受け継がれる瞳

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受け継がれる瞳


ナイジェリア アブジャ

「他は無視しろ! 幹部を叩け!」

宗介の指示に従って、一個隊がどんどんと奥へと進んでいく

寂れた廃墟、舞う砂埃。ナイジェリアではどこにでもありそうな場所だ

だが、ここはアマルガムの宗教関係のひとつなのだった

それを調べ上げたミスリルが、宗介を筆頭にした一個隊を送り込み、壊滅中のところである

「奴は俺が始末する。近くの者は援護しろ」

この拠点の幹部、つまり催眠術師が奥に逃げたのを見て、宗介もまたそこへ向かう

催眠で操られた宗教者がそれを阻もうと、行く手に立ちはだかった

宗介の後方にいた隊員がすぐさま銃を構え、ゴム弾を彼らの頭部に放つ。殺傷力はないが、衝撃力は相当なもので、彼らはたちまち後方に転倒していった

さらに隊員たちはそこで立ち止まり、後ろから追ってくる宗教者を食い止めるべく振り返った

「後は頼むぞ」

宗介だけが一目散に、逃げていく幹部を追いかける形となった

幹部はここの地に住む者と変わらない、ターバンを頭に巻いた黒人だった

元々そうなのか、合わせるための変装なのかは分からないが、宗介にはどっちでもいいことだ

「異教徒め……異教徒め」

ぶつぶつと憎しみのこもった恨み言をつぶやきながら、奥へと進む幹部。宗介は行き止まりが近いと悟って、拳銃を構えた

「もう逃げ場はないぞ」

幹部の足が止まった。そこは壁だけで、もう道がない。辺りは崩れた柱が障害物となっている。

「ぐっ」

幹部がそこで振り返り、宗介を憎悪のこもった目で睨んできた。

宗介はそれに怯むことはなく、止めを刺そうと拳銃を構えようとする。

だが、不意に崩れた柱から二人ほどの信者が現れて、油断をついて襲い掛かってきた

まだこんなところに隠れていたのかと、二人の信者を振り払おうとする。だが、彼らのほうが力が上だ

「邪魔だ!」

拳を、行く手を阻む信者の一人のあごに叩き込んだ。強烈なアッパーがきれいに決まったのだが、男は後退しなかった

普通ならよろけるであろうその威力を、男は平然と受け止めていた

催眠で痛みの感覚を麻痺させられてるからだろう。こういうところが実に厄介なところだ

はやくこいつらをほどかないと、せっかく追い詰めた幹部を逃がしてしまう

拳銃の銃尻の部分で信者たちを殴りつける。がつんと鈍い物音がして、皮膚が裂けたが、それでも信者はひるまなかった

「どけっ!」

強引にでも突っ切って、幹部の元に駆け寄ろうとした

だが、信者が腕に絡めてきた。もう一人は足に体ごと組みかかってくる

宗介が手に持っているのは、他の隊員のようなゴム弾ではない。実弾だ。

幹部を殺すためだけの銃だ。これをただ操られているだけの信者に向けるわけにはいかない

腕をとってくる信者の腹を、思いっきり殴りつけた。痛みは与えられなくとも、相手の体勢を崩すことができた

その隙をついて、自由な方の足で相手の足を絡めとり、柔道技を駆使した投げをもう一人に向けて投げ倒した

二人の信者の体がぶつかり、その衝撃で彼らは意識を失った

顔を上げると、幹部はすでに背中を見せて、来た方向にまた逃げ出していた

宗介はそこから拳銃を構え、狙いを彼のターバンの中央、すなわち後頭部に定めた

すぐに引き金を引く。銃声が響くと、同時に彼はひび割れた床に倒れ、ぴくりとも動かなくなった

「ソースケ」

後から追いついてきた隊員の中に混ざって、千鳥もここまで駆けつけてきた

「片付いたぞ」

「他の人はみんな気絶しています」

「そうか。一週間は苦しむだろうが、幹部が死んだことで少しずつ戻っていくだろう」

ともあれ、これでまたアマルガムは拠点のひとつを失った

しかし、ここにもレナードの姿は確認されることはなかった

「ここも本部ではなかったか……」

それだけを言い残して、宗介は千鳥とともにナイジェリアから撤退していった



アメリカ ミスリル本部

さっきの結果を、宗介はカリーニンに報告していた

いつもなら同席しているはずのテッサの姿は今日はなかった。いるのはカリーニンと宗介だけだ

「そうか。ご苦労さん」

これで、宗介が潰したアマルガムの拠点は十を越えたことになる。

しかし問題はそこではない。まだ本部への手がかりが掴めていないのだ。

本部を潰さなければ意味がない。その本部に、全ての元凶であるレナード・テスタロッサがいるはずなのだから

「では俺はこれで失礼します」

「ああ、待ちたまえ。君には次の任務が既に決まっている」

「もうですか。次はどこでしょうか」

いくらミスリルの情報網でも、すぐにアマルガムの拠点を探し出せるわけではない

任務と任務の間には、長期の待機命令が下されるものだが、こうしてすぐに決まるのは珍しかった

「ロシアだ。ロシアのカザンに明日行ってもらう」

「そこに、またアマルガム関連の施設が?」

「いや」

カリーニンは机の上にひじをついて、手を組んだ

「今度はアマルガムではない。……ガウルンだ」

「ガウルン!」

「ロシアの諜報員が、明日の夕刻にその場所で大きな取引が行われるという情報を掴んだ。そしてそれにガウルンが介入しているらしい。信用できる情報だ」

「ガウルンが……」

前にガウルンと対峙したのは、ミスリルに入る前、刑事課に所属していたときだ

同伴していた刑事が惨殺され、それを機にミスリルに入ることになった

だが、それからはガウルンの消息がつかめず、今まで彼を追うことができなかった

それが、ついに進展をみせたのだ

「君の任務は、ガウルンの取引現場を押さえ、ガウルンを抹殺することだ」

「分かりました。メンバーは今日と同じように……?」

「いや、今回は千鳥君を外す。彼女にはまた別のことをやってもらう。代わりに、戦闘員を一人そっちに入れる。大きな戦力となるだろう」

「戦闘員……」

たしかに戦闘員は一人でも多いほうが心強い。彼らはどんな訓練をしているのか、体術がずばぬけている。ほとんどが特殊部隊出身といわれているほどだ

ただし、彼らはものすごく多忙で、チームで動いているために、滅多にミスリルにいることもないし、他のチームに参加することも少ない

そういうわけで、まだ宗介は会ったこともなかった

「彼はロビーで待機しているはずだ。挨拶していくがいい」

「はい。では、これで」

詳細は、また後ほど作戦会議で行われる。今は任務の簡単な内容を聞かされるだけだ

なににしても、今度はミスリルとして、ガウルンをどこまでも追いかけることができる

例え外国に逃げても、こっちには国境という障害はない。

今度こそ、ガウルンの息の根を止めてみせる



ロビーに下りていくと、ミスリルの隊員がくつろいでいた。ここには世界中のジュースが飲める自動販売機が立ち並び、唯一タバコが吸える喫煙室だ。宗介は吸うことはないが

また、ここはミスリルの中心といってもいい場所で、いろいろな部屋に向かうとき、大抵ここを通ることになる

だから様々な隊員たちに会うことが多い。そして情報のやり取りが活発に行われるのだ

その端のベンチに、例の戦闘員が座って待っていた

太い眉に、切れ長の目。小柄だが、戦闘員ならではの体格を備えた男だった

その男は、近づいていく宗介に気づくと、飲んでいたジュースを横に置いて、立ち上がった

「あんたが、相良宗介かい」

驚いたことに、男が口にしたのは日本語だった

そういえば、ミスリルに入ったばかりの頃に、宗介と千鳥以外にも日本人が一人いると聞いたことがあったなと思い出した

「オレは椿一成。あんたと同じ日本人だ」

「ああ、聞いてはいたが。まさかここで一緒になるとはな」

よろしく、という意味で手を差し出した

だが、椿はあえてそれを無視して、冷たい目で睨んでくる

「悪いけど、あんたら捜査員にはあまりいい印象を持ってねえんだ」

「……なぜ?」

「なぜだって。あんたらがアマルガムの本拠地をちっとも見つけられねえから、オレたち戦闘員が本格的にアマルガムに乗り込むことができねえ。いったい何年待たせる気だよ」

その物言いに、宗介もムっとした

「そいつは悪かったな。だがそれは俺も同じ気持ちだ。こっちだっていい加減に本部に当たって、奴らを潰したいんだ」

「…………」

そう言い返した宗介の反応に、椿は小さく驚いていた。

実はこれまでにも捜査員に当たっていたのだが、こう返されるのは初めてだったからだ

「……頼むぜ、早く見つけてくれよ。オレはあいつに、さっさと復讐を果たしたいんだ」

「復讐……?」

宗介にとって無視のできない言葉が飛び出てきて、聞き返した

「ああ。オレは両親を失ったんだ」



椿は日本に住んでいたが、昔から興味を持っていた格闘をさらに極めるために、海外に修行に出ていた

両親はそんな進学もしない一成を、責めるどころか応援していた。彼らは一成のために資金を貯めて、渡してくれた

そして五年の歳月を経て、一成が修行から帰ってくることになった一日前

両親はある音楽コンサートを聴きに行っていた

そのことも週に一度連絡をとっていたときに、聞いていた

ところが、一成が五年ぶりに帰ってきたとき、両親はいなかった

すぐにおかしいと思った

なぜなら、最近の連絡で帰ってきたらすぐに外で飯を食いにいく約束をしていたのだ

約束を破る親ではなかったし、ちょっと買い物に出るだけなら、必ずメモを残している

しかし、そんな気配はまったくなかった。たった五年で両親の性格が変わるわけがない

カレンダーにはちゃんと一成が帰ってくることが印をつけて書き込まれていた。忘れているわけではない

そして今月の途中まで、日付の数字がバツで消されていた

これは母の妙なクセだった。一日が終わると、その印として必ずバツをつけていく

だから終わった日付はすべてバツで埋まっていた

そのバツが、二日前で途切れていた

前日の日付にだけ、まだバツが書き込まれていない

昨日、両親はここにいないのか。

その日には、音楽コンサートを見に行くという予定が書き添えられていた

そこで、チケット類をしまっているいつもの引き出しを開けた。そこに音楽のチケットはなかった

音楽コンサートには行ったらしいと見当をつけ、その日に行われたコンサートに全て電話で連絡確認をとった

しかし、どこからも両親のことは聞き出せなかった

次に、別のところから母の手帳が見つかった

その中に、例の音楽コンサートの詳細が書かれており、電話番号も載っていた

そこに掛けると、驚いた返答があった

『――そのようなイベントが行われた記録はありません』

いくらなんでもおかしいと思い、ついに警察に捜索を依頼した

しかし、なんの成果もなかった

両親は遺体どころか、なにが起きたのかさえもまったく分からなかったのだった

そんな呆然としていた一成に、ミスリルが接触してきた

彼の格闘術を買い、彼がミスリルに入る代わりに両親になにがあったのかを教えてくれた

その話によると、両親が行った音楽コンサートにはアマルガムが関わった可能性があり、それに関するものは全て抹消されてしまったとのことだった

手がかりはまったく残されていなかったが、それにはレナード・テスタロッサの関与、そしてその場にいた者はみな消されただろうと。

一成は必然的にミスリルに入り、そして復讐を心に誓ったのだった



「日本に、レナードが来ていた?」

椿の話が本当なら、そういうことになる

「そのコンサート会場の場所は分かるか?」

「ああ。――――だ」

驚いたことに、宗介はその場所を知っていた。

前に千鳥に連れられて行ったことのあるコンサートだったからだ。

あれは千鳥の研修が終わりに差し掛かった頃、千鳥にお礼にとコンサートに誘われた。

そのコンサート会場だったのだ。こんな偶然があるだろうか

「……両親が失踪したコンサートの日付は分かるか?」

椿はなぜそんなことを聞きたがるんだ、と怪訝顔をしたが、その日付を覚えていて教えてくれた

同じ日付だった。

宗介と千鳥が一緒に観に行ったコンサートの日付と、まったく一致していた

こんなことがあるだろうか

あの日、あのコンサート会場に、アマルガムが関わっていた?

あのときを思い出そうとして、ひとつのことが浮かんだ

そういえば、得体の知れない悪寒が襲ってきて、途中退場したことがあった

本当ならば音楽コンサートを途中で抜けるのは許されないことだが、とにかく一秒でも居たくなくなって、裏口から抜け出したのだ

「――!」

あのとき、ちゃんと演奏者の名前を聞いていなかったが。退場する前に出てきた、あの演奏者。

たしか、銀色の髪に銀色の瞳をしていなかったか

席が遠くて、はっきりと顔が見えていなかったが。思い返せば思い返すほど、ミスリルでレナードの顔写真を見せられたときのと酷似していく

それだけじゃない。まだなにか、ひっかかる。

レナードの顔を空に浮かべておいて、それがなにかを探っていると、そのロビーにテッサが下りてきた

どこか用事で出かけてて、そこから帰ってきたところのようだ

そのテッサを見たとたんに、その顔が、ふと空に浮かべていたレナードの顔と重なった

似ている……?

いや、似すぎている

今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ

テッサの髪も、瞳も、銀色ではないか。

もちろん、この世にはテスタロッサ一家以外にも銀色の者は探せばいくらでもいるだろう

しかしそれにしたって、顔の雰囲気も似すぎていた

そういえば、俺はテッサのことをよく知らない。

知っているのは、彼女の役職がミスリルの人事部長ということくらいだ

「……椿。話を変えてすまんが、テッサのことを教えてくれないか」

「あ? いきなり言われても、どういう意味かわかんねえよ」

「だから、彼女のことをもっと詳しく教えてほしいんだ。テッサはミスリルの人事部長なんだろう」

「ああ。そして彼女が、実質ミスリルの影の最高責任者だな」

「……なに?」

「なにって。誰でも知ってることだろ」

「ここの最高責任者はカリーニンじゃないのか」

「そうだ。そしてその補佐をテッサがしてるようにみえるが、時にはテッサが自分で指示を出すこともある。それに彼女がここに入ってミスリルの体制を変えて、テスタロッサ一家の危険視を改めさせたんだ。だから彼女には、誰もが一目置いてる。それくらい知ってるはずだろ」

後半部分は聞いたことあったかもしれないが、前半は初耳だった

それに、なぜいきなり入った彼女が、そんなにアマルガムに詳しいのか

「…………」

そこから導き出された答えは、宗介にとって、最悪なものだった

「おい、どうした。そんな怖い顔して」

「椿。すまないが、これで失礼する」

宗介は椿を置いて、ロビーの奥へ向かっていった

テッサを追いかけるために

彼女から、真実を聞き出すために

宗介は腰後ろに手をまわし、ちゃんとそれがあることを確かめた

いつも肌身離さず隠し持っているそれに手をかけながら、宗介は駆け寄っていった




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