甦る闇の帝王 2宗介とかなめは、現場近くのホテルを借りて、その一室に入った 「変わってましたね。X-ファイルなんて初めて聞きました」 「あの二人も変わり者なんだろう。異星人と口にした時、真剣な表情だったぞ」 宗介が、コートをハンガーに掛けながら、そう言った 「大体、何がX-ファイルだ。そんな機関自体が怪しいぞ」 「それにしても、ドラキュラなんて言葉が出てくるとは思いませんでした」 「あの写真のインパクトが強かったからな」 「……あの。モルダーさんが言ってましたけど、新種のチュパカブラの仕業なんですか?」 「そんなわけないだろう」 宗介はあっさりとそれを否定してみせた 「じゃあ、ど、ドラキュラですか」 苦手なのか、震える声になっていた 「……千鳥。お前は本当にドラキュラを信じてるのか」 「違うんですか?」 「俺たちがここに派遣されたことを考えてみろ」 宗介と千鳥は、ミスリルからこの事件にテスタロッサ関係が怪しいとみて、派遣されてきたのだ 「ということは、やっぱりこれも催眠関係?」 「そうだろうな。今回の事件は催眠術の仕業だと考えれば説明がつく」 「でも、空を飛んでいたらしいですよ」 「正確には、屋根から屋根へと飛び移って行ったんだろう。催眠術にかけられた人は、筋肉の制御ができなくなり、跳躍力が上がる。そのためだ」 「では、あの牙は?」 「催眠でドラキュラだと思い込まされ、それによって身体が本当にドラキュラだと思い込み、牙が生えたんだろう。正確には八重歯を異常に変異させたのだろうな」 「しかし、思い込みであんなに身体が変化するものなんですか?」 「千鳥。人の思い込みには、常識では測れないことがある。例えばこういう実験があった。ある人に目隠しして、耳元で火を近づけている、そして足を焼いていくと囁いていく。実際には火なんてないし、足を焼いてなんぞない。ところが、目隠しされてた人は、本当に焼かれてると思い込み、身体がそれに反応するんだ。なにもしていないのに、その人の足にはヤケドの傷が浮かんだという」 「そんなことが、現実に……」 「他にも、想像妊娠というのがあるだろう。あれもその一つだ」 想像妊娠というのは、ある女性が、惚れていた男性の子供が欲しいと常々思っていると、本当にその男性の子供を身ごもったと思ってしまう。しかも身体が本当に反応し、妊娠検査にもはっきりと妊娠したという結果が出てしまうそうだ 「それじゃあ、今回の事件の犯人は、催眠によってドラキュラだと思い込み、本当にドラキュラになってしまったってことですか」 「そうだ。その証拠に、遺体の肩がえぐりとられていただろう。本来ならば血を吸うはずだが、本物のドラキュラではないから吸うことはできない。牙は生えても、思い込んでるだけだから吸えないんだ。だから強引に噛み千切った。被害者はそれによる大量失血死だろう」 さらに、例の空を飛んでいた写真を取り出した 「それに本当にドラキュラならば、空を飛ぶときはコウモリの姿だろう。だが本当にドラキュラではないから、コウモリに化けることはできない。その姿がはっきりと写っている」 「なるほど。でもどうしてそんな催眠をかけたんでしょう」 「向こうにとっては、実験か道楽に過ぎないんだ。あのテスタロッサ一家の者ならありうる」 そう断言する宗介の目は、鋭く冷たいものになっていた 「これからどうしますか」 「犯人は十中八九、被害者の夫であるジョージだろう。被害が広がる前に、俺たちが捕獲する」 そして宗介は、専用の携帯でミスリルに繋げ、こっちで分かったことを報告していった
「ああ。そっちでジョージ=ロバートについて周辺に情報を探ってくれ。以上だ」 小一時間ほど通信して、ようやく切った その時、千鳥がシャワーから上がってきていた。すでに時刻は夜深くなっていたようだ 「あ、空きましたよ」 「いや、俺はいい。構わずに先に寝てろ」 「……ソースケは? 寝ないんですか」 「俺はコーヒーでも飲んでる。明日も遠出になるかもしれんぞ。さっさと寝ろ」 手元にはコーヒーがあった。寝ない日は、いつもコーヒーを飲んで一夜を明かしてるのだ だが、千鳥はその言葉に押し黙った。彼はまた寝ないつもりなのだ 「また寝ないつもりなんですか。いい加減寝てください。もうほとんど寝てないでしょう」 宗介の目の下にはクマができていた。そう、彼はこのところめっきりと睡眠を減らしていたのだ 「たかが三日程度だ。気にするな」 「なんでそんなに寝るのを嫌がるんですか。このところ、おかしいですよ。ふらついてますよ。そこまで無理して睡眠を我慢することはないでしょう」 「放っておいてくれ!」 ホテルの窓から夜景を見下ろしたまま、宗介は怒鳴った。それにびくっとして、千鳥はなにも言えなくなった そして千鳥は先にベッドに入って眠りについた
宗介は、暗くなった一室の中で、コーヒーに口をつけた 彼がこのところ寝なくなったのは、もちろん理由があった この間ミスリルに入って、テスタロッサ一家のことを意識しだしてからだ 眠ると、例の悪夢をまた見るようになってしまったのだ。 それは血に染まった赤い夢。自らの手で両親を刺し殺していく悪夢だった 夢自体見ることがなければ、悪夢にうなされることもない。夢を見たと感じることができるのは、週に一度くらいだ。誰だってそんなものだろう だが、テスタロッサ家のことを意識しだしたせいなのか、最近になって眠ると必ず夢を見るようになってしまったのだ それも、これまでよりもさらに感覚がはっきりしてきてしまっていた。 あの時の空気のニオイを感じるようになってしまった。母の悲鳴が耳の奥まで響くようになり、凶器を握り締める手の感覚が濃くなってきたような気がする そんな悪夢を恐れていた。 悪夢を見ないで済む一番確実な方法は、眠らないことだった そして彼は、今日もまたコーヒーで無理矢理眠気を覚まし、一夜を過ごそうとしてるのだ しかし人は眠らなくてはならない。眠らなければ、頭がすっきりしないし、なにより身体に支障をきたしてくる 人は生きるために、睡眠は必要不可欠なことなのだ そして千鳥はそれに少なからず気づいていたようだった。そして心配してくるのだ。だが、事情を知ってるためか、気遣って強くは言ってこない。そしてどう対応すればいいのか悩んでるようだった 千鳥はおせっかいだ。それは日本の警察の交番に勤めていた頃から変わらない だが、時にはそのおせっかいが鬱陶しくなることがある。 俺にとって、ありがたいのはこのコーヒーの味だけなのだ。 夜景を見下ろしながら、宗介は小さなため息をついた
日が昇り、二人が再度現場に向かおうとしたところで、宗介にミスリルから連絡が入った それを聞いた宗介は、近くの飛行場に向かった 「どうしたんです?」 「行き先変更だ。モントリオールに行くぞ」 「モントリールって、ニューヨークの上にある都市ですか。いきなりどうしてです?」 「第二の事件が起きた。肩を噛み千切られた遺体がそこで発見されたそうだ」 ミスリルの情報は早い。数多い事件から、すぐに関連のある事件を見つけ出し、知らせてくれるのだ 「第一の現場とは離れてますね」 「事件が起きてから、ずっと移動してたんだな。事件の詳細を聞くと、そいつがジョージによる犯行の可能性が高いそうだ」 「どうしてです?」 「地元の警察によると、現場近くの人に聞き込みをした結果、ジョージの写真を見て、そいつを見たと証言した」 「目撃者が出たということですね」
アメリカ モントリオール そこは都市というより、東京の下町といった位置だったようで、華やかさはまったくなく、寂れたところだった 埃が巻き上げる道路の隅にぽつんと建った物置のような小屋に、その遺体があった。髪を後ろに丸くまとめた四十代の女性だった たしかにコロラドにあったように肩をえぐられて、中の骨や赤いところが見えていた 「こんな猟奇殺人を見たのは初めてです。こう言ってはなんですが、人間というより獣の仕業にも思えます」 そこの現場担当の地元警察の刑事がそう感想を漏らした FBIとしての宗介は、肩の傷口を覗き込む。そこに、二つの穴があった たしかに犯人は同一人物だろう 「同じですね」 千鳥が声に出して言った 「ああ。目撃もあったし、間違いなくジョージだな。問題は、なぜここに来ていたのかだ」 「逃げてたからでしょう。第一の現場とは大分離れてますし」 「逃げてるとすれば、隠れてるということだろう。だが、それらしい隠蔽もしてないし。俺にはどうにも、別の目的があるように思える」 「今、犯人はドラキュラになりきってるんですよね。だったら、生き血を探し回ってるんじゃないですか。至高の血とか」 言ってて、千鳥は怖くなったのか語尾を弱めた 「それでわざわざこんな遠出をするのか?」 「前の現場に近いところだと、女性が用心してるからじゃないですか。遠いところのほうが事件も知らない人も多くてやりやすいんじゃ」 「……なにか違うような気がするんだ」 だが、それがなんなのかまでは分からなかった 「現場検証は?」 「済みました。検出された指紋は照合中。そして被害者の夫によると、お金と食料がいくつか盗まれてたそうです」 「金と食料か……」 「行きずりの強盗でしょうかね」 事情を知らない刑事としては、行き着く結果はそこだろう。 だが宗介は、やはりただ逃げてるわけじゃないと確信できた 本当にドラキュラというわけではなく、実際は人間なのだから腹は減る。そして血を吸うこともできないから食料で腹を満たさなければならないわけだ。だが、それなら金は必要ない。なにか、その目的において必要なのだ 「死亡推定時刻は?」 「大体五時間くらい前ですね」 「五時間か……」 被害者を噛み殺し、その後の五時間、犯人はなにをしたのだろうか 「ああ、それから窓脇に、こんなのが落ちてました」 その刑事は、袋に入った、紋章が刻まれた金属片を見せてきた 「これはなんだ?」 「分かりません。一見、ワッペンのようなものですが。欠片ですので。しかし、この紋章は近くの教会のシンボルですよ」 「教会?」 ドラキュラには似つかわしくない施設だ。しかし、だからこそかえってそれが気になった 「被害者はよくその教会に?」 「いえ。夫の話では、夫婦ともにあまり信教心はないらしく、教会には一度も足を運んだことはないそうです」 「場所を教えてくれ」 「いいですが、もうすでにウチの若い者をよこしてますよ。異常があれば連絡があるはずですが、今のところはありません」 構わない、と言って、場所を教えてもらった そして宗介は千鳥とともに、その教会へと赴いていった
これを教会と言っていいのかわからなかった。 たしかに欠片に刻まれてた紋章が壁に飾られてたが、その代わり十字架がなかった。キリスト教とは別の宗派だろうか 刑事が言ってた若い者の姿は見当たらなかった。異常なしとみて、引き上げたようだった 中に入ると、あまり日差しが入らないのか、薄暗かった。そしてもう使われてないのか、長イスはボロボロで床もぎしぎしといっていた 「たしかになにもありませんね」 辺りを見回して、千鳥が決めつける 宗介は奥に進んでいった。長いすの列を抜けると、使い物にならなくなったピアノを眺める。鍵盤をひとつ押してみると、汚い音がブイインと響いた 「……だが、妙な感じだ」 「どう妙なんです?」 「ここに入ったとき、たしかに埃まみれの部屋だとは思ったが、空気が妙に外と変わらない新鮮さがあったと思わないか。ずっと使われなかった割に、空気が入れ替えされてたような感じだ」 「そうですか?」 千鳥はそれを真剣には受け取らなかった。だが、宗介の独特の勘がいっていた。ついさっきまで、誰かがここを使っていたのだ ピアノの奥に、小さな部屋があった。ここで着替えとか物を置いたりするらしい。ただ、怪しい物はなにもなかった 細かく部屋を見回す。その時だった。 なにもない壁に、わずかなズレがあることに気づいた。壁と壁に歪んだ線が引かれてて、それが境目としてズレてるのだ 普通なら、古くなって壁が傷んだ程度にしか受け取らないだろうが、宗介はその壁のズレに手をかけた 力を入れると、それはあっさりと剥がれた。壁だと思っていたそれは、巧妙に偽装した板だった その先は、人一人がようやく通れそうな細い通路だった。そしてすぐ行き止まりになった 行き止まりの横に、石で固められた壁があった。叩いてみるが、びくともしない 「これはなんでしょうね」 「隠し通路だな。昔はここを通って別のところに出られるようになってたんだろう。だが崩れたのか、完全に塞がれてるな」 「ジョージがやったんでしょうか」 「いや、すでにここまで固まってる。相当昔からこうなったんだ。たぶんこの隠し通路も、元々教会がつくったんだろう」 「どうして教会が隠し通路を?」 「昔はそう珍しいことじゃなかった。どこでも宗教迫害がひどく、もしものために逃げ道をつくる教会は数多くあったらしい」 「じゃあ結局、怪しいところはないですね」 千鳥がそう言った時、宗介は目的のものを見つけた 行き止まりになった足元に、袋が落ちてたのだ。それにはパンのイラストが書かれていた 「パンの袋?」 「さっきの現場から盗み出された食料の一つだな」 「どうして言い切れるんです?」 「賞味期限が明後日だ。こういう食料ものは賞味期限が短いからな」 「つまり、犯人はここで食べていたと」 「そういうことだ。問題は、ここからどこに向かったかだが」 とりあえず、そのパンの袋を内懐にしまい、通路を出て、小部屋に出る その時、ぞくりと宗介の背筋に寒いものが走った 次に、視線を感じた。なにかに導かれるように、宗介はばっと上を見上げた その小部屋の天井に、黒マントを纏った人影がしがみついていた 男と視線が合った。薄暗かったが、写真に写っていたジョージと同じだと思った 足の指の異常な力で、天井の歪みを挟み、ぶら下がってるようだった そして次に、人間とは思えない声を上げた それで千鳥も視線を上に上げて、その男を見つけた 目が合い、咄嗟に悲鳴を上げた その悲鳴で、黒マントの男はコウモリが鳴くような奇声を上げて、床に下りてきた。 宗介の目にも、その男はまさにドラキュラだと思った 耳が少し尖っていた。そして彼が口を開けると、鋭く長い牙がむき出しになった そして彼は、マントをバッと振り上げると、千鳥に向かって突進してきた 「千鳥っ」 素早く宗介が、横で腰を抜かしていた千鳥を抱え込むようにして、手前に引っ張った 黒マントの男は、そのまま千鳥の背後にあった壁に手を突っ込んだ。それは発泡スチロールでできてたかのように、その手は木の壁を貫いた 「大丈夫か、千鳥」 「あ、ありがとう」 なんとか千鳥を抱き起こし、その背中を押す 「外に出て、応援を呼べっ」 そういうと、行動は早かった。黒マントが咄嗟にそれを追おうとしたが、宗介が立ちはだかった そして懐から、ミスリルから支給されていた拳銃を取り出した。 日本の警察では持つことを許されない、威力を格段に上げた改造銃だった それを黒マントの心臓に合わせる 「俺の言葉が分かるか。お前はある意味催眠の被害者でもある。だから大人しく捕まれば、それなりの治療を受けてもらう」 だが、黒マントの男は言葉にまったく耳を貸そうとしていなかった。いや、言っていること自体理解ができないようだった 仕方ない、と引き金を引こうとしたとき、一瞬にしてその姿が消えた 「なにっ」 すると、上からドンと音がした。それで跳躍したのだと気づいた すぐに拳銃を上に向けると、すでに黒マント男は天井を蹴り、ドラキュラのように牙をむき出しにしてこっちに襲い掛かってきていた その爪も長く悪魔のように伸びていた。その襲撃してくる様はまさにドラキュラだ 引き金を引く間がなかった。体当たりを食らって、宗介は大きく後ろに吹っ飛ばされた 「ぐっ」 すぐに立ち上がったが、足が痛かった。向こうはすでに再度襲い掛かろうとする体勢に入っていた このままやり合うと危険だ。もっと広い所に出なければ すぐに小部屋を出て、ピアノや長いすのある空間に出た。すぐに通路に向けて照準を合わせたが、黒マントの男はそれを予測していたのか、跳躍して出てきた 高い天井なのに、軽々と跳躍し、明かりの点いていないシャンデリアに手をかけ、こっちを向く 宗介はそのシャンデリアの付け根を狙って銃を撃つ。するとシャンデリアが落ちる前に、横っ飛びし、一度壁を蹴ってこっちに向かってきた 今度は黒マントの男に向かって撃ったが、それは外れた がしっと、肩を掴まれた。そしてなにをしようとしてるのかすぐに分かった。これまでと同じように、宗介の肩も噛み千切る気なのだ すぐに引き剥がそうとしたが、凄い力だった。逆に更に強く掴まれ、肉が裂けそうだった そして悲鳴を上げた宗介を無視して、その肩に噛み付こうと口を開ける 次の瞬間、いち早く宗介の方が噛み付いていた。咄嗟の行動だった。先に宗介が、黒マントの腕を思いっきり噛み付いたのだ 予想外の反撃に、黒マントの男は悲鳴を上げた。思いっきり噛み付いてやったので、腕の皮が破れて血が染み出ていた なんとか黒マントから逃れ、近くの並んだイスの陰に身を隠した 黒マントは、怒りをあらわに口を吊り上げた。そして驚くべきことに、近くの長いすを掴み上げた 長いすは床に固定されてるはずだ。金属のネジの何本かが差し込まれて。 だがその頑丈なはずのネジはガコッと脆く折れた。そして石を投げるかのように、たやすく長いすをそこらに投げつけた なんて力だ。もはやドラキュラそのものと戦ってるような気分だ すると、黒マントの男と目が合った。見つかってしまった ぐおおと雄たけびを上げると、タックルのようにこっちに走ってきた それを避けきる余裕はなかった。巨体なタックルを食らって、宗介の身体はまたも後ろに大きく吹き飛ばされる。その時足が長いすに当たって、体勢が変わり、そのまま頭から壁に激突した その衝撃で脳が揺れ、そのまま意識が遠ざかった
「……さい。起きてくださいっ!」 声がうるさくて、ゆっくりと目を開けた そこには千鳥の顔があった。 「気がつきましたかっ」 「……千鳥?」 ひどい頭痛がする。こめかみを押さえて、辺りを見回すとそこは教会の外だった 教会の中では、警察がうろうろと騒がしい。 「俺はどうしたんだ?」 「応援を連れてきたら、壁際で倒れてました」 「あいつは?」 「来たときには、姿はありませんでした。逃げたみたいで、今周辺に封鎖命令が敷かれてます」 「逃げた、か」 見逃してもらったとでもいうべきなのだろうか。おそらくサイレンでも聞いて離れたのだろう 「大丈夫ですか?」 「ああ。少しぐらぐらするが、それほど怪我はないようだ」 少し休めば、もう大丈夫だと言うと、千鳥の表情に安堵の色がみえた 「それより千鳥。あいつと対峙してみて、分かったことがある」 「なんです?」 「あいつも催眠によって、無理矢理望まぬ姿にされたものだと思っていた」 「違うんですか?」 「あいつの力は、どう見ても人間のものじゃない。これまでも操られた人は筋力の制御を外されて、異常な腕力を出していたが、それ以上だった」 それでも、普段抑えてた筋力を解放する程度のもので、長いすを軽々と引き抜くほどの力が出せるとは思えなかった 「あいつは、ドラキュラであることを受け入れてる。自分からあの姿を受け入れているんだ。だから抵抗なく催眠を受け入れ、あそこまでの力を引き出しているんだ」 「自分からドラキュラになりたがっている? それって……」 「どうやら、ジョージ自体になにかありそうだ」
数時間して、体力が回復すると、現場の警察から連絡が入った。さらに遠いところで、ジョージを目撃する人が見つかったという その位置を教えてもらうと、そこは港近くだった すぐに世界地図を広げ、その位置を赤で囲む。さらに、第一の現場と第二の現場の位置も赤で印をつけた 「第一がここで、今はここか……」 その三つの赤丸は、一直線に並んでいた。まるで意図があって、そこに向かっていってるみたいだった 「やはりただ逃げてるだけじゃないようだな」 「でも、どこに向かう気なんでしょうか」 そこで、宗介はさらにペンで、赤丸から赤丸へと一本の線を引いた。そして三個目の赤丸からさらに、地図の端まで引いていった その線は大西洋を越えて、向こうのヨーロッパ大陸についた 「そんなに先まで行くんですか?」 その時、赤線に引かれていた国の一つに注目した それはイタリアだった。 「たしかジョージ夫婦は、アメリカの前にはイタリアに住んでいたと言ってたな」 「あ、はい。元々イタリア出身で、三ヶ月前にアメリカに移住したとか」 そのイタリアが、線の延長上できっちり赤線に引かれてるのだ 「つまり、このイタリアに向かってる可能性があるってことですか」 「そうなるな。これは偶然とは思えない」 「すぐに航海関係に連絡して手配を頼みましょう」 「いや。正規なルートで行くとは思えない。あの脚力があれば、少し策をひねれば密航もできるだろう」 「あたしたちも、イタリアに飛びましょう」 「そうだな。俺たちも、イタリアへ」 二人はすぐに近くの空港へと向かっていった |