明日への銃弾 4その衝撃的な事件は、報道でおおいに伝えられた そしてこれは後に分かったことだが、最初に宗介が入っていった廃工場の中に、更に二体の射殺死体が発見された あの時は暗闇で目が慣れていなく、その死体に気づかなかったのだ その死体の身元は、麻薬常習犯の若者だった ともかく、これでガウルンが出した犠牲者は九人に増えた デパートには、監視カメラが数台設置されており、その事件時の映像が残っていた そこから分かったことは、犯人の異常さと、指示に従いながらも殺されたショッキングなシーン その結果――客が射殺されたことは、どうしようもない不可抗力の結果だったことが確認された そうなると、処罰の対象は、デパートの警備員だけになった デパートの管轄内の責任者は、警備員ということになっているからだ そんなわけで、宗介に対して叱責はなかったが、表彰もされなかった
泉川署本部では、課長のところに相良宗介が押しかけていた 「お願いします! 俺にあの男を追わせてください!」 「駄目だ。君は本来、地域課だろう。君には捜査権もないんだよ」 冷酷に努めて、宗介の要望を断った 「……そうですか」 それだけ言って、下がろうとした宗介を、課長は呼び止めた 「まあ、待ちたまえ。こう言っておいても、君は勝手に探すだろうからな。この際、はっきり言っておく」 「…………」 勝手に探すという意向を見破られていたが、宗介は動じていなかった 「……あの男を追うなというのは、わたしからの命令ではない。もっと上からの、絶対命令だ」 「……? どういうことです?」 予想に反した言葉を聞かされ、ぐぐっと強く問い詰めた 「警視総監クラスの命令だということだ。……どうせそれだけでは納得するまい。あの男について説明してやろう」 「正体が分かったのですか?」 「ああ、監視カメラの映像で、一目で分かったよ。……あの男は、ガウルンといってな」 「……ガウルン」 宗介は、その男の名を強く胸に刻んだ 「ガウルンは、世界を股にかけて麻薬や武器を売りさばく商人だ。国際指名手配犯になっとるよ」 「…………」 「主にアフガン、イラク、レバノン、カンボジアなどを主に活動を広げている」 戦地地帯の名が多い 「では、なぜ今回はこの日本に……?」 「麻薬を売りつけに来たんだろうな。麻薬というのは、世界共通の犯罪だからな。日本人は特に金のカモにしやすいということだろう」 ぐっと、宗介は唇をかみ締めた 「実はな、7年前にも、ヤツは日本に来たことがある」 「それが一回目の来日ですか……」 「いや、二回目だ。一回目は15年前……。まあ、こっちはいい。それよりも、7年前……あれは悪夢だった」 「7年前に、なにが?」 「……7年前にも、ヤツは日本に訪れていた。その頃、日本では武器密売が氾濫しててな。当時の日本警察は、それに苦戦していた」 課長は、いったんデスクの上に置かれていたコーヒーに口をつけた 「……日本警察は、四苦八苦の末、武器密売のルートを突き止めた。そしてその一手に絡んでいたのが――」 「ガウルンだった……」 宗介が、課長の言葉を紡いだ 「そう。後はヤツを逮捕することだった。しかしな……ヤツを追い詰めた警察は、ことごとく死体となっていった。逆に殺されたんだよ」 コトンと、コーヒーをデスクに戻した 「決定的な事件は……今日のような雨の日だった。しつこく追っていた警察は、ついにガウルンを路地裏まで追い詰めた。その時に追っていたのは、国内でも屈指の実力を持つ、神奈川警だった」 神奈川警は、柔術、逮捕術において、優秀と名高い警察組織だ 「しかも、七人で追い詰めていた。これで、誰もが終わったと思っていた」 当時の事件となにか関係があるのだろうか? どんどんと課長の声に、悔しさが滲んでいた 「だが……追い詰めていたと思っていたのは、罠だったんだ。逆に、誘われてたんだよ。ガウルンは一人で、こっちは屈指の警察官7人。それなのに……」 「……まさか」 「その路地裏に残ったのは、7人の警官の死体だけだった。無残な屍となっていたよ。7人で追い詰めてもなお、全滅させられたんだ」 「……商人にしては、戦闘技術が高すぎませんか」 ガウルンと対峙して、一番恐ろしかったのは、ためらいが一厘の欠片もなかったことだ 人を殺すのに、躊躇もためらいもなく殺す そこが今までの犯罪者と大きく違っていた さらに、あの正確な射撃だ 最初は遊びのつもりで撃ったのだろうが、次第にその射撃は正確になっていた 逃げる客を、一発の銃弾で殺傷にいたらしめる そんなピンポイント射撃は、とても商人レベルではない それについて、課長が答えた 「そうだろうな……ヤツは元、傭兵だ」 「傭兵……?」 「元、な。どこかの戦地で雇われていたそうだ」 それで、ようやく俺を『カシム』なんて呼び名にした理由がやっと分かった あれは傭兵でいう、コードネームのつもりなのだろう 「当時、その殺人技術で傭兵時代は大活躍を見せ、ずいぶんと名乗りを上げていたそうだ。それは英雄と祀り上げられていたぐらいでな。……それだけ、人を殺めていたということになる」 当時のガウルンの声が再びよぎった 『俺は英雄だろ?』 「――ふざけるなっ!!」 その怒鳴り声に、課長だけでなく、近くにいた署員たちもびっくりし、振り向く そんな宗介を課長が落ち着かせると、ゆっくりと続けた 「だが、なにかその部隊で問題を起こしたらしい。その場で除隊され、今のように行きついたそうだ」 「…………」 殺して讃えられた生活が、一気に裏の道に転落――というわけか 「しかし。それでは、あの男を野放しにしろというのですか」 「ガウルンは、上が追っている。そっちに任せろと言っているんだ」 「……ひょっとして、なにかの部隊ですか?」 一般警察の手に負えないなら、特殊部隊しかないだろう。もっとも、あまり表には出ないので、部隊の実情は宗介もよく知らない 「その通りだ。国家レベルの武力部隊がヤツを追っている。だから、任せておけ。こちらとしては、無闇に追いかけさせて、むざむざ犠牲者を出すわけにはいかんのだ」 「……分かりました」 その答えに、今度こそ課長は納得したようで、もういいと言って、宗介を追い出した 「あ、ちょっとその前に君に頼みたいことがあるんだがね」 宗介を呼び止め、別のところで待機していた千鳥を引き合わせてきた 「……なんでしょう?」 「千鳥くんは、寮に入ることになっててね。相良君と同じ寮で、隣だそうでな。案内してやってくれ」 「……は?」 「聞こえなかったのかね? 君の住んでいる寮に、彼女も入るんだ。隣部屋のよしみで案内してやってくれと言っている」 やはり、聞き間違いではなかった
本部から離れたところに位置する、希望者のための独身寮 その歴史は古く、警官施設のひとつだというのに、伝統だとかのこだわりで、見た目も老朽一歩手前な状態だった オンボロアパートとあまり変わらなかったりするが、家賃が安いため、貧乏独身にはその部分が魅力的だったりする 「ここ……ですか?」 理想とあまりにかけ離れていたのか、その寮とのご対面の瞬間――千鳥は思わず口を呆けてしまった 「そうだ」 はっきりと、宗介が現実を伝えた 「しっかし、隣部屋かー。いいなあ」 とうらやましそうに言ったのはクルツだった 彼はこの独身寮の寮生ではないのだが、なぜか宗介と千鳥の二人に付き合って、ここまでついてきていた 「しかし、まさか寮を選択しているとはな。家族と住んでいるんじゃないのか?」 「あ、上京してきたんです」 そっけなく、そう言った。それは家庭のことについていろいろ触れられたくないという態度があらわれていた 「そうか」 それを感じ取ったのか、それで言葉は終わった 三人は、その寮に入り、階段を上る その途中、宗介はさりげに聞いた 「俺をまだ嫌っているみたいだな」 「ええ……まあ」 例の銀行の件は、なんとなく誤解は解けていたが、それでも配慮の面に関して、完全に許せるところまでにはいたっていない 本当にあの時は怖かったのも事実だし、言い方もあまり好きなほうではない 初対面のときより嫌悪感が柔らかくなってはいたが、それでも簡単に受け入れられるものではないのだ その返事に対し、宗介はなにも言わなかった 階段を上りきって、それから奥のほうへと進む 千鳥の部屋は、二階の一番奥の部屋になっていた そしてその隣が、相良宗介の部屋である 「これが鍵だ」 『2014』と番号のついた鍵を渡され、それで千鳥は部屋の鍵を開けた 「よぉ、ソースケ。今日はおめえの部屋に泊まらせてくれよ」 急に、クルツがそう懇願してきた 「……構わんが。急にどうした?」 「いや、特に意味はないって」 だが、そういうクルツの顔は、ニヤニヤとニヤけていた 「…………」 宗介は、千鳥にひとつ忠告をした 「……プライパシーの時は、テレビやラジオをつけておけ。ここは壁が薄くてな。シャワーの音とかも筒抜けになる」 「あっ、てめえ。それをバラすんじゃねえよ。……ハハ」 怒ってから、千鳥の視線を感じ、取り繕うように笑った 「……ご忠告、ありがとうございます」 そう言って、千鳥はバタンと部屋の扉を閉めた 「畜生! 今日はもう帰る!」 と、わめくクルツの声が遠くで聞こえた それが聞こえるということは、確かに壁が薄いという証拠でもあった
「ああ、もう」 今日という日は、千鳥にとって未熟さや無力さを嫌というほど思い知らされた一日だった でも這い上がる。這い上がってみせる。絶対に忘れ得ない教訓として あの相良巡査の言葉を借りたのは癪でもあったが、少しでも一歩前に、新たな決意を強く持たなければいけないのだ でもそれは、明日からにしよう 今日は疲れた。 ぽふっとベッドに飛び移り、千鳥はそのまま枕に顔をうずめた
宗介は電気をつけずに部屋に入った 内側から鍵をかけ、ベッドを背に、膝を抱え、体育座りの体勢で座り込んだ 今日は月が出ていないので、部屋を照らすものはなにもなかった 暗闇の中、宗介は膝の上に乗せた拳をぎゅっと強く握った 瞼を閉じれば、苦悶の主婦達の顔が浮かんできた それは今日のデパートの被害者の顔だった 背中を撃たれ、腹を撃たれ、足を撃たれ……そして頭を撃たれ、絶命していく人々 深紅の赤が飛び散り、天井も壁も、床も『赤』に支配されていく―― それを目の前にしておきながら、俺はなにもできなかった。一歩も動くことができなかったのだ 撃たれた人の中には、警官の俺に助けを請う必死な目をしていた 俺はそれに応えることもできずに―― わなわなと、手が震えた 「ガウルン……」 今日会ったあの悪魔の名を口にする。それだけで吐いてしまいそうだった 今の俺には、確かに捜査権はない。 だが――いつかその権限を手にした時、おまえをどこまでも、地の果てまでも追い続けて、捕まえてみせる 胸の内に、黒いものが宿ったような気がした その時、宗介の脳裏に、あの男の言葉が蘇った 『おまえの目……俺たちに似てるぜ』 「くそ……」 その顔を膝にうずめた
それぞれが決意を抱いたその夜は、星ひとつない、寂しいものだった |