スナイパーの見る夢は 3翌日、仲間の四人と合流して、適当に時間を潰していた 道路に座り込んで、他愛のない話で盛り上がっていく 「でよお、びびって縮こまってるヤツのタマを蹴り潰してやってよぉ」 「ギャハハ、マジいけてるぅー」 いつもと変わらない話のはずなのに、クルツには大して面白いと思えなかった 道路の石をいじってると、仲間の女が、クルツの包帯でくるまれた右拳を見て、聞いてきた 「あれぇ? クルツくんその手、どーしたの?」 「ん? ああ、大したことねーよ。まだまだ三人がかりでも殴り倒せるぜ」 「あはは、やっちゃってよ。それにしても、クルツくんの金髪ってラクでいーよねー」 「んあ?」 「だってさ、染める必要ねーじゃん。ウチなんかすぐに染めなきゃさー」 別に、嬉しくはなかった。染髪料が浮いてラッキーだとか、そんなのはどうでもいい なんだか急に冷めちまったなと思ったら、男が立ち上がって、叫んだ 「おーっし。そんじゃ、そろそろパーティと行こうぜ!」 気づけば、もう夕方になっていた 女たちもノリノリで、パーティをしに立ち上がる 「クルツくんはぁー?」 「いや、オレはいいって」 「付き合い悪ーい」 クルツはそれを笑い返して、バイバイした
「あーあ、ヒマになったなー」 このところ、パーティが活発になってきて、最近一人の時間が増えてきてしまった 「どうすっかな」 今夜は、あまり喧嘩をする気にはなれなかった 一応痛むから、まあ安静にはしとこうと思っていた 「クルツくーん」 「……?」 なんだか、妙に最近聞いたばかりの声が、聞こえたような気がした すると、昨日のコンビニの前に、あの椎原那津子が立っていた 「那津子……?」 那津子は、買い物袋を下げて、とてとてと駆け寄ってくる 「なんで、ここにいるんだよ?」 「ここで待ってたら、またクルツくんに会えるかなと思って」 「ばっか。オレが通らなかったらどうするんだよ」 「でも、会えたよね。てことは、ラッキーだな、あたしって」 やっぱり、変な女だ
昨日と同じベンチに腰を下ろして、二人は並んだ すると、那津子がクルツの包帯の右手に気づいた 「うそっ。どうしたの、その手?」 「ちょっと、骨をイッちゃってよ」 「大丈夫? 痛そう……」 あの仲間の女と違う反応を見せられて、クルツは戸惑ってしまった 「だっ、大丈夫だよ!」 ばっと右手を隠してしまった 「そう? 大事にしてね」 「ああ……」 ったく、なんだかなあ。リズムを狂わされちまう 「それで?」 「え?」 「オレを待ってたんだろ? なにか用事があるんじゃないのかよ」 「ああ」 すると、買い物袋から、ポテトチップスを取り出した 「お菓子を、一緒に食べようと思って」 「…………」
まったく、オレってやつは、食に弱い自分が呆れてしまう 素直に、その一枚一枚を頂いて、薄い塩味に美味しさを感じてしまっていた 「あはは、クルツくんよく食べるねー。ポテチ好きなの?」 「まあ、ポテチも好きだけどな。和食が好きだな。納豆とか、醤油かけた豆腐をご飯と食べるのが好きだな」 「納豆か。あたしも好きー」 「…………」 他の人なら、オレが納豆好きと聞いたところで、おかしそうに笑い出していた その金髪して、イメージ合わないよと言って、腹をかかえるのだ そんな勝手に押し付けられたイメージをされるのが、オレはとても嫌だった でも、那津子はそうしなかった 「……そっか。じゃあよ、納豆に卵ってかけてるか?」 クルツは、いつの間にか自分から、那津子に話題をつくってしまっていたのだった
ベンチに腰掛けてから、何時間たっていたのだろうか 会話に夢中になってしまって、手元のお菓子も空になっていた 「ご馳走さん。そんじゃ、そろそろお開きにしようぜ」 「あ、そだね。もうこんなに暗くなっちゃった」 「ああ。気ぃつけて帰れよ」 「うん、……またね」 別れ際に言った、那津子の言葉が、強く耳に残った 『またね』 また、会えるのだろうか。 なんだか、そう期待してしまう、不思議な言葉だった 椎原那津子、か ……でも、あいつはなんで、こんなにオレにかまってくるんだ? 中学の頃、たしかに同じクラスにはなったことがある だが、本当にそれだけだ。友達のように会話なんぞ、した記憶がない 「……それにあいつ、本当によくオレのこと覚えてたな」 孤立していたクルツは、ひっそりと教室にいた その存在だけが、ひどく薄く、存在していないかのように、過ごしていたつもりだった 誰とも視線を合わされず、ただ時間が過ぎるのを耐える毎日 だが、さっきの那津子とのおしゃべりを思い出すと、自然に笑みを浮かべてしまう 「……けっこう楽しかったな」 これが、友達とおしゃべりするってことなのか 仲間の四人とも、話してはいるが、なんというか、そういうのとは違うのだ お互いを確かめ合うような、そんな内容。楽しさを共有するような、情報交換。 たった数時間だけのはずなのに、すべてが新鮮だったように、クルツは感じていた
次の日、例の四人とダベってから、例の時間が来た このところ、やみつきになってるらしい、四人のパーティ すると、その四人から、そのパーティの楽しさを伝えてきた どうやら、そのパーティ先では、他の麻薬使用者も集まっているらしかった 話を聞いて、飛び入りで入ってくるヨソ者。それを歓迎する四人。 日々、その人数は増えてきて、今では十人近くが、そのパーティに参加していると説明された そうして楽しんでると言えば、クルツも参加すると言うと期待したのだろうか しかし、それでもクルツは断って、四人とまた別れることになった 悪いな。麻薬だけは、する気になれねえんだよ
ポケットに手を突っ込んだまま、彼はあのルートを歩いていた 「あー、不良歩きだ」 そこに、またあの那津子が袋片手に、待っていた 「よぉ」 なぜかオレは、そこに那津子がいるのが当たり前だと思っていて、そしてホッとしていた 「不良歩きってなんだよ?」 「だって、そんな手をポケットに入れたまま、肩をゆさぶって歩いてたらさ。悪モンに見えるよ」 つい、ぷっとクルツは吹き出してしまった 「ええ? なんで笑うの?」 「あのな、オレぁ不良なんだぜ。毎日ケンカしてんだからな」 「……喧嘩してるんだ」 「あ……」 そういや、喧嘩しないよう注意されてんだっけ しまったなあと、ぽりぽり頭をかいてたら、那津子は袋に入ってたタイヤキをパクつきながら言った 「でもやっぱ、あたしには不良には見えないな。だって、中学の頃の優しいクルツくんを知ってるもん」 「…………」 クルツも、その袋からタイヤキを取って、かじりついた 「なあ……」 「ん?」 「那津子はよ。なんでオレをそんなに気にかけてんだ? オレ、那津子にそんなに、なにかしたわけでもねえだろ」 「ううん、したよ」 那津子は、もう腹の部分を食べていた 「……憶えてねえなあ」 「クルツくんは大したことないと思ってるかもしれないけど、わたしにとっては、すごく大きいことだったよ」
それは、中学の、授業の教室を移動するときだった 授業に使うカッターナイフを、男子が教室の出口側で、友達とふざけて振り回していたのだ 「ちょっと、やめてよ」 クラスの女子が注意したが、男子は聞かず、クラスメートと振り回して、チャンバラごっことばかりに騒いでいる そして、那津子が教科書を手に、移動しようとしたら、近くで騒いでいた男子が、向こうをむいたまま、カッターを振り回した すると、そのカッターナイフの刃が、こっちに向かってきていることに、那津子は気づいた しかし、男子は向こうを向いてて気づかず、那津子も、その刃をすぐに避けるほどの反射がなかった その刃の軌道は、那津子の顔に向けられていた (危なっ……) 顔が、切られてしまうと思った瞬間、ぐいっと襟首をつかまれ、後ろに強くひっぱられた カッターの刃は、さっきまで顔のあった空間を切り裂いて、男子はそのまま向こうへと消えていった 後ろを向くと、そこにはクルツがいた 刃が顔に当たると気づいたクルツが、那津子を後ろに引っ張ってくれたのだ クルツは、そのまま何も言わずに、次の授業の教室に、一人で行ってしまった 那津子はその場で、クルツに向かって「ありがとう」と言おうとした しかし、できなかった そこにいたクラスの視線が怖かった とにかくクルツに構うと、そいつはすぐに、いじめの対象に巻き込まれる それが怖かったのだ 結局、そのお礼の言葉は、言えず終まいになり、またクルツもなにも催促してこなかった
「……やっぱ、憶えてねえなあ」 「クルツくんには、それが当然の行動と思ったのかもしれないね。でも、わたしにとって、あれは忘れられない救出劇だったんだよ。顔を傷つけられたらって思うと、今でもゾッとする」 「ふーん」 「……今更、ここで言うのは卑怯かもしれないけど」 「あん?」 那津子は、髪をかきあげて、こっちを見つめた 「ありがとう」 「へ? ……ああ」 こうして改まって言われても、なんだか照れるなあ 「ほんとに卑怯だよね。クラスのみんながいなくなってから、言うのって。何度も、教室のクルツくんを見ながら、謝りに行こうって思ってたのに、結局勇気が出せなかった」 「教室のオレを見てたのか?」 「うん。あれから、ずっと意識して、見てたよ。でもやっぱり、近寄りがたい雰囲気もあったし」 「…………」 視線なんか、気づかなかった ……いや。 違うんじゃないか? 本当にオレは、視線に気づかなかったのか? その視線さえも、避けていたんだ。あの頃のオレは、人と関わるのが怖くて、自分で壁をつくっていた 人と関わることから、逃げていたんだ 「ほんとう、ごめん……」 那津子は、また謝った。長い時間を悔やむように、何度も謝ってきた 「…………」 クルツは、袋の中のタイヤキを手に取った もう袋にタイヤキは入っておらず、それが最後のひとつだった そこでクルツは、そのタイヤキを、腹のところで半分にして、那津子に手渡した 「一緒に食べようぜ」 那津子は、涙目でオレを見上げて、それから嬉しそうに、そのタイヤキを手に取った 「……うめえな、これ」 それは、すべてを清算してくれるような、そんな美味しさだった 「ほんとにおいしいね」 涙をぬぐいながら、那津子も美味しそうに食べていた それは、至福のひとときのように、クルツは思った |