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オジ様の来日 〜東京観光編 後編


作:アリマサ

マデューカスが、ワインを見てみたいというので、品川あたりに赴いて、ワインショップを覗いてみることになった

「ほう……思ったよりいい所ではないか」

「このワイン専門店は、世界の優秀なワインを直輸入しており、産地から温度・湿度を徹底管理して品質を保っているとのことです」

「ほう、詳しいな軍曹。調べたのか?」

「はっ。ワインショップを希望の一つとして言っておりましたので、ガイドブックで調べておきました」

「ふむ……」

マデューカスは、いつもより機嫌よさそうに、店内をゆっくりと見回していく

(よかった。どうやらお気に召されたようだ)

心の底から、宗介は安堵のため息をついた

「……軍曹」

「はっ」

いきなりマデューカスから声を掛けられ、びしっと宗介は背筋を伸ばした

「ワインというものは楽しみ方が幾通りもあるものだ。贈り物にするのも同様、味以外にも楽しませ方がある。その一つは誰にでもできることだ。それがなにか分かるかね?」

「いえ。なんなのでしょうか」

「ヴィンテージ(収穫年)だ。送り先の者の生まれ年とヴィンテージの年代を同じにするという方法だ。自分が生まれた年と同じワインというだけで、嬉しくなってくると思わんかね」

「なるほど、さすがは中佐殿。博識です」

宗介とカリーニンは、小さな拍手をマデューカスに送った

「よさんか。では軍曹。貴様から私にワインを贈らせてやろう」

「……え?」

「聞こえなかったか? 私にワインを贈ってもいいと言ってるのだ」

「…………」

それはつまり、奢れと言っているのだろうか。

宗介は、給料以外の収入を考えねばならんなと思いながら、ぴしりと言った

「光栄であります、中佐殿。では、どれに致しましょうか」

「貴様が選ぶがいい。まあできれば、私とヴィンテージを合わせて欲しいものだな」

「はっ。ええと……それでは、これはいかがでしょう」

宗介は、ワイン棚から一本抜き取り、六十年ほど前のワインを差し出した

とたん、マデューカスはびきっと青筋を立てて、宗介の首をぐいぐいと締めつけた

「貴様あっ、私がそんなに老いてると思ったのかっ」

「も、申し訳ありませんっ」

何度も何度も何度も謝罪して、ようやくマデューカスの手を緩めてもらった

「まったく、上官にここまで侮辱されるとは思わなかったぞ軍曹。十年以上も差があるではないか」

「し、失礼しました」

「ところで軍曹。わたしには贈ってくれんのか?」

さっきまで成り行きを静かに見守っていたカリーニンが、ワインの贈呈を催促してきた

「ええと。も、もちろんです少佐」

そうしてまたもワイン棚の前に来て、選別する

(……だが、少佐も正確な年齢は知らんぞ)

一体、どうすればいいんだ。またも怒りを買ってしまうのは避けたい

そうだ。たしかあれは、数週間前、熟女の年齢を見たままに言ったら、千鳥に怒られてしまったことがある

その際に、千鳥からアドバイスを受けたのだ

「女性ってのは年齢においてはデリケートなんだから。こういうときは気遣いとして、サバを読んで答えてあげるのよ。本当の年齢より若く答えられたら嬉しいのよ」

そう、サバを読んでやればいいのだ。それならば正確に年齢を当てられなくともいい

観察眼からして、カリーニンは三十代か四十代のはずだ

ならば……

「このワインでどうでしょう」

そのワインは、十五年前のものだった

「わたしはお前より年下か……?」

「え……」

そして無言の、カリーニンには珍しいエルボーを食らって、宗介は床上に強く頭を打ったのだった

「馬鹿者め。下手な世辞は身を滅ぼすのだぞ」

マデューカスがそう言い捨てて、昏睡する宗介をよそに、ワインの選別を続けた



宗介が意識を取り戻した時、ちょうどマデューカスの買い物は終わっていたらしい

満足気にそのワインショップを出る

「もうかなりの時間になってしまいましたな」

「どこかで食事を取るとしよう。軍曹、案内しろ」

「はっ。食事ならば、あそこではどうでしょう」

宗介は、近くにあったファミリーレストランを示した

「あそこで飯を食えるのか?」

「はい。ファミリーレストランといいまして、外食でよく利用されるスポットです」

「ファミリーだと?」

ぴくりと、マデューカスは不愉快そうに眉をひそめた

「軍曹。家族レストランだと。貴様はまだ授業参観気分のつもりか。私をいつまで父親のつもりでいる気かね」

「いっ、いえ違います。ファミリーレストランというのはただの呼称であって、客層は家族だけではありません」

そしてファミリーレストランに入っていくカップルを指し示し、

「あのように、家族だけでなく恋人同士で利用したり……」

「恋人だと……?」

さらに眉が吊りあがってしまった

「ち、ち、違いますっ。決して中佐殿と自分が恋人という意味を含ませたわけではなくてですね……」

そして今度は同じ仕事着を着た団体が入っていくのを見つけ、それを指し示す

「他にも、仕事仲間というものもありましてですね」

「仕事仲間、か。ふん、まあいい」

ようやく納得してくれたようで、マデューカスとカリーニンと宗介の三人は、ファミリーレストランの中に入っていった



ウエイターに案内され、長方形のテーブルに向かい、座っていく

そしてメニューをテーブルに置いて、ウエイターは去っていった

そのメニューを開き、中を見ていく

「ほう、食事の写真と組み合わせて紹介しているのか」

妙なところに感心しながら、マデューカスとカリーニンはページをめくっていく

「かなり種類がありますな。ほとんど食べたことないものだ」

うーん、と二人はかなり真剣なまなざしで、メニューを眺めている

そのうちの一つに、マデューカスの目が止まった

「少佐、見たまえ」

「ほう、これはたくさんの種類が一つの皿に集まってお得ですな。さすがは中佐、見事な選眼です」

「なかなか色も華やかだろう。では、これにしようか」

「そうしましょう」

どうやら、決まったらしい

「軍曹はどうするのかね」

「はい、自分も同じものにいたします」

「では軍曹、あとは頼むぞ」

「了解しました」

決めた食事の名前が読めないらしく、軍曹に任せ、二人はおしぼりで顔を拭く

その間に宗介はウエイターを呼びつけた

「注文はお決まりでしょうか」

「うむ」

宗介は、そのメニューの写真を指差し、そこの名前を読み上げた

「お子様ランチ、三つだ」

なぜかウエイターは、一瞬戸惑っていた



かくして、数分してオジ様二人と青年の前に、お子様ランチが並べられた

「……やけに量が少なめだな」

たしかに、いろいろな種類の食べ物が詰め込まれている。だが、そのひとつひとつの量が少ないのだ

「日本人は少食と言われておりますからな。日本人からしてみれば、これが適量なのでしょう」

カリーニンがそう言うと、マデューカスも納得した

「あの、お客様」

さっきのウエイターが、カゴを手に、三人のテーブルにやってきた

「なにかね?」

「あのう。これ、一応お子様ランチを注文した方にお配りするサービスなのですが……」

そのかごの中には、シャボン玉セットやピンポン玩具が袋詰めにされていた

「ほう……」

マデューカスがそれを受け取ると、では、とウエイターは去っていった

「食事をするだけで物をもらえるとはな」

かなり幼い子供用の玩具をつまみ、関心していた

「中佐殿。それはどうするのですか?」

「そうだな。大佐殿のお土産にちょうどいい」

「きっと喜ぶでしょう」

カリーニンが、マデューカスの提案にかるくうなずいた

「自分もそう思います」

そしてその玩具を横に置いて、お子様ランチと向かい合う

「ほう、量は少ないが、なかなか粋な計らいをしているぞ」

マデューカスが気づいたそれは、プリンに刺さったイギリス模様の小さな国旗だった

「見ろ。私の故郷、イギリスの国旗だぞ」

マデューカスは、プリンからその国旗を引き抜いて、嬉しそうに振り回した

「自分は日の丸国旗です」

宗介のは、日本の国旗が刺さっていた

「…………」

だが、カリーニンはぶすっとして目の前のアメリカの国旗を睨んでいた

「少佐?」

「わたしだけ故郷のロシアの国旗ではない……。どういうことかね、軍曹」

「ええと……」

そうは言われても、宗介には理由が分からなかった

「ここの責任者と話をつけてくる。なぜわたしだけ国旗が故郷のものではないのかをじっくりと小一時間ほど……」

「やめたまえ、少佐」

立ち上がろうとしたカリーニンを、マデューカスが制した

「しかし……」

「少佐。我々はミスリルに所属しているのだぞ。わざわざ自分の情報を与えるつもりかね」

「む……。そうでしたな」

そこで、宗介がフォローを入れた

「少佐殿。アメリカの国旗は、英雄の象徴とも言われております。数々の戦地で活躍した少佐殿にはお似合いの国旗ですよ」

「む、そうかね」

カリーニンは席に座りなおし、それぞれが国旗を手に取った

「私がイギリスにいた頃を思い出すな」

マデューカスが、その国旗を眺めて、感慨にふけっていた

「中佐殿……」

すると、いきなりマデューカスは、イギリスの国旗を頭上に掲げ、イギリスの国歌を熱唱し始めた

「God Save〜」

それに続いて、宗介も覚えたての日本国歌を歌った

「君が代はぁ〜」

そしてカリーニンは、アメリカ国歌など知らないので、適当に作った

「ん〜、んん〜、んんんん〜」

そのテーブルの周りの客は、いきなりテーブルのオジ様と青年が、お子様ランチの旗を振りながらそれぞれ歌いだすのを、どよどよと遠巻きに眺めていたのだった



すっかり日も暮れて、三人は宗介のセーフハウスに着いたのは八時過ぎだった

「思ったよりも堪能できましたな」

カリーニンが、買い物袋を手に、マデューカスに言った

「うむ、日本は物資が豊かと言われているが、想像以上のものだった。選別に時間がかかるのが欠点だがな」

「はっはっは」

そうして和やかムードになったところで、宗介が口を挟んだ

「ところで、迎えのヘリは何時ごろでしょうか。よろしければ自分が誘導いたしますが」

「何を言っとる」

「……え?」

マデューカスは、メガネをぎらりと光らせた

「誰も一日で帰るとは言っとらんぞ」

「……そ、そうでしたか」

「ところで中佐殿。明日はどうしますか」

「そうだな。温泉というのはどうかね、少佐」

「おお、いいですな。日本は名湯がいくつもあるといいますからな」

「はっはっは」

愉快そうに笑う二人



そして宗介は、俺の命はいつまで続くだろうかと心配になった