明日への銃弾 3ガウルンはすでに数十M先を走っていた その背中を、宗介と千鳥が後を追っていく 次第に、まわりの建物が、工場から店舗になってきた 工場地帯を出て、商業地帯に入ってきているのだ ガウルンは、2つ先の角を曲がり、ついに商業地帯に足を踏み入れた とたん、道に人気が増えた そこでは傘をさす人々がなにも知らずに通りを歩いている おかげで、その人たちをかきわけて進まなくてはならなくなった そうなると、ガウルンの姿を視認するのも難しくなってくる 「このままじゃ逃げられる……」 「相良巡査! あそこです!」 千鳥の指さした先に、ガウルンのうしろ姿を見つけた その姿は、大型デパートの中へと消えていった 「くそ、厄介なところに……」 「それでも追わないと……デパートの警備員と協力して捕まえましょう」 すぐに、二人ともそのデパートの中に入っていく その一階は食品売り場だった 野菜コーナーを手前に、客達はなにも知らずに買い物を続けている だが、そこにガウルンの姿は見えない 「上だ!」 入り口に入ってすぐ横にあるエスカレーターの上部で、わずかにガウルンのうしろ姿が見えたのだ すぐさま、エスカレーターを早足で駆け上っていく 途中で、見上げて隙間からガウルンの姿を確認したが、二階で見失った 「二階に行ったな」 二階にたどり着くと、そこは衣類売り場だった ところ狭しと衣類が飾られ並べられ、そのせいでかなり視界を遮られて、追うには不利だった とりあえずそこからざっと見回すと、衣類売り場の横に設置されている、化粧品売り場を走っている 「待てっ!」 その宗介の声で、一瞬ガウルンが振り向いた。 そしてまだ追っているのか、と認識したようだった だが、それでも一瞬だけで、また走り出した。やはり捕まる気はないらしい 「ククッ」 その男は追われているというのに、なぜかそれが楽しそうだった すると、ガウルンは化粧品を展示棚から無造作になぎ払った 床に落ちた化粧品の数々が、かん高い音を立てて割れていく その事態に、店員の女性が悲鳴をあげ、近くの客達もびっくりして足が止まった ……足止めのつもりだろうか。 しかし、二人は床に砕けた化粧品を軽くまたいでいく その間に、ガウルンは衣類売り場に移って、そこを走り抜けていた 今度は、何着もの衣類を適当に掴んでは、それを空に放り投げていく たくさんの衣類が空を舞い、視界の邪魔になった 「くそっ」 それを手で振り払い、それでもしつこく追っていく もはやガウルンは二階の商品をメチャクチャに荒らし、混乱を起こしていた なにか厄介事だと察する客達は逃げ、店員は戸惑い、そしてようやく警備員がかけつけてきた そこで、状況が大きく変わった 衣類売り場を抜け出したところで、ガウルンが銃を抜いたのだ 「銃を……持っていたのか」 (ヤバイ。たぶんこいつは麻薬中毒者なのだ。こんなところで暴走されたら……) まだ店内には、客達がいる。まだこの階から逃げていない客もいるのだ すると、ガウルンはたまたま傍にいた主婦の女性の腕を取り、背後に回り、銃を押し当てた 「しまった……」 人質を取られた。これで状況は完全に逆転した ガウルンの足は止まったが、これでは迂闊に手出しが出来ない 「大丈夫、任せて……」 横で、同じく立ち止まった千鳥が、ぼそりと宗介に囁いた 「どうするつもりだ?」 「わたしが人質の代わりになるわ。前みたいに、またひねり上げてやる」 銀行でのことを言っているのだろう 「馬鹿野郎!」 一歩前に出ようとした千鳥を、宗介が強い力で引きとめた 「痛ッ。……な、なによ?」 「またあれが上手くいくなんて思うな。あの時は安全装置のことも知らない素人だったからいいが、今度もそうとは限らないんだぞ!」 「え……?」 安全装置? 銃の安全装置…… そういえば、あの時は人質の立場だったから、それを確かめる余裕はなかった でも、そうだとしたら、この人があの時大胆に出れたのは、まさか…… それを思い出そうとしていると、遮るように宗介は続けた 「ヤツの銃の先を見ろ」 ガウルンの銃の先には、太い筒先が装着されていた 「あれはサイレンサーだ。そこから察するに、ヤツは精通したプロだ……」 宗介は気づかぬうちに脂汗を一筋流していた 認めたくないが、どこか恐れていたのだ。この男に 今までの犯罪者とはまったく異質のものを感じ取っていた 怖い。と、一瞬恐怖に支配されてしまっていた ガウルンが銃を構えたとたん、その男の目が、ぞくりとするほどに鋭く、残忍な瞳に変わったからだった 「…………」 その場だけが、まるで違う空間に取り残されたみたいだった まだ十数人残っていた客も悲鳴をあげるというより、怖くて動けないようだった そして警備員も遠巻きにして動けない おそらくこの警備員は、銃を持った男と対峙したのはこれが初めてなのだろう その場の沈黙を破ったのは、ガウルンの声だった 「クックク。楽しくなってきたなぁ」 その場を支配している立場を楽しんでいるかのような笑いだった そしてそれから一転、声が冷たくなった 「今から命令するぜ。いいか。今から少しでも動くな」 それは、追いかけてきた二人だけでなく、その場にいた全員に向けられていた 「う……」 だが、その言葉が恐怖の引き金となったのか、右のほうでへたり込んでいた主婦が、身をすくませ、少しでも離れたい衝動に駆られ、逃げるように上半身を出口のエスカレーターに向けた とたん、その主婦の胸を、冷酷にも銃弾が貫いた 「!!」 鮮血がその胸から飛び散り、肉片がその穴から垂れた ガウルンの撃った銃弾が、風穴を開け、肉片を食い千切ったのだ 撃ってから、ガウルンは眉を不愉快そうに吊り上げた 「動くなって言っただろ」 「きゃあ〜〜ッ」 ようやく事態を把握した客達は、ものすごい悲鳴を上げた それに対し、ドシュッ、ドシュッと銃弾が、騒ぎ出した主婦たちの体を次々と貫いていった 太りめの女性が、腹を押さえて泣き出した。その腹からは、真っ赤な血が噴き出している 足を撃たれたほうの女性は、その痛みに耐え切れず、涙ながらに助けを求めた その女性に対し、ガウルンは頭部に銃弾をさらに撃ちこみ、静かにさせた 女性はこめかみから血が噴水のように噴出し、糸の切れた人形のように、声もなくばたりと倒れる 一気にその場は地獄と化した 今ので三人の女性が撃たれ、溢れる血が床を真っ赤に汚していく 「やめろっ!!」 宗介が耐えかねて叫んだ するとガウルンは隙なくこっちに銃を向けた 「動くなよ?」 どんな勝手も許されない、絶対者の言葉だった 「ぐ……」 「しゃべるのは構わねえ。だが、動いたら殺す」 情けという部分はこれっぽっちも見当たらない言葉遣いだった。 「痛い……痛……」 さっき、腹を撃たれた女性が、必死に手で溢れる血を止めようとしていた だが、その出血はまだおさまらない 「……救急車を呼ばせてくれ」 宗介のその要望に、ガウルンは鼻で笑った 「それには及ばねえ。……そら」 すると、銃口を、その女性の頭に向け、三発撃ちこんだ 「!!」 腹の出血で呻いていた女性は、その凶弾でまた身動き一つしなくなった 「これで手間が省けたってわけだ」 感謝しろよとでも言いたげな、慢性的な口調だった その目の前に起きた残劇に、客達の恐怖は一気に爆発した なんとか自分だけは。と、必死に逃げようとする者が二人、走り出した だがドシュッ、ドシュッと、その音は、それさえも許さなかった 二発の銃弾は、正確に逃げ出した男の頭部を後ろから貫いた 後頭部に穴が空き、結局数歩も行かぬうちに、血を垂れ流し、倒れた それで、ようやく客達は一切動かなくなった この男の正確な射撃からは、逃げられない。 また、身が完全にすくんで、動けなかったこともあった 「貴様……」 激しい怒りのこもった声で、宗介は言った この状況に置いて、まだガウルンに物を言う度胸があるのは、宗介だけだった 千鳥はというと、この目の前に見せ付けられた地獄絵図に、がくがくと震えていた さっきまでの威勢は消えうせ、完全に恐怖に縛り付けられていた 最初に人質としてとられた主婦は、まだガウルンの手中だった 宗介には、それが糧となって、手が出せなかった。 何度も何度も、腰にかけているニューナンブM60という、リボルバー式の拳銃でガウルンを撃ち殺してやりたかった だが、人質は一人でも救える状況にあるなら、それを最優先するしかないのだ それに、この男は隙がまったくといっていいほどに無かった また、今の男の位置は、深い間合いを常に保っていた いきなり飛び掛ろうとしても、その間合いが邪魔だった (この男……今までに会ったどの犯罪者とも違う) 比べ物にならないほど、レベルが違っていたのだ するとガウルンは、近くにあった商品を掴み、近くで震えていた女性の目の前に放り投げた カツンと音を立てて、商品が床を転がる その動きにも、女性は意味不明な恐怖にびくんと身をすくませた 次の瞬間、その女性の身体はまたも凶悪な銃弾によって、無力と化した 「なっ!!」 またも一人、容赦ない弾丸によって命が奪われてしまった 「ククク。動いちゃダメだって言ってんのになぁ」 「…………っ」 その言動で、理解した この男は、ただ撃ち殺す理由を無理矢理つくっているだけだ。 遊んでいるのだ。楽しんでいるのだ。人を撃ち殺すという行動そのものを そして命が奪われていく瞬間を、この男は快感に変えている その時、宗介の手はぶるぶると怒りで震えていた いや、もっと前からだろう。 なにもできない無力感と、目の前で起きる悲劇に、悔しくて悔しくてたまらないのだ その震えを抑えることはできなかった 「…………」 これで、死者は6人におよんだ まわりは、恐怖に動けない客たちと、警備員 そして、血の海の上で無残に伏している男女の死体 すると、ガウルンは宗介に向かって、口を歪めた 「なあ、アンタ」 話し掛けられて、宗介はガウルンを睨み返した 一度、ガウルンはあたりの死体を見回してから、嬉しそうに口の端をつりあげた 「なあ……俺は英雄だろ?」 それは、まったく意図が解明できない質問内容だった しかし、宗介はそれでついにブチ切れた 「ふざけるな……クズ野郎」 殺される! と、周りの客達の誰もがそう思い、これからの宗介の末路を想像し、目を覆った しかし、ガウルンは撃たなかった 「…………?」 ガウルンは、機嫌を損ねるどころか、笑っていた 嬉しそうにクックックと笑っていたのだ 「いいねえ。そこらの日本警察よりずっと骨がある。その目がいい」 銃口の先を宗介から外し、人質の女性のほうに戻した 「だが、褒めてるんじゃねえぜ? その目……まっすぐだとか、そんなんじゃねえ。どっちかというと、俺たちに似た目をしている。深く、どろどろに濁った闇の中……そんな目にな」 そのガウルンの指摘に、宗介は一瞬ひるんだ 近くにいた千鳥は、その反応がなにを意味するのかわからなかった 「気に入ったぜ。名前はなんて言うんだ?」 ガウルンは、構わず質問を続けた 「貴様に名乗るための名は無い」 宗介は、それに答えることを拒んだ しかし、その反抗でさえ、ガウルンにはたまらなく、愉快だった 「ククク……。最高だよアンタ。そうだな……俺が呼び名を決めよう」 笑ってから、少しばかり考える 「……『カシム』だ。そう呼ばせてもらうぜ」 「…………?」 なぜその名前になったのか、宗介にはまったく理解できなかった この男は東洋人らしいが、俺を見てすぐに日本人だということは分かるはずだ それなのに、なぜ日本人とは思えない『カシム』なんて名前をつけたのか、まったく理解できない 「さて、カシム。おまえとはもっと話していたいが、そうもいかねえ。そろそろ警察の応援が来るだろうしな」 「…………?」 妙に冷静な分析を述べるガウルンに対し、宗介は考えを改めなければならないような気がした (異常な行動を見せるかと思えば、妙に冷静なところがある。ひょっとすると、こいつは麻薬中毒者ではない……?) だが、今はそれはどうでもいいことだ 「人質を解放しろ」 まだ、ガウルンに捕まっている女性をなんとか助けなければならない すると、ガウルンは意外にもそれにあっけなく承知した 「ああ、いいぜ。……ただし」 付け加えられた語意に、陰気な笑みがこもっていた 「そのお嬢ちゃんと交換だ」 ガウルンが指定したのは、千鳥だった。警官の制服を着ているので、警官だということは分かっているはずだ その上での条件だった 指名された千鳥は、びくっと肩をすくめ、ぶるぶると震えていた 「行かなくていい」 宗介は、千鳥の前に立ち、その提案を代わりに拒否した 「う……ううん。あたしが……代わりに……なる」 力ない足取りで、千鳥が一歩前に進み出た 「千鳥」 「だい……じょうぶ。それより早く、あの人を解放させるのが……優先だし」 そうは言っても、その顔色は青ざめ、恐怖に震えていた 「クックック。そうそう、さすがは警察官だ。なにより市民の安全が第一だよなあ」 ガウルンが、千鳥の絞り出した勇気をあざけり笑った 「っ……」 「相良巡査……。わたしは警官です。大丈夫……」 それは、宗介に言っているのか、自分に言い聞かせているのか 宗介は、それに口が出せなかった。今の状況では、なにもいえないのだ 「さあ、こっち来いよ」 いくら警官とはいえ、さきほどまで6人を射殺した張本人の傍に行くのは、並大抵な恐怖ではなかったろう だが、それでも千鳥は、ふらふらと。しかし、確実にガウルンの元へ行った 「ククク。いい子だ」 ガウルンは、千鳥の腕を後ろに回し、喉元に拳銃の口を押し当てた その銃口の先は、まだ熱が残っていて、千鳥は熱さに声をあげて泣きそうになった 「……さあ、そっちの女性を放せ」 「クック。そらよ」 もう片方の手で、さきほどまで捕らえていた女性をどんと押し放した そして銃口を、突き押され、よろめいた女性の背中に向けた 「おいっ!」 宗介がとっさに叫んだが、それより早く、ガウルンの銃が火を吹いた 女性は背中に銃弾を浴びて、血が空中に散開し、どしゃっと床に崩れ落ちた すぐに宗介が駆け寄り、女性を抱き抱えたが……背中の損傷は致命的となっていた 「……なぜだ」 女性をゆっくり床に下ろし、忌々しげにガウルンを睨む 「クククク。知らねえよ。だがよ、ひとつ分かってることはよぉ。まだ俺には人質がいるってことだよなぁ」 「……下衆が」 「言ってくれるねえ、カシム。名残惜しいが、これでお別れだ」 ガウルンは、下に滑車のついた移動式の洋服かけを引っ張り、それを外側の大きな窓ガラスにぶつけた ガシャアアンと音を立ててガラスは割れ、洋服かけごと外に落下していった (この高さから飛び降りるつもりか?) 二階とはいえ、デパートの二階はかなりの高さになるのだ もしここから飛び降りたなら、着地の衝撃で足を痛め、動けなくなるだろう それならそうなった時に捕まえて、ずたずたに殺してやる 「さて……」 ガウルンは、コートの内ポケットから注射器を取り出した (なんだ……?) その注射器には、あらかじめなにかの液体が入っていた そしてそれを、自分の足の付け根に刺し、液体を注入する 「あぁ〜〜……」 ゾクゾクと身をよがらせるような声を出して、ガウルンは自分の脚に注射した とたん、その脚に奇妙な変化が起こった 突然、脚の筋肉が変形しだしたのだ 血管が異様に浮き出て、それから筋肉のスジが深くなった そして、モコモコと、まるで内側から筋肉が生産されているみたいに、脚の筋肉が膨らみ、ボディビルダーみたいな筋肉の固まりに変貌した 俺は悪夢でも見ているのだろうか? 腰から下が、まるで筋肉の化け物みたいに強靭な脚となったのだ その変化が収まってくると、ガウルンは千鳥を抱きかかえたまま、そこから飛び降りた 「なっ!!」 宗介はすぐに割れた窓ガラスを踏み入り、そこから下をのぞきこんだ デパートの二階から、一気に下へと飛び降りて、無事に済むはずはない だが、ガウルンは平然と立っていた さっき、ここから飛び降りたことが夢だったかのように……彼は立っていたのだ そして千鳥の足を地に着かせると、またも彼女を羽交い絞めにし、ゆっくりデパートを離れようとする 「くっ……」 まんまと逃げられてしまった 最悪だった。結局……ヤツに7人も殺され、人質をとられた上でまんまと逃げられた その屈辱をあざ笑うかのように、ようやくパトカーのサイレンが近づいてきた クルツの要請を聞いて、近くの署から駆けてきたのだろう だが、遅すぎる すると、それに続いて、背後からクルツが走ってきた 「……ソースケ。こりゃあ、どういうことだよ? 応援を要請して来てみりゃあ、なんで人がこんなに……一体なにがどうなって……?」 「すまない、クルツ。ヤツを逃がしてしまった……」 するとクルツも、そこからデパートを離れようとするガウルンが目に入った 「おっ、おいっ! あいつに引きずられてんのは千鳥ちゃんじゃねえかよ!」 「人質に取られて、そのまま逃げられた……」 「なんだと? ……そもそも、あいつは一体なんなんだ?」 「おそらく……麻薬商人かなにかだ。さきほどの廃工場でその証拠も残っていた」 その言葉を聞いたとたん、クルツの顔つきが一変した 「麻薬……だと」 いつもの表情は消え、深刻な目つきになっていた 「クルツ……?」 とたん、クルツが窓から身を乗り出した 一歩でも足を外すと、転落してしまいそうなほどに身を出し、それから銃を腰から外し、手に取った 「おい……なにをする気だ?」 クルツはそれに答えず、撃鉄を引き起こした その動作一つ一つが、まるでなにかに取り憑かれているようだった 「おい、クルツ。やめろ! 実戦で撃ったことなど一度もないだろう!」 だがそれでも構わず、その銃口を下に向けた そして今も千鳥を引きずり、遠ざかっていくガウルンに狙いを定める (本当に撃つ気だ) こんな遠距離で、しかもライフルではなく、一般の銃なのだ ガウルンどころか、まわりの市民に当たってしまう危険性が高い 宗介は力ずくでそれを止めさせようとしたが。それができなかった 銃を構えた時のクルツの顔が、別人に見えたのだ 真剣な眼差し……自然ながら、あまりに完成された構え……そしてなにより、溢れる集中力 クルツは身動き一つしなかった。 近くに俺がいることも……いや、まわりの喧騒なんかも耳に入らないかのように、一つのことに集中しきっていた その気迫に、なぜか圧倒されてしまったのだ はっと我に帰ったときには遅かった ガーンと、クルツが一発、銃弾を放ったのだ それは一直線に――なんの迷いもなく、全ての存在を無視して――ただひとつの目標、ガウルンの右手に食い込んだ その銃弾は、右手の甲に深く――えぐるように、皮膚に潜り込み、肉を食い破り、神経をズタズタにした
ガウルン本人でさえ、それは信じられないことだった いつの間にか、右手が銃弾にやられていて、その痛みを感じるのに数秒時間がかかった どこから撃たれたんだ? まずそれを考えた 弾丸の飛んできた方向から考えて、さっきまでいたデパートだ 誰が撃った? ガウルンは、そのデパートにじっと目を凝らした ちらりと、目立った金髪が見えた 「あいつ……たしか、俺を追っていた時にいた警官……」 ガウルンは、状況を認識していくほど、その現状が信じられなくなった ヤツはなんの銃で撃ったんだ? ライフルなんてなかったはずだ。 となると、日本警官の標準装備である、ニューナンブM60? クク、とガウルンは笑った そんな銃で、あんなところから俺の手にヒットさせやがった―― このあたりの警官は、面白えヤツらばかりだぜ 「痛ッ――」 右手が激痛で痛み、力が入らない 「…………」 この怪我では、人質を引きずりながら逃げるのは無理だろう ガウルンの決断は早かった もう片方の――左手で、千鳥の背中をどんと強く押した 急に背中を押され、千鳥はどしゃっと地面に手をつき、倒れた その時に柔道術をかませば、このガウルンをねじ伏せれたかもしれないが、今まで目に焼き付けられた光景が、彼女の精神に強い痛手を負わせており、動くことができなかった 「まあ、逃げることはできたしな。もう人質はいらねえ」 ガウルンはそのまま左手で、負傷した右手を押さえると、くるりときびすを返し、ビル街の闇の中へと消えた
一方、命中させたクルツを、宗介は呆然と見つめていた まさか、当ててみせるとは―― 「クルツ……おまえ……」 話し掛けるが、クルツはクルツで信じられないように呆けていた そしてゆっくりと銃を下ろし、宗介のほうを向いた 「白い……世界が見えた……」 「なに?」 その飛び出た言葉が理解できず、聞き返した 「いや……なんでもねえ」 「それにしても……よく当てたな」 「ああ。なんでかオレ……全然外す気がしなかったんだ。なんか撃つ前に、弾丸の軌道が浮かび上がって見えてよ。それからオレの思い描いた軌道を、弾丸がたどってよ……」 「そう……か」 そこで二人は、ようやく大事なことを思い出した 「――千鳥!」
雨はようやく降り止んでいた しかし、千鳥かなめはその場を動けなかった そして、一人泣いていた―― 「っ……うっ……」 信じられなかった。 目の前で奪われていく命を……なにもできずにいたことが 警官の道を目指したのは、人々が安心して暮らせるように……守っていけるように それなのに、なにもできなかった 無力な自分がいた なんて情けないんだろう―― すると、ばさりと濡れた背中になにかが被せられた コートだった。顔を上げると、そこには相良宗介が立っていた 「……初任でこれは辛いだろうな。だが、這い上がるしかない。ここから……」 その先の言葉はなかった でも、もう言葉は必要なかった。わたしが今、やらなければならないことは―― 「はい……」 その後クルツも続き、その場の処理は駆けつけた応援の署員に任せ、三人は本部に戻ることにした
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