崩れゆく理想郷

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崩れゆく理想郷 2


翌日、かなめが潜入捜査する『ふもっふランド』遊園地は、いつものように朝からにぎわっていた

その入場の行列に、かなめと、そしてむすっと不機嫌な宗介が並んでいた

潜入捜査なので、二人は警官の制服ではなく、私服で来ていた。千鳥は小さなバッグを手に、順番を待っている

「……なぜ、俺を選んだ」

「いや、選択肢が無かったというか、なんというか……」

と苦笑してから、千鳥は、昨日課長から渡された、ふもっふランドのパンフレットを半分広げた

「でもあたし、遊園地って初めてだから、楽しみです」

「……家族と行ったことないのか?」

「ないです。そういう家族サービスするような父じゃないですから」

「そうか」

「相良先輩は、遊園地には何回くらい行ったことあるんですか?」

「いや、俺も一回もない」

「あ、そうなんですか? 先輩も連れてってもらえなかったんですね」

「それより、なんだかいつもよりテンションが高いな」

千鳥の目が、遊園地に遊びにいく子供のように、輝いて見えるのだ

「だって。初めての遊園地なんですよ! なにに乗ろうかな」

そう言って、パンフレットに記載されているアトラクションの名前を見ては、浮かれていた

「……言っておくが、アトラクションには入らないぞ」

「えっ!」

宗介の忠告に、千鳥は真顔で驚いた

「どうしてですかっ」

「どうしてって……。これは潜入捜査だぞ。アトラクションに乗ってる最中に対象者を見つけても、すぐに追いかけられないだろう」

「あ……。そ、そうですね……」

あからさまに、千鳥はがっくりと肩を落とした

やれやれ……

そんな千鳥の姿を見て、宗介は先行く不安にため息をついた



十分ほど並んで、ようやくふもっふランドの中に入った二人は、まずその雰囲気に圧倒された

ジェットコースターが園内をかけまわり、緑の多い公園のような休憩ゾーン。

そしてカラフルに富んだ店が並び構えたショッピングゾーン。

まるで別世界に放り込まれたような錯覚に見舞われて、二人は数秒ほど唖然としていた

「これが遊園地……」

「広すぎる……」

すると、その二人に向かって、とことこと風船を持った、大きな瞳に蝶ネクタイという愛くるしいネズミの生き物が、愛想良く手を振ってきた

「ふもっふぅー」

「なんだ、あの奇妙な生物は……」

その姿に、宗介は眉根をしかめた

「あれ、たしかボン太くんっていうんですよ。この遊園地のマスコットキャラです」

と、かなめは、パンフレットの地図の端に小さく描かれていたボン太くんイラストを指差した

「ああ、ぬいぐるみか……」

それで、ようやく納得したようだった。まさか、これがリアルの生物と思ったのかしら

そのボン太くんは、いらっしゃいと歓迎している挨拶のサービスで、手を振ってるようだ

かなめも手を振って、挨拶を返す。それから園内を進んでいくことにした

「どういうルートで行きます?」

「まずは、ぐるりと園内を一周しよう。全体を把握しておきたい」

「そうですね。じゃああっちから行きましょう」

右を向いて歩こうとすると、宗介がいきなり千鳥の手を、ぎゅっと握ってきた

「せ、先輩っ?」

「一応、恋人という設定になってるんだ。手ぐらいつないでおかんと、怪しまれるぞ」

「え? あ、はは。そ、そーですよね。う、うはは」

なんとか動揺を笑いで誤魔化そうとしたが、つないだ手に伝わってくる体温を感じてしまって、どうしても顔が赤くなってしまう

うう、こんな風に男の人と手をつないだことなんてないのに……

ちらりと宗介の顔を見てみたが、彼は別に普段どおりだった

あたしが、意識しすぎなのかしら……あぅぅ



その頃、泉川署交番では、一人残ることとなったクルツが、寂しそうに仕事をしていた

「ちえ、なんでオレにしてくんなかったんだろ。千鳥ちゃん……」

すると、その交番に、女子高校生が入ってきた

「お邪魔します、クルツさん」

それは、今でも週に何回か、この交番に訪れている佐伯恵那だった

「お、恵那ちゃん。今日も来たんだな」

「はい。これ、差し入れのクッキーです。昨日、家庭科で教わったんですよ」

恵那は、小さな袋から、クッキーを出して、見せてきた

「サンキュ」

普通、勤務中に、物をもらうことは禁止されているものだが、人の好意を無下にするほうが罪だという宗介たちの判断で、ありがたく頂戴していたのだった

「お、中にチョコ入ってんのか」

「おいしいですか?」

「ん、うめーぞ」

恵那は、料理の腕もなかなかのもので、千鳥たちにも好評だった

「あのう、千鳥さんや相良さんはどうしたんですか?」

「ああ、あいつらなら今日はいねえぞ。実は別件の仕事でな」

その内容を、クルツが簡単に説明した。もっとも、クルツなりの余計な補足もついていたが。

「えぇっ? そ、それって。……デート、ですよね」

恋愛経験が乏しい恵那は、それをどう想像したのか、ぽっと赤くなった

「さあ、どうなんだろうな。まあ今頃は二人で楽しんでる頃だろうよ」

「そうですか。……デート」

それを聞いた恵那の顔に、なんとなくかげが見えたような気がした

(やっぱ恵那ちゃん、ソースケのこと……)

今まで恵那が遊びに来るたびに、その目が宗介を向いていたように、クルツは感じていたのだ

「なあ、オレたちも近いうち、デートしねえか?」

「えっ」

軽く言ってみたそのクルツの誘いに、恵那は驚いたように声を上げた

そのリアクションに、クルツはバツが悪そうに、ぽりぽりと頭を掻いた

「いや、冗談だよ。ハハ……」

そう言って、誤魔化すように、書類仕事に戻った

「…………」

恵那は、少しだけ、そのクルツの横顔を眺めていた



ふもっふランドは、遊園地としても、中堅くらいの広さであった

「これで、ようやく一周か……」

アトラクションに入らず、ただ歩き回るだけだというのに、一時間近くもかかってしまった

「結構広いですね」

「そうだな。おまけに、施設もかなりの数だ」

アトラクションは全体的に配置されていて、その数は把握できるだけでも二十はあった

そして園内だけの商品を扱ったショップなどが、連なって並んでいる

「取引現場は見つかりませんでしたね」

「まあ、そんな簡単には見つからんだろう。今度は死角の多そうなところを歩き回ってみるか」

「アトラクションから離れたところとかが多そうですね」

「よし、行こう」



二人は、遊園地内の、人目につきにくそうな場所を重点に、歩き回っていく

アトラクションからもショップからも離れていて、緑だけの場所や、施設の裏側といったところにも足を向けていった

しかし、それでも見つけることはできなかった

「今日中に見つかりますかね?」

「今日だけとは限らん。こういう捜査は、何日でも何ヶ月でも費やして、やっと手がかりを掴めるものだ」

「忍耐勝負ですね。……でも今回は、情報提供者の身元が割れていないから、その真偽も怪しいところですけど」

「それにしても、家族連れが多いな」

子供が楽しそうにはしゃぎまわり、それを見て笑う両親たち。

「遊園地ってのは、そんなものですよ」

「そうだな」

こんなにも人の多い場所で、銃の密売取引とは、あまりにも場違いにも思えてしまう雰囲気だ

「まあ、それがガセだとしても、それはそれでいいがな」

「そうですね」

そこで、宗介が、遊園地のパンフレットの地図に『×』と記されているのを見つけた

「これはなんのマークだ?」

その『×』の下には、ミラーハウスと書かれていた

「これは、工事中かなんかで使用不可って意味ですね。このミラーハウスっていうアトラクションが故障中か、改装中、もしくは建設中で使えないってことだと思いますよ」

「つまり、園内の関係者以外は入れないということだな……」

「……行ってみますか?」

「行こう」

パンフレットを折りたたみ、二人はそこへ向かっていった



そのミラーハウスは、なにかの屋敷のような外見になっていた

その入り口は当然閉ざされて、入れなくなっている

屋敷の窓も、内側から板かなにかで塞がれて、中が見えない

「よし、入ってみよう」

「大丈夫ですか?」

「関係者に見つかったら、迷って入り込んだとでも言えばいいだろう」

「……それ、ちょっと無理があると思うんですけど」

だが、宗介は強引に入り口をこじ開けて、できた隙間から入っていってしまった

仕方なく、千鳥も一度辺りを見回してから、続いて中に入った

そこは、やはりミラーハウスというだけあって、一面、鏡だらけの部屋だった

「鏡がこんなに……なんのために」

「先輩。ミラーハウスって、たしか鏡の迷路みたいなものらしいですよ。惑わされずに、出口を探すアトラクションです」

「ああ、だからか」

室内の電気がつけれないので、わずかに漏れてくる外の光をたよりに、鏡の迷路を進んでいく

「痛っ!」

「あだっ!」

道と思ったら、それすらも鏡の壁で、二人はそれぞれ思いっきりおでこをぶつけてしまった

「くそ、進みづらい」

幸い、二人は手を握って進んでいるので、二人が離れることはなかった

「手探りで進むのが一番だな」

鏡の壁に手をつきながら、右に右にと進んでいく

すると、急に壁が変わった

途中から、鏡ではなく、ただの板でできた壁しかなくなったのだ

「ここで、鏡が終わってますね」

「ああ。これから鏡を取り付ける途中って感じだな」

「建設中だったってことですね。あ、出口が見えますよ」

「鏡じゃなくなった途端、すぐに抜けれたな。もう終わりか」

宗介は振り返って、板の壁と、鏡の壁を眺めた

「……先輩?」

「もっとよく調べてみよう」

すると宗介は、その板の壁を外しにかかった

「なにしてんです?」

「外したら、隠し部屋かなにかが出るかと思ってな」

その壁の板をはずすと、向こう側の通路と、また壁があらわれた

迷路の別の通路に出ただけだろう。

「ああ、壁を外しちゃって。知りませんよ?」

「こんなに壁があるんだ。建設途中だし、気づかないだろう」

「そういう問題ですか?」

しかし、その向こうの壁を外しても、なにもなかった

鏡の壁も外してみたが、怪しい空間は現れなかった

「…………」

その後も徹底的にミラーハウスの中を探ってみたが、結局ここにはなかった



「違いましたね」

「他にもこういうところはないのか?」

またもパンフレットを広げ、×マークを探してみる

しかし、そのマークがついているものは、他にはなかった

「ないですね。これでまたガセの可能性が高くなりましたね」

その時、宗介の携帯が鳴り、彼はそれに出た

「はい。……はい。了解しました」

携帯をしまうと、彼の表情が少し険しくなっていた

「誰からです?」

「本部からだ。情報提供者が割れた。そしてこれで、確実になったぞ。ここに取引場所が存在しているということがな」

「本当ですか! 提供者は誰だったんです?」

「美樹原組だ」

「……組? あの、それってもしかして……」

「ああ。極道会だ」

二人は、少し場所を移動して、そこにあったベンチで話を続けた

「つまり、龍神会と同業者ってことですね」

「まあ、おおまかに言うと、そうなるな」

「その美樹原組っていうところが、同業者であり、邪魔な龍神会を売ったということですか」

「ちょっと違うな。まず、美樹原組というものについて、教えておこう」

暴力団の資金源は、主に賭博、用心棒料、覚せい剤等の密売から成り立っている。

その他にも、民事介入暴力、企業介入暴力、企業恐喝という新しい形態も出始めている。

そしてこれらは『シマ』と呼ばれる縄張りの中で行なわれている。

「龍神会は、その典型みたいなものでな。泉川も縄張りの中にあって、そのせいで治安が悪かった」

「美樹原組は違うんですか?」

「ああ。極道と言っているが、美樹原組は、賭博や覚せい剤には手を出さないんだ。そして近年、勢力を拡大して、泉川にまで入ってきた。そうなると、美樹原組の領域は、龍神会は手が出せず、結果、そこの治安の低下が止まった」

「へえ。変わってますね。龍神会の縄張りに入り込んで、好き勝手させないってことですか」

「ああ。だから、そこからの情報なら、信用できるってことだ」

「でも、極道でしょう? どうしてそういうことを?」

「昔は他と変わらなかったらしいが、娘が生まれてから、方針を変えたんだそうだ」

「娘さんですか。組長さんの娘ですよね」

「そうだ。美樹原蓮といってな。なかなか器量のいい娘だぞ」

「会ったことあるんですか?」

「まあな。なかなかの美人だった。そして美樹原組は、娘のために方針を変えて、今に至っている」

「なんとなく分かりました。……でも」

千鳥は、園内を見渡して、ため息をついた

「見つからないですね。取引場所」

「…………」

たしかに、これでもかなり徹底的に見てまわってきたつもりだ

となれば、たまたま今日は行なわれないのか、その場所は撤去されてしまっているのか。

「あのう、提案があるんですけど」

考えていると、千鳥からそう言ってきた

「なんだ?」

「やっぱり、アトラクションも入っていってみたらどうでしょうか。ミラーハウスみたいに、その中に隠し部屋とかがあるかもしれません」

「…………」

そう言う千鳥の目には、言葉とはまた別のなにかを期待するものが感じられた

しかし、千鳥の言うことにも、一理ある

「……分かった。そうしてみるか」

「やった! あっ、じゃあメリーゴーランドから行きましょうか。あれ、一度乗ってみたかったんですよ」

「千鳥。……メリーゴーランドは一目で分かる。あそこにはなにもない。だから、乗る必要も無い」

「……ちぇ」

残念がる千鳥を無視し、宗介はパンフレットのアトラクションの一覧を眺める

「施設を使ったアトラクションが怪しそうだな」

「あっ、サンダー・トレインなんてどうですか?」

「どういうのだ?」

そこの説明には、イスと屋根だけの電車に乗って、洞窟や、仕掛けられた舞台を走るというものだった

たしかに、この洞窟とかいうのが怪しいようにも見える

「乗るか」

「行きましょう!」




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