狙撃手は電気羊の夢を見るか 3
「ダート。ダート」 何度も自分の名前を呼びかけられて、ダートはむっくりと起き上がった 「なんだ」 「意識ははっきりしているか?」 「ああ。きっちりとアンタの顔が大統領に見えるぜ」 いつもと変わらぬ憎まれ口を叩かれて、ニコラスはほっとした 「薬物症状は出てないようだが。自分の名前は言えるか?」 「ハリーワンス=ダート。相棒のニコラスの命を二度も救った英雄……」 と、勝手に与太話を作って豪語する。まったくもって、いつもの彼だ 「記憶を失ってるわけじゃないみたいだな」 「大丈夫だって」 「じゃあもう一度言ってみろ。あの中でなにがあった」 「…………」 ダートもなんとかその記憶を探ろうとするのだが、なぜかそれだけがまったくダメだった 指名手配犯の顔を鮮明に覚えるのを得意とするダートにとって、異例のことだ 「ダメみたいだな」 ニコラスが諦めた声で言って、他の署員に声を掛けた 「集音マイクはどうなってる?」 「依然、反応なしです。やはり壊されてるようですね」 「もう勘付かれるとはな。ここまで中の情報が入らないなんて、不気味な事件だ……」
地上班の動きは止まっていた。 事態が膠着してしまっていることに、次第にミスリルにも苛々が募ってくる 「奴に手出しができないなら、人質の爆弾はどうだ」 人質の爆弾さえ取り除けば、強行突破でもなんとかなるかもしれない 以前、クルツは爆弾の導火線をライフルで切ったことがあった。遠距離からの正確なその射撃は、白い世界を持つ者ならではの偉業だった だが、隊長が即座にそれを却下する 「無理だな。あの時と爆弾の種類が違う。導火線ではなく、遠隔操作で起爆するタイプだからな」 双眼鏡で、レナードに気をつけて人質だけをズームして確認した上で、そう断言した マリアは、まだ目隠しをされたまま椅子に縛られていた。 やけに大人しく、俯いたまま動かない。時折顔の向きを変えてるので、寝てるだけらしい その表情ははっきり見えないが、かなり憔悴しているだろう 「くそったれ。人質とったんなら身代金くらい請求しろってんだ」 誘拐事件で、犯人を捕まえる最大のチャンスとなるのは、身代金の受け渡しなのだ だから警察は犯人に従いつつ、身代金をどう奪っていくかを出来る限り予想し、それに対する罠を仕掛けていく。 そうすることでたいていの犯人は捕まるわけだが 相手は身代金どころか、なんの動きもみせない。それは同時に、警察はなにも動けないともいえた 「犯人の情報も嫌ってほどに入ってるってのによ」 これだけ犯人の情報をこっちが握っていて、それでもなにもできないもどかしさが、苛立ちを促進させる もう陽が沈みかけ、空は赤く染まっていた。これからは暗闇の中で事が動くのを祈るのみか そう誰もが思いかけたとき、隊長が無線機を片手に、大きな情報をもたらしてきた 「最初のターゲットだった誘拐犯は、すでに死亡していることが判明した」 この報告に、隊員たちは怪訝な顔をした 「どういうことだ? 死んでるだと。なんでそんなことが分かるんだ」 ただ姿が見えないだけで死亡と決めつけるその理由が分からない 「ミスリルの私用衛星が、特殊なスキャンで内部を調べたらしい。本部がその内容を解析した結果だそうだ」 ミスリルの私用衛星。ミスリルの犯人捜索の強力な切り札のひとつだ 現在、地球上には多数の衛星が飛び交っている。そのほとんどは宙外の調査、気象の調査、電波の幇助等、さまざまな用途で使われている 警察もそのひとつで、たとえばアメリカでは凶悪犯罪を早急に発見し、どこまでも追跡する追尾道具として使われている しかしその管理体制に、民間のプライパシー侵害だと争論になったりと、問題が多かった ともあれ、ミスリルも同様で、より精密でより強力な追尾機能や捜索機能を備えた衛星を保持していたわけだ 他国の目を誤魔化すためにいろいろと偽装がなされているその衛星が、この事件の解決のために使われたらしい しかし隊員たちは、その報告内容に首をかしげる 「なにがあったんだ? 死んでるって、奴らは仲間じゃなかったのか」 「仲間割れを起こしたのかもしれないな。どっちにしろ、今あの屋敷にいるのは、人質とレナードただ一人というわけだな」 「しかし、だからといって状況が変わったわけじゃない。人質に爆破の危機がある限り、こっちはなにもできないだろ」
「もうこんな時間か……」 ニコラスが暗くなった空を見上げて、一人つぶやいた 周囲の野次馬も、進展のなさに飽きたのか昼間よりずっと減っていた。その代わり、嗅ぎつけたマスコミは増えていき、カメラと辺りを照らす照明が成り行きを見守っている ずっとニコラスたちは犯人と交渉を求めていたが、一度も取り合われなかった。 上司からは、人質は絶対救出と厳命されていて、下手な強硬手段にも出れない 大体、こっちは情報が少なすぎる。この誘拐犯の目的でさえ知らされていないのだ いや、最低限の情報はある。だが、上はまだなにかを隠しているはずだ それがなにかは分からないが、そう確信していた 大体、ここまで事件が発展していれば、普通はFBIが介入してくるはずだ。なのに、それが現れず、こっちはただ現場の情報を集めろと言われるだけ なにがどうなってやがる。 そう悪態をついた時だった 堅牢なはずの屋敷の玄関ドアがガチャリと開いた 「――!」 物音でそっちの方を見やる。だが、そこにはなにもなかった ドアが開いたかのように見えたが、実際は開いていなかった。 いや、それ以前に、自分はなぜそっちの方向を向いたのかさえ理解していなかった そして彼は、なぜそうしたのかを疑問に持つこともなかったのだった
「今日は月が出てねえんだな」 そんなことをつぶやく時刻になっていた。すっかり陽は落ちて、明かりは屋敷内の照明と、マスコミの照明がその場を照らしていた 「ちっ、レナードの野郎。相変わらずこっちを向いたまま突っ立ってやがる」 レナードの視線は、完全にこっちを捕らえていた。凡人では感づかれることがないこの距離を、彼は経験か直感で気づいたのだろうか しかしそれはどうでもいい。奴の脳天に穴を開けてやることがもっとも大事なことだ 「だが、さっきの隊長の報告で、ひとつ確実に言えることがあるな」 隊員が、鋭い目つきで言い放った 「あの野郎を倒せば、犯人側は全滅。他に敵はいない」 たしかにそういうことになる。他にも仲間がいれば、ただレナードを倒すだけでは解決しないのだが、その心配が消えたのだ 「何度も言うようだが」 隊長が、改めて確認するように、みんなの前で言い出した 「強行突破では人質を救うことはできない。玄関や窓から侵入して犯人にたどりつくまでに、絶対に感づかれる。たとえ一秒でも余裕を与えたら、たちまち人質の爆弾を起爆させてしまう」 こくりとみんなが頷いた 「理想は射殺。それも一撃で仕留めることができれば、起爆させる暇もない」 だが、と忌々しそうに館のほうを睨んだ 「射殺しようと奴に狙いを定めるだけで、レナードの催眠にやられてしまう。かといって、乱射しては同じ部屋に居る人質に当たってしまう可能性がある」 ここで、いつも止まってしまう。なにか手立てはないかと探ってみても、すべてが無理だという判断に終わってしまう 「そうだ、おいクルツ」 隊員の一人が、期待をこめた目でクルツに声をかけた 「お前、ずっと前に犯人を見ないで仕留めたことがあっただろ。ほら、まだルーキーって呼ばれてた頃によ」 「…………」 タイの大統領の娘が人質にとられた事件のことを言っているのだろう。 たしかにあれは部屋内の犯人から伸びた影と、照明の位置で情報を仕入れた上で白い世界で仕留めることができた しかし―― 「無理だな」 クルツははっきりと否定した 「なんでだよ」 不満を露に、発言者が聞き返してくる 「……屋敷を見てみろ。たしかにあれは照明の位置を割り出した上で、影と照らし合わせて犯人の位置を知ったが、あの館の照明の数が異様に多い。それになにより、外からのマスコミが立てたあの照明によって、影が消えてしまっている」 隊員は館のそれに注目して、舌打ちした。そのとおりだったのだ。 マスコミの照明のせいで、内からも外からも光が当てられ、レナードの影が薄れて消えてしまっていた 「あのバカどもに伝えて、照明を撤去させようぜ」 「だめだ。急にそんな動きを見せたら、奴に作戦がバレる。前の事件もテレビに流れたんだ。その手は知られてる。警戒されるだけだ」 「くそっ」 「それに……」 クルツは、遠目に軽く目を細める 「レナードの野郎は、直接仕留める瞬間を見届けないと安心できねえ。どんな手口で切り抜けてくるかわからねえからな。だから、どっちにしろそんな方法を取るつもりはねえんだ」 「…………」 クルツの意図を汲み取って、隊員は押し黙った 相手はミスリルでもっとも最悪視しているレナード・テスタロッサ。 間接的な殺害では、本当に死亡したか確認がとりにくい。そして大抵闇社会の悪党はそれを利用し、死んだと思わせておいて生き延びるという手口が常套となっている だからこそ、しっかりとこの目でレナードが死ぬのを見届けることが、確実な勝利となるのだ そのために、オレになにができる? もちろん、極限に集中力を高めることで発動する白い世界を持つ射撃能力だ レナード相手では、それが返ってピンチを招くのだが、それでもオレにはこれしかない 「……こうなったら、覚悟を決めてやってやるか」 クルツがライフルを手に、射撃ポイントへ向かう それに気づいた隊長が咎めてきた 「よせ、クルツ。狙撃はするな!」 「レナードの催眠にかかったとしてもよ、それでも一発くらいは引き金を引いてみせる。照準は絶対にズラさねえ」 「ダメだ。根拠のない駆け引きをさせるわけにはいかん。これはゲームじゃない。人質の命が懸かってるんだ」 「……マリア」 正直、クルツにもそれが成功する自信がなかった。集中力を高めれば高めるほど、奴の術中にはまってしまう。かといって、集中力をおろそかにしてしまえば、一撃で仕留めるのは相当に難しい しかし他になにも方法が―― そこまで逡巡して、ふと夜空を見上げた (月がない、か) 「…………」 クルツは隊長に向き直り、じっと見つめた 「どうしたクルツ」 「協力してくれ。レナードの野郎を仕留める方法を思いついた」 その目には、さっきのバクチとは違った、確固たる自信が宿っていた 「……言ってみろ」 「前にテレビで見たことがある。人間の目ってのは、いきなり真っ暗闇の状態に置かれると、少しでも多くの光を集めようと、瞳孔を全開にするようにできているってな。瞳の大きさが変形するんだ」 「ああ。それは俺も聞いたことあるが」 隊員たちもそれに肯定した 「レナードのような催眠は、瞳を通じて催眠をかけてくる。だけど、いつもと違う瞳孔の形にいきなり変形されて、それでも通常通りに催眠の力を保てるだろうか」 「つまり、いきなり暗闇の状況をつくって、レナードの瞳孔を無理矢理変形させ、催眠の力を奪うということか?」 「奪うというか、一時的に力が弱まったり力を失ったりするんじゃねえかと思う」 「……可能性はないとは言えないな」 その案に、不安顔をした隊員が割り込んできた 「だけどよぉ。人は暗闇に目を慣れさせることもできるぜ。そうなると、催眠の力も戻っちまう。数秒くらいで戻るかもしれねえんだぜ」 「その前に、オレが仕留める!」 クルツが強い口調で言い切ってみせた 「条件はこっちも同じなんじゃねえのか。暗闇にしても、こっちも向こうが見えねえんじゃねえのか」 「オレに目隠しをしてくれ。先に暗闇に目を慣らせておいて、向こうを暗闇にすると同時に、オレは目隠しを解く。そしてレナードが暗闇に慣れるまでに、仕留めてやる」 「何秒で慣れてくるのかわからねえぜ。数秒かもしれないし、二秒で戻るかも。そのわずかな間に、すぐに奴に照準を合わせて、一撃で仕留めれるってのかよ」 「白い世界ならできる!」 飛び出したクルツの言葉に、周りの隊員たちは怪訝な顔をした またコレだ、と。大体、白い世界ってなんなんだ、と。 隊員には、まだ白い世界の言葉の意味が分かっていなかった。それが分かるのは、隊長ただ一人だった (白い世界か。たしかにそれならできるかもしれん) 「やらせてくれ、隊長!」 クルツが真摯の眼差しで懇願してきた 「…………」 ことごとく策が潰れた今、最も可能性のある策といえる。だが、クルツの能力をそこまで過信してしまっていいものか 「絶対にハズさねえよ。オレを信じてくれ、隊長」 ぐっと、視線を逸らさない。隊長の迷いをも吹き飛ばすほど、強い目をしていた 「……いいだろう。目隠ししろ」 許可が下りた。クルツの目が歓喜に満ち溢れる 「ただ、地上班との連携が必要だな。館内の照明と外回りの照明をクルツに合わせて同時に落とさなければならん」 できるだけ早いほうがいい。しっかりと目が暗闇に慣れるであろう三十分後に合わせて照明を同時に落としてもらうよう、隊長は連絡を取った
作戦五分前―― クルツは厚い布で目隠しされたまま、館のほうを向いてじっと構えていた 「クルツ。大丈夫か」 「ああ。任せてくれ」 微動だにせず、隊員の一人に言い放ってみせる そのとき、ずっと地上班に照明の件で要請していた隊長が、ようやく連絡を終えた しかし、その顔は浮かないものになっていた 「マズいことになった……」 「どうした」 「予定通り、外にも館の方も、時間に全照明を落としてもらえることになったが……それと同時に、地上班も突入すると言い出したそうだ」 「なんだと?」 「シカゴ警察の上には話を通したんだが、現場すべてを統制できるわけじゃないからな。協力はするが、向こうは向こうで暗闇を利用し、突入するつもりらしい」 「まずいじゃねえか。なんとか止められねえのかよ」 「直接接触するわけにもいかん。こうなれば方法はただひとつ。突入する前に、先にこっちでレナードを仕留めるしかない」 「オーケー、なにも問題はねえよ」 クルツが、それでも大丈夫と言い切ってみせる。 「やることは変わらねえ。暗闇と同時に、レナードの野郎を瞬きする間もなく逝かせてやらあ」 「……そうか。その意気だ。そろそろ時間だぞ、集中しろよ」 言われて、クルツはすぐにでも白い世界を発動させれるよう、暗闇の中のただ一点に集中しはじめた この策は、いかにタイミングを合わせるかが鍵となる。 館内の電源を外から操作し、外のマスコミの照明と同時に落とす。さらにクルツの目隠しを外し、即座に白い世界を発動させ、レナードの目が慣れる前に仕留める 寸分の狂いも許されないこの作戦時間が、刻一刻と迫っていた レナードは相変わらず視界に入る位置で、割れた窓越しにこっちを見ている 「……一分前」 地上班の警察隊が、ぞろぞろと屋敷の周囲に散らばり、強行の準備にかかっていく 周囲の人たちはそれを感じてか遠巻きになっていく。逆に、マスコミたちは警察隊の少し後ろで、じりじりと距離を縮め、その様子をカメラに収めようとしていた 隊長が秒読みを始めた。その数字が一定間隔で減っていく 「いくぜ、クルツ」 目隠しを合図と同時に外す係が、そっと厚い布の結び目に手を添えた クルツはライフル銃を、大体の方向に見当をつけて構えた。もちろん見えてはいないが、少しでもタイムラグを減らすためだ 「ファイブ、フォー、スリー、ツー……」 館を照らしていた灯りが、同時に消えた。見事なタイミングだった しゅるりと塞ぐ布が解かれて、クルツは目を開けた。と、同時に白い世界を発動させる キィィィンと小さな耳鳴りがして、周りの黒が白く塗りつぶされていく。余計な情報を一切シャットアウトして、スコープ越しにターゲットだけを捉えていく レナードの顔が照準の中に収められた。彼の目は光を失っており、それどころか辺りが一斉に闇に落ちたことに狼狽していた 一方、クルツの視界はしっかりと見えていた。完全に暗闇に目が慣れていた (見える――いける!) レナードの額が中央に合わされた。クルツは即座に引き金に力を入れた レナード・テスタロッサの額に、ぷつ、と穴が開いた。彼は頭部が少し後ろに下がって、それからどしゃりと床に崩れ落ちた 床に横たわった銀髪の青年は、ぴくりとも動かなかった。額に開いた穴から血が垂れ流れただけだった 「ターゲット、死亡確認」 わっと、地上とここ屋上で同時に歓声が上がった 地上班は中に進入し、レナードの死体を見て、すでに事件が終わったことに驚いていた レナードの死体処理はひとまず地上班に任せることにした。後ほどミスリルが引き取るだろう 「やったぜ! クルツ!」 遠目にそれを確認した隊員や隊長が、クルツの頭をはたいてきた 「体に異常はないか?」 「大丈夫だ。読み通り、催眠の力を失ってやがった」 照明が消えて一秒もたたないうちに、決着がついた。ほんの一瞬だったが、その瞬時の戦いを制したのだ マリアはすぐに病院に運ばれるだろう。これであとは裁判の日までコロンバートを守り通せばいい 「よし、さっさと引き上げよう」 狙撃と気づいたら、ここの存在を感づいてくるかもしれない。ミスリルは誰にも見られずに去っていくのみだ ライフル銃を解体し、その場を片付けていく だがその作業の途中で、クルツは下の様子がおかしいことに気づいた 地上の人たちは、歓声を上げて騒いでいると思ったのだが、そうではなかった 悲鳴だった。 最初は、犯人が撃たれて死んだことによる、一時的な驚きだと思ったのだが、なにかが違う 「なんだ……?」 他の隊員たちもその違和感に気づいて、下のほうをうかがっていく なんだ。なにか、すごく嫌な予感がする クルツは下へと駆け出していった 「クルツっ?」 背後に隊長の声を受けても、クルツは振り返らなかった
「……なんだよ、これ」 館から、遺体が運び出されるところを、クルツは見た。そしてそれはクルツの予想とはまったく違うものだった 遺体として運ばれていたのは、小さな女の子、マリアだった 小さな額に穴が開いていて、その目は無機質に動かなかった。 周囲の人たちは悲痛と同情の目でそれを見送っている。 「なんでこんなことになってんだよ……」 マリアの額に開けられた穴は、間違いなく狙撃によるものだった。そしてその位置をクルツは知っていた。レナードに向けられたはずの狙撃だ。 「どう……なってんだよっ」 運ばれる遺体に駆け寄ることもできずに、その場に立ち尽くした 背後で、突入した地上班の報告が耳に入ってくる 「犯人の遺体を一名発見。他には無し」 「繰り返す。人質のマリア=コロンバーツは死亡。犯人も突入時には既に死亡していた模様」 「犯人はその一名のみ。これより収束に入る」 不可解な内容だった。 犯人が一名だと。ニット帽の野郎と、レナードで二人だというのに、地上班は一名だと言っている そして運び出されたその遺体は、ビニールシートでかぶせられていたが、ニット帽の男だった ――レナードの遺体はどうした 妙だ。まだレナードの遺体が運び出されてないのに、地上班たちはもう次の段階、その後の処理にかかっている 「どういうことなんだ、これは」 なにかがおかしい。まるでこいつらは、犯人は最初から最後まで一人だったと言ってるようだった そのとき、近くの電気屋のテレビが、この事件の速報映像を流していた。 例の館で、窓のところに人質のマリアが目隠しをされたまま椅子に縛られていた 周りにはなぜか誰もいない。ずっと横で突っ立っていたレナードの姿が、そこに映っていなかった 「なんだこりゃあっ?」 思わずそのテレビの前のディスプレイガラスに張り付いて、怒鳴っていた 最先端のCGを駆使して消したのかと疑うくらい、見事にレナードの姿がない あるのはただ一人、人質のマリアだけだ そして例の時間になると、目を覆いたくなるほどの惨劇が起きた 人質のマリアが、いきなり撃たれた。額にひとつの穴が開いて、小さく頭部が後ろにずれて、その反動で横に椅子ごと倒れた 「――!」 それはまさしく、レナードを倒したのと同じ動きだった 「……まさか」 信じたくはなかったが、それ以外考えられなかった オレが今までレナードだと思っていたのは、マリアだった? カメラはそのまま映すだけだ。それしか結論がなかった レナードの催眠にいつの間にかやられていて、人質のマリアをレナードに見えるように仕掛けられていた? だが、いつそんな催眠をかけられたというのか そこまで思考を巡らせて、はっとした 最初に、レナードが現れたとき。そいつを見たとたん、一瞬にして鳥肌が立ってしまった。 あのとき、すでに催眠をかけられていたのだ 「くそがぁっ!」 だんっ、とガラスを叩き、そのままズルズルと崩れ落ちた なんてことだ オレはマリアを守るどころか、この手でマリアを殺してしまったのだ 「オレが……殺した?」 マリアの額にあった穴。あれはオレがやったのか うっ、と嘔吐感がこみ上げてきて、クルツはその地面にすべてを吐き出した
一週間後 人の興味は移り変わりが激しいもので、もう別の事件に注目されていて、マリアが殺されたことの話題は世間から薄れていた クルツは広い原の中に立てられた石碑の前に来ていた 石碑にはマリアの名前が刻まれていた。 クルツの身分は隠されているので、人前で葬式に出ることも許されなかった あれからこうしてマリアと対面したのは、全てが終わり、墓が建てられた今日が初めてだった 周りにはついてきた隊長の他、誰もいない クルツは一輪の花を石碑に添えて、目を閉じた 「すまねえ。……オレは約束を守れなかった」 それからしばらくの黙祷。 十分ほどして、それが終わると、隊長がぼそりと言った 「俺の目にも、あれはレナードに見えていた。あの場にいたみんなも、あそこにいたのはレナード・テスタロッサだった」 「…………」 「分析結果では、やはり単独行動だったらしい。レナードとの関連は見られなかった。あそこでなにがあったのか、何もわからん」 「……もういい。そんなこと、どうだっていいんだよ、隊長」 「そうか。……だが、俺はもう隊長ではない」 「……なに?」 「今回の事件、みすみす犠牲者を出してしまった。こうなると、これまでと違って責任を何らかの形で示さなければならん。たとえミスリルでもな」 隊長は空を見上げて、言った 「俺が責任を取って、辞めることになった。もうお前の隊長ではない」 「なっ、なんだよそれ!」 クルツが右手で隊長の肩を掴み、揺さぶる 「責任を取るならオレだろう! なんで隊長が辞めなきゃならねえんだ」 「誰かが必ず責任を取らなきゃならん。だがクルツ、お前はこれからもミスリルにとって絶対必要となるはずだ。お前をミスリルから辞めさせてはならん。俺がそう判断し、処分を自分に向けるよう志願した」 「なんだって、そんな……」 「…………」 昔、感情を露にするクルツのスナイパーとしての資質を疑ったことがある。 スナイパーはあくまで冷徹に仕事をこなすのが鉄則だと。 しかし、前の事件でその考えを改めた クルツの場合、その感情が強いからこそ、ここまで他のスナイパーの追随を許さなかったのだと 守る者のためになら、どこまでも可能性を探って、自分の能力を最大限に発揮させる そして彼の持つ白い世界は、レナードのような凶悪犯罪者を倒す、ミスリルにとって絶対必要不可欠な鍵となるだろう こいつは、辞めさせるわけにはいかない 「俺はもうお前の手助けをしてはやれない。だが、お前はこれからも守りたい者のために続けていくんだ」 「…………」 隊長は背を向けたまま、その場を去っていった。もうミスリルには戻らないらしい もう会うことはないだろう 別れの言葉もない、最後だった 取り残されたクルツは、一人ため息をついた 「レナード・テスタロッサか……」 レナードは宗介のヤツに譲ってやろうと思ってたが―― 「悪いなソースケ」 クルツの目が、空の向こうの、そいつを見据えて睨みつけた 「今度レナードの野郎に会ったら……オレが殺す」 そいつに向けての宣戦布告を強く言い放ったのだった |