぼしていたそうですが、職場先の陣代高校での問題に不安を抱えていたそうです」

「不良高で有名な陣代高か。どういう問題なんだ?」

「生徒達は、未成年にかかわらず煙草を吸い、暴力は日常茶飯事だったそうです。授業でも騒ぎを起こしたりして、被害者のみならず、学校関係者の先生方を悩ませていたそうです」

隣の刑事も、開いた手帳を見ながら、続くように言った

「中でも彼女は人一倍真面目で通っていまして、それが返ってその状況にひどく悩んでいたようです」

「彼女も、どこかの組織に属していたということはないか?」

「そのような話は聞いておりません」

「……爆弾やら銃といったもので暴れる生徒もいるのか?」

「え? いえ、さすがにそこまでする生徒はいませんよ」

「警部補、あれは単なるウワサですよ」

誰かがそう言って、失笑していた

「そうだな。銃なんてものを持った生徒がいるわけはないな」

宗介もまた、自分で発した質問に苦笑していた

「まあ、それはないとしても、暴力面でいくつか警察沙汰にはなってますが」

「ふむ。この二人の接点は、なにか見つからないか?」

それには、刑事達は押し黙った

接点が、まったくといっていいほど見つからないのだ

過去に住んでいた場所や、友人関係からも洗ってみたが、ひとつも接点が見つからない

この日は、それ以上の進展はなかった



それから数日は、檜川の泊まっていたアパートの前で見張ったり、被害者の聞き込みを続けていた

「小野寺。射撃位置は特定できたか?」

「大分絞り込みました」

小野寺は、周辺の地図を広げ、ペンでマークをつけていった

「当時、音を聞いた者を当たって、大体の大きさから予測をたてました。この辺りのはずです」

指し示したのは、現場から三百〜五百メートル離れた地帯だった

「方向は絞られたな。そして、それほど離れてはいない」

「これ以上遠かったら、さすがに額に的確に命中させるのは難しいでしょう」

「確かにな。ただ当てるのでなく、真ん中に命中してたからな」

「第二の被害者の射撃位置も、同時に割り出しているところです」

「分かった。引き続き頼む」

まだまだ真実にはほど遠いが、少しずつ情報が溜まっていた



それから数日後、第三の事件が起きてしまった

現場は、湖のほとりの公園の中だった

「こいつも、見事に額を撃ち抜かれてるな」

頭を撃たれて倒れていたのは、中年の男性だった

上はランニングシャツ一枚の、くたびれたオッサンといった感じだった

「被害者は小暮一郎(コグレイチロウ)45歳。発見者は近くの主婦で、ベンチの上で座ったままの状態だったそうです」

シャツ一枚の下には、適度に筋肉がついているが、今は力なく横たわっている

そして鑑識の結果、同一犯による凶行と断定され、事件に関連があると分かった

被害者については、最近スポーツジム会社を解雇され、閉じこもりの生活になっていたということが判明した。

この男からも、今までの二人の被害者との接点は、依然として見当たらなかった

「無差別殺人だろうか」

「まったく接点が見つかりませんしね」

捜査本部は行き詰った。被害者からでは、犯人の特定がまったくできないのだ

「妙な接点はありますけどね」

いきなり、風間信二が口を挟んできた

彼も、この事件の捜査には参加している。もっとも、署内でのコンピュータによる情報収集担当だが。

「それはなんだ?」

「言い方は悪いですが、どれも生活に困ってるという点です。まあ、もちろんたまたまかもしれませんけど」

「しかし、第一の被害者である檜川は、豪遊していたそうだ」

「ええ。ですが、彼の銀行の残高はギリギリでしたよ」

「たしかに、そこに焦点を当てれば、彼も当てはまるとは言えるな」

しかし、それだけだった

「どんどん被害者が増えています。マスコミに発表して、注意を促したほうがいいのではないですか?」

千鳥が、並べられた被害者の写真を眺めながら、言った

「だが、被害者の対象範囲がまったく絞れないんだ。こういう髪型をした奴が狙われるとか、決まった年齢というものもない。それでただ狙撃殺人が行なわれてると発表したところで、全国のパニックを招くだけだ」

「しかし、そろそろマスコミも事件の関連性に気づき始めてますよ。そうなれば、記者会見を開かなければなりません」

「そうなれば仕方ない。その時が来るまでに、少しでも早く、解明への道を探すんだ」

「はいっ」

だが、その努力も空しく、二日もしないうちに、第四の犠牲者が出てしまった



ロングの髪をした男性だった。同じく額を撃たれ、即死だった

「被害者は水星庵(ミズホシイオリ)37歳。芸術家をやっていたそうです」

「芸術家?」

「絵画を描いて金にしていたそうです」

「売れていたのか?」

「あまり売れなかったみたいです。かなり貧困な生活を送っていたそうですから」

「……確かに、妙な接点だな」

「はい?」

「あ、いや。風間の言葉を思い出してな」

「そういえば、そうですね。でも、どこの人だって結局はそうなんじゃないですか?」

「千鳥もそうなのか?」

「……給料前はカップラーメンですね」



「なんとか止められんのか!」

警視庁の捜査本部会議室で、部長がこの事件の被害の拡大に、さすがに焦りを感じてきて、激を飛ばしてきた

「殺害現場はバラバラです。その上被害者にも接点が見つからないのでは、まったく特定ができません」

「もうこれは、無差別殺人なのではないかね」

「そうかもしれません。しかし、相手はまったく尻尾を掴ませません。各地の射撃地点はある程度絞ってはいますが、それらしき指紋も、薬莢もないのです」

「薬莢がない?」

「犯人が持ち帰ってるのでしょう。このことから、犯人は冷徹、神経質と思われます」

「他に特徴は?」

「分かりません。なにしろ、目撃者が出ませんので」

「むう……」

それきり、部長は黙り込んだ。彼にも、この事件解決がいかに難しいことか、わかっているのだろう

「被害者の持ち物はこれで全部か……」

これまでに、現場に残された被害者の持ち物を、机の上にざっと並べた

財布、定期入れ、ペン、ハンカチ、小物

「特に変わったものはないな……」

「どの被害者も、いたって一般な物ばかりです」

「財布に入っていたレシートも念入りに調べましたが、そこからも共通したものは見つかりませんでした」

「ここにも手がかりはなし、か」

「ただ、妙な共通物はあるんですが……」

小野寺が、自信のなさそうな顔で言ってきた

「なんでもいい。言ってくれ」

「……紙が入ってるんですよ。どの被害者にも」

「紙だと?」

そういえば、第一の被害者の檜川勝彦も、紙を持っていた

そこに書かれていたのは、『助けてくれ』で、筆跡鑑定の結果、間違いなく彼自身で書いたものだった

「他の被害者の紙には、なんと書かれてたんだ?」

「それが、なにも書いてないんです。空白なんですよ」

「空白だと?」

一人はポケットに。一人は財布の中に。一人は鞄の中に。

その紙は、大きさはバラバラだったが、どれにも何も書かれていない、真っ白な紙だった

「たしかに、妙な共通だな」

「この紙を、鑑識に回して、徹底的な分析をしてくれ」

「分かりました」

空白の紙か。これが事件の解決に繋がるのか?

「ちょっといいでしょうか」

すると風間が、パソコンの横から顔を出し、発言してきた

「なんだ?」

「被害者の家宅から押収されたパソコンのデータを洗ってみたのですが」

「なにか分かったのか?」

「被害者全員に共通するものはありませんでした」

「……そうか」

被害者の共通が、まったくといっていいほど見つからない。

捜査の進展がまったく見えてこないのだ

だが、風間は意外なことを告げてきた

「ですが、最初の被害者を除いた三人なら、気になる点を見つけました」

「檜川勝彦以外の三人、神楽坂恵理、小暮一郎、水星庵の共通した部分が見つかったというのか?」

「はい。彼らのパソコンに残ったネットのURLの履歴や、サーバでのデータからいろいろと割り出してみると、一つだけ同じネットサイトを見ていたことが分かったんです」

「三人が見ていたネットのサイト? どういうものだ?」

「これです」

カチャカチャとキーボードを操作して、そのサイトページを出してくれたらしい

宗介たちは、そのパソコンの画面を覗き込んだ

それは黒い背景に、赤いロゴでサイト名が出ていた

『自殺補助サイト』

「……どういうサイトなんだ?」

「それが、少し奇妙なサイトなんです」

風間の要約によると、こういうものだった

自殺をしたいと思っている人は数多い。だが、実際に行動を起こそうとなると、ためらいが生じ、死ねないのがほとんどである

ところが、このサイトで自殺願望を書き込めば、その自殺を手伝ってくれるという

自分の手で自分を殺めようとするならば、無意識に抵抗が発生するが、第三者が手を下すことで、確実に自殺ができるというのだ

人に殺してもらうという点で『自殺』というべきか微妙なところだが、依頼人は自ら『自分を殺してくれ』とお願いする

そして料金を支払えば、実行者が依頼者を殺しに行くのである

明確な日時や場所は一切知らされない。それにより、『死ぬ』という概念を持たないまま、いつの間にか命を絶てるのだそうだ

今から殺しますという知らせも一切ないので、いつものように日常を過ごし、その日が来れば、依頼者本人は『死』に気づくことなく自殺を図れるというわけだ

「要するに、殺し屋サイトか?」

「少し違いますね。この場合、対象者は依頼者自身ですから、どう定義づけるか難しいところですよ」

「タチが悪いな」

「しかし、料金が必要とされてますが、それならこんなサイトに頼むよりも、その金で豪遊したりするものじゃないでしょうか」

「これから死ぬ者にとって、いらない金ということだろう。料金はそれほど高くもないし、出すのに惜しみはせんのではないか」

「なるほど……」

「豪遊という点で言えば、第一の檜川勝彦にも当てはまりますね」

「そうだな。だが、このサイトとあの三人が関わっているという証拠はあるのか?」

「これから詳細に調べますが、ここの書き込みに、被害者の状況に酷似した部分があるんです」

「どこだ?」

「スレが多いので、僕が要約します。まず、第二の被害者である神楽坂恵理ですが、彼女は陣代の英語教師でした。ここの書き込みの名前は違いますが、これはペンネームのようなもので、ハンドルネームというんです。そして、これです」

そこには、フルネームは出てなかったが、Z高校とイニシャルで明記されていた。たしかにZなら、陣代に当てはまる

「まずは自分の紹介として、自身の不幸を並べ立てるような愚痴が延々と書かれています。その中に散りばめられて書かれている学校行事の特徴が、陣代高校と一致します」

「その愚痴の内容は?」

「イニシャルで生徒名を名指しして、言うことを聞いてくれない、成績が悪すぎる、自分の努力が通じない等、ずいぶんと教師としての苦悩が書かれています」

「たしかに、神楽坂恵理のように思えるな」

「これらすべてのイニシャルの生徒名は、彼女の受け持っている生徒のすべてに一致しています」

「ふむ……」

「そして第三の被害者である小暮一郎。これまでに勤めていた会社を急に解雇されて、絶望したと書いています。その会社は、名前は伏せていますが、スポーツジム系列だそうです」

「同じだな……」

「続いて、第四の被害者、水星庵。画家の生計がうまく行かないことに絶望しているという旨を、長ったらしい奇怪な文章で埋め尽くしています。暗号かと思って、読み終わるのに苦労しました」

「しかし、画家はいくらでもいるんじゃないか?」

「彼の身辺を聞いてみたのですが、あの人は画家の中でも変人として有名だそうです。同じ画家仲間でさえ、彼の発する独特の遠まわし発言には理解しがたいものだったそうです。それが、このサイトの書き込みの文体と非常に酷似してました」

「なるほど、確かに裏づけは取れてるようだな」

「まず高い確率で、彼らだと思いますね」

たしかに、三人の特徴がここまで似ているのは偶然というだけでは説明できないだろう

「……第一の被害者、檜川勝彦らしき書き込みはないのか?」

「檜川らしき書き込みは一切見つかりませんでした」

「……たしか、檜川の泊まっていた友人の部屋にはパソコンはなかったな。それに、自宅にもなかったはずだ。彼はパソコンを利用してないのではないか」

「しかし、外でもできる環境があるんですよ。ネットカフェからでもサイトを見れますし、ひょっとしたら勤務先の会社のパソコンを利用したかもしれませんね」

「よし。利用してそうな店を探して、記録を見せてもらってくるんだ」

「はい」

「そのサイトには、かなりの人数が利用してるのか?」

「まだこのサイトは、設立して半年しか立ってない、できたてのサイトなんです。それに検索サイトにも引っかからないようにしてある。なにかの拍子でたどり着くようなところです。そのため、あまり訪問客はいません」

「そうか。それならば、そのサイトを知っているのはまだごく少数ということになるんだな?」

「そうですね」

「現在、そこのサイトを利用してるのは何人くらいか把握できるか?」

「ニ、三人程度ですね。書き込みをしている人数、ですが」

「そいつらの正体は掴めないか?」

「IDからサーバに要請すればできるかもしれませんが……」

「可能ならやってくれ。今後はそいつらが狙われる可能性が高い」

「分かりました」

これでようやく捜査方針が固まってきたなと、宗介は思った




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