動き出した野望

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動き出した野望 3


フランス 詳細位置不明 地下街

大抵の戦争国は、地下空間を持っている

その理由は様々だ

核シェルターだったり、他国の目から隠れての武器製造、兵器研究などである。

いずれも共通しているのは、戦争のために作られた、ということだ

しかし、ただそれだけの施設しかないわけではない

そこにはホテルもあるし、食品店もある。電気も通っていて、昼間のように明るいし、まるで地上と変わりなかった

そんなところを、ガウルンと飛鷲は歩いていた

「一体、こんな所になんの用があるんだ」

「黙って大人しくついてきな。俺はいちいちアンタの質問に答えるつもりはねえ」

素っ気無い返事に、飛鷲はちっと舌打ちして、その後をついていく

地下商店街のようなところを抜けていくと、オフィスビルのような地帯に出た

ガウルンは目的をすでに決めてあるらしく、一直線に進んでいく

やがて、ひとつのビルの前で立ち止まり、ほくそ笑んだ

「ここだここだ」

そのビルを見て、飛鷲は眉を寄せた

そこはただのオフィスビルではない。それ以上の、公的機関の施設だった

いや、地下に建てていることから、隠したい施設のひとつなのだろう

そこは監視センターだった

監視センターといってもいろいろある。街中の監視カメラの映像をチェックして、犯罪を前もって抑えたり、単純に衛星から送られてくるデータを分析し、天気予報等に応用させたり、研究するのもある

しかし、こんなところにガウルンは何の用があるというのか

どうせ答えてくれないだろうから、質問はしなかった

それよりも、まず問題がある

ガウルンは明らかにここに入り込むつもりのようだが、ここは警備がハンパではない

この地下街自体怪しいところなのだが、ここはより一層危険な匂いを立ち込めていた

入り口だけでも、三人ほどの男たちが長い筒の銃を立てて直立している

許可証かなにかを持たないものは、容赦なく射殺されるだろう

ここで殺されても、おそらくは事件としても扱われず、闇に葬られるのだ

「ちとそこで待ってな」

「まさか、強引に奴らを倒して侵入しようってんじゃないだろうな」

ガウルンはそれは愚問だぜ、とでもいうように、小さく肩をすくめてきた

「この野蛮人が。他に方法を知らんのか」

「ふん。知らねえだろうが、ここに侵入するにはそれしかねえんだよ。邪魔する奴はぶっ殺すまでだ」

すると、今度は飛鷲が肩をすくめてみせた

「見てろ、野蛮人」

飛鷲が、ずかずかとその入り口に向かっていく

それをガウルンは止めなかった。飛鷲がなにかをするだろうと分かっていたからだ

飛鷲が大胆に入り口に歩み寄っていくのを見て、入り口の警備たちが警戒しつつ近づいてきた

「この時間に来客の予定はないぞ。特別許可証でもあるのか?」

銃を構え、照準を飛鷲に合わせたまま、事務的な口調でそう言ってきた

飛鷲はそれに対し、無言。その代わり、警備員の目を、じっと見つめた

「…………」

十秒くらい、警備員はその目に吸い込まれるように、立ち尽くしていた

やがて、動きを取り戻すと、警備員はさっきとはうって変わって、丁寧な口調でどうぞ、と通してくれた

レナードに仕立て上げられた催眠術師として、さっそくその能力を発動させたのだ

「ほお……」

ここまでスマートに突破できるとは思っていなかったガウルンは、珍しく感心した

「意外と使えるじゃねえか」

「ふん。行くぞ」

そして二人は、その施設のさらに奥へと進んでいったのだった



ミスリル本部 情報管制室 ガウルンが例の施設に乗り込んで十時間

時間が経っても、ここミスリルに戻ってきたのは全員ではなかった

いまだにここに戻れず、どこかに姿を隠しているのもいれば、場所が悪く、数に押されてやられてしまった隊員たちもいた

クルツ・ウェーバーもまだ戻っていなかった

この事実は、ミスリルにとって大きな痛手だった

クルツは、ミスリルの大きな戦力なのだ。彼の狙撃能力は右に出る者はいない

アマルガムと戦うために、失ってはならない人材。

「あいつ、狙撃はピカイチだが、接近戦は得意としてねえからな。ひょっとして……」

などという隊員もいた

「クルツさん……」

「大丈夫だ、千鳥。あいつだって、自分の身を守れるくらいはできる。今はただ、ここに戻るのに手間取ってるだけだ」

「そうですよね……」

ともかく、ここに揃っている隊員だけで、状況の回復と、調査を進めることになった

だがレナードの動きを察することはできず、ただ放送局についての捜索だけを繰り返していた

「見事に履歴が消されていますね。足取りがなかなか掴めません」

「周囲の監視カメラのデータを引き出して見てください。そこに映っているかも」

「いま、しています。全部のチェックには相当に時間が掛かりますが」

「分かっています。ですが、今できるのはこれくらいですから……」

その時だった。

目の前の大型スクリーンの映像が、一瞬だがノイズが走った

「あ、あれ……?」

情報部の人たちが、その妙なノイズを機に、戸惑いの声が次々とあがっていく

「どうしました?」

「データが……消えました。監視カメラのデータ受信がストップ……いえ、それだけじゃない。これは……?」

「報告をもっと詳細に」

「それが……地上の電気系統が、全て麻痺してます……」

「どういうこと?」

「わ、分かりません。原因は不明……」

次々と、情報部の人たちが、原因不明のエラーを告げてきた

彼らは、それぞれ各国の担当として、あらゆる情報を管理している

それが一人だけならまだしも、何人もの担当者が、異常を訴えてきたのだ

なにか、嫌な予感がする

「なにかあったのか」

情報管制室に、宗介たちが入ってきた

「そっちも、なにかあったのですか?」

「ロビーのテレビが映らなくなった。しかも他のチャンネルも全滅だ。各部屋のテレビもな」

「……テレビ表示にして」

テッサは大型スクリーンの表示を、テレビに切り替えさせた

そこに映るのは、ただの砂嵐。なにも映していなかった

「一体、なにが……?」

電気系統が、麻痺している?

「今度は、衛星からの映像に切り替えて」

大型スクリーンは、地球を監視する衛星からの映像受信に切り替わり、ぐんと真上から街を見下ろす映像になった

しかし、それに映った映像は、地上の異常さを示していた

地上のところどころで煙を噴いている。なにかが衝突してできたもののようだ

拡大させると、車と車が事故を起こしていた。それも、あちこちで次々と

自動車そのものに異常はなかった。異常だったのは、交通を管理する信号のほうだった

信号が、指示を下すことなく沈黙を保っている

それだけではなく、列車が全てストップしている。中には脱線を起こして大惨事になっていた

乗り物系だけではない。街の看板のライトまで消えている。表示灯が消えている。街から灯りが消えていた

都市部が停電を起こしたのだ、と誰もが思った

しかし、すぐにその考えは否定された

映像を他の街に切り替えると、そこも同じような状況に陥っていたのだ

今度は街ではなく、他国に切り替える

その映像で、誰もが驚愕した。

なんと他の国でも、停電の症状が起きていて、各国の街中がパニックに陥っていたのだ

ありえない。

ありえないことだが、もしこの目の前の現実を言い表すならば……世界中が、一気に停電してしまっている?

そんなはずはない

だが、もしもこれが、第三者の敵意ある者の仕業だとしたら……

そう考えたときだった

電気が回復した

街中の、いや世界中の電気が回復し、街の信号は元のように光り、電気系統の全てが元に戻っていく

「――?」

停電の時間は、わずか一分

もしこれが第三者の仕業なら、こんなあっさりと戻すだろうか

しかし、一分とはいえ停電による痛手も相当に深いものだった

さっきのは一体、なんだったのだろうか

不思議な、そして不気味な一分間だった



「これが、お前のやりたかった事か?」

飛鷲は、ガウルンが仕掛けたことを、特に手伝いもせず、ただ後ろから見つめていた

そして次第に、ここはなにかを把握できていた

おそらくここは、監視センターの中でも特に重要視されている衛星の管制室だ

制御装置が並び、複雑な数字が刻まれ、多種多様なボタンがある

そして目の前には大型のモニター。これらの部屋で一番近いのが、管制室だった

しかし、彼がした事はよく分かっていない

彼がしたことといえば、フラッシュメモリを目の前のごちゃごちゃした機械に差し込み、そこに特殊ファイルをインストールしたらしい

すると、目の前の大型モニターに、警告メッセージが浮かび上がった

飛鷲はパソコンでよく見かけるそのエラーメッセージに焦ったが、ガウルンはそれを意に介さず、淡々と手元の装置をいじっていく

「さぁて、配線も繋ぎ換えてやったし。あとはウィルスを起動させてと……」

手馴れてるのか、かなり素早い動きでキーボードを打ち、モニターにはコマンドプロントが訳の分からない英語を表示させていく

「……よし、と。これで楽しいショーを拝ませてやれるぜ」

エンターキーを押した

とたん、エラーメッセージが消え、代わりになにかの番号と、それに関係する数字がずらずらと並べられる

「なにをしてるんだ?」

彼は作業の途中だったが、飛鷲は聞いてみた

「衛星を一つ、頂戴してんだ」

ここでなにをしたかったのか。彼は、衛星ジャックをしたらしい。おそらくこの国所有だろう

しかし、衛星なんぞ奪ってどうしようというのか

「まあ見てな」

次に、大型モニターの右半分を、世界地図に切り替えた

その下半分を、各国の都市部のリアルタイム映像にしていく

「さぁて、ガウルンショーの始まりだ」



これが、数分前のこと

たしかに、ガウルンのやらかしたことはとんでもないことだった

世界中の電気系統を、どうやったのか知らないが、ストップさせたのだ

こんなことは、各国の発電所を破壊してもありえない現象だ

だが、それを彼はやってのけてみせた

「……しかし、一分だけの出来事だったな」

各国の発電所の復帰プログラムが独自に働いたのか、それとも操っていた衛星かなにかにミスが起きたのか

ともかく、ガウルンが長年準備してきたことは、ものの一分で終わってしまった

内容は凄かったが、どこか肩透かしを食らった気分だった

各国の電気を人質に、各国相手に莫大な金でも要求するのか、あるいは丸一日電気を奪い、世界中を混乱に陥れるのかとも思ったのだが

「おいおい、まだ俺の計画は本格的に始動もしてねえぜ」

飛鷲の失望を見抜いていたかのように、ガウルンが言い添えてきた

「……なに? 今のが、やりたかったことなんだろう?」

「ククッ、俺がこんなもんで満足するかよ。今のはまだ前準備に過ぎねえよ」

「……?」

「さあて、遠隔操作もできるようにしておいたし、さっさとズラかるか。ずっとここに立ち篭ってちゃあ、軍隊やらが押し寄せてきちまう」

「ここはもういいのか?」

逃げ出そうとするガウルンに、不思議そうに問う

「ああ。もうここの主導権は奪ってる。奴らはここから操作しようとしても、受け付けねえよ。中止させることも、壊させることもな」

よく分からんが、飛鷲にとってはどうでもいいことだ

たしかにここでこんな大胆なことをやらかしては、ここの関係者が、すぐに鎮圧するなり、殺しにくるだろう

「俺の計画は、もうすぐ動く。そのとき、世界は俺を中心に動くことになるんだ」

ガウルンは不気味に笑って、その場を退散していった



ミスリル本部 情報管制室

世界をはじめ、ミスリルもさっきの停電の後処理に大忙しだった

世界中の電気系統はすっかり回復して、彼らの生活も少しずつ戻りつつあった

テレビも画像が映り、もうニュースでさっきの停電のことを伝えていた

しかし、各国ではまだ自国だけで起きた停電としか思っていないらしく、ただその原因の予想だけをするだけだ

だが次第に停電が一国だけでなく、世界各国で起きたという大規模な事実に気づけば、その騒ぎは急速に拡大するだろう

「本当に、なんだったのかしら」

テッサは、不気味な事件に、解明を見出せず、おさげをいじりながらつぶやいた

「誰の仕業でしょうかね。一番怪しいのは、やはりアマルガムでしょうか」

「そうですね……」

あの全米のテレビに流れた催眠術。その後に、あの停電。

タイミングがよすぎる。

しかし、そうだとしても、その狙いは一体なんだったのか

そのとき、情報部の一人が、パソコンを操作しながらテッサに話し掛けた

「報告します。フランスの地下街監視カメラの映像に、ブラックリストナンバー2、ガウルンの姿が確認されました」

この報告に、場が騒然とした

停電直後に、ガウルンが見つかるとは。これは偶然なのだろうか

「大型スクリーンにその映像を出して」

「はい」

全世界の監視カメラの中から、その姿を納めた監視カメラに繋げ、その記録のある時刻を流した

地下なのに、電灯が充実してるのか、普通に明るかった

なんてことのない町並みに、普通の通りに見えるが、そこに一人の男が通り過ぎていった

頬に傷跡。間違いなく、ガウルンだった

そのすぐ後ろをまた別の男がついていってるが、そっちには誰も注目しない

「黒い悪魔が、なぜこんなところに……?」

「まさか、この停電は、ガウルンの仕業なのか……?」

この映像が出たのは、停電がおさまって二分とたっていなかった。偶然にしてはおかしすぎる

「そこの周辺の地図を表示させて。歩行時間二分の範囲内で」

普通では入手できない地下街の地図も、ミスリルにとっては簡単なものだった

建物とその所有名、歩道、ありとあらゆる情報が地図上に表示されていく

そこから、停電に関係のありそうな施設を探してみる

「範囲内施設の監視カメラデータを転送してもらって。彼の姿がどこかに映っているはず」

カチャカチャと情報部たちがめまぐるしく機械を操作する。彼らの本領を発揮すれば、たちまちそのデータが洗われていく

「Bブロックのストリートカメラにも確認、拡大」

「店内からも確認」

次々と、彼の歩行ルートが調べ上げられ、それはひとつの道筋となっていく

「これは……なんの機関かしら?」

道の端は、ひとつのビルを指し示した。だが、今はその施設についての情報がない

「すぐ調べて」

大型スクリーンに、ウィンドウが次々と現れては重ねられていく

「ビル内の監視カメラの映像、出ました。停電時間のデータはありませんが、前後でずっと内部にいた模様」

「ここに用があったのは間違いなさそう。でも、なんなの?」

「施設内容が判明しました。監視センターです。ミスター・ガウルンの居たとされるエリアは、衛星監視です」

「衛星……?」

ますます分からない。

これまでの彼の武器密売と関係があるのだろうか

「関係のある衛星をサーチ。状態を調べて」

「……アクセスできません。外部からロック。かなり強力なものです」

「どういうこと……?」

ミスリル管制室にある設備ならば、そこの監視センターのハッキングも可能なはずだ。

それができないということなどあるのだろうか

「第三者が、別に操作しているようです。ここからはもちろん、向こうでの操作も受け付けなくなっているようです」

間違いない。ガウルンが、衛星を操作しているのだ

しかしなんのために衛星を利用しているのか。

その時だった。

別のスクリーンに常時表示させていた、世界各国のテレビの画面に異変が起きた

各国とも、それぞれ自国の停電に関するニュース、被害を伝えていた。だがそれとは別に、政府関係だけに使われている秘密回線がある。政府や軍にだけ伝えるための番組だ。そこに、緊急ニュースが入ったのだ

『防衛施設の電気系統が、こちらの操作をまったく受け付けなくなりました。これは電力とは関係なく、別の原因によるものと思われます』

このニュースに、みんなの意識が向けられた

『軍事に関係するコンピュータが機能を勝手に停止しました。強制終了もできず、その原因も不明。現在、軍全ての機能がストップし、レーダーも使えなく、ミサイル発射装置も管理装置もその権限を奪われている模様。核も同様に、こちらからの制御は不可能となりました』

「これは……なんだ?」

軍関係の施設や機械が全て操作できなくなったという

しかも、その国だけではなく、異常は他の国も同様だった

これは、停電と関係しているのだろう。まだ、終わってなかったのだ

やがて、その政府や軍だけの情報はしだいに漏れていき、それは国民にも伝わり、民間のニュースにも表面化された

『これは明らかに敵意ある者の犯行と思われます。軍に限定してのハッキング行為は、テロや他国の宣戦布告ではないかとの見方も多く……』

各国に、緊張状態が走っていた

どの国も(主に戦争国)、防衛機能がストップさせられ、軍関係の機能を完全に沈黙させられていた

特にその被害が大きかったのは、核保有国であった

彼らにとっての切り札である核ミサイルまでもが、発射の権限を奪われてしまったのだ

それぞれの国が、他の国を疑いはじめる。

自分の国の軍事力を奪い、どこかの国が占領してこようとしてるのではないか

そんな疑心暗鬼にどこもかられて、世界中が緊張状態に陥ってしまった

「なんてこと……」

あまりの事態の大きさに、ミスリルも絶句するほかなかった

「しかし、あまりにも不可解すぎるぜ。どうやって、軍事関係のだけを限定してその制御を奪うことができたんだ?」

ただ、電力を奪うだけではこんなことはできない

実際、国はすでに色々な方法を試みて、機能を回復しようとしていた

電力をもう一度落とし、再起動して復活させる。だがそれでも機能は奪われたままだった

しかし、軍事関係以外の電気系統は通常のまま、元に戻っている

こうしてテレビはどこも普通に映っているし、信号も通常どおりに動き、灯りが点いている

軍事関係だけが、異常が起きているのだ

こんなことは、ただの停電ではできっこない

「世界中に、こんな風に限定して発生させる障害……。これに似たような現象を照らし合わせると……一つだけ心当たりがあります」

テッサが、大型スクリーンを眺めながら、ぼそりと口にした

「なんだ?」

「……ウィルスです。いえ、そうとしか考えられないでしょう。機械系に、しかも対象を限定して攻撃する。プログラムされたウィルスの攻撃パターンによく似ています。それに今ではネットワークが確立され、世界中に感染させるのは容易……」

「だが、それでは解けない謎がある」

宗介の指摘に、テッサもこくんとうなずいた

「たしかに、それだけでは各国の電気系統を全て操るのは無理でしょう」

そう言い切るにはそれだけの根拠があった。

そもそも、軍事関係の機械は、外部接続にすることはほとんどない

ハッキングの危険が大きいし、情報が漏れてしまうことがあるからだ

だから、各国の軍事関係は、独自のサーバを持ち、外部から完全に遮断しているケースが少なくない

そうなると、ネットワークを通じてウィルスを送り込むのは不可能なはずだ

それに、ミサイル発射装置とかそういった機械は、ネットワークに繋げる必要がない

ただ、制御装置に対してだけ、命令を送るだけのはずなのだ。

感染されようがない

「ウィルス説は、俺も可能性は高いと思う。こんなの、他の方法では無理だろうからな。だが問題は、どうやってそれを機械に伝染させたのか」

「……衛星」

そうだ。ガウルンはこの前に、衛星を奪っていた

その衛星が、もしや関係するのでは……

「調べてほしいことがある。例の停電時間の前後の、大気の電磁波の数値を出してくれ」

この宗介の指示どおりに、すぐにスクリーンにデータが現れた

すると、その時間だけに限って、数値が大きく変動していた

数値が、わずかな時間の間だけ、非常に高まっていた。自然現象ではまずありえない数値だ

「なるほどな。大体、読めてきた」

「どういうことです?」

「感染させたルートは、おそらく電磁波だろう」

いや、そう断定してもよかった。それ以外に考えられない

「つまり、ネットワーク系で感染させたのではなく、無理矢理上からかぶせたんだ。ウィルスを混ぜた電磁波を、衛星から発射させ、地上に膜を張るように、上からかぶせてやる。そうなれば、繋がりのない機械にも、それは影響を受ける。さっきの停電は、おそらく強力な電磁波による、一時的なオーバーヒートのようなものだろう」

「おいおい、待てよ。電磁波にウィルスを混ぜ込むって、そんなことできんのか?」

「分からん。だが、少なくともミスリルのような、技術が向こうにもあれば、可能性はないとはいえん。それに、方法はそれしかないように思える」

たしかに、電磁波の数値データといい、これまでに起きた現象からも照らし合わせると、その説明なら繋がる

ガウルンは、武器密売を生業としていた。ならば、そういう方面の技術の取引にも関わっていた可能性は高い

「しかし、これがガウルンの仕業だとして、なにが目的なんだろう」

「今回の被害が特に集中してるのは、核保有国だな。一番の切り札である核を完全に抑えられてるからな」

「戦闘機も出せないらしい。飛ぶことはできるが、レーダーがまったく機能を果たさず、危険だからだそうだ」

「そのレーダー繋がりで、潜水艦も出せないらしい」

空軍、海軍、そしておそらく陸軍も、今回のことでかなり制限を強いられているようだ

「ぱっと見、軍事力が世界中から消滅し、世界は平和になりましたって感じだが、黒い悪魔にゃそういうシナリオはないだろう」

そのことには、誰もが同意した

「だとしたら、何のためにこんなことをしでかしたのか。さっきの停電のオマケって割には、規模がでかすぎる」

「そうだな。むしろ、停電よりもこっちのほうが本当の狙いだったって感じだ」

その結果で生まれた状況は、ただ悪化する一方だ

各国はまだ迂闊に動いたりはしないが、それぞれが警戒レベルを高めていた

特にそれが見られるのは、核保有国。

切り札の核を抑えられ、今にもなにかされるのではないかと緊張が高まり、他国の情報を掴もうとやっきになっている

「これじゃ、冷戦の再燃じゃないか」

「なにかきっかけが起きただけで、それも一気に崩れるぞ」

「そうなったら……第三次世界大戦にまで進展してしまうかもしれんな」

「奴の狙いは、それなんだろうか」

「それって……第三次世界大戦を起こすのが、ガウルンの目的ってことかよ」

その発言に、一同が押し黙った

たしかにこの状況は、そっちに向かっているとしか思えない。

「ガウルンはそうして世界を混乱に貶めるつもりか」

重い空気が場を包んだ



改めて、今回の事件をまとめてみる

現状からして、ガウルンの目的は停電ではなく、軍事機能の停止であることは間違いない

わざわざそんなことをする目的は限られている

一つは平和主義系だが、ガウルンにはそんなことはありえない

ならば、もう一つ。世界を混乱状態に陥らせることだ

軍事関連の機械制御を奪ったその方法は、どこかの国所有の衛星をジャックし、そこから他の衛星にも連結し、いくつかの衛星が、機械の制御を奪うプログラムウィルスの電磁波を、上からかぶせるようにして放出した

外部接続のない機械でも、これならば強制的にウィルスが侵入する

この電磁波は地下にも浸透するようだが、ここミスリル本部は地下の深長がはるか深い。そのため、ここはその影響が少なく済んだようだ

その電磁波の影響で、世界中が負荷かなにかで停電になった

それはものの一分で回復した。が、軍事機能だけは抑えられたままだった

事情を知らない被害国は、これは第三国の敵意ある行為だと、各国が思い込んでしまう

そして今、世界が本当にそっちに向かって突き進んでいこうとしているのだ

「ガウルンがどこかで、敵国がミサイルかなにかを発射させようとしていると煽動するだけでも、大きく動くだろうな」

「そうしてどこかの国が動き、それに釣られて他国も参加し、最終的に第三次世界大戦に発展させ、世界消滅ってか」

「ガウルンならやりかねないな」

「今や、核数発で世界が吹っ飛ぶっていうしな。それで戦争状態に陥らせた後、核制御を解放し、動き出した国が世界を潰し合う、か」

「……いや」

宗介が、低い声で、しかし強くそれを否定した

「なにがいや、だ?」

「たとえ戦争に発展しても、ガウルンは核は使わせないだろう」

「……なに?」

「俺はガウルンを追うために、奴のことを色々と調べてきた。奴の性格から思考、行動パターン、ありとあらゆるデータをな」

本来ならそんなことはしたくなかったが、敵を倒すにはまず知ることなのだ

クライブ・テスタロッサもそのために、情報を掴もうと昔やっきになっていた

「奴は、世界が核で滅びても、嬉しくはないだろう。ガウルンは自分の手で相手を殺してこそ、そこに喜びを見出すサド野郎だ。核であっという間にみんな全滅、などというシナリオは、奴にとっては退屈なだけだ」

「……じゃあ、ガウルンはなにをしようとしてるんだよ」

「…………」

この質問に、少しの間口を閉ざした。

答えられないのではない。むしろ、分かってしまう自分が、嫌だった

しかし、ずっとガウルンを追ってきた自分には、奴の思考が、目的が、これまでの情報を照らし合わせて、導き出すことができた

「あいつは、もう一度戦場を作りたいんだろう」

「戦場……? どういうことだ。今だって、いろんな国が戦争をしてるだろうが」

「ああ。だが、その戦争の内容も、時代の流れで変わってきている」

その場のみんなの視線は、全て宗介に向けられていた

「近年の戦争は、白兵戦が珍しくなっている。むしろ多いのは、空爆、無人戦闘機、無人戦車……。分かるか? 戦争も機械化されているんだ。人命の犠牲を減らし、効率化を上げるために、戦車を遠隔操作し、安全に離れたところからミサイルをぶち放す。そういうのが戦争の主要として変わりつつある」

「…………」

みんなは、その意見に特に反論はしなかった

特に技術の集まるここミスリルでは、その実態がよく分かる

「ガウルンは、そういう戦場は好きじゃないんだろう。奴は、自分の手で相手を傷つけ、殺したいんだ。そのために、軍事兵器の制御を奪った……」

「つまり、ガウルンの目的は……」

「ああ。現在の緊張状態にどこかきっかけを与え、世界大戦に発展させ……しかし、機械の使用を禁止させ、昔のように肉体での戦場を作り上げる。そしてガウルンは、その戦場に紛れ込み、暴れまわりたいんだろう」

この推理には、いくつかの根拠に基づいていた

まず、今回の騒ぎ。

そしてガウルンの性格、これまでの残虐的行為、思考。

さらにもう一つ。今でも忘れていない、ガウルンの放ったあの言葉。宗介はそれを覚えていた。忌まわしい記憶として

それは、ガウルンと初めて出くわした時。日本の、泉川署近くのデパートの中の出来事だ

ガウルンはそこで一般人を人質に取り、次々と目の前で射殺していった

その悪魔的行為を見せつけて、そして宗介に向かってこう言い放ったのだ

『俺は英雄だろ?』

あの言葉こそが、全てを語っていた

「奴は、英雄であった頃の自分に戻りたいんだろう。傭兵時代、人を殺せば殺すほど、英雄扱いされていたあの頃に。それは近代機械戦争の中じゃあない。死線の中でぶつかり合う、兵士と兵士の対立の中で、殺すことに意味があるんだ」

「…………」

「あの頃の戦場こそが、ガウルンにとっての居場所なんだ。だから、奴はその居場所を取り戻すために、こんな暴挙に出た」

宗介の言葉に、みんなは圧倒されたかのように押し黙っていた

「だとすると……現状を解決するにはどうすりゃいい?」

「奴はどこかで煽動を起こすはずだ。それに軍事制御の主導権を握られている。操作するための装置も、奴が持っているだろう。となれば、やることは決まってる。ガウルンが次の行動に移るまでに、奴を殺す」

「すぐに監視カメラのデータをピックアップ。ガウルンの軌道を掴んで、追尾します」

テッサが即座に指示を下す。担当の情報部がその仕事に取り掛かる

「そのデータに基づき、ガウルンの討伐隊を結成。メンバーは……」

実力のある戦闘員の名を次々と告げていく。その最中に、宗介は自分をアピールするように一歩前に進み出た

「……では、相良さんも」

椿一成をはじめとする戦闘員と、数人の中継係、そして宗介が選ばれた

「今度という今度は、逃がしはしない。これで、ガウルンを仕留めてやる」

強い決意を胸に、彼らは黒い悪魔の討伐に向かっていったのだった




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