甦る闇の帝王

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甦る闇の帝王 3


イタリア ナポリ

ロバート夫婦がアメリカに移住する前に住んでいたのは、イタリアの首都ローマより下に位置するナポリだった

イタリアは観光地として、水の都が有名だが、そこは近くではない

「でも、前の家を調べることがなにか手がかりになるでしょうか」

「いや。大体ジョージの正体は読めてきている」

「正体?」

「アメリカの時に言っただろ。ジョージは、自分がドラキュラであることを受け入れていると」

宗介は痛めた肩を軽くさすりながら続けた

「あれだけ異常な力を引き出しているのは、自分は人間じゃない。崇高なドラキュラだと完全に思い込んでいたからだ。大体、あれほどに姿がドラキュラになっていることから、おそらく催眠にかけられてる以前に、ドラキュラに憧れていたんじゃないかと思う」

「ドラキュラに憧れてた?」

「ああ。俺は催眠で強引にドラキュラに仕立て上げられてたと思っていた。だがそうではなく、元々持っていた願望を、催眠によって強固に引き出されたんだろう」

「だから、自分からドラキュラであることを受け入れていたということですか」

「そうだ。そして催眠によって、あそこまでドラキュラになってしまっているほどの願望だ。それならば、催眠にかけられる前にも、それらしき行動を起こしていたんじゃないかと見ているんだ」

「それらしき行動ってなんですか?」

「最も可能性が高いのは、ドラキュラを崇めることだ」

「崇める……。たしかに、憧れているなら、そうしててもおかしくないですね」

「そしてドラキュラを崇拝するための団体というのは、意外とあるんだ」

「崇拝するための団体……。宗教ですか」

「それも表に出せない宗教団体だ。ドラキュラといえば、悪いイメージが多い。たしかここイタリアでもドラキュラ関係で名が高いが、国としては悪いイメージとして難色を示してる部分があるそうだ」

「そうなると、隠れて崇めるくらいですね。たしかに宗教といっても数え切れないほどありますし、そういういかがわしいのがあってもおかしくないと思いますけど」

「だから、ジョージがそういうお祈りとかを捧げる団体に入ってることを知る人がいないか、聞き込みをするんだ」

「見つかるかどうか可能性は薄いですが、やるべきことは絞られますね」

「まずは、夫婦の住んでた家に行くぞ。おそらく現地の警察の協力がいるだろうから、こっちも準備しておけ」

言われて、千鳥は身分証を用意する。イタリアのナポリ警察の身分証を見つけて、手帳に挟み込んだ

「頼むから、前のようなミスはするなよ」

千鳥は、以前別の事件の捜査で、ドイツ警察にフランス警察の身分証を間違えて見せてしまった

その場にフランス語が読める人がいなかったので、なんとか誤魔化すことができたが、あれは危ないところだった

「確認しました。行きましょう」

それを確かめて、二人は近くの交番へ行って、協力を頼んだ

「ナポリ警察のソウスケ・サガラだ」

それを見せて、巡査クラスの警察官はこころよく協力を承諾し、それぞれ近くの人たちにロバート夫婦のことについて聞きまわることにした



数時間の聞き込みの結果、親縁関係者からようやく宗教関係の話を掴むことが出来た

その情報を収集し、千鳥がまとめた

「夫は熱心な宗教者だったようです。それに対し、妻のジュディはあまり関心はないようでした。そしてこれは弟からの証言ですが、ジョージは昔からドラキュラに憧れ、ドラキュラを崇拝する団体のメンバーに入っていたことがあるそうです」

「今は辞めたのか?」

「そのようですが、それはジョージ本人によるものではなく、妻のジュディの手引きだそうです。ただの宗教と思って静観視していたジュディですが、それがドラキュラを崇めるいかにもな怪しい団体と知って、無理矢理辞めさせたようです。アメリカの移住もそれに絡んでると聞きました」

「宗教に関しては、妻のジュディに逆らえなかったということか。しかし、どうやらイタリアに移っても、そこに隠れドラキュラ崇拝団体があり、続けていたようだな。頻度はイタリアと比べて少なかったが、ジュディはもう諦めてたというところか」

大体の情報をまとめると、そういうことになった

「規制してたジュディが亡くなったことで、ジョージを縛るものはなくなった。それでアメリカを去り、ここに戻ってきたのだろうか」

「きっとそうですよ。読みが当たりましたね」

「だとすれば、この辺に隠れてる可能性が高いな。さらにそのメンバーだった宗教団体を探してみよう」

それは地元の警察に頼むことにした。あとはその連絡を待つだけだ

だが、その後宗介はホテルには向かわなかった

「どこ行くんですか?」

「イタリアの国立図書館に行ってくる。まだ調べたいことがあるんでな」

「あ、あたしも行きます」

千鳥もその後をついてきた

だが、国立図書館に行く途中で、お店に寄りたいと千鳥が言い出した

しばらく待っていると、千鳥は首にいくつもの十字架のネックレスと、ニンニクを詰めた袋を抱えて出てきた

「……千鳥。なんだそれは」

「だってドラキュラですよ。今度会った時のために、これくらいの準備はしないと」

その千鳥の抱えたニンニク臭さに、少し後ずさりして、宗介は言ってやった

「言っておくが、千鳥の言うドラキュラは実際しない」

「え?」

「ドラキュラは本当は、十字架もニンニクも弱点ではないんだ」

「そ、そうなんですか?」

「それを調べるために、国立図書館に来たんだ。とりあえず、それはどこかに預かっておけ」

図書館にニンニクを持ち込むわけにはいかないので、近くのロッカーにそれを預けてきた



ようやく着いたイタリアの国立図書館は、さすがに広く、資料の数も把握できないほどの量だった

しばらく宗介は、目的の書物辺りをあさって、いくつかの本を机に置き、それを読み出した

そして数時間、いくつか読み終えた宗介は、千鳥を呼びつけてきた

「さすがはドラキュラと関連の強いイタリアだ。より詳しい書物があったぞ」

「それで、なにが分かったんです?」

「千鳥はドラキュラをお話のまま信じてるようだが、ドラキュラには実際のモデルがいるんだ」

積んだ本から一冊を引き抜き、そのページを開いた。たしかにそこは紳士そうな男の絵が描かれていた

「ドラキュラのモデルとなったのは、ヴラド・ツェペシュ。もちろんれっきとした人間だ。15世紀ルーマニアのワラキア公だったようだな。そしてツェペシュとは、「串刺し」の意で苗字ではなく、串刺し公と言う意味を込めたニックネームだそうだ」

「串刺し公?」

「変わったあだ名だろう。もちろん理由がある。ツェペシュはルーマニア生まれで、当時は帝国の侵略によって圧迫されていた。だがそれに抗戦し、ルーマニアを救った英雄とされてるらしい」

「英雄なのに、なんでそんなあだ名なの?」

「処刑の方法が、残酷で知られたからだ。処刑方法は、その名の通り串刺し刑。地面に刺さった太いクイに、受刑者を刺すんだ。尻から頭までぶすっとな」

それを想像しかけて、千鳥は思いっきり嫌な顔をした

「まあ残酷なように見えるが、当時教国においては珍しい処刑でもなかった。彼が串刺し公と呼ばれたのは、ハンガリーによるプロパガンダからくるそうだ」

「そのクイってところがドラキュラのモデルになったのかな」

「まあ関係はあるだろう。そしてこれをアイルランドの作家ブラム・ストーカーによって「ドラキュラ伯爵」という作品が生まれたわけだ」

それを聞いて、モデルが人間だったことが、少しは納得できた

「さらにその話を作る際に、ドラキュラは処女の生き血を好み、太陽光線、ニンニクなどに弱いと設定したそうだ。ところがその後、小説があまりにも有名になったため、ドラキュラを吸血鬼として知られるようになってしまったらしい」

「なんだあ……」

それでは確かに、ニンニクとかを買いこんでも効果はないらしい

「ここに処女の生き血を好むというが、どうやってそれを知るかが難しいし、あくまで好みだから今回の事件の被害者とは別になったんだろうな」

「勉強になりましたけど。調べたかったのはそれなんですか?」

「それもある。だけど、知りたかったのはこれだ」

宗介が指差したのは、ドラキュラの発祥地の部分だった

「ルーマニアの説が強いですね」

「ああ。もう一つ調べていたのが、これだ」

宗介が別の書物を引っ張り出した。それは宗教関係の本だった

「今回、犯人であるジョージは宗教信者だったからな。そっちの方面でも絞れないかと思って調べてみた」

「でもどうして宗教をそこまで大事にするんでしょうね」

「日本人はどっちかというとあまり無関心だからな。だが、宗教は世界の至る所で存在するものだ」

宗教をただの行事としている者もいれば、生活の一部として考える者もいる。

そして政治、社会、文化に影響を与える宗教も存在する。それを世界宗教という

特に知られる世界三大宗教に、キリスト教、イスラム教、そして仏教がある

「確かミスリルにも、宗教を重んじる者がいたな。たしか戦闘員の統合リーダーを勤めるクルーゾーという男だ」

「やたら強いあの黒人さんですよね」

「クルーゾーは唯一の神アッラーを信じる典型的なイスラム教徒だ。礼拝や断食といった、生活面での規律も定められている」

「ジョージのいたイタリアやアメリカはなんの宗教ですか?」

「どっちもキリスト教だな。イエス・キリストを神の子として崇め、信じるものは救われるという教えになっている」

「ドラキュラとイエス・キリストじゃあ、まったくの逆に感じますね」

「俺は最初、あの男が崇めるならキリスト教だと思っていた。なぜなら元いたこのイタリアでは、バチカンという聖地があるからな」

信仰の中心地や創始者の生誕地など、宗教にとって重要な意味を持つ場所を聖地という

宗教者にとってはとても重要な意味を持つ場所なのだ

「でも、ドラキュラはどっちかというと神より悪魔のイメージのほうが強いですよね」

「だから、表立った宗教団体ではないだろうな。実際、アメリカにいた頃の周辺の聞き込みでは、ロバート夫婦について宗教の話題は出なかった。隠していたんだろうな」

「でも、それじゃ矛盾しませんか。ジョージは今、ドラキュラと思い込んでるんですよね。それならどうしてモントリオールでは教会に隠れていたんでしょうか」

「ドラキュラは元人間であり、教会とはほぼ無縁ということもあるが、一番の理由は、元信者だったからだろうな。彼にとって教会は最も身近な施設だったんだろう」

「ということは、この辺りでも、そういった教会施設関係に隠れてる可能性もありますね」

「ああ。そして、もし徹底的に捜索しても見つからなかったら、ジョージはイタリアには居ない」

「そうだとしたら、もうどこか分からないんじゃないですか」

「いや。あと一つある」

宗介は、さっきの開いてた本のある部分を指差した

「奴がドラキュラとして生きることを受け入れ、妻のジュディの呪縛からも逃れたなら、あとはここだ」

それはドラキュラの出身地とされている場所だった。そしてそれは、赤線の延長上、イタリアの先にある国だった

「ルーマニアだ」



それから二十人ほどの増援をもって捜索したが、成果はあげられなかった

「早く見つけなければ、第三の被害者を出してしまう」

「ここは地元の警察に任せて、わたしたちは先にルーマニアへ行きませんか」

すこし考えたが、その千鳥の提案に乗ることにした

そしてまたドラキュラとの対決になることを想定して、ミスリルから新たな装備を支給してもらった

それは肩や胸、足を重点的にガードする、元々はボン太くんスーツに織り込まれた特殊繊維を使用し、改良した新型戦闘服だった

これまでの防弾チョッキとは比べ物にならないほどの防弾機能を備え、さらに動きやすくしたものだ

身支度が整うと、またも空港に向かい、今度はルーマニアへと向かうことにした

その飛行機の中で、ミスリルから新しい情報が入った

それは友人が預かっていた、ジョージのアルバムだった

中の写真は全てジョージが旅行中に撮ったものらしい。そしてその中に、ルーマニアの聖堂の写真が入っていたというのだ

その聖堂の名前と場所をメモして、通信を切った

「どこです?」

「ホレズ修道院だそうだ」

「知らないですね」

「ルーマニアのアルプスという山の近くにある聖堂だ」

そこにドラキュラとなったジョージが潜んでいるのかもしれない




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