スナイパーの見る夢は 4「そんじゃ、パーティ行ってくるわ」 また次の日も、その四人はクルツと別れることになった 「ああ。じゃあな」 それから、またあのコンビニの前を通る 「クルツくん」 「よっ」 最初は交わさなかった挨拶ですら、もう自然と自分からしていた もう食べ物がなくても、クルツは会話につきあうようになっていた それは次の日も、また次の日も。もうクルツにとっては、那津子と会うのが日課になっていたのだった
数日後の夜、食料の調達に、四人がぶらぶらと夜の街に出た ガムを噛みながら、馬鹿話で盛り上がる すると、その一人が、金髪の男が公園で、横の女と楽しそうにしゃべっているのを見つけた 「おい、あれ」 「なんだよ?」 ひじで突かれ、文句を言うが、それでも男はしきりに公園を指差していた 「あぁん?」 そこにいたのは、数時間前に別れた、クルツだった 「横に誰かいるぜ」 「女だな」 「ふーん。……あいつ、最近やけに夕方頃からそわそわしてると思ったら、そういうことかよ」 「女ができたんだな、アイツ」 「それで付き合い悪かったのかねぇ」 「へっ」 男たちは、少しの間、その横にいた女性の顔を見つめていた
その翌日の昼頃、クルツは、いつもの四人と近くの裏道をぶらぶらしていた すると、そこの店の看板横に座ってダベっていた男二人を、クルツの仲間の男二人が、いきなり罵声を浴びせ、挑発した 「んだぁ、コラァ? もっぺん言ってみろや!」 その挑発に、座っていた男たちが立ち上がり、睨んできた 「おぅ、クルツぅ。やっちまってくれよ」 これが、いつものパターンだった 四人が挑発し、最後にはクルツが拳で黙らせる しかし、最近どうにも、クルツはやる気がなくなってきていた 「おいおい、クルツ。なに呆けてんだよ。好きなケンカだぜ。血ぃみせたれよ」 「あぁ……」 クルツは体格がよく、背丈も高めだ 普通なら、そのクルツが一歩前に出るだけで、いきなり逃げ出す奴もいる だが、中にはそれでも突っかかってきて、乱闘になるのだ 「おらぁっ!」 その男のパンチが、クルツの腹にめりこんだ だが、クルツの腹筋が、それを押しとどめる 「…………」 その腕を掴んで、わき腹に蹴りを食らわせて、拳を鼻めがけて振り下ろした 出血した血が、クルツのシャツに跳ね返る 結局、いつもと同じ不良同士のケンカになっていくのだった だが、その乱闘を遠巻きから眺める一般人の中に、那津子の姿があった 那津子は、暴れるクルツの様を、悲しげに見つめていた
その日の夕方、クルツは公園のベンチで、那津子と待ち合わせた 「よお、冷え込んできたな」 「……うん」 今日の那津子は、ただうなずくだけだった 「どしたよ。なんか元気ねえな?」 「うん……」 いつもより言葉少なめで、かえってクルツは気になった 「……クルツくんさ。お昼頃、喧嘩してたでしょ」 それは、今日の昼、男二人を拳で殴り潰したことを言っていた 「……見てたのか」 「たまたま、あそこを通ってたの。すごく怖いものが見えて……。なにかなと思ったら、クルツくんだった」 「…………」 「ねえ。クルツくんは本当に、喧嘩が好きなの?」 「……ああ。好きだからやってんだぜ」 「嘘だよ」 「あ?」 「喧嘩してるときのクルツくん、全然楽しそうじゃなかった。なんだか、無理矢理やらされてるみたいだったよ」 「…………」 「一緒にいた四人は、ただ見てるだけだったよ。あの人たちは、クルツくんの友達なの?」 「オレは強いんだよ。だからあいつらが手伝う必要がねえんだ」 「そういうんじゃないよ。なんだか、違う」 「……うるせぇな」 「クルツくん?」 「あいつらは、オレの友達だよ。あいつらも、オレと同じなんだ。こんな腐った世界に反抗したいだけだ」 「……ねえ。あの時、喧嘩を見たときね。すごく怖かった。分かる? 見てるほうも、嫌なんだよ。喧嘩って」 「知るかよ」 「あの人たちに、無理矢理、喧嘩させられてるんじゃないの?」 「…………」 違う あいつらは、オレのケンカ相手を探してくれてるんだ。 最初に会った頃、オレは別のグループと衝突し、そいつらを倒していた すると、そこにあの四人が声を掛けてきた なんでも、遠巻きからさっきのケンカを見ていたそうだ そのオレの強さを、あいつらは誉めて、称えてきた あいつらも、オレみたいに、そこらの奴に挑発しては、ケンカしてスリルを楽しむのが日課だという その楽しさを説いてきて、まるでオレを理解してくれるようだった それからオレは、自然とあいつらとつるんでいた なにもかもにイラついていたオレに、あいつらは拳をふるう機会を与えてくれた そうだ。オレは他人を屈服させたいんだ 弱い者同士が集まって、群れをなし、威張りやがる オレはそれを蹴散らしてやってきたんだ。この拳で! 『ほんとうに、楽しいの?』 ああ、楽しいさ 『なんのために喧嘩するの?』 気に食わないからさ 『拳を振るって、なにを得るの?』 またそれか。 相手を潰す快感を得るためさ。あいつらが褒め称えてくれるんだ。 オレの拳は、オレを裏切らない 『あの人たち、友達?』 ………… オレがケンカをやめたら、あいつらはどうするだろう? もう誉めてくれないのか? オレからいなくなってしまうのか? 「強えじゃねえか、金髪」 初めて、オレに話し掛けてきた言葉 「俺たちと組もうぜ」 初めて、誘われた言葉 あいつらは、オレにとって、初めての仲間なんだ
「友達かもしれないけど、それでも喧嘩をするのは、おかしいよ」 「…………」 本当にオレは、ケンカが好きなんだろうか 最初の頃のオレは、それしかなかった 家庭にも、学校にも、居場所のなくなったオレにとって、訴える手段は、もう拳しかなかった この恨みを、憎しみを、誰かにぶつけてやりたかった でも……その拳をふるえばふるうほど、オレに対する憎しみも増えるだけだった オレを憎む奴が増えて、仕返しする奴が増えて……。もう後戻りがきかなかった ケンカを続けるしかなかったんだ。それは、オレが蒔いた種なんだから 憎しみという名の種を。
すると那津子が、こっちを向いて言った 「ねえ。あたしが、あの人たちに、もう喧嘩はさせないようにお願いしてこようか」 「ばっ、バカ野郎!」 その提案に、クルツは無意識に立ち上がって、怒鳴ってしまっていた 「むやみにオレたちに関わるんじゃねえ! それがどれだけ危険なことか分かってんのか! オレと那津子の世界は違うんだ」 オレの世界は、醜く、汚いんだ 那津子のようなやつが、踏み込めるところじゃねえんだ オレの腕はもう、手枷がはめられてんだ。その先の重しは、泥に沈んじまってる 那津子が来たって、お前と一緒に、泥の底まで引きずりこんでしまうだけだ 「いいか! そんな無謀なことすんじゃねえ! 自分のことだけ大切にしてりゃいいんだよ!」 「…………」 この日、那津子はそれ以上、なにも言わなかった
次の日、クルツは人の少ない裏通りを、あの四人と歩いていた 「なんだよクルツ。元気ねえなあ」 「ああ、いや……」 怒鳴るつもりはなかった。 那津子の奴に、悪いことしちまったな。気にしてなきゃいいんだけど すると、そこの裏通りで、煙草をふかしてダベッていた男を、また四人が挑発した 罵り、馬鹿にして、しだいに男はこめかみを引きつらせ、立ち上がる 「へっ、粋がりやがってよ。てめえなんざ、この金髪にゃ勝てねえんだよ」 そうして、またオレを戦わせようとする 「…………」 だが、なにも言わないオレを、四人は小突いた 「なにしてんだよ、ほら、やっちまってくれや」 「……なあ。オレこのケンカ、パスしていいか?」 軽く、そう言ってみたつもりだった それでこの四人が、仕方ねえなあと言って、そっちでケンカを始めることを期待していたのかもしれない だけど、四人はしつこく小突いた 「なに言ってんだ。オメエがやるんだろ、こういうのはよ」 「……そうだな」 結局、なにも変わらなかった。 いつもと同じ、オレが相手を血まみれにして、それで終わる オレはなにを期待してたんだろうな なにかが変わると思ったのか? なに言ってんだ。オレは今のこの生活が、気に入っているんだろ? クルツは今の自分が、分からなくなっていた
「今日も、新しいのが入ったみてえでな。パーティに行ってくらあ」 「ああ。じゃあな」 四人と別れ、クルツは例の場所へと、駆け出していった だが、そのクルツと四人が別れたその場所に、那津子がいた。建物の隅で、クルツたちを覗き込んでいた 彼女は、クルツを見ていたわけではない。 クルツと別れたあとの、仲間の四人の行く先を見つめていた クルツは、那津子の視界から消えてゆく それから那津子は、そっと裏通りに出て、あの四人のあとを、こっそりと尾けていった 四人は、楽しそうにダベりながら、人気の少ない住宅街の、ボロいアパートの一室へと入っていった 「あそこね」 怖い、という気持ちをなんとか押さえつけて、彼女はそのアパートに向かっていく その部屋の前に来ると、ドア越しでも、騒いだ声が聞こえてきた おそるおそる、那津子はそのドアを、コンコンとノックする 数秒してから、四人のうちの男が、面倒くさそうにドアを開けた 「んだよぉ。ノックなんかしてねえで、さっさと入って来いよ。……ん?」 その男は、他の飛び入りだと思って出たのだが、そのドアの前に居たのが、他とは違う女だと分かって、眉根をひそめた 「おーい、なにしてんだよ!」 奥の方から、別の男が怒鳴る 「ちょっと、こっち来いよ! 女が来てるぜ!」 呼びつけて、あの四人の、また別の男が玄関に来た 「ん? なんだぁ?」 その聞き方が、威圧感がこめられてて、やはり怖かったが、それでも那津子は言ってやった 「あの、クルツくんのお友達ですよね。お願いがあるんです。クルツくんに、もう喧嘩をさせるの、やめてもらえませんか」 すると、その男たちは、耳元でぼそぼそと囁き合った 「こいつ、クルツの女だぜ」 「ああ、あの時の……」 それを確かめ合うと、彼らは薄笑いを浮かべた 「まあ、話なら中でしようよ」 ドアを、ぎいっと大きく開けて、那津子を招きいれようとする だが、那津子は警戒して、その場から動かなかった 「いえ、ここでします」 「そんなこと言わずに、来いって!」 男の手が伸びて、那津子の腕を引っ掴み、強引に部屋に引っ張ってくる 「ちょ、やめて……」 だが、その力にはかなわず、那津子の身体が、その部屋に押し込められていった そのアパートのドアが、ガタンと閉じられた
「……来ねえな」 クルツは、いつも待ち合わせる場所で、ずっと腕を組んで立っていた 昨日のこと、気にしてんのかな…… 謝ろうと思ったのに、あいつがいなきゃしょうがねえじゃんかよ 「…………」 真っ暗な景色。明かりは、近くのコンビニの中から漏れる電気だけだった 時折吹いてくる風が、身に染みてくる 「あいつ、ずっとこんな感じで待ってたのかな」 いつも、この場所にくると、決まって那津子が先にいた オレは、ここに着いてすぐ、おしゃべりを始めるけど……あいつはオレに会うまで、ただ立ってるだけなんだよな 待つってのは、こんなに静かで、寂しいのか…… クルツは、ずっと待ち続けた 別に、毎日会うと約束してるわけじゃない。 それでも彼は、ここから動かなかった
次の日、クルツはいつもの四人と合流しても、彼は昨日の事を考えていた あいつ、結局来なかったな まあ、那津子にだって、忙しい日はある 毎日オレのように暇ってわけでもないんだ そう気持ちを切り替えると、クルツはいつもと同じように、時間を潰した 四人とダベりながら、適当にぶらつき、ケンカして、例の時間を待つ 「じゃあ、オレ行くわ」 夕方になって、クルツは四人と別れ、例の場所へと駆け出していった だが、今日もそこに、那津子の姿はなかった 「あれ?」 今日も、いねえな クルツは、その場所で、何時間でも待ち続けた それでも那津子は、現れてこなかった 「……つまんねえな」 今までは、この時間は一人で退屈だった。嫌いな時間だった でも、いつの間にかクルツにとって、この時間が、一番好きな時間になっていた あいつと話してる時間が好きだった 嫌なことをいろいろ忘れて、ただ目の前に居る那津子と、おしゃべりを楽しむ それが今のクルツにとって、至福の時間だった 「どうしたんだ、あいつ……」 これじゃ、いつまでたっても、謝れねえじゃねえか じれったくも、それでもクルツは待ち続けた 暗闇の中、光を求めるかのように、ずっとずっと、待ち続けた |