白い世界の中で

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白い世界の中で


千鳥と宗介がミスリルに来る半年前――

クルツ・ウェーバーは、すでにミスリルに呼ばれ、スナイパーとして身を置いていた



タイ 首都バンコク

熱帯にある国で、かなり蒸し暑い

雨期に入っても気温は33〜34℃で最高は4月に45℃程度にもなる。

建物のほとんどはその気候に合わせて高床式になっており、入り口付近は葉緑植物で飾っている

そこは、ある大きな屋敷から離れた建物の平らな屋根の上。そこがクルツのミスリルとしての初仕事の場となった

そこでクルツを含む五人ほどの男たちが集まっていた

「よぉ、ルーキー」

ミスリルの狙撃班の一人、短髪の金髪男がクルツをそう呼んだ

「なんだよルーキーって。オレはクルツ・ウェーバーって名前があんだぜ」

そう言い返したが、金髪男は肩をすくめるだけで、相手にしない

「へっ。大層な腕を買われてミスリルに呼ばれたらしいが、ここではただの新人だ。まぁせいぜい俺たちの足手まといになってくれるなよ」

すると、また別の、目の細い褐色肌の男がにっと笑って歯をみせた

「そうそう。ここで名前を呼んで欲しけりゃ、それなりの実力を認められるこったな」

「ちえっ」

クルツは口を尖らして、それ以上は突っかからなかった

すると狙撃班の四十代の隊長が、集合をかける

「今回の作戦を説明する」

足元に図面を広げ、クルツたちが囲んで、その配置を記憶する

それから隊長は、ここから見える大きな屋敷を指差した

そこまでに民家はまばらにあるのだが、その屋敷だけはひときわ大きく目立っていた

他の屋敷に比べ、いくばくか豪華な装飾が施され、壁を覆う葉緑植物も大きかった

「あそこの屋敷内に、解放戦線(テロ)の一人が侵入し、人質をとった。人質は、タイの首相の一人娘。犯人は、武装し、武器を屋敷内に持ち込んだという。タイの警察は首相の娘が人質とあって、動けない状態だそうだ」

「あれが首相の家なのか?」

「いや。本宅ではなく、別荘のようなものだ。娘が遊びに使っていたようだが、首相の留守の間にこうなってしまったらしい」

そして隊長は、ノートパソコンを操作し、顔写真を出した

「これが人質となった首相の娘だ。記憶しておけ」

それは程よく日焼けした肌に、なめらかな黒い長髪

目はくりくりとしていて、一目で愛嬌のある顔だ

年は二十前後といったところか。だが純朴そうな雰囲気をかもし出している

「典型的な箱入り娘だ。首相の一人娘ということで、首相はかなり溺愛している。この娘に万一なにかあれば、首相の精神状態に差し支えてしまうとの懸念が広がっている」

「それで、人質を一切傷つけずに救助しろってことで、俺たちが出動することになったわけか」

「その通りだ。今のタイは、政界がいろいろとややこしくなっている。この拮抗状態を崩すのは世界的にも良くないことなんでな」

「人質をとった犯人は、単独なのか?」

「うむ。組織的な動きはないようだ。解放戦線だと犯人が宣布しているが、おそらくは組織とは別の、暴走行為によるものだろう」

「では、解放戦線の一人ではないと?」

「いや。その組織の一人だと言う照合は確認されている。ただ、今回の行動は組織の意図するものではないということだ」

「なるほどな」

「地上班は地元の警察だが、こちらとは連携していない。一方的にこちらが地上班の情報を探っている状態だが、それによると犯人と人質のたてこもった部屋は、ここから正面に見える窓の部屋だ。一番左端のな」

それを聞いて、それぞれが双眼鏡やライフルスコープなどで位置を確認する

するとその部屋に、窓越しに座らされている人質女性と、その後ろで立っている銃を持った男が見えた

「しかし、俺らが出るほど解決は難しいのか?」

狙撃班の一人が、状況を見て聞いてくる

「それがな。立てこもった犯人は、あの屋敷全体にトラップを仕掛けたんだ」

「トラップ?」

「そうだ。玄関から廊下、そしてあの立てこもった部屋にも、センサーやら爆弾やらを仕掛けているらしい。そのせいで、地上班は突入もままならんのだ」

「解除はできないと?」

「センサーが邪魔をしてな。爆弾は触れると爆発するが、犯人の持つ起爆装置でも爆発させられるらしい。完全に奴に見つからずに解除をしていくのは困難だ」

スコープでトラップを意識してもう一度例の部屋を覗くと、確かにあの部屋だけでもいくつかの爆弾が見えた

「なるほど。下手に撃ち外すとドカンってわけか」

「そうだ。絶対に外すことは許されん。地上班の狙撃の腕ではまず無理だろう」

「それで俺たちの出番ってわけか。まあ、この距離なら楽勝だな」

ミスリルの一人が、気楽にそう言ってみせた。しかし実際はかなり難しい射撃だった。

狙撃というのは、筒先が数ミリずれるだけで、着弾点に大きく差ができてしまう。

銃身の固定、狙撃者の体勢の固定、方向性、風の読み、そして集中力。これらが少しでも欠けると命中率が大幅に下がる。

ミスリルの狙撃班は、スペシャリストの中でも特に優れた腕を持つ者のみで編成されたものである

そんな人たちだからこそ、言える言葉だった

「常に起爆装置を握ってるとなりゃ、狙うところは眉間だな」

「その通りだ。一撃で意識を断ち切らねばならん。それも人質を傷つけずにな」

「問題は、あの部屋の死角が多いことだな」

スナイパーは、外から狙い撃つ。なので、窓を通して犯人を視認して撃つわけだが、その窓から離れ、部屋の隅や奥に居られると、姿が見えなくなってしまう。そうなると狙いようがないのだ

「ああ。しかも犯人はその部屋をうろうろと歩き回ってやがる。同じところでじっとしてられないタイプか」

次々と現状を分析し、意見を述べていき、やるべきこと、気をつけるべきことを確認していく

スコープを覗いていた男が、つぶやいた

「しかしあの犯人、姿は見えるんだが、全身を窓に出してこないな。すでにかなり警戒されてしまってるぞ」

「ああ。それなんだが」

隊長が、苦い顔をした

「ミスリルが来る前に、この国の警察が、自国の狙撃班を召集し、それを犯人にバレてしまったそうだ」

「ああ?」

「この国なりに解決しようとしたらしい。だがそれが失敗に終わり、狙撃班を撤収させたが、犯人には余計警戒されてるというのが現状だ」

「余計なことしてくれたもんだぜ」

「しかし、ミスリルが協力に来るなんて、向こうは知らないからな。こっちが勝手に押しかけてきて、勝手に事件を解決していくんだ。それまでにこの国がなにをしようと、我々が口を出すわけにはいかない」

「それにしたって、もう少しなんとかならなかったもんかね」

「愚痴を言うな。とにかく、犯人はまだ狙撃に対して警戒を持っている。我々の狙撃のチャンスが訪れるのは、一瞬だろう。それを見逃さず、仕留めるのが我々のすべきことだ」

狙撃というのは、忍耐力がとてつもなく必要となる。同じ態勢で、常に相手を照準におさめていなければならない。それがたとえ何時間だろうと、何日だろうと、それを維持しておかねばならないのだ

「各自、与えられた配置につけ」

隊長の指示で、隊員たちがそれぞれのビルの屋上に散り、銃を確認し、決められた位置にかがみ、狙撃の体勢を取る。

それぞれひとつのビルに三人ずつ、三つのビルについていた。

クルツは正面のビルだった。屋上の柵と柵の間に、人質のいる窓をすべて見通すようにする

そしてこちらの存在が気づかれないよう、体勢を低くして、ゆっくりと銃身を顔の前に置いた

ここから距離は約千メートル。かなりの距離だが、これまでの事件で、それ以上の距離を仕留めたことがある。

ただ、たしかに犯人の顔は拝めることはできなかった。足だけが見えるのが、かえって焦らされる。

足だけを撃ち抜いても、犯人は起爆装置を押すことができる。犯人の額が見えるまで、ただ辛抱強く待つのみだ

人質の女性は、見せしめなのか、手が出せないように威嚇に使ってるのか、椅子に座らせたまま、こっちからは丸見えになっていた

その表情は、怯えと悲観。もうすでに枯らしたのだろうか、泣いてはいなかった

(待ってろよ。絶対に助け出してやっからな)

クルツはゆっくりと、スナイパーの目になっていった



到着して一時間、まだ進展はなかった

犯人は、うろうろはするのだが、相変わらず顔だけは窓に出してこない。

地上班、つまりここの国の警察は、スピーカーで根気よく犯人に呼びかけていた

しかしそれはお決まりの台詞。人質を解放するんだ。まるでマニュアルに従ってるみたいで嫌気が差した

これはそこらの人質事件とはわけが違うのだ。人質となってるのは、首相の愛娘。

それを縛っておいて、家族が悲しむぞだとかいう説得に応じて、すいませんでしたと解放するものか。

しかも犯人はその屋敷に、うんざりするほどのトラップを仕掛けてある。それを突破するのは困難だった。

そして地上班は、ついにひとつの策に出た。一人の男が車に乗って、その現場に到着した。

するとそれを見た、現場責任官と思われる刑事が、ほっとしたようにその車に駆け寄る

どうやらその男は、ネゴジエーターのようだ。ネゴジエーターとは、交渉人のことで、人質犯人と会話し、交渉して、武力ではなく話術で人質事件を解決するプロのことだ

しかし、地上班はその男に期待しても、ミスリルは期待してなかった

犯人の状況を考えれば、話術でどうこうするのは難しいと分かるからだ。それをなんとかするのがネゴジエーターなのだろうが、ミスリルとしてはそれだけに頼るわけにはいかない



その交渉は、夜にまで及んだ。何時間も粘っているらしいが、どう進展してるかは分からなかった。

明かりが少ないのか、周りはかなり薄暗くなっていた。

こちらの位置を知られるわけにはいかないので、ライトを点けるわけにもいかない。暗闇の中で、スナイパーたちは息をひそめていた

すると隊長は、地上班に進展があったらしく、教えてきた

「どうやら、いくつかの策は失敗に終わったようだな。今は犯人を落ち着かせ、犯人の味方だということをアピールしてるところだ」

「犯人は、なにか要求は言ってるんですか?」

「さきほど、食べ物を持って来いと要求した。しかしそれ以外は、首相に話をさせろとか、捕まった同胞を解放しろだとかを繰り返しているだけだ」

「食べ物か……その受け渡しに、こっちに近づいて、顔を出してくるかもしれないな」

それが狙撃のチャンスになる。そのとおりだ、と隊長もうなずいた

なんとか地上班がうまくやって、顔を出すようにしてくれたら。一発でズドンだ。

その期待を込めて、クルツはより目を険しくさせた

だがふと隊長が、情報係の男に聞いてきた

「人質があそこに捕まって、何時間になる?」

「正確時間で、四十二時間三十五分です」

「丸二日近く、か。長いな……」

隊長の表情には、はっきりと不安が刻まれていた

「人質の体力ですか?」

「それもある。そしてもう一つの可能性が……。それがなければいいんだが」

隊長は、それを曖昧にして、一人つぶやいていた



数分後、食料が届けられてきた。狙撃班が窓に集中する。

犯人は、当然のように自分からそれを受け取りにはいかない。地上班とどのようなやり取りをしてるかは不明だが、犯人が食料をどうこうしろと指示してるようだ

届けられたピザの箱を、刑事の男が犯人に見せるようにして、それを開く。そしてその一枚を食べて見せた

変なものを混ぜてないか、毒見しろと言われたのだろう。そして美味しそうに食べてみせるのを見て、犯人は安心したようだ

さて、その食事をどうやって手に入れるのか。向こうから取りに来れば、顔を拝むチャンスが来る。

向こうに届けさせるなら、トラップを解除しなければならないはずだ。そうなれば地上班にチャンスが生まれる

すると、犯人は地上班になにかを指示した。

そして次の瞬間だった。いきなり人質の部屋のガラス窓が、ガシャアンと割れた

割ったのは、部屋の中にあった電気スタンドだった。犯人が、中にあったそれを投げて、中から割ったのだ

すると、地上班の一人が、食料を束ねた箱を、割れた窓を通して、投げ入れた

あの辺にはトラップはないのだろう、箱が人質の横を通って、床にごとんと小さく跳ねた

「くそがっ」

あくまで、犯人は顔を出さなかった。あんな強引な方法で食料を確保するとは。

人質が手中にある限り、ガラス窓を破ってでも手出しはできないと踏んでいるのだろう。それを見抜いたのだ。狙撃手はそろって悪態をついた

失敗だった。また別の手を考えなければ。

「暗くなってきたな」

すでに夜遅い時刻となっていた。しかし屋敷の中の電気はすべて点けられ、昼間と変わらない明るさだ

こっち側は、その屋敷の明かりしかない。他の建物は電気がないのか知らないが、明かりがなくほとんど闇だった

そして人質の姿は、昼とは違って奥のほうに向かされていた。つまりこっちからは、人質の背中しか見えないというわけだ。どんな表情でいるのか、判別がつかない

「そろそろ人質の体力も限界に近いだろう」

「これ以上長引くと、どういった危険が?」

「精神に障害をきたす恐れがある。それは時間が長くなるほど、深刻にな。あんな緊迫状態を続けられると、後に障害を残すほどになってしまうかもしれん」

ぎっと、クルツは下唇を噛んだ。早いとこ、なんとか解放しなければ

犯人は、徹底的になって顔をさらさない。クルツは忌々しそうに、屋敷内のその部屋を睨む

その時だった。隊長が、人質の父親である首相が近くに到着したと知らせてきた

人質に取られてから数十時間、ようやく首相に人質事件の連絡が届き、地球の反対側に視察に行っていたところを急遽戻ってきて、これほど時間が掛かったというわけらしい

情報社会になりつつあるこの時代に、なぜか首相への連絡は意外なほどに遅くなってしまうことがある。

大規模な自然災害やテロが起きても、首相にそれが伝わるのは、なぜか飛脚よりも遅いという、わけのわからない事態が実際にあるものだ。そして対応が遅れてしまう

「首相との交渉で、なんとか事態が好転してくれればな」

わずかな希望を抱いて、隊長が言った

だがその前に、クルツはひとつ、要望を出した

「あの屋敷の中の見取り図が欲しいんだけど」

「見取り図なら、さっき説明に使ったやつがそこにあるだろう」

床に広げてある見取り図には、部屋の位置やドアの位置といったものが線で表されている。だが、クルツはそれじゃないと言った

「あれはただの見取り図だ。オレが知りたいのは、屋敷の中の正確な家具の位置だ。タンスから照明まで、こと細かい情報が欲しい」

その言葉に、他の隊員たちが眉をひそめた

「そんな見取り図あるわけねえだろ。あの屋敷に住んだことのある首相とかぐらいしかわからねえよ」

「だったら、首相に直接聞いて、書き込めばいいだろ!」

そのクルツの怒声に、場が凍りついた。隊員たちが、怒りをあらわに、眉間にしわを寄せる

だが、それを隊長が制して、情報班の一人に、やってやれと指示を下した

「なにか、考えがあるらしいな」

「ああ。やらせてくれ。これ以上、進展を待つのはごめんだ」

隊長は、そのクルツの目を見て、押し黙った。だが、他の隊員が顔をしかめる

「お前の腕じゃ、あいつの額を狙うのは無理だぜ、ルーキー」

「ああ。その場に突っ立ってるだけなら、ルーキーにだってできるだろう。だがあいつは、ふらふらと常に動いてやがる。あの的を正確に狙い撃つのは俺らだって難しいんだぜ」

次々と、クルツがなにかしようとするのに不満をぶつけてくる。だが、クルツははっきりと言ってやった

「オレなら確実に仕留めれる。白い世界を作り出せばな」

「あぁ?」

なに言ってんだコイツ、と隊員の誰もが、クルツの言葉を相手にしなかった

だが、その中で唯一、隊長だけはそのクルツの放った一言に、驚きを隠せなかった

(白い世界だと。このルーキー。まさか、あの白い世界(極限に集中力を高めた状態)を自分で出せるというのか)



狙撃は、ただターゲットを照準にいれて、引き金を引けば当たるというものではない。

弾丸には、ターゲットに届くまで距離がある。そして、空気抵抗と重力落下を受けるのだ。それによって、実際に照準で覗いたのとは、着弾点とズレが大きくできてしまう。

それは距離が長くなれば長くなるほど、誤差は大きくなる。狙撃手は、そのズレを計算して撃つのだ。

それだけではない。空気の密度、湿度の度合い、雨が降っているか、風速と風の向きはどうなってるか。それによって、弾丸の軌道は変動する。

そのため、狙撃手は知る限りの情報をもって、それでいてその誤差を計算し、命中率を上げるのだ。

しかし、その情報を得たとしても、実際に撃つまでは何が起こるのか分からない

突発的な風が吹いてきたり、地震が起きてしまったり、予測のつかないことが起きる場合もある。

それでも狙撃手は、できる限りの情報収集と計算に基づき、さらに自分の経験・技術・集中力を持って、命中率を70%、80%にと少しでも上げていくものなのだ

よって、命中率100%というのはありえないのだ。計算が少し違うだけでも、大きく命中率が変動する。そして予測できない事態が重なるため、100%の命中率は不可能とされている

ところが、白い世界になった時、その命中率は常に100%となる。

狙撃手の腕は、観察力だの冷静さだのと言われてるが、最も重要なのは集中力である

そしてその集中力が異常なほどに極限に高まると、それまでの常識であった次元を超えることがあるのだ

どんな天才でも、集中力を最大限に高めることは非常に稀である。そして集中力が高まった時、次元を超えた現象が起こる

たとえば野球選手では、集中力が極限に高まると、ボールが止まって見える。これは異常な集中力によって、潜在能力を引き出し、いつも以上の感覚と能力を駆使したためだ

そして狙撃手が極限の集中力を高めた状態になると、必要な情報以外はシャットアウトされる。不必要な情報とされる周りの景色は、白いペンキで塗りつぶされたように白い壁となって、ターゲットしか見えなくなる

そしてターゲットを見ただけで、狙撃手に一瞬にして大量の情報が入ってくる。ただ一目見ただけで、どの角度で、どう撃てばいいのか理解する。それは計算ではない。肌ですでに感じ、理解しているのだ。

さらに、突発的である突風や地震にも対応できるようになる。これは必ず前兆があるためだ。

突発的だと思われていた地震にも、その前にはなんらかの前兆が起きているものだ。たとえば空気の流れや密度の変化、その他にも目には見えなくとも、なにかしら変化が生まれている。

そして人間より感覚の鋭い動物は、それを察知して、異常行動を起こしたり、避難するのだ。

白い世界を生み出した時、その前兆さえも感じ取り、なにが来るのかを瞬時に理解することができる。

そして撃つ前から、その弾道がどう進んでいくのかが、ひとつの光の線となって見えるようになる。

すなわち、白い世界を作り出したとき、その狙撃手はすべての突発的なことに対応でき、常識では考えられない事態を除けば、常に100%の命中率を保つことが出来るのだ

それが、白い世界の正体である



(この俺でさえ、これまでに白い世界が出たのはたった三、四回程度だ)

それも自然体であり、かつ長年積んできた経験と体調、さらにその状況など、すべてが万全になり、それらがうまく組み合わさり、偶然出たにすぎない

幾通りもの要素がうまく重なり合って、偶発的に出るものなのだ

だがこのルーキーは、それを自在に出せるのだという。そしてその言葉は虚栄によるものではないだろう。

スカウト前のクルツの射撃成績は、目を見張るものがあった。これまでの偉人による成績を、さらに伝説的成績で塗り替えたのだ。

しかし、それが白い世界によるものだとすれば納得がいった

クルツは、隊長をじっと見つめていた。

「……ルーキー。お前が外せば、即座に人質は殺されるだろう。それだけではない。お前はおそらく、その責任を取る形で、極秘裏に抹消されることもありうる。今回の人質は、それだけの価値があるんだ。お前には、それだけの覚悟があるんだな」

「ああ」

その言葉には、一片のためらいもなかった。外すなんてまったく考えてもいない目だった

「……いいだろう。やってみろ」

「隊長!」

他の隊員たちが、抗議という形で声を出してきた

だが、隊長は聞き入れなかった。

隊長は賭けたのだ。クルツという男の腕に。




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