動き出した野望アメリカ ミスリル本部 「それ、本当ですか?」 「ああ。間違いない」 カリーニンとテッサ、そして宗介が同じ部屋の中、その確認をとっていた 「椿から聞いて思い出したんだ。椿の両親が行方不明になったコンサート。偶然だが俺も千鳥と少しだけそこにいた。そのコンサートにレナードがいたんだ。そいつがソロでヴァイオリンを演奏していた」 「……アマルガムが関わっていたことは分かっていましたが……まさかレナード本人が関わっていたなんて……」 テッサがおさげをいじって、その報告を頭の中で検証する 「しかし、なんのためにそんなコンサートに参加していたのか……」 カリーニンが、当然考慮すべき問題点を挙げた 「そこです。普通ならば、そのコンサート参加者の誰かを暗殺する依頼があったと考えるべきですが、それにしてはずいぶんと規模が大きい。わざわざそんな面倒なことをしなくても、もっと簡単に暗殺できる方法が他にあったはず。それを、わざわざなぜこの方法にしたのか……」 「ターゲットが、個人ではなく、集団だった可能性があるな」 カリーニンが、もっともな答えを出した 「ええ、それもあります。ですが、俺にはもう一つの可能性の方が高いような気がするのです」 「それはなんだね」 「彼が暗殺依頼で来たとしても、それならばわざわざヴァイオリンを演奏する必要はないのです。しかし、彼は特別ゲストとして、ソロを演奏していた」 ただ暗殺するだけなら、そんな必要はないのだ。しかし、彼はそうした 「もう、当時の記憶ははっきりと思い出しています。あの時、レナードは有名な音楽学校の特別ゲストとして招かれていた。配られたコンサートのプログラムにも、ちゃんとそう載っていました。ということは、これは当日にいきなり暗殺しに来たのではなく、前々からその予定となっていたということです。いくら催眠術をかけても、プログラムの文字は書き換えられませんから」 「確かに」 「そこから考えられることは……暗殺でその日に来たわけではなく、前々からコンサートの特別ゲストとして出演し、ソロを演奏することになっていた。そう考えるほうが妥当ではないかと」 もしそうだとすると、レナードがその日コンサートに来たのは、暗殺目的ではないことになる 「演奏は途中までしか聞いていなかったが、あれは相当に手馴れたものだった。レナード・テスタロッサは、本当にその音楽学校に在籍していたのではないか……」 「その線で調べていけば、レナードの新しい情報が掴めるかもしれない……」 テッサが、宗介の言いたいことを代弁した 「あくまで、俺の推測に過ぎないが……」 「いや、調べる価値はあると思う」 カリーニンは、特に反対せず、その案に乗ってきた あの日、レナードは隠れもせず、ヴァイオリンを弾いてみせた。その観客の中に、たまたま宗介が居合わせていた こればかりは、さすがにレナードも予想していなかっただろう 観客は、全て始末したと思い込んでいるはずだ。だが、俺は居たくないという理由で、こっそり裏から抜けていた。 もしここから、レナードを捕まえるための有力な情報が出てくれれば…… そんな淡い期待を、抱かずにはいられなかった
アマルガム本部 詳細位置不明 大きな取引から帰ってきたガウルンを、レナードが出迎えに行く そのガウルンは、今までと違って、どこか浮き立っているように見えた 「どうしたの? 今日はずいぶんとご機嫌そうだけど」 「ああ。大きな取引が、ついに上手くいったもんでよ」 「そういえば言っていたね。なにか計画があって、それを実現させるためには、今日の取引の成功が絶対必要だって」 「ああ。それが上手くいった。これで、俺の計画を実現させることができる」 「それはおめでとう。心からの祝福を言わせてもらうよ」 しかし、レナードはその計画の詳細を一切知らない。知らされていない 「よければ、その計画のことを少しだけでも教えてもらえないかな」 だが、ガウルンはふっと笑っただけだった 「まあ、楽しみは後に取っておきな。見てろよ。これからの世界は、俺の世界になる」 「それは、武力を使って支配するという意味?」 「ちいと違うな。俺は支配には興味ねえ。正確には、世界を俺流に染め直す、だな」 「……?」 どう違うのか、レナードには分からなかった。 そしてそれが歯痒かった。ぼくは、ガウルンのことを理解できていない 『カシム』がなんのことかもまだ調べがついていないし、彼の計画のことを断片ですらも掴み取っていない ぼくは、彼の力になりたいのに――
アメリカ ミスリル本部 ミスリルの情報管制室の中で、激しい言い争いが起きていた 「なぜ、そんな勝手な真似をした!」 カリーニンを筆頭に、テッサやクルーゾーといった上層部が、一部のミスリル隊員に怒鳴りつけていた その隊員は、それに怯むことなく言い返す 「こっちが受身ばっかじゃキリがないんだよ。こっちはやっとレナードに関する情報が掴めたんだ。それを使わないでどうする!」 「ろくに検討もせず、独断でやることが、どんな危険を招くか分からんのか」 「何言ってやがる。こっちは生活を奴に潰されたんだ。それをやり返しただけだろう」 この一部の者たちは、ほとんどが戦闘員だった。その中に、少数の情報部もいて、彼らはミスリルの中で独自の派閥を作り上げていた 彼らは、前々からミスリルのやり方に不満を持っていた。そして戦闘員は、アマルガムに対して後手後手にまわるしかなかった現状にイライラしていた。前に椿一成が、宗介にこぼした愚痴と同じことを。 その派閥が、ある情報が入ったことで、それを利用してやろうと、同じ派閥の情報部員にやらせ、それを勝手に実行してしまったのだ 情報とは、昨日宗介が持ち寄ったレナードの情報だった そこを突き詰めて調査してみると、レナードは、宗介とかち合ったあのコンサートの音楽学校に、本当に通っていたことが判明したのだ 一般の人のように、彼も何年間か音楽学校に在籍し、ヴァイオリンを弾いていた すなわち、それが彼の生活だったのだ レナードは、毎日毎日暗殺をしているわけではない 暗殺依頼があっても、アマルガムという暗殺組織があるし、幹部もいる レナード本人がその依頼を実行しにいくのは、よほど気難しい暗殺か、レナード自身の道楽、実験のためだった では、それ以外の時はなにをしていたか 音楽学校に通い、音楽に身を浸した生活をしていたのだ 彼は偽名を使っていたが、宗介の昨日の証言によって、次々とそれに関する情報が浮き彫りになった そしてこの情報を知ったこの派閥は、この情報を利用して、彼に攻撃を仕掛けようと企んだ それはすなわち、表世界の音楽関係のあらゆることから、レナード・テスタロッサの存在を抹消することだった そしてそれは実行された。テッサやカリーニンに知らせることもなく、独断で。 表世界での音楽学校のレナード・テスタロッサの経歴や実績、そして音楽協会からの排除、資格剥奪。 レナード・テスタロッサは、もうコンサートに出ることも、自分のヴァイオリンを披露することもできない。その機会と舞台を失ったのだ レナード・テスタロッサがこれまで多くの人間の生活と人生を奪ってきたのと同じように、こっちからもレナードの生活を奪ってやった。というのが派閥の主張だった 「バカなことを……」 と言ったのは、意外にも同室に居た相良宗介だった 「なに言ってやがる。奴が音楽の生活を奪われたことで、奴は隠れ場を失い、姿をあらわすようになるかもしれねえんだぜ。そうしてノコノコ出てきたところを、一網打尽にしてやれる」 戦闘員で構成されたそいつらは、レナードから生活を奪ったことで、私怨を果たしたつもりかもしれない だが、宗介には大きな危惧を感じていた 「一体、なにが心配だってんだよ?」 その疑問に、宗介は目の前の世界地図が表示された大型モニターを眺めながらつぶやいた 「……レナードは、間違いなく世界最強の催眠術師だ」 確認するように、宗介はみんなが分かりきってることを口にした 「奴の実力ならば、いつだって誰をも操れるし、どんな奴だって支配下に置けるだろう」 おそらくは、レナードの催眠術に耐えられるのは世界に一人もいないはずだ 「つまり、レナードはいつだって、世界の人々を支配できる。いつだって、世界そのものを支配することだってできる。だが、これまでそれをしなかったのは何故だ」 「……そりゃ、規模がでかすぎるからだろうよ」 戦闘員の誰かが、当然とでもいうようにそう横槍を入れてきた 「それもあるかもしれない。だが、一番の理由は、奴にも表世界での生活があったからなんじゃないか。これまで、レナードにはレナードの生活があった。奴の音楽生活を維持し続けるために、下手に大きなことはやらかさなかった……」 レナードは、音楽の生活があったからこそ、世界に対して大きなことをやらかさなかった。自重していた 「だが、今ミスリルはレナードから表世界からの居場所を奪った。そうなると、後の奴に残されているのは、裏世界のアマルガムだけ……。もうレナードは、表世界の生活を守る必要はない」 「…………」 「となると、これからどう出てくるのか……予想もできん」 ごくり、とミスリルの空気に緊張が走った もう、レナードは守るものがなくなった。そうなった人間の行動は、大抵が自棄という暴走に走っていくものだ 「これから奴がどう出るのか予測ができんが……恐ろしい何かが起きそうな、とてつもなく嫌な予感がする」 数秒、この場は沈黙が支配した 「……そうですね。みなさん、これからは……いえ、これまでもそれなりに用心はしてるでしょうが、それ以上に敵の動きに警戒するようにしてください。私生活でも、もう何が起こるか分かりません。ぐれぐれも、用心を……」 表世界を奪われたレナードは、これから裏世界で全面的に動き出すだろう その状況は悪くなるばかりとしか思えなかった |