スナイパーの見る夢は

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スナイパーの見る夢は


千鳥が研修に来て、半年がたっていた

千鳥は依然として、他の部署の手伝いもこなしながら、経験を積む毎日だった



宗介と千鳥が、今日の勤務として交番に着くと、またもクルツの姿がなかった

「……あいつ、最近遅刻が多いぞ」

「本当にどうしたんでしょうね? それでも課長から忠告とか来ないですし」

「まあいい。俺は報告書を本部に届けてくる」

「あ、わたしも本部に用事があるんで、一緒に行きます」

千鳥もデスクから、なにかの書類を取って、二人は本部へと向かった



本部に着いて、課長のデスクに向かうと、その方角からクルツが出てきた

「クルツ?」

宗介とかなめは、本部を出ようとするクルツを呼び止めた

「おお、ソースケ」

「こんなところでなにをしている?」

「課長に挨拶してきたんだよ。このあとお前らのとこにも行こうと思ってな」

「……挨拶?」

すると、クルツは金髪をかき上げて、言った

「オレな、転属するんだ」

「えっ!」

その言葉に、千鳥が高い声で驚いた

すると、さっきからクルツの横に立っていた、あごまわりにヒゲを生やした男が聞いてきた

「ウェーバー。どうした?」

「地域課の仕事仲間だよ」

すると、その男は宗介たちに向き直って、名乗り出た

「失礼。わたしは警視庁所属の、特殊犯捜査一課の課長だ」

胸ポケットから出した名刺を、手渡してきた

「あ、泉川署地域課、相良宗介巡査です」

「わたしは泉川署地域課所属、千鳥かなめ巡査です」

びっと敬礼する二人を、クルツだけが面白そうに笑っていた

「おいおい、んなカタくなんなよ」

それでも二人は、姿勢は崩さなかった

「おい、ウェーバー。からかうな」

「へいへい」

そのクルツと課長の話しっぷりからして、初めての対面ではなさそうだった

この課長の所属する、特殊犯捜査一課とは、誘拐、ハイジャック、人質立てこもりなどの事件を担当する部署だ。

そんなところの課長が、なぜクルツと……?

「それでクルツ。転属とはどういうことだ?」

するとクルツは、ぽりぽりと頭をかいて、語りだした

「半年くらい前によ、デパートでオレが武器商人を撃ったことがあっただろ」

「ガウルン……か」

それは、宗介にとっても、千鳥にとっても、忌まわしい事件だった

ガウルンという、武器や麻薬の商人がデパートで、客を人質にし、多数の命を奪った

そして千鳥を人質に、デパートから逃げようとしたが、そのガウルンの手を、遠い距離からクルツが一発で撃ち抜いた

いまだにガウルンは捕らえられていないが、千鳥という人質を助け出せたのだ

「でよ、その事件の詳細が、警視庁のオッサンにも耳が入ったみてえでよ。その状況を聞いて、オレの射撃の腕を確かめたくなったんだと」

隣の課長は、オッサンという言葉に、ぴくりと眉が吊りあがっていた

「それから時間のある時に、ちょくちょく呼び出されては射撃の訓練をやらされてたんだ」

「それで、居ない時が多かったのか」

それについて、警視庁の課長が頭を下げてきた

「時間を取らせてしまい、申し訳なく思っている」

「あ、いえ……」

「まあそれでよ、実力を測るために、射撃オリンピックに出されてよ。こないだ行ってきたんだ」

「お、オリンピック……?」

これには、千鳥も驚いた。射撃オリンピックといえば、警察の名誉である競技だ

出場者は、警察関係者がほとんどを占める。そして正確な射撃技術と、凄まじい集中力が要求される

その射撃競技には、ライフルとクレーの二つがある

「そんでオレはライフル射撃をやってきた」

「それで、結果は……?」

その質問に、課長がクルツの肩をぽんと叩いた

「クルツ・ウェーバーは、初出場にもかかわらず、いきなり金メダルを取りおったよ」

「うそっ! 凄いじゃないですか!」

クルツの成し遂げた偉業に、千鳥は驚き、そして喜んだ

「ありがと、千鳥ちゃん。そしたらよ、警視庁の特殊犯捜査一課の、射撃班に来てくれと、スカウトされちまってよ」

特殊犯捜査一課の射撃班。外国ではよく見られる、人質事件などの凶悪事件で、犯人が最悪の行動に出ようとする場合、狙撃班がライフルで犯人を撃ち、強制的に事件を終わらせる

いわば、凶悪犯罪に対する、警察の最後の切り札なのだ

警視庁の、そんな部署にスカウトされることは、ほとんど異例の大抜擢といわれてもいい

「もうオレも、警察に就いて一年以上たってるから、転属願いも出せるしな」

誰でも、警察学校を卒業して警察に入れば、まず巡査として交番に勤務することになる

それから一定の交番勤務の後、業種に対する適正や、部署などの希望を聞いた上で、改めて配属先が決まるのだ。

また、途中からでも、一定の期間を満たしていれば、自分から希望の転属を願い出て、転属することができる

「それじゃ、行くことにしたんですね。警視庁の、特殊犯捜査一課射撃班に」

「ああ。オレの能力を必要とされてるからな。それで、今日からそっちに移るんだ。悪いな、なんか照れちまってよ、今まで言い出せなかったんだよ」

するとクルツは、かなめに向かって、手を出してきた

「今までありがとな、千鳥ちゃん。楽しかったぜ」

と、お別れの挨拶をしてきた。

そうか、警視庁に行くのなら、もう泉川署の交番も来なくなるし、住む所も向こうに移ることになるのだ

かなめも、その差し出した手をぎゅっと握って、挨拶を返した

「わたしこそ、今までいろいろお世話になりました。クルツさんには、いろいろと教えていただいて」

「へへ、あんまり教えてねえような気もするけどな」

「そういえば、そうですね」

「おいおい……」

そこで、どっと笑いが巻き起こる

それから、クルツは宗介にも、握手の手を差し出してきた

「よう、相棒。おめえと組んだ一年、楽しかったぜ」

「…………」

宗介は、その手をじっと見つめていた

「ソースケ?」

「……人は、一生のうちに、自分の才能を見つけることは稀だ。才能を開花できずに埋もれるのがほとんどといわれている。……だが、お前は見つけたんだな、自分の才能を」

そう言って、がっしと握手した

「ああ、生かしてやるよ、オレの射撃の才能をよ」

クルツは、にっと笑って見せた

「俺も、悪くなかったぞ。お前との相棒だった期間はな。……じゃあな」

その握手を見て、千鳥はこの二人の絆が、うらやましいと思った。

きっとわたしのしらない期間で、彼らはいろいろとあったのだろう

すると、後ろの刑事課のほうから、小声で囁いてたのが、千鳥の耳に入った

「へえ、クルツのヤツ、出ていくのか。……また相良のヤツが荒れなきゃいいけどな」

その言葉が、無性に気になった

千鳥は、すす、とその刑事課の男たちに、小声で聞いた

「あの。相良先輩がまた荒れる、って?」

「あ。千鳥ちゃん、聞こえたのか。いやあ、昔、ここに勤めはじめた頃の相良は、すごく荒れてたんだよ」

「荒れてた、って?」

「ほら、あいつ犯罪者を異常なほどに憎むだろ。でも今は、まだ抑えてるほうだよ。今と比べられないほど、昔はひどかったもんさ」

もう一人の刑事が、続けた

「でもな、クルツが同じ交番に配属されてから、クルツがあいつの暴走を、うまく抑えてたんだよ」

「へえ、そうだったんですか……」

そういえば、そんな場面を見たことがあるような気がする

たしか、万引きの子供に対して、暴走した相良先輩を、クルツさんが止めたっけ。あれも、その一つなのかしら

そうなると、クルツは相良先輩にとって、相棒以上の存在だったと言えるのではないか

「クルツがいなくなって、また面倒なことにならなきゃいいがなあ……」

そうつぶやく刑事たちを置いて、千鳥はまた彼らのところに戻った



あれからも宗介と言葉を交わしていて、最後にクルツは、また千鳥に別れの握手を求めてきた

「んじゃ、そろそろ行くわ」

「はい。頑張ってくださいね」

すると、クルツが握手していた手を引っ張って、その顔を、千鳥の耳元に近づけた

「あいつを、よろしく頼むな」

「え?」

あいつって、相良先輩のこと?

「千鳥ちゃんが、これからのソースケの相棒になってやってくれ。あいつにはまだ、誰かが必要なんだ」

「……はい」

でも、と千鳥は頭の中で言った

(でも、わたしも、あと三ヶ月したら、研修期間が終わるんです。そうなると、わたしも交番を離れて、警視庁に行くことになるんですよ)

それは、言葉にはできなかった

あと、たったの三ヶ月。

その間にあたしにできることなんて、あるのだろうか

……いや、違う。

それなら、その三ヶ月を、わたしもクルツさんのように、宗介の暴走を抑えればいいのだ

やってみせます、と千鳥は意気込んだ

クルツは、それから警視庁の課長と一緒に、泉川署の本部を出て行った

それを見送ってから、宗介たちは本部での用事を済ませて、いつもの交番に戻った



昼頃になると、その泉川署交番に、佐伯恵那が入ってきた

「こんにちは」

「あ、恵那さん。こんにちはー」

千鳥が応対して、イスを用意した

「ありがとうございます。あの、これどうぞ。こないだと、また味付けを変えてみたんです」

と、またも差し入れを持ってきてくれた

「ありがとー。またあとでいただくね」

「はいっ」

すると、恵那は署内を見渡して、クルツがいないことに気づいた

「あの、今日はクルツさんは?」

「あー……それなんだけど」

やはり、言っておかないわけにはいかない。

千鳥は、クルツが転属し、もうこの交番には来ない旨を、恵那に説明していった

「そう、なんですか……それじゃもう、クルツさんに会えないんですね……」

すると恵那は、それ以上は何も言わずに黙り込んでしまった。

「恵那……さん?」

急に何も言わなくなったことに、千鳥も何と声をかけていいのか分からなくなって、しばらく沈黙が続いた。

「……恵那さん?」

「……っ」

(……え?)

その沈黙が破られたきっかけは、不意にこぼれだした恵那の涙だった。

「あ、あれ……わたし……?」

その自分の頬に伝う感触に、恵那は戸惑っていた

その思わぬ涙に、千鳥もまた、驚いていた

(ひょっとして、恵那さんって……)

そういえば、いつも決まって家に送るのは、クルツさんの役目だったっけ。

楽しそうにおしゃべりして、クルツさんも、恵那さんをいつも笑わせていて。

自然と、そういう感情が芽生えていたのだろうか

「恵那さん。警視庁も、そんなに遠いってわけでもないから。そうだ、今度あたしたちが非番の日にでも、一緒に遊びに行こ。ね?」

「……はい」

その後千鳥は声をかけずに、しばらく一人にさせてあげた

(恋、かあ。青春してるわねー)

そこで、ハッと気がついた

(そういえばあたし、まだ恋愛のれの字もしてないような……)

ひょっとして遅れてるのかしら……

なんとなく、千鳥は宗介の顔を見やった

それっぽいことをしたのは、遊園地の潜入捜査の一件だけだ

それどころか、あれはただの恋人という設定でいっていたに過ぎない

「恋、かあ……」

今度は声に出して、ふうっと一人ため息を漏らした



警視庁、特殊犯捜査一課

「それじゃウェーバー。あとでみんなに、お前のことを紹介するから、それまでここで待っててくれ」

「あいよ。このイス使っていいか?」

「ああ、掛けてろ。ちょっと俺は行くところあるから」

「了解」

クルツは、そこのデスクのひとつを借りて、イスにもたれた

「待つってのはヒマだねえ」

少し眠気が残っていて、あくびをかます

窓から漏れてくる日差しが気持ちよかった

彼は自然と、その目の前の机に寝そべって、そのまま目を閉じてしまっていた



クルツは夢を見た

それは、誰にも語られることのない物語



クルツ自身の過去だった




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