そんなこんなで日にちが過ぎていく。
そしてついに二週間目の朝、正式なクジ券だと認められたという連絡がかなめの耳に入ってきた。
これであとは、机にしまっておいた引換券を、学校の帰りに銀行に寄って渡せばいいのだ。
そしてこの日の授業も終わり、終了チャイムが鳴ると、宗介がさっと近寄ってきた。
「さあ、千鳥。帰ろう」
「いや、あのね。今日は寄るとこあるから、先帰ってて」
「では俺も行くとしよう」
やはりこうきたか。
あの日以来、ずっとこの調子だ。護衛対象のかなめを置いてロッカーに監禁されたことがまだ気に病んでいるらしい。
彼はかなめの護衛の強化のため、まわりをより警戒するようになってしまっていた。
微々たることにも即反応し、かなめの血を狙う蚊でさえも、銃で撃ち抜くという始末だ。
そんな彼に、もう不意打ちのドロップキックは通じないだろう。
「お願い、今日だけは本当についてこないでほしいの」
「なぜだ」
「大事な用事があるの。それをあんたに邪魔されたくないの」
「俺は邪魔などせん。むしろ、後ろからきっちり援護を果たせる自信があるぞ」
「だめ。ね、ホントお願い。今日だけはついてくるのはカンベンして。他の日ならいくらでもいいから」
「いや。すまないが、俺は君の護衛が任務だ。たとえ一日でも離れるわけにはいかない」
「やめてってば、お願いだから。今日だけついてこなかったら、かわりになんでも言うこと聞くから」
「むう……」
すると意外にも宗介は黙り込んで、なにやら考え始めた。まさか本当に自分になにをさせようか、考えてるのだろうか……?
(やば。ちょっと言い過ぎたかな)
つい『なんでも言うことを聞く』と言ってしまった人は、たいていろくな目に合わないものである。
まさかとは思うが、あたしの体が欲しいとか……いやいや、ソースケはそういうのとは違うだろう。普通に考えて、ハリセンの出所を教えてほしいとか、ずっと一生手作り料理をつくってほしいとか、そういったことだろうか?
かなめがあれこれと探っていると、宗介が重々しく口を開いた。
「千鳥」
「はっ、はい。なんでしょう?」
「そこまでして必死に隠すということは、なにか世界を揺るがす大きな取引でも抱えているのか?」
「……はあ?」
思わず間抜けな声をあげるかなめ。
「世界の経済を狂わせるほどのなにかのブツを、どこかの国に売り渡そうとしているのではないのか?」
「あたしは闇の商人かい」
「そういうものを持っているのなら、ミスリルに渡すんだ。こっちで無事に処理しておこう」
「あのねぇ、あたしは別にそういうモンは……」
「君がやろうとしているのは、いけないことだ。大金につられてはいけない」
かなめがきっぱり否定しようとした矢先、いきなり『大金』というキーワードを言われて、彼女は一瞬ギクッとしてしまった。
その一瞬を、宗介は見逃さなかった。
「やはり、そうだったか。さあ、素直に出してくれ。決して悪いようにはしない」
ずずいと一歩前に出て、さあ出すんだと言わんばかりに手を突き出す。
だがここで宝クジを渡すわけにはいかない。説明したって最後にはどうなるか、目にみえてるからだ。
するとかなめは、うるうると目に涙をため、せつなそうにうつむいてみせた。
「ぐすっ。……どれだけ言っても、信じてくれないのね。前に古典のノートを親切心で貸してあげたのに、それを忘れて、仕方なくあたしと家まで爆走して必死に戻ってきたら、その授業は自習。あんたはその授業の担任の藤咲教諭が熱を出しているという情報を知っておきながら、あたしに無駄な労費を使わせておいて……」
「いや、それは……」
宗介の頬を、冷や汗が伝っていった。
「あの時……芳樹くんたちのケンカを、平和的解決をしてみせるだとかえらそうなことを言っておいて、最後には公共施設の公園を破壊し尽くして。あの後、公園を利用していた人たちやその関係者たちに一軒一軒、謝罪に付き合ってあげたあたしを信じないのね……」
「いや、だから……」
「軽音楽部とのナンパ対決で、犯罪まがいのやり方で女性たちを拉致した挙句、獲得数ゼロで、池で全裸水泳する羽目になったあんたを、わざわざ家まで戻って着物を着て助けてあげたあたしを……」
「そ……それには感謝してる。だが……」
「あたしのクラスに、物騒なウィルスを持ち込んで漏洩し、みんなをパニックにさせ、しかもたった一本のワクチンを見せびらかし、生徒たちを暴徒にして、最後にはみんなを下着一枚という破廉恥な格好にさせたあんたを、みんなのリンチから『せめて殺さないであげて』って救ってあげたあたしを……」
「…………」
宗介はなにも言えず口ごもると、やがてかすれた声で、うなずいた。
「わかった、信じよう」
「信じるだけ?」
「……今日一日、ついていくのはやめておく」
「よろしい。じゃ、あたしは行くから。いい? 絶対についてきたらダメよ」
「……了解」
棒立ちになった宗介を背にして、教室を出ると、銀行に向かって走っていった。
学校から銀行までの途中には、大きな商店街通りがあった。レンガ造りの植木を挟んで、大通りがある。そして左右にはいろんな店が建ち並んであった。
そこには洋服屋もあればCD屋もある。このショッピング通りといってもいいところは、カップルなど、人ごみでにぎやかだった。
そこまで走ってきたところで、かなめはぴたっと立ち止まった。
「…………」
くるりと振り返ってみたが、歩いてくる人ごみの中に、宗介の姿はなかった。
それでもかなめは目を閉じて、五感にすべてを集中させる。
風の匂い、かすかに聞こえる茂みの揺れる音、商店街通りの足音。かなめはその全てに注意した。
すると、彼女は大通りの中心にあるレンガに囲まれた茂みに近づき、手に持っていた鞄を勢いよく振り抜いた。
がすっ。
同時に、茂みに巧みに潜んでいた宗介が、引きずり倒され、後ろに転がった。
「……よく見破ったな」
鼻を押さえ、うめくようにしてつぶやいた。
「ふんっ、今のあたしをなめんじゃないわよ」
「むう……」
「それより……やっぱりあたしの忠告を無視して、ついてきちゃったのね」
「いや、これは……」
「バカね。おとなしくしていれば、痛い目に合わずに済んだのに」
「……千鳥?」
のろのろと立ち上がろうとする宗介。そこに、かなめの強烈なラリアットが炸裂した。
「ぐっ」
その腕が宗介の首を鋭くひっかけ、振りぬいて、彼はあおむけにひっくり返った。
さらにかなめは彼の両足をがしっと腰にかかえ、その体を振り回す。それはプロレスのジャイアントスイングという技だった。
宗介はじたばたと外そうとするが、すでに勢いがついて、しかも両足をとられてしまっているのでどうにもできなかった。
そして回転が強くなると、その宗介の体を、近くの洋服屋のショーウィンドウガラスに向けて勢いよく放り投げた。
ガシャアアン!!
彼は顔面から激突し、ガラスを叩き割り、そのまま中の洋服に突っ込んだ。まわりの棚が倒れ、洋服がたちまち彼を埋めていった。
かなめはぜいぜいと息をつくと、洋服の山に埋もれた宗介を見下ろした。
「どうしても、あんたについてこられると困るのよ」
きびすを返し、悲鳴をあげる人々を押しのけ、その場から離れようとした。すると、後ろからまだ声が聞こえる。
振り向くと、ガラスで切ったのか、宗介は顔面から血が流れ出し、それでもふらふらと立ち上がる。
「ち……どり。どうしたんだ? 教えてくれ。俺はなにかしたのか?」
血をだらだらと流しながらも、懸命に千鳥のもとに駆け寄る。
「くっ、やっぱこの程度じゃダメか」
次にかなめは、ふらふらと動きの鈍くなった宗介の背後をとって、バックドロップ。
どごむっ!!
硬い地面に宗介の体が叩きつけられる。
続けて、彼の両足を抱え込み、持ち上げて繰り出すパワーボム。
どごおんっ!!
そして動かなくなった宗介の体を、店の壁に叩きつけた。
今度こそ、どうだ……?
少し離れたところから、彼の様子をみる。
すると彼は、さすが凄腕の傭兵ということだけあって、なおも立ち上がった。
右腕がだらりと垂れ下がり、足取りがふらふらとしていたが、それでも彼はかなめの元に歩み寄る。
「俺が……なにを……?」
その姿は、まるで生き人を追い求めるゾンビのようだった。
「ああっ、どうすれば……どうすればこいつを止められるの?」
かなめは、なりふり構わず手当たりしだいに落ちている物を投げつけた。空き缶、ゴミバケツが彼の顔にヒットする。
「だめ……。こんなんじゃだめだわ。他になにかないのっ?」
するとかなめは近くの楽器店に入って、勝手に中にあったものを持ち出し、それを投げつけていった。ギターが宗介の足に、ピアノが胴体にぶち当たる。
さらに隣のスポーツ店に入り、バットやボールが胸に、鉄アレイが頭部に。さらに電気店からラジカセ、テレビを数台投げ当てて、ついに宗介は倒れ、がらがらと商品の山に埋もれた。
ついに、これで……。
しかし、それでも彼はその山から這うようにして、出てきた。
「ち……ど……」
立ち上がれないのか、そのまま這ってくる。足が変な方向に折れ曲がって、顔面は血まみれ。さらに服はずたずたという、とても正視できない悲惨な姿になっていた。
それでもなお宗介は、かなめのそばに行こうとする。すべては、千鳥かなめの護衛のために。彼女を守るために。
いつもならその姿を見て、
「ソースケ、そこまであたしのことを……」
などとつぶやいて涙をうるませるところだが、今や彼女に理性はひとカケラもなかった。
「ソースケ、そこまでしてあたしの邪魔を……」
そこまで言って、かなめから殺気のようなものが、ごおっとあふれだした。
そしてぷちっとなにかが切れた音がして、彼女はなにかを叫びだす。まわりの人には、それがなんと言っているのか理解できなかったが。
すると、かなめは近くの自動販売機をがしっとつかんだ。そして、なんとそれを持ち上げた。裏につながれたコードがぶちぶちとちぎれていく。
いくらかなめでも、そんなものを持ち上げれるほどの腕力はない。
だが今の彼女には、怒りから特殊な力が発生していたのだ。それは火事場のクソ力というものだった。
かなめは、中に何十本ものジュースが入った重い自動販売機を頭上に持ち上げると、それを地面を這いつくばってくる宗介に向かって放り投げた。
ズシャアアッ!!
それは見事に宗介を押し潰し、表面のガラスが割れて、サンプルの缶ジュースがあちこちに散らばった。
販売機からはみ出て見える宗介の右腕は、ぴくりとも動かなくなった。
それでもかなめは念を押し、横に並んであったもう一台の自動販売機を引っこ抜き、さらに上から投げ飛ばした。
販売機が衝撃で潰れる音と、なにかが砕ける音。そしてボキボキとなにかが折れていく音がした。
それをかなめは凄まじい目つきで見下ろした。そのひと睨みで小動物を殺せそうな、深く暗い目つきだった。
「誰にも、あたしのジャマはさせないわ……」
ドス黒い、地獄の底から響いてくるような声だった。
それはまわりにいる好奇心だけのヤジ馬でさえ、戦慄して泣き出し、逃げまどうほどであった。
かなめは宗介が動かないことを確認すると、今度こそくるりときびすを返して、銀行に直行した。
「まってて、今行くわ。あたしの輝かしい未来っ!」
銀行に着くなり、頭取さんをつかまえ、胸倉を掴みあげて引換券を鼻先に突きつけた。
「どぉっ? これで文句ないでしょっ」
「はっ、はひっ。オーケーです。当せん金をお渡ししますので、その……手を離していただけませんか」
手を離すと、頭取は怯えたようにびくびくと応接間に通す。
「ど……どうぞ、こちらへ」
「ええ」
どすどすと、大股でその部屋に入ると、ソファーにどかっと座った。
「それでは、こちらが当せん金の三千万になります」
そして現金三千万を机の上に積んでいく。目の前に、一万円札の山ができていった。
それを見て、あたしはようやく大金を手に入れたんだな、という実感がじわあっと沸いてきた。
すると、頭取がカメラ片手にやってきて、かなめの方を向いて構えた
「では、記念撮影しましょう」
かなめはその大金を抱えて、カメラに向けてニコリと笑ってみせた。服の隅に、なぜか血が染みついていたが、頭取はあえて深く考えないようにした。
撮影が終わると、その大金を紙袋に詰めて、それをかなめに手渡した。
「えっ? ちょ、ちょっと。紙袋なんですか?」
三千万なんて大金を紙袋で? もっとこう、近代的なケースみたいなやつで、暗証番号でロックされてるようなもんで持ち運ぶんじゃ……?
だが、意外にもこういうのは紙袋で持ち帰る人が多いらしい。
かなめもまたその紙袋を抱え、その応接間を出た。
「うっ」
なぜか今日に限って、そこにいる客たちがこっちを見ているような気がしてならない。実際はそうでもないのだが、疑心暗疑にとらわれたかなめには、そう目に映るのだった。
(ま、まさかあたしの大金を狙って……?)
紙袋を後ろに隠すと、そそくさと銀行を出て、自宅のアパートに向かって走った。
「……と、来た道を戻るのだけは避けなきゃ」
もしかしたら、宗介と鉢合わせになってしまうかもしれない。この紙袋を、部屋に持って帰って、やっと安全といえるのだ。
少し遠回りになってしまうが、最後まで慎重に、違う道を通って帰ることにした。
なにやら救急車のサイレンの音が近づいてきたような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。
数十分して、かなめはなんの障害にも合わず、ついにアパートにたどり着いた。
ここまでくれば、もう大丈夫だろう。
「やったわ。これで……これで、あたしは生まれ変わるのよぉっ」
彼女は軽い足取りで階段を駆け上がり、自分の部屋の前までくる。すると、かなめの部屋のドアに数枚の紙が挟まれているのを発見した。
「…………?」
眉をひそめながらも、その紙を取って、内容を読んでみる。
請求書
ショーウィンドウガラス4枚
洋服8着
ラジカセ5台
テレビ12台
パソコン16台
自動販売機2台
……etc
さっきかなめが商店街で、宗介の阻止のために壊された品物の、弁償を求める請求書だった。
その合計金額は、しめて三千万だった。
かなめはぺたんとへたりこむと、あらぬ方向をぼーっと見つめる。そして瞳をじわりとうるませると、
「こんな……こんなことって……」
そのまま、その場に泣き崩れてしまった。
そして今回、なにも騒ぎを起こしていないはずの宗介は、救急車に運ばれ、病院に入院していた。
彼はぐったりとベッドに身を沈め、ぴくりとも動かない。全身が包帯で巻かれ、ミイラ男のようになり果てていた。
その顔には生命維持装置が痛々しく装着されている。横においてある心電図は、弱々しく波うっていた。
今夜が峠だった。
あとがき
さて、今までのフルメタとなにか違いますね。
そう、今回は宗介の方からの暴走は一回もないんです。たまにはこういうのもアリ
今回は宝クジの話なんですが、この話はもう、僕の想いを込めたようなもんで。
僕もこれまでいろんな種類の宝クジに挑戦してきましたが、今だ当たりはゼロです。
なんと百円ですら当たったことないんですよ。確率二分の一のちゃちいクジも全部外れました。
人は高額を手にすると、変わってしまうもんです。ですから、かなめを責めてはいけません。彼女もまた、被害者なのです。(今いいこと言ったな俺)
高額当選者が大金を手に入れるまでの過程は、とある番組で知りました。
本当に引換券があるんですよ。当せんクジを必死に守って、銀行まで行くと次は引換券が渡されて、そしてそれを無くしても、金はもらえなくなるそうです。
あ、あと、請求書の対応が早すぎる、とか本当にその弁償は三千万もかかるのか? とかいうツッコミは勘弁を(笑)