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許可必須のシック・ベイ


作:アリマサ

保健室のデスクで、養護教諭のこずえ先生が、ふと壁にかけられた時計を見た

「……そろそろですね」

そういい終わるのと同時に――

ずしいぃんっ!

突然響いた地鳴り音と振動が保健室にまで伝わってきた

「さて、ドアを開けておかなくては」

ガララと戸を開け、しばらく待つと、階段の方から千鳥かなめと常盤恭子が、肩に男を担いでやってきた

その男とは、もちろん相良宗介である

その宗介はぐったりとくずれ、泡を吹いていた

「あら、今日も一段と凄いんですねー。千鳥さんもそこまで彼のことを……」

「……あの、誤解するような言い方をしないで下さい。今日もこのバカが、また爆発さわぎを起こしたんで、しょうがなく、あたしが……」

「愛のムチですね」

「…………」

せっかん、と言ってほしいものだ。と、かなめは思ったが、どうせ言っても無駄だろう。なぜかここの先生は反論しづらいものがある

「じゃあそこのベッドに寝かせておいて」

こずえ先生の指示で、二人は宗介を横に寝かした

「ありがとう。それじゃ千鳥さんはこちらへ」

「え?」

なぜか宗介の傍の椅子に勧められ、怪訝ながらもとりあえずそこに腰をおろしてみる

するとこずえ先生は、ずずいと前かがみになって、かなめに質問した

「千鳥さんは、彼とどこまでの関係なんでしょう?」

いきなりの大胆な質問に、かなめは椅子から跳ね起きるように立ち上がった

「いきなり、なんですか」

「だって、気になるじゃないですか。彼とどこまでいってるのか」

「いやあの、だからなに言って……」

「知ってるんですよ。相良くんを家に招いて晩飯をごちそうしてあげてるとか」

「あう……。な、なぜそれを?」

と、二、三歩ほど後すざって先生を見る

そのこずえ先生はふふっと微笑した

「風の噂で聞いたんです。……でもその様子だとまだみたいですね……」

「ああ、あの、まだって……」

「なんなら彼をその気にさせるコツを教えてもいいですよ」

「いえ、結構です。それに彼ってわけじゃ……」

「まず、用意するものは……」

「説明しないでくださいっ!」

目をつぶり、両耳を必死に押さえる。そして真っ赤になって、すぐに保健室を飛び出した

「行こ、キョ―コ!」

恭子の腕を強引に引っ張って、二人ともいなくなってしまった

こずえ先生はふふ、と笑ってみせたが、その後の短いため息で憂鬱な表情をかげりにみせた

「それにしても……困りました」

「どうしました?」

こずえのつぶやきに、宗介が反応した

「気づいてたんですか」

「肯定です。それより、今なにかに悩んでおられていたようですが……」

「ええ……」

「よければ、話してください。俺の範囲内であれば適切な対処をさせていただきます」

「いえ、そんなたいしたことじゃないんですが……最近、ベッドが足りないんですよね」

「支援不足ですか?」

「いえ、ここを訪れる生徒たちが多くて……相良くんは本当に怪我をしてるからいいんですけど、中には仮病を使う生徒も多くて」

「……なんと」

これは深刻だ。唯一の医療施設だというのに、場所確保ができない。しかもそれを妨害しているのが、生徒たちだとは。

「先生、それは深刻な問題です。仮病と偽った生徒に化けたテロが、ここの医療機関を潰すために企んだ卑劣な行為です。すぐに除去しないと」

「……よくわからないですけど、テロじゃないですよ。たぶん、わたしに会いたいだけだと思うんです」

こずえ先生は、童顔な顔つきの割に、立派なプロポーションを持っている

そのため、男子生徒には絶大な人気を獲得しており、仮病を装ってでもこずえ先生に会いにくる生徒というのは、もはや日常の風景と化していた

だが、こういうことには疎い宗介は、眉を寄せ、より一層悩んだ

「むう、指揮官との接触を企んでいるのですな。ならば、この安全問題保障担当・相良宗介が先生を護衛いたしましょう」

「結構です。あ、そろそろ会議がありますので、わたし行ってきますね。相良くんは寝ていてください」

「あ、先生……」

こずえはファイルを取ると、さっさと保健室を出て行ってしまった

(むう。先生はどうも消極的だな。テロ爆滅のために、ここは俺が動かねば)

先生がいなくなってしまうと、宗介は意を決したようにして、銃を懐から取り出した

その銃を天井に向けると、数発の威嚇射撃を撃つ

「仮病している奴、今すぐ出て行くんだ。俺は気は長くない。さっさとしないと……」

次の瞬間、ベッドに伏していたいくつかの男子生徒が跳ね起きるように飛び出して、悲鳴をあげながら保健室から逃げていった

「……あんなにいたとはな。さて、これから取締りを強化せねば。生徒たちに手を出すのは心苦しいが、これも民間人の安全確保のためだ。そのためなら俺は鬼にでもなってやろう」

宗介は、窓やドアの鍵を厳重に塞ぎ、保健室の出入り口に立ちはだかった

アサルトライフルをしっかりと構えながら



宗介が出入り口に立ってから、数十人の男子生徒たちが訪れてきた

だが彼らを通すことはない。当然、生徒たちは怒り出したが、宗介の厳しいチェックの前には仮病だということがさらけ出され、彼らは「ちくしょう、こずえ先生〜」と悔し涙を流しながら去っていった

すると、またも男子生徒が一人、腹をかかえてふらふらとやってくる

そして青い顔をしたまま保健室に入ろうとすると

「待て」

銃口を向けて、宗介が呼び止めた

「は……はい?」

「保健室に何の用だ?」

「なにって……腹が痛いんで、休もうと思って……」

「ふん……」

男子生徒の言葉を、鼻で笑って遮った

「その程度で通すわけにはいかんな。手足がバラバラに吹き飛んでしまっているくらいでないとな」

「……どこの医療施設だよ、それ」

「とにかくそんな程度では駄目だ。さあ、さっさと授業に戻れ」

「そんな……本当につらいんだよ。こんな体調じゃ授業に集中できないよ」

「ふん、軟弱者め」

「な……なに?」

「いいか、よく聞け。戦場では腹痛ごときで負けを覚悟する兵士はいない。それどころか、手や足がもげられたとしても、不屈の精神力で敵に立ち向かうものだ」

「いや、あの。そんなことを聞かされても……」

「それを、貴様はなんだ。その程度で音を上げるとは」

「もう、つきあってらんないよ。どいてくれ」

無理に宗介を押しのけて入ろうとすると、宗介はその男の腹に、ドスッと重い一発を叩き込んだ

「ぐあっ。……な、なにしやがるっ」

突然腹を殴られ、理不尽な痛みに激昂したその生徒は、拳を振り上げて、宗介に殴りかかった

が、その拳を宗介はいとも簡単に受け止めてみせ、それからニヤリと不敵に笑ってみせた

「ふん……まだまだ元気ではないか。さあ、授業に戻れ」

その手首をひねり上げ、背中から蹴りを入れて追い返した

「ぐっ、ち……ちくしょおっ」

その男子生徒は、宗介をひと睨みして、教室へと戻っていった

すると今度は反対側から女子生徒が、力ない足取りで保健室にやってきた

「待て」

「……なによ」

「入る前に、理由を聞こうか」

「なんでそんなことアンタに言わなきゃいけないのよ」

ずいぶんと、気の強い子だ。アサルトライフルなど目に入らない様子でくってかかる

「仮病を使う奴が多いからだ。俺の許可なくして保健室には入れん。さあ、言ってみろ」

「……腹痛よ」

(またか……)

しかし、困った。腹に一発、激を入れてやれば大抵は気合が入り直るのだが、どうも女相手に手を下すのは気がひける

それに本当に重い腹痛なら、大変なことだ。慎重にならねばならない

「わかった……では、脱げ」

「……え?」

数秒の沈黙のあと、女子生徒は後すざリして、宗介を軽蔑の目で睨んだ

「なに考えてるの? ……変態!」

「なにを言ってる? 本当に腹痛かどうか確認するだけだ。安心しろ。俺は戦場で手当ての経験がある。診察して見分けることもできるぞ」

「そんなうまいこと言って……ただ裸見たいだけなんでしょ。変態っ」

「……拒否するのなら、入れるわけにはいかん」

「最低!」

そういい残して、女子生徒は去っていった

疲れた……取締りは結構キツイものだな。それに、警備がまだ不完全だ。これでは生徒が徒党を組んで攻められては俺一人では無理だな

「もっと侵入困難なものにしないとな……」



その頃、いつもこずえ先生に会うことを日課の楽しみにしていた男子生徒たちは、ある会議室に集まって、奮起していた

リーダー格の男子が机をだんっと叩いた

「諸君っ! 我らがアイドル・西野こずえ先生が、4組の相良という男に占領されてしまった! こんなことが許されていいと思うか?」

「冗談じゃない!」「横暴だっ」と、次々と男子たちの不満が爆発する

しばらく文句が飛び交ったあと、リーダー格の男子がなだめ、こほんと咳をした

「諸君らの気持ちは分かった。ならば、立ち上がろう! 相良に勝手をさせるわけにはいかん。こずえ先生を、俺たちの手で救うのだ! みんな、武器を取れ! 俺たちは断固、戦う!」

「おおーっ!!」

男子生徒たちは、宗介のロッカーから勝手に拝借してきた武器を高々く揚げて、猛々しい声で叫んだ



武器を持った生徒たちが、保健室の周りを囲み、曲がり角付近の決められた場所に待機する

『A班、準備完了』

無線からそういう報告がリーダー格の男の元に次々と届く

そしてその頭の切れるリーダー格の男の傍には、サバゲー研究会の部長を務めている男がいた

この男が指示と戦略を練り、リーダーのサポート役を務めていた

こうした緻密な作戦と人数で相良を攻略しようということだった

『よし、位置についたな。では……D班を残し、全員突撃!』

男たちは合図と同時に一気に保健室の前に走り出た

が、次々と男子生徒たちの足が止まっていく

突撃しようとした保健室の外見の変化に、だれもが驚き、呆然と立ち尽くしたのだ

まず、有刺鉄線がびっしり保健室の壁を覆っていた。さらに、窓には細かい網状の鉄網が張り巡らされている

また、ワイヤーが保健室前の廊下の端から端まで隙間なくピンと張られている

数分で、保健室が堅牢な刑務所のような荒々しい姿に変わり果てていた

「これは……」

あまりの変わりように思わず息をのんでしまう

そんな生徒たちの前に、保健室の唯一の出入り口のドアから宗介が、アサルトライフル片手にあらわれた。肩から腰にずらっとゴム・スタン弾がかけられている。胴体のまわりには手榴弾らしきものがずらり

「来たな、暴徒ども」

そう言って、銃を構える

「出たな、相良。お前に勝手されるわけにはいかないんだ。そこを通してもらうぞ」

「そうはいかん。ベッドは貴様らのような輩のためにあるわけではないのだ」

「ほう……だが、この人数に勝てると思っているのか?」

保健室のまわりを、男子生徒が30人ほど取り囲んでいる

「ふん、人数が多いからといって、優勢立場にたっているというものではない。装備の問題だ」

すると宗介は胸元をまさぐり、そこからスプレー類のようなものを取り出して、廊下に放り投げた

「あれか!」

叫ぶなり男子の一人が廊下に飛び出し、煙を噴出しているスプレーを掴むと、素早くそれを隣の教室に放り込み、すぐさまその教室のドアを閉めた

すると他の男子生徒も、見事な連係プレーで素早くその教室のドアや窓をしっかりと塞いでいく

「うわあっ、なんだっ? 煙が……」

「げほっ……め……目が痛えっ!」

「ドアが開かねえっ」

スプレーを放り込まれたその教室の中では、悲鳴や怒号が入り混じって、たちまち大騒ぎになる

が、それもしばらくすると弱々しくなり、やがて沈黙した

「ぬぅ、催涙ガスが……なんという手際の良さだ」

予想もしなかった男子生徒たちのあまりに迅速な対応に、宗介はたじろいだ

「ふっ、俺たちをなめるなよ。あんだけお前の暴走に巻き込まれちゃあ、こういう対処法も分かるんだ」

と、あまり嬉しくないような顔をして、不敵に微笑んだ

そしてリーダー格の男が指示を出す

『よし、A班とC班、強行突破だ!』

すると、数人の男子が飛び出し、ひとかたまりになって、出入り口めがけて突進する

その勢いを寸断するように、宗介はアサルトライフルを構え、連続射撃を放った

ゴム・スタン弾が、連発で発射され、進撃する男たちを次々となぎ倒していく

「無駄だ。俺が改造したこの銃は、ゴム・スタン弾をオート連射できる。そして一発だけでも、気絶させるほどの威力があるのだぞ」

「くっ」

その言葉は偽りではなかった

今の射撃だけで、あれだけの数の男子が一瞬にして、壊滅されてしまった

「だったら……別のところから入りこむだけだっ」

残りの男子たちが、窓につけられた鉄線をひっぺはがそうとする

すると、足元に仕掛けられているワイヤーにひっかかった

どおおおぉんっ!

爆発が襲い、窓周辺の男子たちも吹っ飛ばされた

「……保健室の周りはトラップだらけだ。無茶な侵入を試みると、そうなる」

「くっ……やはり、相良を倒すしかないな。全員、構えっ!」

残りの男子たちが、持っていた銃を構え、宗介に向けて一斉放射する

宗介はそれを寸でのところでかわし、片手で銃を撃ち、もう片手でリモコンを操作した

宗介の銃弾が、数人の銃を的確に弾き飛ばし、リモコンで起動した爆発が、あちこちの男子をさらに戦闘不能にしていった

『C班が全滅だっ。B班もやばいっ』

「ぐぅ……」

無線から、次々と戦線離脱の報告が届き、リーダー格の男は戦慄した

(なんて強さだ……奴はただのミリオタじゃないのか?)

『こちらB班、状況悪化……ぐああっ……』

無線の向こうで、銃声と爆音が轟き、通信不能になった

「どうしたっ? 応答しろっ! ……くっ」

「だめだ、このままでは全滅だっ」

隣にいた副司令官的な役割を担っていたサバゲー部長も、動揺を隠せない

「しかたない、一時撤退だ。……状況回復するまで様子を見よう」

「了解」

無線で残りの男子たちにそう伝え、ようやく銃声と爆音は静かになった



「……では、以上で職員会議を終わります」

坪井たか子がそう告げると、その場の教師たちは一息ついた

「やっと終わりましたね。どうです? コーヒーでも」

「うん、いただくわ」

神楽坂恵理は、こずえ先生の好意に甘えることにし、その椅子でうーんと背伸びした

「相良くんも……悪い子じゃないってことは分かってるんだけど……物は大切にしてほしいわ……」

さきほどの会議に不満が残ったらしく、つい恵理は愚痴を漏らしてしまった

さっきの会議は、予算の配分だったのだが、そのほとんどが壊された学校施設の修理に割り当てられてしまったのだ

「そういえば、さっき、相良くん、保健室にきましたよ」

その言葉に、恵理はさほど気にした様子もなく、相づちをうった

「そう、また千鳥さんが止めてくれたのね。彼女には大変な重責を任せてしまって……」

「でも、二人とも気楽に考えてるようですよ」

そう言って、コーヒーを恵理に手渡した

「ありがと。でも先生として、また後で相良くんに言いつけておかなくちゃ」

「相良くんなら、まだ保健室にいると思いますよ」

その言葉に、恵理は飲んでいたコーヒーを、ぶっと吹きこぼしてしまった

「え? ……ま、まさか、彼を一人残してきたんじゃないでしょうね?」

「そうですけど、なにか問題あるんですか?」

「ちょ、ちょっとっ。彼を一人残すのは駄目だって言っておいたでしょう。なにが起きるかわからないのよ?」

「考えすぎですよ。そんなに……」

「……様子を見に行きましょう」



そのころ、保健室前では、まだ沈黙を保っていた

「まだ攻撃を仕掛けないんですか?」

廊下の隅に隠れ、銃をしっかり構えた男子たちが、不満そうに聞く

「まだだ。なにか情勢に変化が必要なんだ。それに相良は意外と手ごわい。数で押しても攻略できん」

そう言って、じりじりと機会をうかがう

そんな中、保健室に近づく女子二人の姿があった

常盤恭子と千鳥かなめだった

なぜかかなめは、荒い息遣いでぐったりしており、そんな彼女を横から恭子が支えていた

そんな二人に気づいた宗介が、慌ててかけ寄った

「どうした、千鳥?」

「あれ? 相良くん、ここにいたの? カナちゃんがなんか熱があるみたいでね」

恭子がそう言うと、かなめは元気なく、

「うん、なんかやっぱ朝から調子悪いなーと思ってたんだけど……」

「千鳥、しゃべるな。常盤、ご苦労だった。あとは俺に任せておけ」

すると肩からかなめの体をおぶさり、保健室の扉を開け、ベッドに寝かせる

「よし、ここでおとなしく寝ていろ」

「うん……ありがと」

千鳥がゆっくり横になるのを見て安心した恭子は、改めて保健室内を見回した

「……それにしても、これなに? なんか、物騒になってるみたいだけど」

ところどころに張り巡らされたワイヤー。あちこちに散乱した弾丸や銃のパーツ

「うむ。ちと暴徒たちの鎮圧に取り掛かっていてな」

そう言って、またも銃を構えなおし、ドア付近に立った

「……なんかまた変なことしてるみたいだね」

ぼそりと恭子がつぶやくと、まだ残りの授業もあるので、彼女は教室に戻った

宗介がそれを見送ると、なぜかゆっくりと背後に凄まじい殺気が湧き上がるのを、感じ取った

「む……?」

近くにいた男子生徒や女子たちが、めらめらと殺気を放っている

「てめえ、なんだそりゃあ。俺たちは駄目だってのに、今の女子はあっさりとだと?」

「あたしだって入れなかったくせに……」

だが宗介は、生徒たちの文句に対し、こともなげに告げた

「当然だ。詳細は言えんが、彼女は君らとは価値が違う」

その一言に、ついに一同はキレてしまったようで、いきなり銃を高く掲げて叫んだ

「撃て、撃てええぇっ!!」

またも一斉射撃。かくしてまたも保健室前は、激しい戦場となってしまった



「やっぱり……なんてこと」

その場に駆けつけた神楽坂恵理と西野こずえは、保健室前の異常な状況に、唖然としていた

ちょっと目を離しただけで、保健室が有刺鉄線だらけの危険地帯と化している

その前の廊下のあちこちには、散乱した弾丸と、銃痕。割れた窓ガラス。そして気絶した男子生徒たちがあちこちと倒れている

まだ意識ある生徒は、倒れた生徒の体を盾にして、そこから銃を撃ったりしてささやかな抵抗をしてみせていた

「どうやったら、ここまで話が大きくなるんでしょうねー」

呑気につぶやくこずえ

「なに言ってるの? なんとかしないと、また問題になるのよっ」

「すでに、問題になってると思いますが」

そう言いながら、こずえはなにかの腕章を腕につけた

それは、赤で十字のマーク。戦場で活躍する医療チームの紋章だ

「……なにそれ?」

「センパイ、知らないんですか? 戦場ではこれをつけて、兵士との区別をつけるんです。戦場では、このマークのついた人を絶対に傷つけてはいけないんです」

真面目に語るこずえを、恵理は心配そうに見た

「そんなのが、効果あるわけないでしょう」

だが、こずえは聞かずに、赤十字のマークを腕につけると、すぐさま保健室前に駆け寄った

「みなさん、そこまでにして下さい」

こずえがそう言ったとたん、銃声がぴたりと止んだ

男子生徒たちはこずえ先生が保健室の外にいたことに驚き、宗介の方は『絶対に攻撃してはいけない』赤十字のマークが目に入ったからであった

かくして、その激しい戦いはこずえ先生によって、一瞬にして沈黙した

それを見ていた恵理は、驚いた声で

「何者よ、あの子は」

とつぶやくだけだった



「先生、無事だったんですね!」

男子生徒たちが実に嬉しそうに、こずえの元へと駆け寄っていく

「ええ。ちょっと会議に出ていたんです」

「そうですか……よかった」

男子たちはこずえが無事と分かると、その姿をじっくりと眺めて、

「はあ〜今日もこずえ先生を拝めれた。えがったえがった」

と満足げに言い、あっさりと武装解除してその場を解散した

一方、宗介も武装解除すると、こずえ先生に駆け寄った

「先生、ご苦労様でした。留守はしっかりと防衛しておきました。また、仮病を使う輩を排除しておきました」

「……逆に怪我人が増えたような気がしますけど。では、怪我人をベッドに運んでおいてください」

「はっ」

一度敬礼すると、さきほど宗介に撃たれて、気絶した男子たちをずるずると運んでいき、ベッドに片付けていった

その人数は、軽く十人を越えていた

その作業と人数を見て、こずえ先生はため息をついた

「困りました……」

「どうしました? ベッドの件ですか?」

「ベッドの数が足りないのも問題ですけど……そんなに薬に余裕があるかどうか……」

「それならば、これを使ってください」

と、宗介が一升瓶ほどの大きさの容器を目の前に置いた

その中身の液体はドス黒く、怪しげな臭気を漂わせている

「……これは?」

「未開の奥地で採取した薬品です。その民族が使用しているのを、少々分けてもらいました」

「はあ……ずいぶんと怪しいんですけど」

「効果は抜群です。……ただ、使用量には注意してください。適量を越えてしまうと、あまりの激痛にショック死する危険度が高いのです。俺はまだ使っていませんが、どうぞ、これをお役に立てて頂ければ」

「お気持ちはありがたいですが、今ある薬でなんとかしてみせます。ありがとう」

「そうですか。……では、これはここに置いておきましょう。またいつか役に立つ時が来るかもしれませんので」

と、ゴトンとそのビンの容器を机に置くと、宗介は一礼して保健室を退室した

「ちょっと……これを置いていかれても……。ふう、困りました」

病人で埋め尽くされた保健室のひと隅で、こずえ先生はまたも深いため息をついた



教室に戻ると、宗介は席につき、ひと息ついた

「なんとか事態は収拾できたが……これで全てが終えたと思うのは、危険だな。保健室以外でも、みんなの体調には、目を光らせておく必要はありそうだ」

次の授業は体育。その体育の内容は、水泳であった

すぐにプールに移動し、宗介は水着に着替えていく

プールサイドでは、すでに着替えたクラス一同が、ふざけ合ったりしていた

宗介は、慎重にプール全体を見まわして一同の様子を注意深く観察する

すると、見学ゾーンに控える生徒たちに、宗介は違和感を持った

(おかしい……見学者の大部分が女子を占めている。この配分は不自然だ)

すると宗介は、つかつかと見学ゾーンに歩み寄ると、そこで待機している女子たちに、大声で聞いた

「君たちの見学理由を説明してみろ」

突然の大声に女子たちはビクッと驚いたが、『生理ごときで休むな』と解釈し、すぐに怒りの抗議をぶちまけた

「なによ、うるさいわねっ」だの「ほっといてよっ」だのと

その激しい抗議に、宗介はたじろいた様子もなく、きっぱりと告げた

「君たちの見学理由に疑惑を抱せざるを得ない。見たところ、外傷もない。正当な理由があるというのなら、この場ではっきりと公言してみろ」

ぎろり、と一斉に女子生徒が睨む

女子の『仕方ない現象』を、はっきりと公言しろと強要されるのは、セクハラよりタチが悪い

だがそれにも気づかず、さらに強気で攻める宗介

「さあ、大声で、はっきりと、公言するんだっ」

すると次の瞬間、その場にいた女子たちが宗介に一気に飛びかかった。

「なっ、なにを……?」

いきなりの襲撃に、宗介の抵抗は通じず、その場の女子たちに容赦なく殴られ、蹴られ、ひっぱたかれ……

そのプールサイドは、悲惨な公開処刑の場へと変貌した



こずえ先生は、保健室がようやく落ち着くと、かなめの様子を見に行った

「大丈夫? 千鳥さん」

「ええ。まだ頭痛がするけど、さっきよりは」

ベッドに身を伏せたかなめがそう言って、ふうとため息をついた

「でも、ごめんなさい、先生。あいつ、またあたしの目の届かないところで暴走してたみたいで。またあとでしっかりお仕置きしておきますんで」

「千鳥さんは気にしなくてもいいのよ。それに、背負い過ぎです。今日はもう何も考えずに寝るのが一番です。相良くんへのお仕置きは、わたしからしておきますから」

その言葉を聞いて、少しは気が楽になったのか、かなめはゆっくりと目を閉じた

すると、保健室のドアがガラガラと開けられた

「せ……先生。助けてください」

ぼろぼろになった相良宗介だった。顔面のあちこちに擦り傷や、打撲の跡がはっきりと残っている

彼は残りの気力を振り絞り、なんとか自力で空いたベッドの上までよじのぼり、よろよろとそこに寝転んだ

「いったいどうしたんです?」

「女子どもの襲撃に遭いました。き……傷は思ったより深いです。早く、助けてください」

「分かりました」

にっこりと微笑むと、こずえ先生は、一升瓶のような容器を宗介の前にデンと置いた

「せ……先生、それは」

「ちょうど使い道がなくて、困っていたんですよね。せっかくですから、今ここで全部使い切ってしまいましょう」

と、宗介の上に容器を持ち上げて、蓋を外す

「先生、何を……? や、やめ……」

戦慄した宗介を無視し、とぽとぽと、容器の中の危険で怪しげな薬品が、たっぷりと宗介の上にこぼれていった



それからしばらく保健室の中で、今までで一番悲惨で凄惨な悲鳴が響いたという



あとがき

こずえ先生ってキャラは難しいヨ
まあなんていうか、今回はこずえ先生を書きたいというだけの話でした

なんか僕の中では、生徒は日増しにレベルアップしていってますw
あんだけいつも暴走起こしてたら、まわりもなにかしら、対抗策とか学んでいってるだろう、ということで


ちなみにシック・ベイは保健室って意味です




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