スナイパーの見る夢は

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スナイパーの見る夢は 2


雨が上がったばかりの公園を、子供達が走っている

すると、その幼稚園くらいの子供を、他の子供が、水たまりのできた砂場に押し倒した

「やぁーい、金髪ー」

泥だまりに転んだ金髪の少年、クルツ・ウェーバーは、頭からかぶってしまったせいで、髪の毛の半分が泥に染まってしまった

「やめてよぉ……」

金髪少年のクルツが泣きだしたが、それにもかかわらず、同じ幼稚園の子は、足で泥を蹴った

「行こうぜ」

子供たちは、泥まみれになったクルツを置いて、他の遊び場に向かって走っていった

クルツはぐずぐずと泣きじゃくりながら、砂場の泥から離れて、木のふちに座り込む

ボクはなにもしていないのに、どうしていじめるんだろ……

クルツの金髪は生まれつきで、それが日本の子供にとっては珍しく、その髪をさわってきたり、いじってきたりする

それが嫌で、「やめて」と言っただけなのに、子供にはそれが生意気だと言われてしまった



クルツは、物心ついたときには、すでに日本に住んでいた

父はアメリカ人で、母は日本人。

なんでも、日本に留学した父が、その先で知り合った日本人の母に惚れてしまった

その熱烈なアピールに、母も交際をしていくことになるのだが、留学期間が終わると、父は母にプロポーズを申し込んだ

だが、母は日本から離れたくないと主張し、譲らなかった

そこで、母に惚れていた父が、日本で永住することを決め、母と結婚し、日本に住み着いた

そのときすでに産まれていた子供、クルツは、外見は金髪と、父のアメリカ人の血を強く受け継いでいたが、国籍を日本として、幼いときから日本で育つことになったのだ

その際に、クルツは日本での名前を持っていた

しかし、なぜかクルツは自分の名前はクルツ・ウェーバー以外、受け付けなかった

自分の名前が、クルツ・ウェーバーであるのに、日本で名前をつくるなんて、その名前がまるで自分ではないみたいで、嫌だったのだ

クルツは、自分が好きだった

だから自分という存在を証明する名前、クルツ・ウェーバーと名乗るのが好きだった

なぜ、それほどまでにこだわるのかは、自分でもよく分からなかったのだが

そしてクルツは、子供ながらに、分かったことがあった

日本人は、自分と違うものは、忌み嫌うのだ

似たようなグループでかたまって、自分と違う別のものを、遠ざけようとする

クルツはこれまで、日本が自分の場所だと思って育ってきた

しかし、周りはそれを受け入れてくれなかった

ただ、金髪というだけで。ただ、みんなよりちょっと鼻が高いだけで。ただ、目が青いというだけで。

(ボクはどうして、金髪なんだろう)

むしろ不思議なのは、自分だった

泥がついて、黒く染まっていたその髪を見て、クルツは砂場の泥を掴み、さらにその髪になすりつけてみた

しかし、それでもすべての金髪が、完全には黒くならず、泥臭さが残った

「どうしてボクは、金髪なの……?」

ずっと、クルツは砂場で、ぐじゅぐじゅと泣いていた



目を覚ますと、目の前には渇いた砂場のある公園が目の前に広がった

「……チッ」

いつの間にか、眠りこけていたのか

クルツは腰を上げて、公園の置物にもたれた

高校二年のクルツは、目をこすり、夜になった公園を見回す

(嫌な夢を見ちまってたぜ。あんな昔の頃の自分か……)

また舌打ちして、公園を出ようとした

すると、その金髪少年のクルツを待っていた男たちが、あらわれてきた

「よぉ、金髪野郎」

金属のアクセサリーに、銀ピアス。だぶだぶのシャツの格好をした、ガラの悪い男たちは、口に含んでいたガムをペッと吐き捨てた

「なんスかぁ?」

そのクルツの格好も、似たようなものだったが

「決まってんだろぉ。てめえを殺りに来たんだよ!」

じりじりと、男たちがクルツのまわりを囲もうとする

「けっ」

クルツは、コキコキと首をならして、腕をふりまわした

「生憎と、今のオレはムシャクシャしてんだぜ。加減できなくても知らねえからな!」

そして夜の公園で、またも乱闘が巻き起こったのだった



オレは、拳には自信があった

誰でさえもねじ伏せる力。拳を振り回して、見下そうとする他人を屈服させる

自分の拳は、オレを裏切らないからな

「よぉ、クルツ。またやらかしたみてえだな」

乱闘を制したクルツのところに、男二人と、女二人がダベりながら近づいてきた

「おう」

クルツは拳についた血をシャツで拭くと、気絶した男の腹を踏みつけて、その四人に駆け寄っていく

こいつらは、オレと似たような境遇を持った、居場所のない同志だった

鬱憤を晴らすために、ケンカして、暴れて、爽快になる

四人とも日本人だったが、そういうことはどうでもよかった

クルツは、すでに二年も前から、家には帰らなかった。この四人と適当に歩いて、そこらで寝て過ごす

あの家庭にはうんざりだった

母は我侭で、それでいて、家事も育児も放り出し、友達と遊びに出るのがほとんどだった

父親はそれでも惚れた弱みというやつか、決して文句は言わず、母に媚びていた

そういや、髪に泥をつけたまま帰った日、母は汚いの一言で、一日中家には入れてくれなかったな

「なーに考え込んでんだよ、クルツ」

「いや、なんでもねえよ」

「なあクルツ。俺たちこれからよ、ダチのとこ借りてパーティやるんだよ。来ねえか」

「いや、オレは遠慮するよ」

パーティとは、裏で手に入れた麻薬で、ハイになって遊ぶということだった

どうやって手に入れるのかは知らない。そいつによると、兄貴が仕入れてくれるとか。どうでもいいことだった

「なぁにぃ? つまんなーい」

女性が不満をたらして、腰をくねらす

「来れないんじゃ仕方ねえさ。おい、行こうぜ!」

四人は、その場所へと向かって行ってしまった

「…………」

クルツは、これまで万引きや暴力はやってきたが、どうにも麻薬だけは、好きになれなかった

麻薬は、自分を狂わせる。幻覚を見せて、ハイになる。その中毒にやられて、廃人になる人を何人も見てきた

麻薬は、自分を捨ててしまうようなものだ

自分が好きなクルツは、そんな麻薬というものが、どうにも好きにはなれなかったのだ

「さて、どう時間を潰すかな」

四人は、しばらくパーティで入り浸るだろう

その間、一人になってしまう時間が、どうにもやるせなかった

また、どっかで因縁でもふっかけっかな



コンビニの前を歩いたところで、急に、クルツの前に、ひょこっと同じ年齢くらいの女が、顔をのぞきこんできた

なんだ? この女は

睨んでやろうかと思ったら、いきなり女は、素っ頓狂な声を上げた

「やっぱり、クルツくんだぁ」

オレの名前を知ってる?

……今まで知り合いにいただろうか?

じっと今までの記憶をたどってみると、それに思い当たるのが、一人いた

「……中学の、椎原か」

「ナッツって呼んでよ」

ぷーっと頬をふくらましたが、オレは下の名前で言ってやった

「那津子」

椎原那津子(シイハラナツコ)。中学時代の同級生で、二年間同じクラスだった

ナッツとは、那津子をクラスのみんながそう呼んでいた呼び名だ

だが、オレはそう呼ばない

友達ではないからな。ただ同じ教室になったというだけのことだ

「ま、いっか。でも久しぶりだねえ、クルツくん。三年ぶりかな」

「なにか用があんのかよ」

つれなく言ってやったが、那津子にはそれが通じなかった

「せっかく会えたから、おしゃべりしたくなったな」

「うぜえよ。別に仲がよかったわけじゃねえだろ」

それどころか、クラスに友人はいなかった

誰もが、勝手に自分のグループをつくり、外見の違うクルツを避けていた

孤立したクルツに話しかけたことがあるのは那津子だけだったが、オレはその那津子を、こっちから避けてきた

どうせ、義理かなにかで話し掛けてきただけだと分かっていたからだ

クラスは仲良くという先生の言葉を、真面目な那津子は果たそうとしただけだ

そうすれば、クラスでいい人だと世間で見られるようになる。それを拒むオレが悪人扱いされるだけだ

中学は楽しくなかった

誰もが、先生の前では上ッ面の体裁で仲良くしてるとみせかけて、深く入ってこないのだ

「クルツくんは、どこの高校に行ったの?」

いきなり、那津子が話し掛けてきた。まだ横に居たのか

「……もう暗いぜ。さっさと帰れよ」

質問には答えずに、さっさとそう言い捨てた

「うん、もう夜だもんね。あのね、コンビニで弁当買ってきたの。今日の晩飯。新しいの出てたから、チャレンジしてみようと思って」

その弁当を見せてきた

「ああ。そいつは肉は美味いけど、それ以外はハズレだったぜ」

その弁当は、昨日かっぱらったばかりで、たまたま味を知っていた

「本当? うわー、しまったなー」

しかし、それは困るというより、クルツと話がつながって、喜んでいるみたいだった

……変な女

こいつは、いろいろな意味で覚えていた

けっこう友達が多く、部活や、誰もが嫌がる委員を自分からやっていくタイプだった

その活動的な性格が、羨ましいと思ったこともある

「ねえ、そこのベンチで一緒に食べない?」

さっきとは別の公園の、ベンチを指して、そう言い出してきた

「家に帰ってから食えばいいじゃねえか。それにオレは弁当がねえよ」

「だって、せっかくクルツくんに会えたんだから、もっと話したいな。お弁当は、これを一緒に食べていいよ」

「…………」

まだ、晩飯を手にしていないクルツは、その弁当の誘惑に負けてしまった



クルツは、そのお弁当の肉を先取りし、那津子が「ひどーい」と涙目になる

「やっぱ、肉だけはうめーや」

「クルツくん、意地悪……」

だが、それでも他のおかずを食べていく

「ねえ、クルツくんはこんな時間まで何してたの?」

「ケンカ」

「……え?」

意外だったのか、驚く那津子に、クルツは殴るマネをしてみせた

「へっ、オレに勝てると思う阿呆が、そこらにいるんだよ。そいつらを叩きのめしてやったんだ」

「……喧嘩はよくないよ」

「綺麗ごと言ってんじゃねーよ。向こうから吹っかけてくんだから向こうが悪ぃんだよ」

「でも、喧嘩売られる理由もあるんでしょ? それがよくないよ」

「ああ、そうだな。オレはここにいる奴らとはちがって、金髪で目立つしな。青い瞳が気色いんだろうよ」

「……そうじゃ、ないんでしょ」

「…………」

さっきの公園のやつらは、仲間である四人が、喧嘩をふっかけて挑発されて、その中にいたオレに殴り倒された

そして、その仕返しに、さっき襲い掛かってきたのだった

なにもかも理由を、自分の外見に押し付けていたことを見透かされていて、オレは何も言えなくなった

「クルツくん。喧嘩なんて、もうやめなよ」

「冗談じゃねえよ。ケンカって楽しいんだぜ。この拳を振り下ろせば、地面に血まみれの阿呆が転がるんだぜ。叩き潰す快感なんて、那津子には分からねえよ」

すると、那津子は悲しい目で、オレを見上げた

まるで自分のことのように、とても悲しい目だった

「拳をふるって、なにを得るの……?」

その声が、オレの心に直接、問いかけてくるようだった

「い、言っただろ! 他人を叩き潰す快感を得るためだよ!」

それを振り払うかのように、クルツは怒鳴っていた

「……オレ、もう行くわ」

ベンチから離れて、クルツは公園を出て行った

もう、後ろから声は掛かってこなかった

「……ちっ」

自分でも、後味の悪いことをしちまったな

あいつ、飯がまずくならなきゃいいけど。

いや、元々あの弁当は不味いか。

クルツは一人、笑ってしまった



そして、あとはどう時間を潰すか考えてると、ズキンと拳に痛みが走った

「痛っ! ……なんだ?」

拳には、切れたところはなかった。

だとしたら、公園の奴らを殴ったときに骨を痛めちまったかな

「また、あそこに行くか」

裏道の、建物と建物の間に、錆びれた扉があった

そこをぎいっと開けると、まるで長い間使われてないような通路がつづいて、クルツはそこを進んだ

その先に、また扉があって、そこを開けると、白い部屋があらわれた

「なんじゃ、おまえか」

中に居たのは老人だった。いや、老人というより、くたびれた医者といってもよかった

「じじい。また頼むわ。拳がイッちまったみてえでよ」

「ったく、また喧嘩か。あんだけ忠告してやっとるのに」

「そう言うなよ。またなんかメシを調達してやっから」

「ふん、そこに座っとれ」

この老医者は、とっくに医者を剥奪されていた

しかし、独り身で行くところのない老人は、ひっそりと無許可で医者を続けていた

もっとも、医師免許は剥奪されていたので、裏家業扱いだが

「じじいの腕は確かなのにな。国も見る目がねえよな」

「そう言ってくれんのは、おまえだけじゃがな」

かかか、と笑って、その拳の診断にかかる

「ああ、骨を一本折ってるな。なにか堅いものを殴ったせいじゃろう」

「あいつのアゴかなあ……」

「知るか」

老医者は、棒で固定して、その上から包帯を巻いた

清潔でないのは仕方ない。そして、数少ない備品でこしらえてきているため、クルツも文句は言わなかった

「サンキュ」

「まったく。あの頃と変わらんのう」



クルツと、この老医者が出会ったのは、二年前だった

家を飛び出し、やさぐれていた。

なにもかもが憎くて、たまらなかった

喧嘩をふっかけて、でたらめに暴れた。怒りを発散させて、楽になりたかった

しかし、まだ中坊だったクルツは、逆にやられ、殴られ、ゴミに埋もれた

身体中が痛くてたまらず、苦しんでいると、クルツに向かって、老人が話し掛けてきた

クルツのうめき声を聞いて、気になったらしい

「身体が痛むのか?」

「痛え。痛えよ!」

うずくまるクルツに、老人がなだめて、肩をかついで歩き出した

「どこ連れていくんだよ……」

「わしの病院じゃ。すぐそこでよかったわい。遠いところだったら、放っておくとこだった」

「……オレ、金ねえぞ」

「わしの腕をふるまえる機会じゃ。いらんわ」

その病院は、とても病院と呼べるものではなかった

シーツも清潔ではなかったし、棚に薬品はほとんど無かった

だが、それでも老医者は治療してみせた

「礼を言うぜ、じいさん」

「ああ、待て待て」

出ようとしたクルツを、老医者が呼び止めた

そして、催促みたいに、手を出してくる

「なんだよ。金はいらねえって言ったろ?」

「金じゃない。なにか、メシを持ってこい。どっかから、かっぱらってここに調達してくればええ」

「……じじい」



「そうだな、変わってねえや」

クルツも初めて会ったころを思い出して、笑ってしまった

「笑ってんじゃないわい。喧嘩はもうやめろと言ってるじゃろうが」

「治療ができて、ラッキーだろ」

「ったく。喧嘩ばかりしてて、何を得るというんじゃ」

『拳をふるって、何を得るの』

老医者の言葉と、さっきの那津子の言葉が重なって聞こえて、一瞬狼狽してしまった

「……あいつと同じことを言わないでくれよ、じじい」

「あいつって誰じゃ?」

「いや、なんでもねえ」



クルツは、治療の報酬として、老人の分のメシの調達に行くことにした

適当に歩いていると、さっきのベンチに座っていた公園を横切った

あれから二時間たっている。椎原那津子の姿はなかった

あいつには久しぶりに会ったな。まあ、もう会わねえだろうけど

クルツは、夜の街へと消えていった




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